5 墓標を打ち立てる-4
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ラグリマが語った七年前の顛末は、悲劇でしかなかった。神獣<黄昏宮>は、取り込んだ<燎原姫>の生命力を逆に吸い上げることで一命を取り留め、それどころか反撃の原動力としたのであった。
「・・・・・・それを聞いて、ラグ殿はどうされたのです?」
システィナの問いに、ラグリマは黒瞳に暗い光を点しつつもはっきりと答えた。
「<黄昏宮>を攻撃する手が緩んだ。やつは見た目は修復されていたようだが、中身が明らかに弱っていた。動きにまるで脅威を感じなかった。おれが普段通りに戦えていたなら、おそらくは勝利できた。そう、討伐隊はおれのせいで敗北したようなものだ」
リージンフロイツが、手中の樹霊剣を意識しながら訊ねた。
「それは、<燎原姫>がいたから?彼女の姿を敵の内に認めて、あなたは決意が鈍ったの?」
「そうだ。皆の仇を伐つことは宿願だった筈なのに。おれのくだらない感傷によって、絶好の機会を逃すことになった。それ以降、<不毛の谷>をいくら探しても、やつと遭遇することは叶わなかった」
ラグリマはそこで目を瞑った。二度目の討伐に失敗して戻った彼を、世間は温かくは迎えなかった。ラグリマを支援していた諸国の王侯貴族や有力者は離れるか或いは失脚し、真相を聞いたスレイヤーズギルドは極秘裏に彼を除名処分とした。
以来、ラグリマは他人に頼ることなく<黄昏宮>を追い続け、何ら得られるもののないままに三年が過ぎていた。
ラグリマが披露した話はスケールが大きく、その悲痛さに衝撃を受けた一同は一様に沈鬱とした面持ちで顔を伏せた。世界を揺るがす神獣。その中でも最強の存在である浮沈三獣と戦える人間がいるなどと、逸話や記録で触れこそすれ、いざ目の当たりにすると実感が湧かなかった。
七年前に<不毛の谷>へと送られた戦力は、どの角度から論じられても世界最高峰と認められた。リーダーであった空色の髪の少女は闘士として今もって神格化されていたし、各地に息づく数多の種族から勇者が集っていたので、まさに全世界共通の希望と言えた。それ故、彼ら彼女らの敗戦は、世界中に絶望を振り撒いた。諸国・異種族間で共闘する気運も薄れ、魔獣と対決する世界の意志はばらばらに散ってしまった。
(ラグは・・・・・・それを自分の責だと思っているのね。世界の希望を打ち砕いてしまった自分。それでも、ラグはまだ全てを諦めてはいない)
朧月夜は愛しい目でラグリマを見た。彼女は不沈三獣に対する敗戦の責任をたかが一個人が負う必要などないと理解しており、懊悩するラグリマに同情的であった。システィナやリージンフロイツとてその気持ちは同じであったが、二人は人間の領主であり、エルフ族の生き残りでもあったので、ラグリマによって間接的に運命を狂わされたとも言え、釈然としない心情が残るのも確かであった。
「それでレーゲンドルフの白面は、<黄昏宮>を見つけてどうしようと言うのだ?」
場の空気に気圧されることもなく、シャマスが堂々と問いを発した。ラグリマはそれに頷いて、自らの私見を返した。
「信じ難いが、白面はその言動から、おれたち討伐隊の生き残りである可能性が高い。だとすれば、おれと同じように<黄昏宮>に恨みを持つか、はたまた<燎原姫>に執着しているのだと思う。次に合う時は敵同士だと明言していたから、共闘すら見込めようと思われる前者という線は無い。無論、奴に<燎原姫>をどうこう弄らせるつもりもない」
「ふむ。ならば、まずは逃げた<雷伯>を倒す。そして隠れている<黄昏宮>と良からぬことを企む白面も倒す、ということだな。簡単でいい」
難度を全く考慮せずに言い放つシャマスを、システィナや騎士たちが信じられないものでも見るような目で見つめた。リージンフロイツは苦笑し、朧月夜はこの段に至って初志を貫徹しているシャマスに対して親近感を募らせた。
ラグリマは一つ長い息を吐くと、テーブルを囲う面々に向けて覚悟を迫った。
「今の話を聞いても、まだ戦う気はあるか?白面がおれの旧縁であるなら、もはやこれはただの私戦だ。敵は神獣だし、二匹をいっぺんに相手して犠牲の出なかったためしなんてない。一領邦に過ぎないウルランドや、学院や神殿のブランチ戦力で手出しをするような規模の作戦じゃない。引き返すなら、今この場が最後のチャンスだ」
しばらく間があり、誰も応える者がなかったので、システィナが短く代弁した。
「ラグ殿。策を披露ください。ウルランドに集っていた北西域の闘士たちも、間もなくここに到着します。支部のマスターも協力してくれて、数は百を下らないかと」
「・・・・・・わかった」
ラグリマはシスティナから始まり、リージンフロイツ、朧月夜、シャマスとそれぞれの顔を眺めてから、<不毛の谷>へ侵攻する手筈を話し始めた。
「神獣とやり合うのに、多勢で臨むのは効率が悪い。奴らは桁違いな威力の範囲攻撃を幾つも所有しているし、脱落者を一々治癒している余裕なんてこちらにもない。これから合流する闘士たちには、神獣につられて出現する亜獣の相手をしてもらう。雑魚の足止めをしてくれるだけでもおれにとっては大助かりだ。ついてはシスティナ。おれの代わりに、彼らの指揮を頼む」
ラグリマの戦い方を知る面々はその理屈に納得した。彼は強力すぎる星力の暴走により、一撃ごとに剣を消費し尽くすため、雑魚の掃討が一番の難問と言えた。
ラグリマはシスティナに、谷の入り口付近へと布陣するよう言い渡した。そこからは谷深くへと進むラグリマからの合図を待って、騎士や闘士を送り込む算段であった。
システィナはふと思い浮かんだ懸念点を声に出した。
「・・・・・・別の神獣に襲われることはないのですか?」
「おれの知っている限りでは、ない。谷を無闇に侵せば何者かが出てくるかもしれないが、神獣は元来それほど好戦的じゃないんだ。旧レキエルの星術学院で首席まで張った星術士が言っていたが、奴らが牙を剥くトリガーは主に、谷の外のテリトリーに接触することだそうだ」
「テリトリー?」
「おれもよくは知らないが、霊獣を送り込んだ先、一定範囲の領域を自分たちのテリトリーとして認識しているらしい。ヴィシス村の例はまさにそれだな。下手に手を出すと、最後には統括者として神獣が出張ってくる」
テリトリーに関する説明を聞くに、システィナは魔獣に対していっそう危険極まりない存在であるとの思いを強めた。魔獣の理屈に従えば、人間や亜人が暮らせる土地は世界からどんどん失われていくことになる。おまけに奪われた土地を取り返そうとすれば、かの神獣の襲来を招くのだという。
(・・・・・・そんなもの!やはり世界は連合して神獣の討伐にあたるべきなのです。七年前の判断は、間違ってはいなかった。ただ力が及ばなかっただけ)
システィナが黙ったので、朧月夜が具体的な段取りに関して訊ねた。ラグリマはもったいつけることなく私案を提示した。
「いることさえ分かっていれば、<雷伯>の居場所を探知することはそれほど難しくない。まずはやつに止めを刺す。これは、おれとリズとでやる」
指名されたリージンフロイツは、身の引き締まる思いで首を縦に振った。
「何でリズだけなんですかー?」
「粘られると厄介な獣だ。おれの剣か、リズの樹霊剣で一気に討ち取る。樹霊剣が真の力を発揮すれば、岩場を抉り崖を崩し、谷の地形を変える程の出力すら期待できる。リズの溢れんばかりの生命力があればこその、必殺の一撃だ。ギャラリーに遠慮されては適わないだろう?」
「なるほどー。それで、私とシャマスさんは何をすればいいんです?」
「一番大事な任務だ。<雷伯>や<黄昏宮>が出現したり、亜獣が呼び寄せられたら、その事態と場所をシスティナたちに知らせてもらう。適宜、星術で光球を打ち上げて、援軍を誘引するんだ」
「ということは、ラグたち二人の後に離れて付いていけばいいんですか?」
「それでいい。<雷伯>や<黄昏宮>との戦闘には加わらなくていい。合図を出した後は、二人も邪魔な亜獣を追っ払ってくれると助かる。それと、シャマスには申し訳ないが、念のためおれの剣のストックを運搬してくれ」
「心得た」
シャマスの返事を確認すると、ラグリマは大きめの羊皮紙をテーブルの上に広げた。<不毛の谷>を俯瞰から描いた地図で、それを見たシャマスは随分と使い込まれた代物だと見抜いた。ラグリマは、自分とリージンフロイツが前軍、朧月夜とシャマスの中軍、そしてシスティナが後軍という布陣を地図上で指し、予想される行動経路を大ざっぱに示した。
闘士たちの行動経路を確認していたシスティナが、地図上で谷の東方にある抜け道らしき箇所を指摘した。
「ここを抜ければ、谷の中心部付近まで多くの者を伴えそうですが。自然に出来たというより、幾分か人工的な道に見えますね」
「ああ。そこは七年前におれたちが設えた。馬鹿みたいな威力の星力をぶっ放せる輩が何人もいたからな。撤退路のつもりだったが、使ったのはおれ一人だった」
「成る程。諸国に援軍を頼めれば、ここから援護に入って貰えそうではありますが・・・・・・時間がありませんね。白面が何を為そうとしているのかも気掛かりですし、直ぐにも出発ですよね」
「そういうことだ」
ラグリマはそう応じると、各人に携帯物資の準備と連係方法の再確認を指示し、そっと席を外した。当日ラグリマと行動を共にする予定のリージンフロイツだけが、無言で彼の背に続いた。
メネの夜はまったくの闇であり、リージンフロイツは僅かな星明かりを頼りに旅亭の外へと出たラグリマを探した。メネの西端にあたる周辺は小高い丘と生い茂った針葉樹林に囲まれており、ラグリマは丘の一つに陣取って<不死の谷>の方角を眺めていた。
リージンフロイツは気付かれていることもお構いなしに近寄ると、ラグリマの隣に並んだ。
「この三年、どうして何も行動を起こさなかったの?いいえ、七年前に失敗してから四年間動かなかった点も、考えてみればおかしな話。・・・・・・体はいま、どんな状態?」
「生命力の付与で、分かったのか?」
「ええ。分け与えた力が思ったより全然少なかった。無闇に巨大な星力を剣に込めて戦い続けてきたあなたの生命力は、もうぎりぎりのところまですり減ってるのではない?自力では回復も覚束ない。ルーラルーでラグが白面に言った、戦力が足らないという台詞。あれも本心からの言葉なんでしょう?」
リージンフロイツの追求に否定の意を主張するでもなく、ラグリマは平時と変わらぬ表情で谷を見つめていた。
「<雷伯>に使ったような大技、もう止めてよね。今のラグの体で耐えられる代物じゃないわ。あとは、私がやるから」
リージンフロイツは樹霊剣に手を当てて言った。ラグリマはその手に視線を這わせ、抑揚に乏しい口調で問いを発した。
「リズ。君に、神獣退治に命を懸ける理由があるのか?おれにはある。というより、もうそれしか生きる望みはないんだ。今回は全てを投げ出してでも、雪辱を果たす」
「嘘。だったらこの三年、何をしていたの?<燎原姫>が<黄昏宮>に囚われていると分かって、ラグが表舞台から雲隠れしていたのは何故?私には分かる。あなたは決して他人を見捨てられる人じゃない。あちこちを回って、ウルランドみたいに魔獣の被害で困っている事態があれば、その都度手を貸していたんでしょ?だから、いつまで経っても体は万全の状態にならなかった。仇である神獣の討伐だけを優先していたなら、あなたはもっと早く<黄昏宮>にたどり着いていた筈だわ」
リージンフロイツは怒濤の如くまくし立てた。短い付き合いではあったが、彼女はラグリマの性格をある程度理解していたつもりであった。彼女が口から放った話は憶測に過ぎなかったが、それは大筋でラグリマの行動パターンを言い当てていた。実際のところ、ラグリマは旅するその土地その土地において魔獣騒ぎに首を突っ込んでおり、孤軍故に毎回傷だらけとなって<黄昏宮>追跡に難を来していた。
ラグリマに個人的に味方をする占い師の知己も、そんな彼の不器用な生き方をよく詰り、それでいて褒め称えていた。
「いい?ラグにはまだまだ世界の役に立ってもらわなきゃいけないんだから。ここで神獣の一匹や二匹と相打ちになって満足されても困るわ。・・・・・・それに、<燎原姫>は私たち全エルフの姫で、彼女の仇討ちはイコール私の悲願でもあるの。だから、今回はこの樹霊剣に頼ってもらうわよ」
リージンフロイツは勇ましく言い放ち、腰から抜いた樹霊剣の剣先を<不毛の谷>へと向けた。闇夜に輝くその姿は、ラグリマに最強のエルフ、在りし日の<燎原姫>を思い起こさせた。
(それほどあてにしていたわけじゃなかった占いが、おれに<黄昏宮>との決着の機会をもたらした。樹霊剣まで集って、これは<燎原姫>の導きなのだろうか。今度こそ、三度目の正直だ。おれはもう間違えない。この手で、この<不毛の谷>に皆の墓標を打ち立てて見せる)




