第1話「序章 ー前編ー」
ダラダラと布団の上で寝そべっていると、階段を登る音が近づいてきた。
母さんだ。
最近俺の部屋に押し入って来ては働け、働けと念仏のように唱えてくる。
その間、俺の耳は馬だ。
そして、今日も例に漏れず母さんが部屋に押し入ってきた。
ギラギラとした並行二重がコチラを睨んでいるように見えるが、それは元からだ。
結婚すれば、ある程度落ち着くものだという話を聞くが、母さんの場合は別でむしろ専業主婦になって野心が増した感じだ。
近頃では投資に手を出してみたり、ネットオークションを使って転売を行うなど、我が家の収入の6~7割は母さんのものなんじゃないかと思うほど躍動している。
だからこそだろうか、息子の俺にも何かしろとしつこく言ってくるようになったのは……。
「話があるの」
母さんは布団の隅に正座すると、まっすぐこちらを見つめてそう切り出した。
距離に圧迫感を感じる。
「晴真…………。 あんた、今日で17歳よ」
「お祝いでもしてくれるの?」
「そんなわけ無いでしょ」
俺は小馬鹿にする言い方で母親を煽った。
日によっては憤慨して出て行くのだが、今日はそんな兆しを見せなかった。
代わりに母さんが小さい溜息をついて
「皆、恋愛とか勉強とか青春しているのよ? あんた悲しくならないの?」
とありきたりな事を言ってきた。
「ならない」
面と向かって、俺はキッパリと言い切る。
「このままじゃ、穀潰しまっしぐらじゃない! 学校に行くのが嫌なら、せめて働きなさい!」
「…………はいはい、いつかね」
「……今回は、そうはいかないわよ」
俺の常套句を聞いた母さんの目が獲物を狙う鷹のように鋭くなり、履いているジーンズのポケットを漁り始める。
そして、何かを掴んで俺の目の前に持ってきた。
「これ、来年から晴真が住むアパートの鍵。 部屋はお父さんと相談して決めたのよ」
予想の斜め上だった。
自立させようとしているのは分かるが無理やりすぎる。
これからは、お前の面倒を見る気はないと捉えられても仕方ないぞ。
うん? そういうことなのか……?
いや、そんなの生きていけないだろ。ふざけんな!
「…………ああ、そう」
しかし、現実で反発する気力は湧かなかった。
そんな気力の貯蔵は無い。
無駄に疲れるのは馬鹿らしい。
「言っとくけど本気だからね」
母さんが追い打ちを掛けるようにそれだけ言って「ああ、いそがし、いそがし」なんてわざとらしい独り言を溢しながら、ドタドタと階段を駆け下りていった。
俺は短い溜息を何度も宙に向かって吐きかける。
○
一応ノートPCを起動して、上手に引きこもる方法や極力楽な仕事を探すことにした。
見つからなければ、高認を受けてFラン大に入るつもりだ。
まだ、一年もあるしガチればBFを避ける事くらいはできそうだが、俺の省エネ主義に反しているので避けるつもり何て毛頭ない。
1分くらいようやく経過してブラウザが起動する。
さて、何と検索しようか…………ダメだ、思いつかない…………。
そもそも、親がずっと養ってくれるものだと思ってたので、そんなワードがすぐに頭に浮かぶ理由がなかった。
この四年で脳力も気力も身体能力も落ちてしまったことを実感する。
検索サイトのバナーに大きく書いてある楽という文字を見つけて思い立った。
俺は乱暴にキーボードを叩き、enterボタンを押す。
出てくるのはフリーターという選択、親を選ぶ、野宿と参考になりそうもないことばかりだった。
第一全部キツいし、親に至っては出てけと言われたばかりだ。
自分の肩を揉みほぐし、検索バーにワードを入れていく。
楽なものがないなら、せめて楽しい生活をそれが願いだった。
まぁ、俺にとっての楽しい生活がでてくるかどうかはわからないけどな。
これで望むものが出なければ諦めよう。 そう思った。
____ナマポ生活楽しすぎワロタwwwwwwwwwwwwww
一つの記事が眼を引いた。 今までのものとは何か毛色が違う気がする。
まとめサイト……信用できないソース元。
しかし、未知という餌には俺も食いつかずには要られなかった。
サイトを開き、ページをスクロールしていくと『ナマポ』を貰って、叩かずに生活しているという男がネット住民に一部始終叩かれているだけだったが、もし働かずにぐーたらと生活できるなら、叩かれてでも貰いたい。
俺はネットでナマポについて調べると乱雑に投げ捨ててある服の塊から、無印の黒パーカーを選び出し、寝巻きの上から羽織った。
少々寝巻きがもこもこしすぎている気もするが脱ぐのは寒いのでそのまま羽織った。
そして裏返しになっているチノパンにパジャマを着たままの脚を突っ込んで完了。
脱ぐ労力を削り、着るという行為だけで済ませる。超効率的着替えだ。
ナマポについて調べた結果だが、市役所で受付する必要がある事、そして来月以降審査の基準が厳しくなることがわかった。
だからわざわざ俺が着替えなんてしているわけだ。
母さんにバレると面倒なことになりそうなのでなるべく早く玄関を通り抜ける。
後ろめたさ……みたいなのも少しあったかもしれない。
寒い…………。
ブルブル震える身体を抱きしめて俺は歩き出した。
雑草の青臭い匂いが鼻を刺激し、どんよりとした空は頭痛を誘う。
進む足取りがどんどん重くなっていっているような気がした。
バス停についてもなかなかバスは来なかった。
5分遅れでようやく着いた。
乗客は誰もいないというのに、これは運転手のミ……ねむ…………
冷たい空気に晒されていた身体が暖かな空気に包まれていくのを感じる。