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魔獣と滅びゆく世界の戦記  作者: 椋鳥
序章 不毛な世界でただ一人、光輝なる墓標を打ち立てる
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1 空色の髪の闘士-3

***



 次にラグがシスティナの顔を見たのは、ぐるぐる巻きの包帯姿と会ってから十日後のことであった。担架に乗せられたシスティナが支部(ブランチ)を訪れたとき、店内にいたのはやはりマスターとラグの二人だけであった。討伐隊の全滅からこちら闘士(スレイヤー)たちがあまり寄り付かなくなり、ギルドとして開店休業状態なことにマスターは気を揉んでいた。


 そのマスターが手のひらを禿頭にぴしゃりと当て、愕然として言葉を失った。システィナの負傷は目に見えて悪化しており、左腕に続いて今度は右足をも失っていた。長い赤毛が見えている以外殆どの箇所に包帯やらガーゼやらが当てられていて、肌色が視認できぬ程の有様であった。左目に被さる眼帯の血の染み入り方を見れば、失明すらも明らかであると知れた。


 ラグは三日前に騎士団の大部隊が出撃したことを街の噂で聞いていた。行き先がヴィシスであることも、戦意の肥大化した騎士団を掌握しきれず、怪我を押してシスティナが同行したことも承知していた。


「それで、これか。酷い有様だが、何か用か?」


「・・・・・・お恥ずかしい話ですが。エルフの娘が、ただ一人ヴィシスに留まって戦い続けているのです。騎士団にはもう、救援に回せるだけの戦力は残っていません。それで、闘士(スレイヤー)を頼りに来ました・・・・・・」


 言葉は切れ切れであったが、システィナの右目と声には溢れんばかりの強い哀願が込められていた。


「エルフの娘?話が見えない。何のことだ」


「マスターと一緒に私を騎士団庁舎まで運んでくれた、あの娘です。フードの下は、エルフ族特有の金髪と長耳でした。此度、困っていた私を見かねて、一人の闘士(スレイヤー)として参戦してくれたのです・・・・・・」


 ラグにとっては初耳で、そっとマスターの顔色を窺った。マスターが申し訳なさそうに頷いたことで事態を知るが、それでもフードの客がエルフ族だったとして、戦地に赴いて孤立しているからといって、ラグに手助けをしてやる理由も無ければそんな熱情が湧くこともなかった。霊獣を幾ら殺しても解決はなく、神獣が降臨すればより多くの犠牲者が出る。つまり、手を出すこと自体が悪手なのだと、ラグは今の状況を客観的に分析していた。


 実のところ、ラグはいつウルランドを離れても良かった。彼がここに留まっているのは、この地にラグの運命の歯車を回転させる何かが現れるという、知り合いの占いの結果を尊重しているに過ぎなかった。


「私は、本当に愚かでした。貴方の諫めに反して討伐隊を送り、失敗しました。挙げ句騎士団の暴発を招き、それを抑えることもできずに犠牲を重ねました。私はこの罪を一身に受けます。ですが、エルフの娘をその巻き添えにしたくはありません。どうか、ギルドの戦力でもってヴィシスに援兵の派遣をお願いしたく・・・・・・ご慈悲を」


 マスターは、血の混じった涙まで流すシスティナの切なる願いに応えてやりたかったが、こればかりはどうしようもなかった。支部(ブランチ)の最高戦力であるアスタリスは戦死しており、血の気の盛んな連中もまた彼と共に冥土へ旅立っていた。登録されている闘士(スレイヤー)はまだ十数人残っているはずだが、スレイヤーズギルドの緩やかな勤怠管理において、彼らを強制的に召還する方法などなかった。


「そうだ。星術士(アーティフィサー)や神殿に援軍を頼んでは如何です?」


 ウルランドは星術都市のネットワークに加入しており、星術学院の支院が設置されていた。そして<光神(エトランゼ)>を祀る神殿もあれば神官(パルチザン)も常駐していたので、マスターはこの有事にこそそれらの活用が有効であろうと考えた。


「それは・・・・・・残念ながら、両者には協力要請を断られたのです」


「どうしてです?星術士(アーティフィサー)も神官(パルチザン)も、教義では魔獣(ベスティア)を敵視しているはずでしょう?」


「優性保護」


 ラグが割って入るようにして答えた。その声には微かな怒りが滲み出ており、それが分かったシスティナは消え入りそうな声で肯定した。


「そうです。エルフ族を助けるために人命を危険には晒せないと、断られました。星術学院も神殿も、言ってみれば人間種族の繁栄のみを追求する組織です。ましてやウルランドにあるのは支部(ブランチ)に過ぎませんから、こちらの事情など汲んではくれません」


「非道い話だ・・・・・・」


 マスターが反応し、拳を握り締めた。彼にとってエルフの娘は一時の客に過ぎなかったが、システィナを助けたからにはもはやウルランドの闘士(スレイヤー)であると認められた。その仲間が孤立無援だというのにどこからも対処ができないというのは辛く、スレイヤーズギルドの支部(ブランチ)を預かる身として捨ておけなかった。


「お嬢様。近くのギルドに早馬を飛ばしますんで。生きのいい闘士(スレイヤー)を回して貰います」


「感謝を。ウルランドの総領として、心より御礼申し上げます」


 システィナは担架の上で半身を起こすと、運び役の家令たちに止められるのも聞かず深々と頭を下げた。マスターの献策では何もかもが遅いと分かっていたが、それでも藁にもすがる思いであった。その様子を眺めていたラグの胸中で少しだけ心が揺らいだ。


「・・・・・・エルフの娘は、霊獣相手にどうやって戦っていた?星術(アーティファクト)主体の中距離戦闘か?」


 ラグが戦闘状況へ言及したことに驚き、システィナは我に返るまで数秒を要した。そして、喫緊まで繰り広げられていた戦闘を思い出すと、エルフの娘の奮闘具合をそのままに伝えた。


「確かに星術で皆をサポートしていました。ですが、主攻も彼女が努めていたのです。大きな剣を堂々と振り回して、接近戦を挑んでいました。あれは・・・・・・樹霊剣(ウッドソード)ではないかと思われます」


「樹霊剣(ウッドソード)・・・・・・なるほど。よく知っているな」


「学生時分に、新帝国の剣学院に留学していましたから。エルフ族の秘奥だというくらいの知識しかありませんが」


「樹霊剣(ウッドソード)は、丸々森一つの星力(レリック)を借用できるエルフ族でも禁忌の武器だ。星術(アーティファクト)を行使する際に生命力(アニマ)を代替とするように、樹霊剣(ウッドソード)で森から星力(レリック)を吸う折りには、途方もない生命力(アニマ)を差し出すと聞く。それこそ、使用者が人間であれば、一度きりで全ての生命力(アニマ)を使い果たしてしまうような代物らしい」


「そんな・・・・・・」


「さらに、過度な使用はエルフ族の故郷である森を枯らす。活動の源たる星力(レリック)を失うのだから当然だ。それ故、樹霊剣(ウッドソード)は新規の製造が許されず、一振りしか現存していない筈だ。最後に所有が確認されたのは七、八年前。全エルフの代表を自認する姫君が携えていたという」


 話を聞いたマスターは、ラグのあまりの博識ぶりに不信すら抱いた。彼はふらっとこの支部(ブランチ)を訪れて以来、毎日あてもないのか夕方になると葡萄酒を飲みに足を運んでいた。それだけであった。


 それが、魔獣(ベスティア)の生態に詳しい上、エルフの秘技まで熟知しているという。


(この男、信用に値するのか?ひょっとして、最近流行っているという神獣を奉ずる狂信者の一派とかではないのか?)


 マスターの疑念を尻目に、ラグは丸椅子より立ち上がり、空色の髪に似合わぬ黒瞳を挑戦的に光らせた。そして壁に掛けてあった外套を掴むと、彼の挙動を無事な右目で追っていたシスティナへと依頼した。


「樹霊剣(ウッドソード)の所有者には恩がある。・・・・・・ウルランドのお嬢様。馬と携行食糧。それに銀製の剣を十本ほど貸して欲しい。結果は保証できないが、取り敢えずヴィシスへ強行偵察に出るとしよう」



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