エピローグ
エピローグ
見渡す限り全てが岩石に埋もれていた。見上げるほどに大きな岩から破砕された石片まで、サイズはさまざま。靄は晴れ、日中は見通しも悪くないことから、岩場とは言え慎重に足を運べば探索が出来る環境であった。
一連の戦後処理も落ち着かぬ内、ラグリマはリージンフロイツを伴って<死の谷>と呼ばれていた荒れ地へと足を踏み入れていた。ごつごつとした岩が積み上げられているだけの足場の不安定さは尋常ではなく、ラグリマは、朧月夜やシャマスを置いてフィールドワークに長じるエルフのリージンフロイツを連れて来た自身の判断に満足していた。
ラグリマが星術を使えない状況のため、リージンフロイツが広範囲にわたって捜索を試みており、彼女を中心として円状に星力が張り巡らされていた。二人は休憩を挟みながら岩石をかき分けて、北へと進路を取っていた。
リージンフロイツはラグリマから具体の捜索対象を聞かされていたわけではなかったが、樹霊剣を取り戻して貰った見返りに、彼を全力でサポートすると約束していた。リージンフロイツから見て、ラグリマの足運びはどことなく危なっかしく、その不安が彼の体調面から来ているものだとよく理解していた。
「大連山の裾野にぶつかったら、捜索は終わりにする。もう少しだけ付き合ってくれ」
ラグリマはそれだけを言って、黙々と岩場を歩いた。極北の地において寒くないのか、彼はいつもの芥子色をした袖無し外套を身に着けていた。流石にリージンフロイツは我慢できず、毛皮の防寒着を二重に着込んでいた。ラグリマの黒髪というのがまた視界に新鮮で、リージンフロイツは空色の髪よりもこちらの方が彼に似合っていると感じていた。
休憩を取ると、リージンフロイツはラグリマにあれこれ尋ねた。
「ラグ。魔獣と戦って長いのよね?」
「たかだか十数年だから、エルフ族にそう聞かれると自信はない」
「あのね、魔獣って、いきなりこの世界に現れたんでしょう?」
「歴史を紐解くとそうなる。世界史において、古代や中世に奴らの存在は記載されていない。突如現れて、世界を恐怖のどん底に引き摺り下ろした。そこからは世界対魔獣の時代と言われている。少なくとも、おれはそう習った」
「魔獣が他の全ての種族と敵対する理由って、何かあるのかしら?元来好戦的な魔族だとか竜だとか、他にも種族間戦争が起こされた例はたくさんあるけれど、魔獣だけはどの種族とも手を組んだ試しがない。もちろん、一部の幻獣が人間やエルフに力を貸したという話は知ってる。でも、魔獣がどこから来たのか、とか。何の目的で世界に脅威を撒き散らすのか、みたいな根本的な疑問に答えてくれる者はないわよね?」
「・・・・・・それなんだが。おれや七年前に集った仲間たちは、神獣や幻獣の討伐経験がそれなりにあった。神獣も幻獣も魔獣の中で別格に高い知性を有している。だから、毎回ではないにせよ重ねてきた対話は相当数に上る。そこでそれらの蓄積を統合しようと、レキエル出身の優秀な星術士に皆が持っている情報を集約してみたのさ。何か魔獣の意図なり存在理由なりが見えてこないか、という目論見だった」
「それで?」
「駄目だった。魔獣が一貫して、世界のあらゆる種族に敵対的姿勢を取り続けていることが再確認された。あとは、ブレインネットワークや奴らの戦術が多少明らかにされただけさ」
「そう・・・・・・」
「収穫と言えるかは分からないが、魔獣に付番が為されていることは判明したぞ」
ラグリマの発言に、リージンフロイツはたいそう興味をそそられた。碧眼を輝かせ、ラグリマに続きを催促した。
「例えば、おれたちが浮沈三獣と呼称している神獣ども。あれはそもそもが脅威度を判定しておれたち人間や亜人が勝手に規定したもの。しかし、魔獣のブレインネットワーク、つまり奴らだけがアクセス可能な情報伝達領域において、<絶望宮>はナンバーが一。<強宮>は二。<黄昏宮>は三というように付番されていると分かった。それが序列を表すものと仮定したならば、強ち不沈三獣という設定は間違いではなかったことになる」
「<雷伯>にも番号は付いていた?」
「ああ。確か四十番台だったかと思う。奴も幾度となく闘士に撃退されて星力を減らしていたとはいえ、おれ程度に止めを刺されたわけだから、付番イコール序列なのだとしたら、妥当な位置だろうな」
ラグリマは自嘲気味に語った。彼は今もって<黄昏宮>と<雷伯>の討伐を自分の手柄ではないと声高に叫んでいた。かつての勇者たちが神獣を限界間近まで弱らせていたことが主因で、自分は最後の一押しをしただけだ、というのがラグリマの主張の根拠であった。北域諸国の指導者やシスティナはそれこそがラグリマの功績であると讃えようとしたが、彼は頑なに褒賞を拒んだ。ラグリマの<雷伯>評を聞いて、リージンフロイツはそれらの話を連想したが、口に出しては何も言わなかった。
ラグリマはふと思いだしたと言わんばかりに、一つのエピソードをリージンフロイツへと聞かせた。
「そうそう。おれがまだ中央域で頑張っていた頃。十五歳とかその位だったか。相棒が化け物みたいな豪傑でね。彼女のお蔭で、奇蹟的に一匹の神獣を退治できたんだ。敵ながら一風変わった奴で、後々調べて分かったことがある。その神獣に付けられていたナンバーは、零だった。不沈三獣より上位の存在には、とても見えなかったんだが・・・・・・」
一日半をかけて、二人は遙かなる極北の大連山を見上げる地点にまでたどり着いた。踏破不可能と語られる大連山の向こうには北極海が広がるわけで、北域の魔獣がそういった僻地に根城を構えているという話はラグリマも聞いたことがなかった。つまりここに至り、<死の谷>の捜索がこれで打ち切りとなることを意味していた。
ラグリマはしばらくの間、霞んで全容の見えぬ山頂を窺い、大きく息を吐いてからリージンフロイツに向かって宣言した。彼の表情はリージンフロイツから見て、たいそう朗らかに映った。
「よし。手仕舞いだ。神獣どもは谷ごと拠点を放棄したらしい。この地が北域の復興を邪魔することはないだろう」
「フフ。そんなことを言って。不沈三獣の残りが居たら、ラグはどうするつもりだったの?」
「リズがいるだろう?樹霊剣で綺麗さっぱり排除して貰ったさ」
「・・・・・・呆れた。私は<燎原姫>じゃないんですからね。いくらなんでも、神獣の相手を任されては困るわ」
「冗談だよ。でもリズなら、経験を積めばたぶんおれよりも強い闘士になる。生命力の充実も星術の技量も、今で十分一流どころの闘士と比べて遜色ない。いずれ、エルフの姫を名乗ってもいいんじゃないか?」
ラグリマは、世界に散らばるエルフ族がどういった経緯で姫なる地位を取り決めているのか知らなかったが、決して軽い気持ちではなく、本心からリージンフロイツに勧めていた。リージンフロイツはそういった軽口に取り合わず、念の為にと星力の捜索範囲を峻険なる大連山へと向けた。
麓に吹き付ける涼やかな風に芥子色の袖無し外套をはためかせていたラグリマは、星術へと精神を集中しているリージンフロイツの横顔をじっと眺めていた。同じエルフであっても、彼のよく知った姫とは趣が違い、美女にも色々と種類があるものだなと、聞きようによっては失礼なことを考えていた。
(<燎原姫>をただ眺めていて、あいつから怒られたこともあったな。別に比べていたわけではなかったんだが)
リージンフロイツが突如眉をひそめた。そうして、真顔でラグリマへと危急の事態を告げた。
「ラグ!山中に、何かがいる。こちらの星力に反応して、途轍もない量の星力を放出させたわ」
「・・・・・・まさか。大連山に魔獣が潜んでいたというのか?ということは、こちらの存在にも気付かれたか」
「見つかったとは思うけど、動いてない。というか、魔獣の星力にしては感じがおかしいの。どちらかというと、人間や亜人のそれと近い」
ラグリマは熟考した。今の戦力で神獣の類と戦うことは間違いなく無謀であって、理性が直ちに帰還するよう求めてきた。だが、彼の本能とでも言うべき生命力の奥深くに根ざした何かが、山中を探して星力を放った主を突き止めよと訴えかけてきた。
リージンフロイツはそんなラグリマの葛藤を見抜いてか、「私は行けるわ」と力強く主張し、腰に差した剣の鞘を揺すって見せた。ラグリマは彼女に押されて頷き、眼前に聳える絶壁の如き斜面を迂回して、山中へと進入するための経路を探した。
二人が共にサバイバル能力に長け、そしてリージンフロイツに星術の技巧が備わっていたため、登山は一歩一歩ではあったが順調に進捗した。山道があるわけではないので、道無き道を手探りで登り、先の読めぬ横穴を見付けては這って進んだ。
目的地点へと徐々に近付くにつれ、ラグリマの緊張は高まっていった。彼が谷の跡地を浚いに来た主たる目的こそ残る神獣の痕跡を確かめる点にあったが、その裏には一つの淡い希望が隠されていた。
(<仮面>は言った。彼女の死を、誰も確かめてはいないと。ほんの微かにでも可能性が残っているなら、おれはそれを確かめたい。この七年で諦めはついている。・・・・・・ついているが、納得したわけじゃない。何と言ってもあいつは・・・・・・世界最強の闘士だったのだから)
山中にその洞穴はあった。ラグリマとリージンフロイツは星術の反応を頼りに狭い空間を歩き、洞穴の奥へ奥へと誘われた。戦闘が起きれば崩落間違いなしという閉鎖環境であったが、不思議とラグリマにはそうならないことが分かっていた。
「そこよ・・・・・・。光よ」
リージンフロイツは星術で構成した発光球体を前に進めた。人工的な光に照らされ、壁面の岩肌と、あり得ない光景とが視界に映し出された。リージンフロイツは瞬きしてそれを確かめた。ラグリマはただ絶句していた。
巨大な、氷状をした塊であった。不純物が混じっていない為か氷状の物体は透き通っていて、内部が明瞭に窺えた。氷の棺とも見て取れるそこには、剣を手にした一人の女が収まっていた。
「ラグ・・・・・・この物体。信じられないけど、感知した限りでは固形化した星力よ!どれだけ膨大な量の星力が凝縮されたら、こんなことが・・・・・・」
リージンフロイツの呟きに、ラグリマは反応を示さなかった。彼は固形化された星力の棺を食い入るように見つめ、やがて絞り出すようにして震えた声を発した。
「・・・・・・どうして、こいつがここに?あの時確実に、殺したはずだ・・・・・・零番の神獣・・・・・・<始祖貴婦人>」
魔獣と滅びゆく世界の戦記
序章「不毛な世界でただ一人、光輝なる墓標を打ち立てる」
完
(本章第一部「一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る」へ続く)




