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解決と真打ち

 自体はあっさり収束する。少年はそう感じていた。

 厠神の札は残り四枚。天狗が予想した、暫定山にいる魃の数を考えれば心許なすぎる枚数だが、それでも少年に恐怖は皆無だった。

「天狗さん、普通に強いよね? 肉弾戦で立ち回れる?」

「まぁ、あの魃とやらが全員鯖缶持って突撃かけて来なければ、大丈夫だろう」

「鯖缶持った神様とか聞いたことない。あ、でもそうなったら楽しそう」

「俺が楽しくないわアホ蛙」

 相変わらず辛辣な瑠雨をまぁまぁとなだめ、少年は天狗に「錫杖を」と、手を伸ばす。少しだけ怪訝そうな顔でそれを天狗が手渡すと、少年はそれに一枚厠神の札を貼り付けて、何やらブツブツと(まじな)いをかけた。

「これでいい。適当な魃は、これで殴るだけで滅せる筈です。今この錫杖は、厠の力を帯びています。詰まりも取れる優れものです」

「つまり、トイレのシュポシュポ?」

「うん。そんな感じ」

「……終わったら戻してくれよ?」

 若干引きつった顔をしながら、天狗は錫杖を受け取る。便利なのにな。とも思うが、それは口にせず、少年は次に瑠雨の方へ顔を向ける。

「次に、瑠雨も。この御札を身につけてて。これである程度は魃から攻撃されないから。本当は隠れていて貰った方が安心だけど……」

「む、タッくん? ボクだって妖怪だよ? 寧ろこれでチョッカイ出されないなら、タッくんにこそ……」

「陰陽師は、色んな術は使えるけど、自分にかけることは出来ないんだ。だから御札は基本使い捨て。だけど、天狗さんの錫杖だとか、協力してくれる妖怪。自分の式神になら、加護を授けられる」

 だから遠慮しないで。と言う少年に、瑠雨は釈然としない顔をしつつも、札を受け取った。

「……じゃあ、一応。でも、無理しないで? ボクも今度こそ、

ちゃんとタッくんを守るからね?」

 札を受けとる前に両手で少年の手を包み込みながら、瑠雨は真っ直ぐ少年を見つめる。少年はその視線から照れ臭そうに目をそらしながら、小さく頷いた。頷かないと離してくれそうもなかった。

「過信はしないで。瑠雨は僕の式神って訳じゃないから、効果はそこまで強くないし、持続も短い」

「ボク、そこまで陰陽師の力に詳しくないんだけど、式神と妖怪の違いが分からないなぁ」

 肩に巻き付く管狐を指でつつきながら瑠雨が首を傾げると、少年は「有り様の違いだよ」と答えた。

「調伏か、契約か。違いはあるけど、要するに陰陽師の元に下り、自分の存在を預けたものが式神。陰陽師から色んな加護を受けられる代わりに、存在は〝本当の名前〟を含めて陰陽師に縛られる事になる」

「勿論、操る陰陽師の力量が弱ければ抗うことも出来るし、本来より弱くもなり得るがな」

 少年の説明に、天狗が補足する。少しだけ驚いた顔をする少年に、天狗はふいと顔をそらしながら、「伊達に長く生きている訳じゃないからな」と、呟いた。

「蛙女、式神になることを少しでも思ったなら、よく考えろ。一度少年の袖に収まれば最後。もう逃げられん。木っ端妖怪なら不本意で理不尽な命令も従わざるを得なくなる。下手をすれば主の死後すら縛られる可能性もあるんだからな」

「……何か君がボクの心配するとか、気持ち悪いんだけど」

 別に少し気になっただけだけろ。そう言って、瑠雨は大事そうに札を胸に抱いた。それを確認した少年は、天狗の錫杖にしたように、簡単な術式を施していく。

「これで貴様も晴れて詰まりが取れる便所女という訳だな」

「……厠神は、女性の守護も司るんだ。本人もとっても美しい女神だよ」

「だそうだよ? 便所天狗さん」

 けろけろけろと、得意気に笑う瑠雨に、天狗はもう反撃せず。「行くぞ。さっさと異変は解決だ」それだけ告げて、先へ進んでいく。

 

 山頂の少し手前。そこが魃達の根城だった。

 辿り着いた少年と妖怪三匹を、魃達は一様に不機嫌そうに睨み付けた。

「ひい、ふう、みぃ……。どころではないな。まるで猿山だ」

 呆れたように錫杖を回す天狗の横に、少年はそっと並び立つ。

「適当に牽制してください。親玉は……僕が」

 そう言って、少年は魃達の群れの更に奥。離れた場所に立つ祠のようなものを守るかのように佇む、一際大きな魃を睨んだ。

「台風の目みたいなものです。こういう天候を変えたり、天災を起こすような存在は、要を倒せば崩せます」

 人形(ひとがた)を構え、少年は身を屈める。最速で事を運ばねば、こちらが危うい。それは分かっていた。いちごちゃんならゴリ押しの力業で解決出来るのにな。と、思わなくもないが少年は引く気はなかった。ここまで来たら、解決は自分の手で。幼くとも本能的に兼ね備えていた男の意地というものだった。

「瑠雨。僕から離れないで」

「……ねぇタッくん。まさかとは思うけど、この群れに突っ込むの?」

 顔をひきつらせ、恐る恐るこちらを伺う瑠雨に、少年は微笑みながら頷く事で肯定する。握られたものは、その為に用意したとっておきだった。

「こういうのは、さっさと先手必勝。考えさせる暇なく叩きのめすべし。って、いちごちゃんが言ってた」

「いちごちゃん逞しすぎるよぉ! てか本当にいちごちゃんって誰……」

「カラリンチョウ、カラリンソワカ――」

 瑠雨に返事をする間もなく。少年は術を詠唱する。陰陽師にだけ許された神秘、式神。瑠雨達の前に見せるのは二枚目だ。


「以下略! 護法・(きつね)()!」


 それが解き放たれたその瞬間、空を覆い尽くさんばかりの質量で、蒼白い炎が燃え盛る。

 揺らぎ、うねる炎は、やがて尾を引くような雄叫びと共に、確かに巨大な狐の形を象った。

「……ふぇ?」

「……オイ、少年。才能がない、だと? どの口がほざく」

 現れた威圧感に誰もが声を出せなかった。瑠雨はポカンと口を開け、天狗もまた、引きつった顔を見せる。燃え盛る狐火に気圧されていたのは、魃達も同じだった。あるものはその場に座り込み、またあるものはただガクガクと震える。逃走を試みるも、脚がすくんで動けないものもいた。そんな中、少年はただ一匹。奥にいる魃の親玉だけを見据えていた。

殆どは戦意喪失。奮い立った所で、瑠雨と天狗がいる。故に少年は、ただ使命を遂行するのに全力を出せた。


「急急如律令!」


 怪異山の一角にて、目映いばかりの火柱が上がる。それは魃の命運が尽きると共に。それを遠目ながらそれぞれの位置で確認した者達の心をざわつかせた。


「……始まるよ。タマ。あたし達の願いが」

「おうさ。キン。場所は確認した。乗りな。あの娘っ子が追い付いてくる前にね」


 山の中腹にて美しい九尾の狐に飛び乗った老婆が、興奮に息を切らし。


「姫様、あれは狐使いのぼっちゃんの……!」

「狐火。……っ、それに!」


 山の麓でそれを確認した少女と武将は、同時にその場へ飛んでいく妖狐の姿を見る。出遅れた! そう嘆く暇もなく。少女は直ぐ様、追跡の準備に入る。

「カラリン以下略――! 来て! 麒麟(キリン)!」

 詠唱と共に、現れたのは、身の丈五メートルはある、鹿に似た美しい獣だった。獣は少女――芦屋いちごと目を合わせると、静かに頭を垂れ、その場に脚を折り伏せた。いちごはさも当然と言わんばかりに獣へひらりと飛び乗ると、山の上の火を指差す。

「急いで! 彼処に私を!」

 いちごの命令に、獣はブルブルと鼻を鳴らして応えると。彼女を振り落とさぬよう優雅に立ち上がる。そのまま透き通るような(まなこ)と声でこう言った。

「落ちぬよう確り捕まられよ」

 その後、山の麓に一陣の風が吹き。少女とその一行の姿は消失した。


 ※


 魃の親玉の死体を見下ろしながら、少年はふぅ。と一息をついた。

 変にこじれる事なく決着はついた。後は……。

「あったあった」

 魃の親玉が後生大事に抱えていた小包を拾い上げた。これで御使いも完遂。山に入ったのは咎められるかもしれないが、魔法使い……もとい陰陽師としてはいい経験になったのではないだろうか。少年はそう感じていた。

 少なくとも、都会の実家ではこうはいかない。修行は重ねても、その成果を発揮する場所が少ないと、少年は常々感じていたのだ。

 そういう意味ではこの田舎の里山が、少年は羨ましかった。

「何と言うか……凄まじかったんだね。タッくん」

 感傷に浸っていると、不意に後ろから声をかけられた。振り向くと、何処と無く畏怖を含んだ眼差しの瑠雨と天狗がそこに立っていた。残党は親玉が倒れた瞬間にさっさと退散したらしく、二人とも無傷だった。

 凄まじいって何がだろう。そう一瞬思った少年だが、そこで二人が魃へ向ける眼差しを察し、何て事ないかのように苦笑いを浮かべた。

「さっきの狐火? あんなのいちごちゃんなら指一本であしらうか、そもそもすぐに化けの皮を剥がしちゃうよ」

「ホントいちごちゃん何者なのさ。……化けの皮?」

 瑠雨が首を傾げると、少年はばつが悪そうに頷きながら、そっと片手を開いた。そこには、青黒い毛をした鼠ほどの大きさな狐がちょこんと鎮座していた。

「これが、さっきの炎の正体です。実はさっきのだってマッチ棒位の火力しかないので……この子が魃に与えたダメージはほぼゼロです」

 いけしゃあしゃあと宣う少年。一方の瑠雨は目を白黒させていた。唯一天狗だけは、合点がいったかのように口笛を鳴らした。

「成る程。ハリボテか。奴は俺達を警戒していた。一方でお前は、厠神の札を親玉に貼り付けたい。つまるところ目を引き。虚を作れれば何でも良かったという事か。後は……」

 忌々しい木っ端妖怪だが、やりおる。そんな呟きと共に、天狗は魃の傍を指差す。そこには御札をくわえ、得意気に身体をくねらせる管狐がいた。

「ミサンガ!」

「そう。僕が正面から御札をなげても、多分どうにかされちゃうだろうからね。ミサンガに先行して貰って、回り込んでいて貰ったんだ」

 感心したように手を叩く瑠雨と、誇らしげに語る少年の間を管狐が浮遊する。

 狐の本質は化かすことにあるんだ。そう言って、少年がスチール缶を取り出すと、管狐はそこへシュルリと入り込んだ。

「ミサンガの本領は、秘密裏に動き僕に得を運んでくること。それは時に情報や時間稼ぎに陽動。不意討ちなど多岐にわたる」

「式神の本懐を遂げたという事か。見事だ」

 そう言いながら、天狗は数歩後ろに下がる。それを少年は、目を細めつつ息をはいた。

「……タッくん? セクハラ天狗?」

 どうしたの? といった顔で二人を見比べる瑠雨。ただならぬ気配が、その場で渦巻いていた。

「……天狗さん。天狗さんは、ばっちゃんの差し金? それともカネオのばぁば?」

 淡々と言う少年に、天狗は肩をすくめた。参ったね。という楽しげな笑み。だが、目だけは爛々と輝いていた。

「……いつから気づいてた?」

 そう語る天狗に、少年は指を二本立てた。

「まず、異変について依頼してきた時。魃が関わっているのが分かったけど、それにしても、この山は干魃と言えるほど酷い状態じゃなかった。せいぜい例年より凄く暑い程度。災害と言うには、少しおとなしい」

「未然に防いだ……。そういう場合もあるぞ? これからどんどん酷くなる直前だったのかもしれん」

「そうですね。僕もその可能性もあると思ったから、特に何も思わなかった。けど、貴方はこうも言った。〝陰陽師。君が言うのは恐らく、都……。君が住んでいる都心での話だろう〟と。僕がどこに本来住んでいるのか、まるで知っているような口ぶりでした」

「……」

 少年の言葉に、天狗は黙り込む。瑠雨は不安そうに、そっと少年の傍に寄り添った。

「……ばっちゃか、カネオのばぁばが、心配して付けてくれたの? この辺で異変が起きているから、念のために。とか。あるいは、僕に試練を与えるため? それとも……」

「お話はここまでだ。少年。小包を開けてみたまえ」

 言葉を遮り、天狗はそう催促する。少年は怪訝そうに眉を潜めながらも、天狗の「お前の祖母がそう言った」という言葉を信じて、それを開く。

 開いてしまう。

「……これ、御守り? いや、何かの御札?」

 後ろから覗き込む瑠雨。そうみたいだね。と、少年は事態が飲み込めないままそれをつまみ上げる。その時……。空気が変質した。具体的には、魃の死体のすぐそばの祠から、錆び付いた鉄のような臭いが漂い始め……次の瞬間。祠の中から、銀色に光る、触手のような者が伸びてきた。

「……え? う、わ……!」

「タッくん!? っぐ――」

 あっという間に少年は引き倒され、口の中を土の味が満たす。その視界の端で、瑠雨と管狐が吹き飛ばされ、大木に叩きつけられるのが見えた。

「少年。君は言ったな。狐の本質は化かすことにある。その通りだろう。言動の節々から上には上がいることを君は弁えているのもよくわかった。幼いのに感心だ。ならば察しはつかないかな? 君の師は……君より数段上の狐使い。君もまた、化かされていたことを」

 謎めいた言葉が、少年の耳に入り込む。言われていた事を理解するのに、数秒を要した。

「……化かされた? ばっちゃんが、僕を? 一体何を……」

「知らぬも無理はない。君に気づかれてはならぬと。いや、そもそも気づけないだろう。君が生まれた時から全て化かされていたなど」

「……生まれた、時?」

「そうだ。君は何のために生まれてきたと思う?」

 哲学めいた事を言う天狗に、少年は首を振る。同年代よりはいささか賢くとも、そこまで少年は達観している訳ではなかった。

「まぁ、それが普通の反応だ。だから教えてやろう。君は始めから、犠牲になるべくして生まれてきた。君は偽りとまやかしで包囲されている。狐使いの家系らしい話ではないか。過ごしてきた時間も。両親との思い出も。根底には今日ここで犠牲になるためにだ」

「……嘘だ」

 何とか起き上がろうとするも、触手はびくともしない。そこでようやく少年は、触手だと思っていたものが、何かの尻尾だという事に気がついた。環境の変化についていけと教えられた祖母の言葉を忘れる程に、少年は今動揺していた。

「嘘じゃないさ。ああ、自己紹介がまだだったな。俺は天狗の(きち)()。稲荷神社も信仰するシティ派だ」

「嘘だよ。嘘つくな」

「……最後は渾身のボケだぞ? 笑えよ少年」

 いや、状況的に笑えんか。そう呟きながら、天狗は再び「嘘ではない」と繰り返した。少年は唇を噛み締めながら、首を振る。否定したかった。突然家族からの愛は偽りだと告げられても、到底納得できるものではなかったのだ。

「そもそも、おかしいとは思わなかったか? お前を陰陽師として鍛えるなら、この里山こそうってつけだ。なのに何故わざわざお前の両親は都会に降りた? こんな言葉を漏らしてはいないか? 今まで、来たくてもこれなかった……とか」

 この里山に来る前の両親の会話を思い出す。ヒヤリとしたものが、少年の背を侵していく。

「簡単だ。ここには陰陽師として力をつけたお前に知られたくない秘密が眠っているからだ。お前の両親を知る存在がいて。お前の出生に関わる事件があったから。だから赤い狐は、ある程度この里山からお前を離し、鍛える必要があった」

「何の……事だよ。わからないよ。貴方が……あんたが言ってること、無茶苦茶だ!」

 とうとう声を荒げた少年に、天狗は同情を交えた笑みを返す。まるで少年の運命は決まったかのように語る様が、少年は気に食わなかった。

「陰陽師は、知識で戦うと言ったな。だが、君は理解を放棄した。これが意味すること、何だかわかるか?」

「謎かけはいいよ! 僕が聞きたいのは……」

「神隠し」

 魃の正体を明かした少年の語り口を真似て、天狗は宣う。首を傾げる少年に、天狗は意味ありげに片目を閉じる。

「さっき話題に出しただろう? この山で以前、それが起きた。連れ去られたのは……赤い狐の孫だ」

「……え?」

 少年の顔が、今度こそ凍りついた。

「……おお、知らなかったか? まぁ、伝えるわけもないか。お前には兄がいた。兄が神隠しに会う少し前に、お前の母はお前を身籠った」

 聞いてはいけない。直感で少年はそう思った。だが、言葉は否応なしに少年の耳に絡み付く。

「お前はな。最初から兄の為に生まれてきた。お前の兄は、真に才能に溢れていた。人柄もよく。まさに申し分ない神童だった。お前は間に合わなかったのだ。名前からして、兄の身代わりとして運命付けられていたのに……! 身代わり人形として本懐を遂げる前に、兄は連れ去られた」

「身代……わり?」

 身体が震え始めたのが分かった。少年は今、何となく行われようとしている恐るべき事態を予感しつつあったのかもしれない。

「赤い狐は、神を説得した。神のために贄としてもっと相応しい相手を見繕うと。そしてお前は今……ここにいる。約束通り、数え年十二の、陰陽師の力を備えた上に、いかなる妖怪とも契約を果たしていない。染められていない、無垢で穢れなき存在……!」

「ミサンガや、ライターは……」

「借り物だろう? お前の祖母からの。正式な式神としての契約は果たさせていない。お前の祖母からそう聞いている」

 バレてる。少年は歯をギリリと鳴らす。話を聞けば聞くほどに。思い出が濁らされていく。だが、少年には成すすべがなかった。だが、それでも少年は、天狗の言葉を否定する。否定せねば、壊れてしまいそうだった。

「知ったように、僕の家族を語るな! お父さんもお母さんも、僕を大切だって言ってくれて……! あんたなんかに、僕の家族の何が分かる! 化かしただなんて適当言うな!」

 精一杯叫ぶ少年を天狗は黙って見つめ……やがて、疲れたようにため息をついた。

「お前こそ、何が分かる。俺はお前の祖母が現役の頃からあの家にいるのだ。お前の両親も、お前以上によく知ってるさ。何より俺は……お前の兄の式神として仕えていた。……タクマが消えた時の皆の嘆きを、お前は知るまい。知ったように語るなよ。そう思うだろう?」

 キンよ。

 そう言いながら、天狗は道を空ける。そこには確かに、祖母とその側近である、九尾の狐がいた。

「ばっちゃん……」

 祈るように顔を上げる少年に、祖母は優しく微笑みかけ。


「〝拓矢〟。あたしらと、拓磨(タクマ)の為に……消えておくれ」


 ぺたりと。目と口を塞ぐかのようにして、何かが貼り付けられた。それがさっき拾い上げた、小包の呪符だと気づいた時、少年は視界が涙で歪むのを感じた。

「や、やだ……。嫌だよ……どうして……山に入ったのは謝るから……! お、御使いだって」

「いいや、許すよ。あたし達が用意した魃を退けたんだね。偉いよ。御使いだって完遂だ。あたしらが欲しいのを、今から拓矢は持ってきてくれるんだから。立派な〝陰陽師〟になったんだね。いっぱい努力したんだねぇ。だから……」

 これで神様に捧げても恥ずかしくないね。

 今までにない晴れやかな顔で、祖母は笑った。狂気などそこにはなく。純粋に嬉しそうに、笑っていた。

「待って! 待ってよ! 兄さんがいたなら、それを超えるくらい頑張るから! もっともっと、いい子になるよ! 兄さんがいなくて悲しいなら、僕が……」

「タクよう、いらんのだよ。妾達は〝そんなもの〟」

 冷たく言い放つ九尾の狐は、今まで向けていた親愛など投げ捨てたかのように無表情だった。それを尻目に祖母はそっと少年の……。タクヤの傍に膝まずき、両頬を優しく包み込んで。

「タクヤ。お父さんもお母さんも望んでる。今は後悔してる気配など見せちゃいるが、結局皆、始まりは一緒だった。私達はねぇ。〝タクマ〟が大好きなんだよ……」

 ポキリと。何かが折れる音がした。同時に、タクヤの身体から、急速に力が抜けていく。尻尾の主はそれを敏感に感じ取ったのだろう。ズルリズルリと、真綿で締めるように少年に尾を絡ませ、そのままゆっくりと、祠の方へ引きずり込んでいく。

 祖母の最後の温もりが消えさって。もはやタクヤに抵抗する力は、残されていなかった。


「ダメ、ダメ! タッくん! タッくん、手を伸ばして!」


 視界は涙と御札で何も見えなかった。何度も塞いでしまいたかった耳が最後に捉えたのは、悲痛な瑠雨の叫び声だけ。

 それすらもブツンとラジオが電源を落とされたかのように断裂し。タクヤの意識は闇に沈んでいった。


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