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第1話「序章 ー後編ー」

 重い瞼をゆっくり開けた。

 空は呆れるほど透き通っている。

 そんな空に唯一存在する太陽が隔てるものもなく、俺のことをジリジリ照りつけてくる。

 思わず眼を背けたが、太陽はそれを許さない。

 斜めを向いても横を向いても何も見えないくらいの強い光が俺に付き纏ってくる。


 気持ち悪い…………。


 真っ白な太陽とは対照的に、俺の気分は最悪だった。

 嘲笑されている気がした。

 何もない俺をわざわざ全部もってる奴がニヤケ面で馬鹿にしにきているようにも感じる。

 いろんな想像が頭に絡みついてきた。

 太陽に照らされれば、照らされるだけ俺はドス黒い闇に染められていく。

 最低で醜く、とても汚い闇だ。

 頬を伝っていく涙は、この醜い闇から逃げようとしている俺に残っていた僅かな光なのかもしれない。

 それ以上零さないように、両手で顔を覆った。


 ____暗闇は落ち着く。


 楽しいと思えることはなかった。

 この四年間、引きこもりを目指して、それらしい行動は取ってきたつもりだ。

 食って、寝て、ゲームしてまた食う。

 たまには趣向を変えて絵を描き、アニメに熱中したりもした。

 だけど、そこには自分がなくて、何か空虚な気持ちに追いやられた。

 時間を無駄にしている事には何回も気づいた。

 だが、今更引くわけには行かない。

 諦めると、時間を無駄にしていると言わざる終えなくなる。

 そんなループがただ繰り返されていくだけなのに俺は引きこもり事に固執した。

 俺が幸せを求めようとすればするほど幸せは逃げていく。

 幸せとはなんなのか?

 哲学者は今もこの問いに答えようとしているらしいが、未だ正解は見つかっていない。

 そんな難題のヒントを俺は見つけた。


 あの屈託ない笑顔、成人を超えてもできる人はそういない。

 TVの引きこもり特集番組で見たデブニートに俺だけが感心していた。

 それまで作り笑いばかりしていた俺にとっては衝撃的な出来事だった。

 それがキッカケになり、子供がサッカー選手に憧れるように、俺は引きこもりに憧れてしまったのだ。その結果が今だ。

 俺の目は徐々に腐っていった。父さんは目を合わせなくなり、母さんは俺の事を名前で呼ばなくなった。

 最近では話すこともなくなっていた。母さんが俺に話しかけに来たのは、本当にごく最近だ。


 俺は何をやってんだろう。


「死にたい…………」


 一番言いたく無かった言葉が微かに漏れた。

 心の奥がそれを肯定してくる。

 だから嫌だった。より強く死を願ってしまうことが分かっていた。

 こんな無価値な人間、死んだほうが幸せになれるに違いない。

 何かをして傷つくのは怖い。耐えられない。


 ____『行動こそが全てだ』と母に言われた事がある。

 そんなこと知っている。

 だが行動する度に失敗し、傷ついた。

 労力を削って得るものは精神的ダメージのみ。知って全て諦めた。

 そんな時に見た、デブニートの笑顔。何もしていないのに幸せそうで憧れた。


 しかし、今の俺はどうだ? 結局、俺みたいな人間はどんな生き方を選ぼうと、苦しいんだろう。何をしようとそれだけは変わることがない。



 乾いた笑いに気がついた。

 涙はもう止まっている。理由はわからないが、心はだいぶ楽になっている。

 そういえば………俺バスに乗ってたんじゃ……。

 顔が熱くなってきた。こんな無様な姿を人に見られていたとしたら、黒歴史どころじゃ済まない。

 下手したら、ネットに拡散されている可能性もある。

 俺は周囲を見渡すために、ゆっくりと指の隙間を空けた。


 花…………?

 一輪の花だった。なぜか俺の目の前で赤い花が咲いている。

 すぐに腕を降ろして視線を辺りに向けた。

 血の気が引いていくのを感じる……。呼吸が浅くなり、脳の処理が追いつかない。

 理由がわからない……わからないが……周囲一帯が花畑になっている。

 いや……なんで? 

 呆れすぎたのか、俺は突っ立ったまんま動けない。


「…………んっ…んぁッ…」


 しばらく、そのまま花畑を眺めていると、気持ちよさそうな寝息というか喘ぎ声が聞こえてきた。

 声自体は瑞々しく、ゆったりとした波の揺れを感じさせるのだが…………これは……。

 唾を飲み込むことすら忘れて、声がした方角に身体を捻る。


「すごい……」


 結論から言うと、あられもないことではなかった。

 しかし、人を見て出る声でもない。

 俺が見てきた全ての美しいものを、全て合わせたとしても敵う気がしない。

 そんな美少女が木を背にして眠っていた。ふわふわにカールした金髪が風に靡いている。

 華奢な身体は儚げな雰囲気を醸して、俺の心を揺さぶってくる。

 今にも消え去ってしまいそうな美少女だった。


 俺に尋ねる。ここは現実か?

 もし、ここが二次元だとしても驚きは無い。

 むしろ二次元であってほしい。三次元に居たとしたら、彼女を巡っての戦争が日夜繰り広げられているだろう。世界の男達は彼女にだけ心酔し、女達は嫉妬に駆られて何をしでかすかわからない。

 世界三大美女の伝説や二次元も無くなり、そこには彼女しか残らなくなるんじゃないだろうか?

 とにかく、生まれてきて良かった。

 そんな想いを抱かされる程に、彼女は美しさの塊だった。


「ふぁ~……」

 緊張で唾が喉を通らない。

 彼女が目を覚ました。人差し指で長いまつ毛を擦り、猫のように身体を伸ばしている。

 そんな彼女の一挙一動から目を離すことができない。


「あっ!」

 彼女が俺のいる方角を向いて指差し、キラキラと光る澄んだ青色の目が見開いた。

 緊張のピークに伴って心臓の鼓動が現界をむかえている。

 肩が上がって息をするのも辛い。

 ゆっくりと近づいてくる美少女は宝石そのものだった。


「おはようございます!」


 美少女が手の届くか届かない所で挨拶をした。

 多分俺だよな……。

 後ろを向いて見たが、誰もいなかったので俺に向かってのものだと気づいた。


「あっ……おはよおごじゃあます!」


 コミュ障を発揮し、挙句噛んだ舌がジンジンと痛む。泣きそう。



「わたし……あなたと一緒に寝てたんですね……」


 スルーしてくれた。この子は心優しい、間違いない。


「それと、初めまして! 私、ルチア・ランヴェルセっていいます! お姫様です!」


 美少女からの自己紹介はそれだけだった。

 たった一言で狂気を生み出すのは才能なんだろうか。

 まぁ、このくらいの美少女なら頭が逝ってないと釣り合いが取れないんだろう。

 ステ振りする神様も大変だな。


「あっ……どうも、僕は坂木、晴……カルマです」

 名前を誤魔化したのには理由がある。

 一つはこんな美少女に名前を言われてしまった瞬間には天罰が降りそうだからだ。


 もう一つはズバリ、宗教勧誘だな。

 俺は知っている。可愛い女の子がどんな男にも優しくしてくれる事を。

 尚、男はデレている間に入信させられてしまっている模様。

 そんで毎日の集会に参加させられたり、マルチ商法やらの実行犯にされたりするんだよな。

 そんなのゴメンだ。だけど、この美少女とは少しでも長く一緒に居たい。

 そこで思いついたのが、事実にブラフを混ぜて事が終わったら着けられないように帰るという手段だ。

 まぁ、どう帰っていいのか分からないのが玉に瑕だが。


「よろしくおねがいします!」


彼女が目線の中心に俺を捉えてそう言い、俺の返事を待たずに話を続ける。


「カルマさんが庭で倒れているところを見つけたときは驚いちゃいました! でも気持ちよさそうな寝息が聞こえてきて、つられて私も……あはは……。万が一の為に本当はお医者様をお呼びしたかったんですけど、結構大きな問題になっちゃうんですよね~……」


庭……? なるほど、やはりここは宗教団体の施設なのか……しかも、医者を呼ぶと大きな問題になる所と考えると、かなり大きな危ない団体なんじゃないか?

この美少女は一応庇ってくれてたらしいが……。

姫なんてオタサーのしか知らない俺には全く未知の存在だ。

危ない匂いがプンプンしてくる。


「ああ……なるほ」


「それにぃ……きもちよさそうでしたし……悪い人にはとても見えなかったので!」

相槌はルチアさんという美少女に遮られた。

最近褒められた記憶が無かったので少し驚いたが、それで喜んでいいのかどうかは別問題だった。

宗教セールスとは、こういうやり取りの途中で唐突に入信させられるものだからだ。



「あっ! それとですね! 私と旅に出てくれませんか?」

そう、予測はしていた。


「あっはい」

しかし、反射で肯定する。 どうやら俺は、引きこもっている時に失ったコミュ力の代わりにコミュ障という欠陥能力を手に入れていたらしい。 やってしまったことに気付いて訂正しようとはしたが、もう遅かった。


「えっ! 本当ですか!!? じゃあ、今行きましょう! そうしましょう!!」


 ルチアが飛び跳ねて喜んでいる。

俺は無理やり思い出した市役所への用事という免罪符を切ろうとした。


「ええと。 ああ、実は……」


が……。 


「エリアァアアアアアアア!!!!」


 __彼女の叫びに応じる様に、俺とルチアの周囲に咲いている花を覆う、バカでかい円が現れた。


「この魔法、ふたりで試すのは初めてなんです!」


キラキラした瞳が現れた円が放つ光に照らされサファイアのように輝いている。

眼を逸らすと萎れた花が足元に一本……。

どんどん、上に伸びていく円の中で俺はその光景をただジッと見ることしかできなかった。

その後、意識が薄れていく透明な感覚を味わった事は覚えている。

といっても少しだけで、数秒後にはルチアの声に気がついた。


「これから共犯者同士大変な事もあると思いますが、どうかよろしくお願いしますね!」


いつの間にか居た見知らぬ森で、木々のざわめきを押しのける一言の内容に気づいた時、俺の頭はただただ真っ白になった。



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