3 火の騎士-3
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皇国アルカディアの西部はレスポール伯爵領において、魔獣がもたらす被害は積み重なる一方であった。領主たるレスポール伯爵は私兵を投入して根気強く立ち向かったものだが、我慢はついに限界を超えた。伯爵は自領を闊歩する魔獣の討伐を中央政府に陳情したが、折り悪く騎士団主力はラナン・クロス軍の迎撃へと出払っていた。
レスポール伯爵はアルカディアでも歴史ある名家であり、社交界における影響力を考慮に入れれば無視するわけにもいかず、円卓会議を実質的に束ねるレブサック・スペクターは苦慮した。そうして軍務局長と相談した上で、少数精鋭の騎士と民間の闘士を部隊編制して派遣することに決めた。派遣部隊の指揮官人事についてレブサックから候補を提出するよう求められた軍務局長は、一もニもなくファラ・アウローラ・ハウ女男爵の名を挙げた。レブサックは自派閥にあらぬファラの名に渋い表情を浮かべたものだが、「彼女は反ヴェルザンディ公を公言しておりますれば」という軍務局長の言に気分を良くし、その人選は決裁された。
ファラが率いたのは騎士が二十五騎と、スレイヤーズギルド・サラミス支部所属の闘士十五名の、総勢四十名であった。対する魔獣は百匹を上回るという報告がなされており、内訳が亜獣だけでも苦戦は必至に思われた。ファラ隊は皇都サラミスを出発して進路を西にとり、全員が馬を駆って三日でレスポール伯爵領へと達した。
魔獣が多数確認されたエリアは、レスポール伯爵領内の鉱石採掘場周辺と新たに開拓された田園地帯であった。どちらも伯爵領では重要な産業エリアに当たり、労働に従事している国民は少なくなかった。
「亜獣が三十二匹。獣種に幽霊種に精霊種。フフ。正にオールスターよな」
ファラは愉快そうな声音で副官役の騎士に告げた。鉱山の麓に開かれた採掘場は見渡す限りに広く、それにも関わらず広範囲を一気に索敵して見せた上官の技量に、男性士官である副官は舌を巻いた。
ファラは二十代半ばで上級騎士に取り立てられている女傑で、そればかりかアルカディア辺境における魔獣討伐の功績が大なりと評価され、平民出でありながらも男爵号を授けられていた。神話世界の戦乙女ともなぞらえられるファラは、器量も並外れて良かった。艶やかな桃色の長髪を背に垂らした立ち姿は可憐と称えられ、暗紅色の瞳には英雄然とした力強い光が点っていると噂された。彼女はアルカディアの社交界においても有名人であり、その美貌から多くの年頃の貴族を引き寄せて止まなかった。
三十代半ばの正騎士たる副官から見て、ファラは年下ながら身分も容姿も雲の上の騎士ではあったが、彼女の性格に関する評判は奇異なものが多く、一方的に信奉してただ傅くわけにはいかなかった。
「それで、作戦であるが」
「はい。アウローラ様」
「私が先鋒として突出し、魔獣に当たる。討ち漏らしが出たら、その時は皆で袋叩きにでもしておくがよい」
ファラはそれだけ言うと、流れるような動作で馬から飛び降りるや、腰元の大剣を鞘から引き抜いた。副官は大慌てで、騎士服を着た彼女の背に声をかけた。
「え?お待ちを!・・・・・・アウローラ様、そんな大雑把な指示では皆が動けませぬ。それに、相手をする魔獣は、他のエリアと合わせて百匹以上が見込まれております。新手から奇襲を受ける恐れもあります故、ここは一旦監視を強めて、味方の後軍を待っては如何でしょうか?」
「後軍?寡聞にして、私には覚えがないな」
「対ラナン・クロス方面の戦線で動きがあったと聞いております。外交ルートを通じて聖シュライン軍が和平調停に乗り出したとか。いずれ近い内に騎士団本隊が戻るであろうとの観測です」
「・・・・・・そう。どうせまた、渉外局の廃太子殿下が出しゃばった結果なのであろうな。誠に業腹なことだ。本当の戦というものを知らないボンボンが騎士の領分に出しゃばってきたばかりか、賢しげに功をひけらかす」
「廃・・・・・・?あの・・・・・・」
上官の公然とした公爵批判に対し、副官は目を丸くして固まった。彼は無派閥であったため、セレスティアル・ヴェルザンディとレブサック・スペクターの政争とは距離を置いていたが、両陣営に属する騎士からもここまであからさまな罵倒を聞かされたことはなかった。
不安気な表情を作る副官を後目に、ファラは抑揚のない冷たい口調で命令を発した。
「命令だ。私が単騎で突撃する。貴方たちは各自、適切に援護を。たかが亜獣風情を相手に策など不要。百匹揃ったならそれはそれで好都合というもの。一度の戦闘で全てを討ち果たせるのだから」
「アウローラ様!」
もはや副官の制止など聞かず、ファラは自らが所有する大剣、その名も火星剣に星力を流し込むや、一目散に駆けた。鉱石採掘場は乾いた大地に作られていたので、ファラが走り抜ける先から砂煙が舞い上がった。そうして、星力迸らせたファラの接近に気付いた亜獣の群が迎撃態勢をとった。
副官はそれ見たことかとファラが集中攻撃を浴びる光景を連想し、後を追うべく部隊の展開を急いだ。副官の声に集まってきた騎士や闘士が目にしたのは、一方的な殺戮とでも言うべき激しい戦闘であった。
ファラは亜獣の群に進んで突入するや、火星剣を軽々と振り回し、次から次へと斬砕していった。まるで踊っているのかと見紛うファラの闘法は副官らの視線を釘付けにし、それもそのはず一振り一振りが確実に亜獣の生命を刈り取っていた。
(これは・・・・・・剣舞、ではないのか?これこそが、<火の騎士>ファラ・アウローラ・ハウの技・・・・・・)
ファラが練り出した星力は紅蓮の焔のように立ち上り、それが<火の騎士>たる異名の由縁であるのだが、火星剣で斬り裂かれた亜獣は景気よく燃焼して塵へと還った。火炎属性の星力を宿してなお平然としている大剣は東域の名匠が打った業物であり、多くの魔獣を葬った勇者にのみ与えられることで知られていた。すなわち、火星剣の存在もまた彼女が優れた闘士であると示していた。
亜獣の区分で獣種にあたる、蛙面と猿の如き敏捷性を生み出す肉体を持った蛙猿種が、精霊種の中でも石の体を持つ石魔の大烏を従えてファラへと攻撃を仕掛けた。ファラは火星剣で円を描くように水平に一閃し、蛙猿種を上下真っ二つに両断した。そして、中空から降下してきた大烏の嘴を火星剣の剣先で受け流すや、返す刀でこれも斬殺した。
ファラの奮戦を指をくわえて見ているわけにもいかず、副官は部隊に突入を指示した。その際、亜獣一匹に対して必ず三名以上で当たるよう厳命し、ファラのように単騎で挑むことがないよう徹底させた。副官は星術の嗜みがあったもので、精神を集中させた後に術言の詠唱をもって、索敵用の星力を四方へと展開した。これは奇襲を警戒してのもので、念には念を入れる彼の性格を表していた。
亜獣を蹴散らして回っていたファラも副官の星術に気付いており、決して自身の技を鈍らせることなく彼の手際に関心を寄せていた。
(なるほど。相応には戦術理解がある騎士のようだな。存外掘り出し物かもしれん)
ファラの心は既に周囲の亜獣にはなく、この地に魔獣の指揮官役たる霊獣の存在がないものかという警戒が先に立っていた。ここで霊獣が現れたならば、この地の攻略は遠退くばかりと言えた。ファラ個人の技は霊獣と対するに不足はなかったが、急造部隊が連戦に耐えられるとはファラも期待していなかった。
実体の薄い幽霊種をも星力が込められた剣撃で物理的にねじ伏せ、ファラは残る少数の亜獣を部隊に任せると、やおら近くに聳える鉱山を見上げた。露出している山肌は岩石の割合が殆どで、草木の類は見える範囲に少なかった。連峰の中腹あたりに僅かな窪地が見当たり、ふとした拍子にファラがそこに目を向けると、何やら得体の知れない星力が流れているように感じられた。
(・・・・・・いるな。抗星術で、自身の存在を隠匿していたということか)
亜獣だけで構成された大群というものに対し、ファラははじめから猜疑心を抱いていた。ファラは索敵に掛からない何かが潜んでいるという前提で神経を敏感にさせて臨んでいた為、こうして微かな敵の痕跡を察知することが出来た。
ファラから視線を向けられていることに何ら反応を示さず、魔獣の影は依然山中に留まっていた。ファラが遠視を用いても明瞭な映像は窺えず、敵が霊獣であるかどうかまでは判別がつかなかった。
(ここで闘り合うにしても、部隊は下がらせねばならんか。・・・・・・霊獣相手に勝手に戦争を始めたら、上層部がいくら臆病者揃いとはいえ、流石に黙ってはいないであろうな)
ファラは火星剣に十分な星力を供給すると、勝勢にある部隊を指揮している副官に対して、速やかに退却するよう命じた。
「・・・・・・退却、ですか?アウローラ様、理由をお聞かせいただけませんか?亜獣の全滅は間近かと思われますが」
「上位の魔獣の存在を感知した。交戦した場合、貴方たちの内幾人かは戦死しよう」
「何ですと?それは・・・・・・霊獣ですか?」
「わからぬ。まずは私が挑んでみる。貴方は部隊を出来るだけ遠ざけるように。もはや猶予はないぞ?」
「はっ!」
副官は全騎に合図を出し、自らが先導する形で部隊を採掘場から後退させた。ファラはその指揮ぶりを眺め、上々であるかなと頷いて見せた。
(さて。放ってみるか・・・・・・)
ファラは残る数匹の亜獣を無視し、山中の魔獣だけを標的として火星剣を振り切った。星力の斬閃は空を切り、遠くは山の中腹を直撃した。爆発が起こり、小さな山崩れを誘因した。鉱山採掘場にも多くの岩石が降り注ぎ、亜獣たちがそれ巻き込まれた。
星術の結界で岩石から身を守っていたファラは、絶えず意識を前方上方へと向けていた。そして、それは目論見通りに接近してきた。影は二本足で歩く亜人のようであり、それでも纏う星力の性質は確かに魔獣のものであった。長身痩躯で筋肉質の肉体はところどころが赤黒い毛に覆われており、人間や亜人の男性と見違えるような顔面は、彫りが深い精悍な青年のそれであった。額からは一本角が捻れて屹立していて、この徴が異種族たる証であろうとファラは捉えていた。
ただの跳躍で長い距離を詰めてきた魔獣に対し、ファラは全身全霊で警戒した。
『見事な腕前だ。よくぞ我が存在を見抜いた。汝は名のある闘士だろうか?』
亜人タイプの魔獣が流暢な人語を口にしたので、ファラは相手を幻獣以上の存在であると認定した。それと同時に、いつでも全力の攻撃を放てるよう、火星剣を強く握り締めた。
「アルカディアの騎士、ファラ・アウローラ。次があるかは別として、見知っておけ。貴様は魔族ではないな?あまり前例がない、ヒト型の魔獣と見える」
『ファラ・アウローラ。ブレインネットワークに登録しておく。これは警告だ。以降無駄に暴れたならば、汝に未来はないと知れ』
「光栄だ。それで、貴様の正体は明かして貰えないのか?」
『汝らが規定するところの幻獣に当たる。かつては<ファンシー>という呼称で識別されていた』
「<ファンシー>・・・・・・リア・ファールでは聞かぬ名だ。東域や北域で鳴らした口か?」
その問いに答えることはなく、ファンシーは無表情を貫いていた。戦闘を見越して星力を高めるファラに対し、<ファンシー>はどこ吹く風とばかりに関心を示さず、淡々と語った。
『<アガレス>。<ダンダリオン>。<カイム>。この名は分かるか?』
「リア・ファールに伝わる三魔神。大陸のどこかに今なお潜む、忌まわしき最凶の神獣たちの名だ。それがどうした?」
『彼らが動き始めた。神域が崩壊し、始祖の不明により<欠片>の複製に困難を来したためだ。真世界の存立を願う勢力はいっそう活動を活性化させることだろう』
(・・・・・・何を言っている?三魔神が動き始めただと?<欠片>の複製?それらを私に明かす、この幻獣の狙いは一体・・・・・・)
ファラが疑問を募らせる中、<ファンシー>と名乗った幻獣はあっさり撤退した。恐るべきことに、一度の跳躍で背後の山を越え、その姿はあっという間に連峰へと飲み込まれた。一瞬の出来事にファラも手出しが出来ず、岩石や土砂に埋もれた採掘場でぽつんと一人佇む他になかった。
ややして、山崩れや戦闘が収まったと見た副官の騎士が現場にとって返すと、ファラはリラックスした様子で手など振って寄越した。上官の態度に不信感を抱いた副官が恐る恐る近付くと、ファラは今まで見せたことがない満面の笑顔で迎えた。
「貴方、名は何という?」
「え?私は、リシャールですが・・・・・・」
「宜しい。リシャール卿。貴方はこのまま帰都して、軍務局長へ報告を入れよ。レスポール伯爵領にて幻獣<ファンシー>と接触。近くリア・ファールの三魔神に動きありとの情報を得るものなり。ファラ・アウローラは引き続き残る魔獣の掃討にあたり、情報収集を継続するものである。・・・・・・内容はこんなところで良いだろう。頼んだぞ」
「・・・・・・は?」
リシャールはただ目を丸くし、ファラからの無茶振りに困惑を露わにした。ファラは面白くなってきたと言わんばかりに暗紅色の瞳をぎらつかせ、その背から陽炎の如く静かに星力を立ち上らせた。
(かつての<不毛の谷>には私がいなかった。いつの世も人が魔獣に怯えてばかりではないと、ここで思い知らせてくれよう)




