第2話「旅は道連れから」
ルチアの後に続いて、蒸し暑い森の中を進んでいくと、遠くにボロ屋が見えてきた。
さっきまでの快晴とは打って変わって、薄暗い上に何か不気味な雰囲気を醸し出しており、さっきまで居た場所とは全く違う場所だということを何となく察した。
どうしてルチアは俺をこんなところに連れて来たのか、そもそも俺はどうしてあんな所に転がっていたのか。
疑問は増えるばかりだ。
ルチアに聞けば解決する事なのだが、女の子に自分から話しかける勇気が沸かない。
そんな場合じゃないのは分かっているけれど……。
「カルマさん! もう少しです! 頑張って!」
ルチアがかなり先を歩いていた。
いつの間に、ここまで離されたのだろう。
膝の皿は不安定になり、踵を地面に付けると鈍い痛みが襲ってくる。
俺が運動不足なのも原因の一つではあるだろうが、道がとにかく悪い。
舗装されていない危険な道を老齢で歩き、それを正確に記す事がどれだけ凄い事か理解出来たかもしれない。
俺があまりにも遅いのが気になったのか、ルチアが戻ってきた。
「大丈夫ですか? 少し休みましょうか?」
不安そうな顔でコチラを見つめてそういった。
ここが不気味な場所でもなければ休みたいのだが、あいにくここは休むには適していなさそうだ。
出来るだけ早くここを出たい。
「っ……あっ……いや……だっ……だいじょ…………だいじょうぶ」
コミュ障と疲れ、それに加えて喉の渇きからか声が出てこない。
早く水が飲みたい…………。
「あっ……私の飲みかけで良ければ……お水飲みますか?」
俺の想いを感じ取ったのかルチアが聞いてきた。
自分は用意しているんだな………
「は……はぃ…………」
ルチアが丸く平べったい容器を懐から取り出した。
これが水筒なのだろうか、少なくとも俺は見たことがないし分からない。
いや、それよりも……いま飲みかけって…………
「はい! どうぞ!」
蓋を外した容器をルチアは俺に差し出す。
受け取るのに躊躇していると、ルチアが俺の手を掴んで握らせた。
『遠慮せずにどうぞ』という声に甘えて、俺は容器から水を絞り出すように手で押して上から垂らし大口を開けて飲む。
口をつける事は出来ないが、ルチアが今まで使っていたのだと思うと劣情を抱いてしまう。
無防備すぎだ…………
「ふぅ……ありがとう」
「どういたしまして!」
水筒をルチアに預けて礼を言った。
これでいくらかはマシになっただろう。
今度は、俺がボロ屋に向けて歩いていくのをルチアは後ろから着いてきている。
「休みたくなったら、すぐに言ってください!」
彼女は美しいだけではなく、とても優しかった。
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やっとついた…………
近くで見ると一段とボロい……。
いや、ボロいだけではなくこの森と一緒か、それ以上に不気味だ。
銀色の鉄で作られており、森の風景と全く合致してない。
屋根からでている煙はなんなのか、窓から漏れ出している光はカボチャランタンの目から飛び出す光のようだ。
そんな家の扉をルチアは躊躇する事もなく開けた。
すると、家の中には赤いバンダナと金色の髭、家の中だというのに身につけているサングラスが特徴的な筋骨隆々の見るからにいかつい男が、テーブルの上に足を投げ出し仰け反っている姿が目に入ってきた。
「ロベルトさん!お久しぶりです!」
気軽に挨拶をしている所を見ると本当に知り合いなのだろうか……?
こんな見るからに危なそうな男が出てくるって事は…………やっぱり宗教なのか…………?
「ああ……三年くらいは掛かると思っていたが、まさか、半年もせずに見つけて来るとはな……」
なんの話かは分からないが、とりあえず知り合いなのはわかった。
なんだろう…………犯罪の予感がする。
「神様からの贈り物に違いありません!!」
……やっぱり宗教……?
ルチアがそう言うと、ロベルトという男は椅子から足を降ろして、ゆっくりと俺の方に歩きだした。
徐々に伝わって来る男の威圧感、迫力、勇ましさ。
あっ……これ死んだな……と俺に思わせるには十分すぎる程だった。
動いたら殺される……動かなくても殺される……そんな考えが頭の中を埋め尽くす。
男が背中にある何かを掴んだのがわかった。
その姿はなぜか、部屋に入り込んだ虫をたたきつぶそうと新聞紙を丸めて構える母を思い起こさせる。
__見えた、刀だ…………
フラフラの脚が痙攣を起こし、汗だくの身体から更に汗が吹き出る。
心臓が身体を突き破ってしまいそうだ。震えも止まらない。
どれだけ俺が怯えようが男の歩く速度は早くもならず、遅くもならない。
自分の死をゆっくり眺めているようで気持ちが悪い。
そう思っていると、男が俺の少し前で立ち止まった。
「…………よう」
「はっ………?」
男からの軽すぎる挨拶。
拍子抜けだった。
「受け取りな。お前のだ。」
男は俺の挨拶を待たずにそう言うと、刀の柄の部分を差し出してきた。
「えっとっ……どういう事…………なんです……かね?」
俺は男に尋ねる
「……まさか、何も聞いてないわけじゃねえよな?」
男がルチアに向かって凄んだ。
鬼が居たのなら、こんな感じなんじゃないだろうか。
「ヒッ……!」
ルチアもおびえている。
「ルチア……俺はな、信頼できる仲間を連れてこいと言ったんだ。 何も知らない奴を連れてこないなんて言ってねえぞ」
「あっ…あはははは」
ルチアでさえ圧倒されている。
この男、尋常じゃない……。
「答えな」
男がそう言うとルチアが小刻みに話だす。
「えっと……ですね。カルマさんは……その……運命的ななんやかんやがあってですね……」
「誤魔化すな」
ルチアが下を向き、冷や汗をかいているのがわかった。
「はい……正直に話します…………」
やはり、このロベルトという男普通じゃない。
「…………敵国が戦争の準備を急速に進めているらしく、それを警戒した父が私の結婚の時期を早めると私の味方であるメイドが教えてくれました……………私はしばらく悩みました。 このままロベルトさんに頼んで、私一人で……なんてことも考えたんです。 ですがロベルトさんは約束を破るようなことは絶対にしませんし、許しませんよね。 そんな時、カルマさんが現れたんです。 これは神様からの贈り物……そう思わざる負えません」
政略結婚という事か……
確かに、ルチアの美貌があればどんな相手だろうが靡くだろう。
まあ、俺は神でさえルチアと釣り合うとは思わないが。
「……その後なんも知らないコイツをそそのかして、ここに連れてきたって訳か」
「カルマさんも同意してくれていますから大丈夫ですよ! ですよね!」
「あっ……はい」
条件反射である。
「ほら!ロベルトさん!どうですか!」
「本人がいいっていうなら、俺は否定することはない。 正直役には立ちそうもないけどな」
「カルマさんは居てくれるだけで良いんです」
結局それだと、役には立っていない気がする。
「そうか…………おい、カルマとやら。 お前はこれからコイツと運命共同体だ。 コイツを失えばお前は死ぬし。 お前が死ねばコイツが死ぬ」
俺とルチアを交互に見てロベルトはそう言った。
正直いきなり死ぬなんて言われても実感が沸かない。
体感ならしたが、あれは勘違いだ。
「まぁ……俺の剣さえあれば大丈夫だ。 剣に染み込んだ経験が勝手におまえのことを動かす。 金に困れば売れ」
「それなら、あなたが行ったほうが…………」
責任の重さに潰れてしまいそうだ。
「俺はここから動けねえんだよ。 少し事情が有ってな。 ホラッ……受け取れ」
ロベルトが差し出した刀を握るとおもっていたより軽い、軽すぎるくらいだ。
まるでプラスチックじゃないか。
「さて、反対の扉から出て行きな、流石にヴェニュスには手を回すことはできないだろ。 危なくなったらここに来い。守ってやる。俺にできる限りな」
ロベルトがそう言うと入口の反対にある扉が一人でに開いた。
「あの……あなたって一体……?」
「世界の中心…………だな」
ロベルトが答えた。多分、適当だろう。
「行きましょう、カルマさん!ヴェニュスが私達を待っています!」
「あのヴェニュスって……?」
「おおきいですよ!」
そういうことじゃないんだが…………。
そんなことを考えていると不意にルチアが俺の手を握ってきた。
赤面するまもなく引きずられる。
一体、俺はいつ休めるのだろうか。