第3話「ヴェニュスへ」
「カルマさん、手を放さないでくださいね!」
人々の熱気と動きっぱなしの疲れで俺の腕の力は殆どなくなっていた。
辺りを見渡すと見えるのは人と隙間から見える屋台のみ。
俺たちはロベルトのボロ屋から出てきた途端にこの人の波に飲まれてしまったのだ。
しかも、波に加わっている一人一人の体格がアスリート並、こんなのに囲まれているのだから熱が篭って当たり前だろう。
「……あの、どこに行くんですか?」
こんな熱さに見舞われてまで行く必要がある場所とはどこなのか、俺はルチアに尋ねた。
「収穫祭です! 魔物の多いヴェニュスならではなのですが、国家がギルドに対してて多額の報酬金を用意して、月に一度大量発生する魔物を一気に討伐するんですよ! 街にでている出店なんかは報酬金を貰った冒険者さん何かを狙っているんでしょうね!」
「ならもう、来てるんじゃ?」
「ギルドで参加登録を行わないと参加できませんよ?」
ルチアがナチュラルにとんでもない事を言ってきた。
このヘトヘトの俺に魔物とやらを狩れというのか……。
「ところで……………ロベルトさんから、お金は貰ったんじゃ?」
旅の資金があるなら俺はしばらく休んでても大丈夫だろうと思った。
「あ、貰い忘れてました! いっけなーい!」
いっけなーいじゃねえよ!
俺は空を仰いだ。
やることが多すぎる…………。
クタクタの体に追い打ちを掛けるようなイベント、今晩泊まる宿すらこの分じゃぁないんだろう。
そもそもの発端が、ルチアに強引に同意させられたようなものだ。
現に今も無理矢理連れ回されている。
まあ、それでも…………同意してしまったのは俺だ。
いま、断ったとしてもルチアならしつこく付きまとってくるだろうし、ロベルトには離れたら死ぬ……だとか忠告されしまった。
決して、死ぬなんて事信じているわけじゃないが、一度約束してしまったものを反故にするのは精神衛生上良くないので出来るとこまでは着いていこうと思う。
死ぬとか言われてビビってるだとか女の子相手に断れないだとかなんとなくこの娘といるのが心地がいいと感じ始めているだとかそういうのではない。
「だ、大丈夫ですよ! 二人で頑張れば予定日までは食べていけると思います!」
「予定日……?」
「あれ?言ってませんでしたっけ?」
いや、そもそも何も聞かされていないんだが…………
この娘はいつになったらこの状況について説明してくれるのだろう。
ほぼ一方的に話されるので聞けたいことも聞けない。
今晩ゆっくり話す事が出来れば…………。
事態を把握しない事には、休息はありえない。
「まあ、いずれお話する機会もあるでしょう! 今はギルドです!」
その突如、ルチアが跳ねだした。
気でも触れたのかと思ったがどうやら何かを見つけて舞い上がっているらしい。
「カルマさん! 凄いです! 見てください! 」
ルチアの目線の先では派手やかな格好に身を包む女性達が、カスタネットのような小さい楽器を身に付けフラメンゴのようなダンスをしていた。
少々露出度が高い気がする…………。
心臓まで震わせ、音楽の根幹を成す大きな打楽器の音、小刻みにリズムを刻む小さな打楽器の演奏が始まった。
それに合わせて、女性たちがカスタネットのようなモノを叩きだす。
男たちの歓声が激しさを増していく。
中央にたっている女性がメインダンサーなのか一人かなり複雑なダンスを踊っているのがわかった。
周囲を観察すると殆どの人が彼女に視線を合わせている。
更に、イカツイ男たちが彼女の名を叫ぶ。ロロというらしい。
パレードが終わった。
俺とルチアは随分長いこと見入っていたようだ。
とは言ってもパレードにしてはみじかいんじゃないだろうか。
長く見積もっても15分くらいだろう。
俺たちはギルドに向かってまた歩き出した。
「カルマさんって出るとこ出ているタイプの人がいいんですか?」
いきなりとんでもない事を言われた。
「いっ……いや俺はどちらかというと細身が……」
俺もとんでもない返しをしてしまった。
ルチアが自分の身体を見回す。
俺が言った言葉が気になったのだろうか?
それ以上この話題について、ルチアが言及することはなかった。