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正体と罪

 たどり着いた場所は、元は大きな川と思われる場所だった。

 岸の草繁り具合から、そこの水かさは明らかに目減りしているのは分かるが、確かにそこには水気がある。心なしか、周りの空気も冷涼に感じられ、少年は知らず知らずのうちに、気の抜けたように息をついた。

「流れてる川で助かったね。池とか沼だったら、温い水になっているだろうし。では早速……ジャンプ!」

 犬のように尻尾が生えていたのならば、千切れんばかりに振ってるんだろうなぁ。そんな事を思いながら、少年も靴を脱ぎ、川岸のよさげな岩に腰掛けると、水流に素足を浸す。山の川特有の、痺れんばかりの冷たさが、今はありがたかった。

「……タッく~ん。こっちおいでよぅ。涼しいよ? ヒヤヒヤだよ?」

 気持ちよさげに流され、泳ぎ。また流される瑠雨。まさに水を得た魚である。蛙だが。

 水は澄んでいて、流れもそこまで速くない。和服のようで洋服にも見える瑠雨の服はふんだんに水を吸い、ピタリと彼女の肢体に張り付いている。身を翻す度にスカートがフワリと波打ち、さながら美しい金魚の尾びれのようだった。

「う……」

「タッくん?」

「なんでも……ない。僕はほら、足浸すだけでいいよ」

 改めて、瑠雨の全体像をまじまじと見ていると、覗く健康的な太ももやらが勝手に目に入る。それから目を逸らせば、今度は楽しげに。出会った時のようなお天道様みたいな笑みが、乱反射する水面で弾けた。それらを目の当たりにした時、少年は自分でも分からぬ胸の高鳴りを覚え、結局その場で下を向いて……。そうしたら、いきなりすぐ下に瑠雨の顔が飛び込んできた。

「え~何で? ボクと泳ごうよぉ。ずぶ濡れになろぉよ~」

「いや、これからまだ山登るし」

「乾くよぉ」

「御札が濡れると困るんだ」

「鞄に入れなよぉ」

「…………人は水に浮かないし」

「え? でも水死体は浮くよ?」

「泳げないんだよ……言わせないでくれよ」

 悔しげにため息をつけば、ヒヤリとした指が、少年の脚に這わされる。コツンと膝の上に顎を乗せた瑠雨を見ると、彼女はごめんごめん。と言いながらも、妙に得意気だった。弱点見つけたり。と、顔に書かれている。少年はそう感じた。

「泳げないなら、ボクが抱っこしてあげるのに」

「それはもう何というか……僕の大事なものが失われる気がするからダメ」

「微笑ましい攻防をしているとこ申し訳ないんだがな。そろそろ怪異について話してくれないか? 少年」

 少し離れた場所で同じように川に足を突っ込みながら、天狗は生暖かい目でこちらを見てくる。それに苦笑いを返しながら、少年はおもむろにポケットに手を突っ込み、中から新品の御札を何枚か引っ張り出すと、静かに息を吸い込んで。


(ひでりがみ)……それが恐らく、あの怪異の名前だよ」


 朗々と。その名を告げた。

「元々は、中国神話に出てくる女神がルーツでね。常々体内に熱を蓄えており、そこに存在するだけでその地は雨が降らなくなり。干ばつが起こると言われてるんだ」

 遭遇した時を思い出す。奴の周りには陽炎が立ち込めていた。あの怪異自身が結構な熱を帯びていたことの何よりの証拠である。

「だが……雨が降らない。干ばつが起きようとしている。何やら暑そうだ。は、いささか強引ではないか?」

「天候を変える妖怪は数あれど、晴らし続けるなんてのは少ないよ。それこそてるてる坊主の(まじな)いくらいだけど……ここの山には、そういった儀式の跡は見られない。何よりも、あの怪異の姿がドンピシャなんだ」

 天狗の疑問に対して、少年は人差し指を立てる。

「〝その状、人面にして獣身なり。手一つ足一つにして走る事、風の如し〟(こん)(じゃく)()()(ぞく)(ひゃっ)()からの引用だけど、ようするに、人っぽい獣で、片足片腕」

 ピョンピョン飛び跳ねながら走りさった猿の獣。猿か人面かの境界線は曖昧ではあるが、限りなく文献の記述には近いだろう。

「人面で獣。これは、猿に限らず、色んな形を取るらしい。ただ単にこの地にいた魃が、その形だった。それだけの話だったんだよ」

「……ちょっと待ってタッくん。その言い方だと、その辺にうじゃうじゃいるみたいじゃない?」

「みたいじゃなくて、いるんだ。水神、氏子神、土着神が色んな場所にいるように、各地の山々に魃は存在する。ただ単に、普段はそこまで力を持った神じゃないってこと」

 恐る恐る推測を口にした瑠雨を、少年は肯定する。

 普段は暴れない。だが、何らかの要因で暴れる事もある。それもその筈だ。古くから信仰されてきた神様とは、決まって二面性をもつ。魃のルーツたる女神も、姿は醜い獣ではく、美しい姿をし、とある帝国を守るために戦ったと聞く。神様が何らかの形で災害をなすときは、決まって何らかのよくない兆候か、悪意が芽吹こうとしている前触れだ。少年は陰陽師の才を磨く過程で、そんな哲学を得ていた。

 話し終えたその場が、沈黙に包まれる。次に口を開いたのは、天狗だった。

「策は……あるのか? そんな自然現象のような神相手に。普段はちっぽけとはいえ、神は神。その荒々しい部分が表出しているなら、一筋縄ではいかない筈だ」

 神妙な面持ちで天狗が腕を組み、瑠雨もまた、心配そうに小さく頷く。すると少年は、途端に楽しげに。「大丈夫」と力強く宣言した。

「倒せない訳じゃない。言ったでしょ? 天狗さん。陰陽師は知識を伴った力であり、万に通ずる。弱点さえ分かれば……!」

 刹那、少年の腕が神速もかくやに振り抜かれる。

 放たれたのは、構えていた御札の一枚。矢のように飛ぶそれは、少し離れた柳の樹上へと到達し――。直後、「ギャア」という断末魔が響き渡り。白い獣が落下した。

「……っ、魃!?」

 直ぐ様川から飛び出した天狗は、錫杖を手にそちらへ走る。

「大丈夫。たぶんもう……死んでます」

 油断なく遠巻きに近づいていく天狗に、少年はそう告げる。事実、数秒後に魃は光に包まれたかと思えば、やがて煙のように消失した。

「や、やっつけたの?」

「いや、まだ。天狗さんも言ってたでしょ? 猿共って。恐らくさっき仕留めたのは、そのうちの一体」

「じ、じゃあ、全部倒しちゃえば……」

「うん、出来たらそうするけど、多分無理。御札が足りないんだ。ともかく、コレで倒せたなら、異変とやらは魃で決まりだろうね」

 ゆっくり川から脚を出し、少年は獣の死体に歩み寄る。

「少年。これは一体?」

「投げたのは、とある神様の加護が込められた御札だよ」

 戸惑う天狗の横をすり抜け、少年はペリッとその札を剥がす。

『厠神守護』そこにはそう記されていた。

「厠……?」

「実は、効くかどうか運任せだったんだよね。効かなかったら里に戻って、おまるか便座でも持ってきてみるか。最悪ばぁちゃんかいちごちゃん連れてこなきゃいけなかったから」

 肩を竦める少年の後ろで、「だから、いちごちゃんって誰よぉ?」と、川から上がった瑠雨が首を傾げるが、今は置いておく。

 天狗から、どういう事だ説明しろ。という空気がバシバシ伝わってくるのだ。

「魃にも、弱点はあるんだ。彼あるいは彼女は、厠……つまりトイレに放り込めば即死する」

「なんだそのふざけた弱点は!?」

「いや、死ぬって言われてるから仕方ないよ。それ言ったら天狗さんだって鯖……」

「ああ! 仕方ないな。厠だものな。仕方ないな!」

「ということで、厠神の加護がある御札なら、倒せるんじゃないかなって思って」

 祖母から貰った全国のありがたい御札シリーズ。少年の頼もしき陰陽師グッズの一つの効果は、これ以上なく覿面だった。

「じ、じゃあタッくん。それを魃達に貼り付けていけば……!」

 目を輝かせる瑠雨に、少年は静かに頷いた。


「うん、この炎天下の異変とやらは、めでたく解決だよ」


 ※


 崩れ、黒煙を上げた和風建築を見上げながら、芦屋いちごはため息をついた。

「まぁ、そう簡単にはいかないわよねぇ……」

 分かってたけど。と呟きながら、コキリと首の骨を鳴らす。

 出るわ出るわ。狐の怪異共。

 管狐が百匹。野狐、白狐、黒狐、金狐、銀狐等の妖狐共。極めつけは九尾の狐に……。

「それなりに上位の狐でしたな。婆や殿とタマ殿に化けていたあの影武者共は」

 すぐ横に佇む武将が、返り血で真っ赤に染まった甲冑を揺らしながら己の顎を撫でる。

 そうなのだ。結構な数が一斉に襲ってきたから、どこで入れ替わったのかは分からないが、抑え込んだ筈のキンとタマが、全くの別人もとい別狐になってしまった所で、いちごは己の失態に気がついた。何らかの目的があるキンは、いちごを何としても釘付けにしておきたかった。仮に敗北しても、捕まるわけにはいかなかったのである。

 稲荷三昧やら術比べなど体のいい口実で、実際のキンらの目的は果たされた。いちごの足止めをし、自分達は雲隠れ。行方知れずという事は情報は引き出せず、幼馴染みの行方も知れぬままになった。試合に勝って勝負に負けたとはこのことである。

「カネオのばぁばって人がいたのよね? 今度はそこに行きましょう」

「……連戦ですぞ。あの狐婆の知り合いならば、手練れでしょうに。ただでさえ敷地内の式神全てを打ち倒した後。少し休まれてから……」

「私に意見するの? 頼光?」

 苛立ちを隠そうともせず、不機嫌そうに目元に皺を寄せたいちごに対して、頼光は臣下の礼をもって非礼を詫びた。

「出過ぎた真似をお許しください。この頼光、姫様の決定に不服などございませぬ。なんなりと、この古刀を使い潰されませ」

 それでいいのよ。と言うかのように、いちごは歩き出し、その後ろに頼光が付き従う。

 この辺の土地勘はない。となれば、陰陽師独特の気配を持つ家を探して、そこから聞き出すのが得策か。

 瞬時に方針を定めたいちごは、ポケットからもう一枚の人形(ひとがた)を取り出す。里は広い。移動用の脚が必要だった。

「カラリン……」

「怪異山。この里で最も大きい山だよ。タクもお義母さんも、そこにいる筈だ」

 その時だ。不意に後ろから、そんな言葉が投げ掛けられる。振り向けばそこに、いつのまにか幼馴染みの両親が立っていた。

「失礼ですが……信用しかねます。グルじゃないんですか? おじさんも、おばさんも」

 目を細め二人を睨むいちご。すると二人は悲しげな顔で俯いた。

「……罪深いことに、最初はグルだった。それは否定しないよ」

「でも……途中で。ああ、本当に愚かだけど気づいたの。私達は、願ってはいけないことを願ってしまった」

 顔に手を当て、幼馴染みの母は啜り泣きを上げる。その肩を抱きながら、父は静かにいちごを見た。

「聞いてくれ。いちごちゃん。私達の罪を。そして、身勝手な事を承知で、陰陽師の君に頼みたい……。お義母さんを、止めてくれ」


 それは祈るような響きであり。


「今山で、里で起きている異変は、お義母さんが糸を引いている。タクに解決させる為に。そして、それが成功した瞬間、タクは……願いの為に、この世から消されるだろう」


 続く真実は、いちごを絶望させるには充分すぎた。

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