表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

間話・情報収集と対策

 喧騒に満ちた店内は、荒唐無稽な奇声や怒声染みた注文や応対の声で賑わっていた。

 うどん屋『コシヒカリ』まさか神隠し先にそんな施設があるなど想像もつかず、立て看板を見つけた時は、流石のタクヤも二度見した程だ。

 神様の領域にしては、ここはタクヤや瑠雨が想像していたよりも俗っぽい世界に見えた。

「いいや、神様が治めるからこそ、俗っぽい営みが必要なのかな?」

「崇拝や畏怖する存在がいてこそってこと? そう考えると神様もボクら妖怪と変わらないね」

 チュルチュルと冷やし山菜うどんを啜りながら、タクヤがそう独り言を述べれば、向かいにいた瑠雨がそんな感想を漏らす。コシのあるある麺に仄かに香る山の幸。だしが効いたスープの併せ技で「んーっ」と、幸せそうな顔をする妖怪に、タクヤは吹き出しそうになるのを辛うじて堪えた。

「……何かタッくん、ボクをバカにしてない?」

「してないよ。さて、せっかくだし、集めた情報を整理してみよう」

 パッパと七味をうどんに加え、味の変化を楽しみながら、タクヤは話題を転換する。瑠雨はまだ納得してなさげな顔をしつつも、渋々頷きながら、傍らの薬味箱からかぼすを指でつまみ上げ、おもむろに絞り汁をうどんに投入していく。


「まずは、この世界……。『狐狗里(こっくり)』について」

「現世から引き剥がされた、完全に独立した異界。太陽と月も、星座の位置も皆同じだけど、世界はここで完結している。だったよね?」

 狐に化かされて、この世から隔てられた場所に行ってしまう。そんな民間伝承によく似た話だとタクヤは思う。化かしてきた相手がどうしようもなく強大だけれども、そこは今は気にすまい。他に特筆すべき点は……。


 一つ。文明は江戸時代辺り。塔から出てすぐに広がる町並みは、教科書で見たような城下町風。

 二つ。少し距離はあるが、周りは野山に囲まれている。野生の獣も多数生息。

 三つ。通貨らしきものはなし。物々交換のよう。

 四つ。町民は妖怪ばかり。狐の系統がもっとも多い。

 五つ。人間がいても違和感は感じないらしい。何故ならば、過去に朔夜は何度も人間を連れ込んでいるからだとか。

 六つ。ここでの朔夜は完全に神様とされる。定期的に色々なものを町人が神様への捧げ物として奉納している。

 七つ。朔夜は塔からは基本的に出てこない。何か用事があるときは必ず使いの狐を利用する。ただ、これも滅多に使用しない。

 

「何というか……聞けば聞くほどに暇になった神様の箱庭って感じがする」

「神様は基本的に暇だって言ってたから、あながち間違いじゃないかもね」

 瑠雨の言葉に肩を竦めながら、タクヤはその意見を肯定する。

「神様って言ったら聞こえはいいけど、その実彼らは何でもできる訳じゃない。文字通り何でも出来るなら、そもそも地上で人間は栄えなかった。彼ら彼女らが中心の世界にすればいい。でもそれが出来ない。瑠雨、神様の条件って、何だと思う?」

 タクヤの質問に、瑠雨は少しだけ考え込み、やがて静かに首を横に振る。

「わかんない。だってタッくん達人間から見ても、色々考えはあっても、結局は曖昧な存在でしょう?」

 瑠雨がそう言えば、タクヤはまぁね。とばかりに頷いた。

「だから、わからないならわからないなりに、その在り方に目を向けるんだ。まず、願いは叶えてくれたり叶えてくれなかったりする」

 それは祖母らの交渉に応じたことから伺える。

「次に、自分で全てを好きには出来ない」

 そもそも、タクヤが拐われた場所が問題だった。祠の近くでの術の行使。貼り付けられた御札。つまり朔夜はあの祠の近くでないと、此方に干渉できない可能性が高い。あの塔から逃れてから何もしてこなかった辺り、恐らくは易々と姿を人目に晒すわけにはいかないのだろう。

「そして何より、人間から信仰され。時には畏れられねばならない」

 神隠しの話がまことしやかに残っていたのもある意味で信仰や畏怖と言える。あの里で朔夜は紛れもなく神様なのだ。


「だから、これらを踏まえると、神様って自分の欲しいものを直接手にしたり、作ったりすることが出来ない存在だと思うんだ。だから人間に働きかけて、間接的に手に入れようとする……奉納って形でね」

「成る程、タッくんが欲しいから、お婆ちゃんに働きかけた。お婆ちゃんは……その、タッくんを捧げ物として供えた。その見返りがタッくんのお兄さん」

 畏怖と信仰。その見返りが綺麗にサイクルしている。つまり、そういった形に持ち込めば、現世に帰る願いも引き寄せられるかもしれない。

「じゃあ、タッくんが考えてる交渉って……」

「そう。古典的だけど……プレゼント大作戦さ」

 そう言ってタクヤは、傍らに置いたショルダーバックを撫でる。彼の視線の先には、今まさに他の妖怪へうどんを提供する、狐の少女の姿があった。

「狐うどんお待ち!」

 それを見た瑠雨は顔をひきつらせながら、ゴクリと唾を飲む。空腹等では勿論ない。緊張と驚愕からくる、無意識の行動だった。

「タッくん……、失敗したらまた逃げて、この城下町でボクと一緒に暮らそっか」

「何でそこはかとなく諦めモードなのさ」

 今度はタクヤの方が顔をひきつらせながら、瑠雨のおでこを指でつつく。そんな単純なだけじゃないよ。そう呟きながら、タクヤは立ち上がる。

 情報は集めた。作戦も立てた。後は。

「後は準備するだけだ。瑠雨。悪いんだけど……色々協力してもらうよ」

「……ボクが? いや、だってタッくんの作戦からしたら、ボクがやることなんて精々タッくんを守る位で……」

「何言ってるのさ。瑠雨、寧ろ君が作戦の要だよ。頼みたいことがいくつかあるんだ。例えば……」

 そっとタクヤは瑠雨に耳打ちする。すると瑠雨は、みるみるうちに顔を赤らめて、口をパクパクさせ始めた。

「……えっと、タッくん? マ、マジ?」

「……? え、ダメ? あ、僕が知らないだけで瑠雨にとって嫌なら……」

「い、いや。ダメじゃないし、嫌でもない……けど」

 いじいじと人差し指の先同士をつつき合わせながら、瑠雨は恥ずかしそうに目を泳がせて。

「いい……けど。その、ボクそんなことされるのはじめてだから、優しく、ね?」

「……あの、僕そんな凄いこと言ったの?」

 あまりの瑠雨の恥じらいぶりにタクヤはだんだん不安になってくるが、その理由がさっぱりわからない。自分はただ……。

 何かを言おうとしたタクヤの口を瑠雨は指で優しく塞ぐ。相変わらず顔を赤らめたまま、潤んだ目でこちらを見て。


「じゃあ、今日のお宿を探さないとね」


 耳元で囁かれた時、タクヤは謎の胸の高鳴りを覚えた。訳もわからず一緒に立ち上がった瑠雨を見上げると、彼女は微笑むばかりで何も言わなかった。

 後にタクヤはひっそりと、当時の失態を胸に刻むことになる。作戦はちゃんとしていた。ただ、少しだけ予想外な事が起きた……と。

 少年タクヤ。ほんの少しだけオトナの階段に片足をかけかける事になろうとは、この時の知るよしもなく。また、頑としてその時の出来事は誰にも語られぬまま、記憶の底に封印される事となる。もっともそれはまた、別のお話ではあるのだが。


 何はともあれ。決戦の時は刻一刻と迫ってきていた。


情報おさらい


朔夜の世界、『狐犬里』

・文明は江戸時代辺り。塔から出てすぐに広がる町並みは、教科書で見たような城下町風。

・周りは野山に囲まれている。野生の獣も多数生息。

・通貨らしきものはなし。基本的に物々交換あるいは肉体労働にて還元。

・町民は妖怪ばかり。狐の系統がもっとも多い。

・人間がいても町民は違和感は感じないらしい。

・朔夜は完全に神様とされる。定期的に色々なものを町人捧げ物として奉納している。信仰の一環のよう。

・朔夜は塔からは基本的に出てこない。何か用事があるときは必ず使いの狐を利用する。


所持品


タクヤのショルダーバック


・各種御札(退魔用。結界用。商売繁盛・交通安全などご利益ありのありがたい御札)

・占いや奇門遁甲用の盤が描かれたスケッチブック

・即席札やを作る用のツール(筆ペン、鋏、カッターナイフ、糊等)

・裁縫セット

・鯖缶

・炒り豆

・塩

・カネオのばあばのお土産(胡瓜、茄子、生姜、油揚げ)

・空き缶(管狐不在)


同伴者


瑠雨

種族:妖怪(大蝦蟇)

持ち物:蝦蟇の槍(紛失)

備考:一度タクヤの精気を吸った為、多少離れても彼を見つけられる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ