公園で「彼」と
わりかし利用客の多い、私鉄の駅から歩いて三分。
なんの変哲もない、公園がある。
ベンチがあって、遊具があって、水飲み場があって。
「犬のフンは持ち帰ってください」の看板がある。
僕が利用するその駅と、住んでるアパートの道すがらにある、公園。
この公園に、僕は「彼」に会うために、月に一、二度訪れる。
いつものベンチに彼はいた。ぼんやりと行き交う人を眺めている。
「ひさしぶり」
声を掛けると、彼はちらりとこちらをみた。
「なんだよ、また来たのか」
「そんな不機嫌そうな顔すんなよ」
「また愚痴言いにに来たんだろ?どうせ」
「まあ、そうなんだけど」
言いながら僕は横に腰掛ける、彼は一つあくびをした。
「彼女のことか?」
「そう」
「別れたか?」
僕は苦笑いして、返事をしない。まあ、もうそれが返事みたいなもんだけど。
「好きな男が出来たんだって」
彼は、座っていた体を起こし、手を前に出して大きく伸びをした。
そして、座り直すとゆっくりと語った。
「そう言われると、男としては手も足も出んな」
「全くもって」
僕は目を伏せた。周囲の音が、やたらうるさく聞こえた。
「あきらめはつくのか?」
彼は言った。そして、左の足で器用に耳の裏を掻いた。
僕はまた黙った。彼も、そのあと何も言わなかった、
未練がないはずがない。目を閉じれば、笑顔の彼女が浮かんでくる。
その笑顔が、知らない男に向けられるのを考えるのは、つらかった。
しかし、もう僕は彼女を笑顔にできない、取るべき道は一つしかないのだ。
だけど・・・・
ふと、我に返った。手に不思議な感触があったのだ。
彼が、僕の手の甲を舐めていた。あのざらざらした舌で。
「心の整理はついたか?」
舐めるのをやめて、彼は続けた。
「もう、やることは決まってるだろ?」
そう言って、僕の顔を見上げた。
僕は彼の頭をなでた。ふさふさの毛が気持ちいい。
しばらく彼はされるがままにしていたが、突然ベンチから飛び降りた。
そして後ろを振り向くと、にゃーお、と僕に向かって鳴き、そのまま歩き去って行った。
五分くらい、僕はそのままベンチに座っていた。
反り返って空を見つめる。夕方がまさに夜に変化しようとしていた。
僕は体を起こし、「よし」とつぶやきながらベンチから立ち上がった。
そして、最後に彼から言われた言葉を反芻した。
「捨てる神あれば、拾う神ありだ、か・・・」
僕はアパートへと歩き出した。十月の夜は、だいぶ肌寒い。