4 在りし日を知る者
4 在りし日を知る者
ヴィシスの風景は一変していた、雷に打たれたあらゆるものが炭化して崩れ、固形を維持している木材や草葉からは漏れなく火の手が上がっていた。遮蔽物がなくなったことで視界は開け、闘士や亜獣の死体がそこかしこに散乱している様子が一望に出来た。
リージンフロイツと朧月夜の奇襲によって命を拾ったド・ゴールであったが、残る多くの亜獣を認めるなり重装兵団の壊滅を確信した。実際のところ、まだ四人が散らばって抵抗を続けてはいたのだが、多勢に無勢である点からして敗死は時間の問題といえた。
そんな地獄に足を踏み入れた形の二人はしかし、悲壮な表情の中にも瞳に勇気の光をしっかりと宿していた。
「私が時間を稼ぐ。オボロは下がって、極力防御に専念すること」
「はい。リズ、死なないでください!」
「任せて」
朧月夜が後退するのを見計らい、リージンフロイツは樹霊剣を下段に構えて駆け出した。神獣は向かってくるリージンフロイツへと、ド・ゴールにそうしたように額の辺りから発射する光線で迎撃に出た。
リージンフロイツは高速で通過する光線をすんでのところで避けて見せ、器用にステップを踏んでさらなる加速をかけた。そうして神獣の懐まで飛び込むと、一気に樹霊剣で斬り付けた。
神獣は敏捷な動作で後方に跳んだものだが、樹霊剣から放出された星力の刃に触れ、前足をざっくりと裂かれていた。
「おおおおッ?見事!」
歓声を上げたのはド・ゴールで、自分が一撃も入れられなかった神獣へ手傷を負わせたリージンフロイツの手際に、素直に賞賛を表した。
『爆ゼヨ』
神獣は引いた先から微かな雷の放射を開始し、範囲攻撃を開始せんとした。
「オボロ!」
「はい!」
ド・ゴールが警戒を呼びかけようとする前に、リージンフロイツと朧月夜は次の手を打った。リージンフロイツが屈んで地面に手の平を付け、星術によって大量の土砂を中空へと巻き上げた。それを朧月夜が半球型へと成型し、強化もする傍らで神獣の周囲を覆うようにして展開させた。
神獣より全方向に向けて発せられた雷撃は、二人が構築した土の障壁によって完全に阻まれた。それを見届けることなくリージンフロイツは走り込んでいたので、雷撃の終了動作の渦中にあった神獣へともう一撃が叩き込まれた。
「おおッ!おお?おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
二人の連携技を目撃したド・ゴールは驚喜の雄叫びを上げると、自身も援護に出るべく棍棒を握り直して天に掲げた。リージンフロイツは一撃離脱を心得ているようで、神獣の頭部を斬った後にある程度の距離をとっていた。
朧月夜はド・ゴールへと、「こちらから、無茶な先手はとらないでください!」と自制を促した。ド・ゴールは朧月夜をも評価しており、「心得た!」と応じた。
神獣はじっと佇んで新手の二人を観察した。そうされていると分かったリージンフロイツと朧月夜であったが、ラグリマから指示されている以上の行動は差し控えて、ここは敵の出方を待った。
唐突に、神獣の周囲に青光を帯びた星術方陣が広がった。ド・ゴールは「石魔と樹魔が来るぞ!」と警句を発した。
「オボロ、こき使って悪いけど、抗術行くわよ!」
「了解です」
リージンフロイツと朧月夜は合体で星術を発動させ、それを見たド・ゴールは、二人の技が召還方陣に作用する類の対抗星術であると察知した。
(この一瞬の内に、敵の星術構成を解析したというのか?この女子二人、どれほど練達の士なのだ!)
神獣の星術方陣は端から徐々に青光を失って、無へと帰し始めた。リージンフロイツらの対抗星術はそのまま少しずつ侵食していく筈であったが、不意に全ての方陣が消え去った。リージンフロイツと朧月夜は拍子抜けし、怪訝な顔付をして神獣の出方に注目した。
『ヤハリ。ソノ順応、我ガ戦闘行動ヲ熟知シテイル者ノ指図カ。シカシ、ブレインンネットワークハ特定危険敵性体ノ存在ヲ感知シテイナイ』
神獣の発言に、ド・ゴールは理解が追い付かず首を傾げた。一方でリージンフロイツは舌打ちをして、そっと樹霊剣の握りを改めた。
『タネガ分カレバ苦労ハナイ。初手トナル技ヲモッテ相手ヲシテヤル』
神獣は体毛を逆立てると、咆哮と共に四つ足で疾駆した。
「オボロ!逃げて!」
朧月夜を第一の的と見なしたか、神獣は驚くべき速度で突進した。朧月夜は前方に防御障壁を作り出したものだが、神獣の体当たりで障壁ごと吹き飛ばされた。ド・ゴールが救援にと走り寄るが、神獣はそれに構うことなく首を返して次はリージンフロイツへと向かった。
「樹霊剣!」
リージンフロイツは星力を全開にして、神獣と距離があるにも関わらず樹霊剣を横に振り抜いた。斬撃は衝撃波を生み出して、向かってくる神獣へと届き得た。しかし、神獣は体を回転させて衝撃波をやり過ごすと、そのままリージンフロイツへと躍り掛かった。リージンフロイツは地面を蹴って横に転がったものの、すれ違いざまで神獣の牙に肩口抉られて樹霊剣を取り落とした。
あっという間に二人が制圧された。ド・ゴールは倒れ伏したリージンフロイツと朧月夜を見やって、奥歯が割れんばかりに歯軋りをし、そして怒号を発した。
「某が相手だ!女子供をねぶってないで、正々堂々、正面から来い!」
神獣は牙にべっとりと血肉をつけたままで振り向くと、ド・ゴールへ向けて二条の光線を発した。狙いを誤らず、光線はド・ゴールの左肩と右足を貫通した。
「ぐわっ!」
ド・ゴールは痛みと衝撃に体勢を崩され、うつ伏せに倒れた。
『正面カラ撃ッタ。汝ハ女子供ヨリ御シ易イナ。コレデ終ワリダ。全員、焦ゲテ果テヨ』
神獣は全身に力を溜め始め、止めである放雷の準備に余念がなかった。重装兵団の闘士は依然四人が頑張っていたのだが、重ねての雷撃を浴びればリージンフロイツたちもろともに撃破されるものと思われた。ド・ゴールは顔だけ上げて神獣を睨みつけるが、打つ手は無くなっていた。
(・・・・・・<光神>よ、どうか、この女子二人だけは助けてやってくれ!)
ド・ゴールのこの沈痛な願いは、寸でのところで叶えられることになる。
「そこまでだ、<雷伯>。リズ。オボロ。良くやった。お前たちのお陰で、準備が整ったぞ」
現れたのはラグリマで、左手と右手に二本の剣を携えていた。彼の伴をするシスティナとシャマスは外装が傷だらけであり、激しい戦闘を経てここまで到達したことは明らかであった。ラグリマが駆け付けたことで、リージンフロイツは重傷の肩を押さえて膝立ちになり、朧月夜も脳震盪に耐えながら立ち上がった。
『ラグリマ・ラウラ。髪色ノ変更含メ、コノ地デ我ガ眷属ト接触ノアッタコトハ、ネットワークニ記録ガアル。汝、コノ戦力差デ我等ト事ヲ構エルツモリカ?』
神獣がラグリマを個体として識別しているという事実以上に、ラグリマ・ラウラという呼称はその場に居合わせた者たちをひどく驚かせた。ド・ゴールなどは目をはち切れんばかりに見開いて、ラグリマと神獣のやりとりに釘付けとなった。
「獣。おれは間に合ったと言ったんだ。事を構える?何を的外れなことを言っている。お前が助かる道はもう、尻尾を巻いてここから退散するしかない」
神獣<雷伯>は四肢を強ばらせ、瞳をぎらつかせた。広範囲の雷撃が来ると予想したド・ゴールは衝撃に備え、弱った体に鞭打ち星力を燃焼させた。リージンフロイツや朧月夜も同様に防御態勢を取ろうとした。
その誰よりも速く、ラグリマが星力を解放した。視界の遥か外、<雷伯>が知覚の出来ぬ四方八方より、目にも止まらぬ速度で青光が襲来した。それら光の一条一条が爆発的な星力を付与された剣であり、都合十一本もの剣が刹那の内に<雷伯>へ殺到した。それに止まらず、身体強化の極まったラグリマが二本の斬線をも重ねて叩きつけていた。
十三に上る青の軌跡が、<雷伯>の全身に刻まれた。
『オオオ・・・・・・ッ!オオオオオオオオオ・・・・・・ラグリマ・・・・・・ラウラァッ!』
絶叫に近い声を上げた<雷伯>は、立っていられず地に伏せった。十三カ所もの剣傷からヒビが伝わり、<雷伯>の全身は亀裂にまみれた。それらの断線からは青白い光が漏れ出しており、闘士達の目にすなわちそれは星力の流出と映った。
「失せろ、<雷伯>。そのダメージでは、しばらくまともに稼働できまい」
ラグリマは止めを刺すでもなく、<雷伯>に退却を勧告した。<雷伯>はラグリマの黒瞳をじっと見つめ、ずたぼろになった体を無理矢理に起こすと、何も言わずに星術方陣を起動させた。
「ラグ・・・・・・!」
「いいんだ、リズ。手を出すな」
樹霊剣を拾い上げたリージンフロイツの動きを、ラグリマが乾いた声で牽制した。そうして星術を組み上げた<雷伯>が転移を実行し、星力の淡い残り火を散らしてその場からかき消えた。ラグリマはしばらくの間その場に留まって、<雷伯>がいなくなった空間を凝視していた。
「ラグ殿。完全に、気配は無くなりましたが・・・・・・」
システィナがそっとラグリマの背に声を掛けた。ラグリマは小さく頷くと、見るも無惨に焼け焦げた両手の剣を放り捨てた。そして、膝から崩れ落ちるようにして地に倒れた。
「ラグ殿!」
近い位置にいたシスティナとシャマスが駆け寄り、慌ててラグリマを抱き起こした。
「・・・・・・ただの生命疲労だ。おれのことはいい。皆で協力して、亜獣の残党を狩れ」
「ラグ殿・・・・・・・」
「システィナ。指揮を、頼む・・・・・・」
「分かりました。シャマス。オボロ。行きますよ。リズは肩の応急手当をしてから合流してください」
システィナは凛々しくも檄を飛ばし、シャマスを従えて走り出した。この二人はラグリマの技を手伝って、亜獣の暴れる戦場を周遊し各所に剣を設置していた。疲労が相当に蓄積していたはずだが、泣き言の一つも漏らさずにラグリマの頼みを受け入れていた。朧月夜も不調を押してそれに続いた。リージンフロイツは星術で自らの肩の傷に治癒を施すと、青い顔をして伏せっているラグリマの下にひざまずいた。そして、意を決して生命力付与の星術を実行した。
「・・・・・・止せ。お前の寿命が削れる」
「私はエルフだから。少しくらい生命力を分け与えても、ぴんぴんしてるわ」
リージンフロイツはラグリマの胸に手を当て、そこから自身の生命の力を流し込んだ。暖かい光が仄かに零れ出し、リージンフロイツの表情には苦悶の色が浮かんだ。それと対照的にラグリマの顔には生気が戻りつつあり、これこそが禁忌とされる生命力の交換であった。
倒れるまで生命力を消費して星力に換え神獣を撃退して見せたラグリマと、彼を助けるために自前の生命力を分け与えるリージンフロイツ。朦朧とした意識の中でド・ゴールが見た光景は、彼の美意識にひどく訴えかける力があった。亜獣と部下の戦闘の結末は見届けられそうになかったが、気絶する間際まで彼の視線はラグリマとリージンフロイツに注がれていた。
(なんとも強く、美しいものだな)




