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第7話  冷やし草の売買と話す方法

 家の地下室にあったような、光る石に照らされた廊下を進んでいくと、突き当りに買い取り課と書かれた木札がついたドアを見つけた。


《買い取り課って言ってたし、入ってもいいのかな?》


《こういう場合は扉を三回、軽く手で叩き、反応をうかがってください》


 アルマさんに言われた通り、ドアを軽く叩いてみると、木の軽い音が響く。


《ドアを叩くことをノックと言い、在室の確認や入室の許可を得る際に行う行為です。覚えておいてください》


《わかった。ノックだね》


「どーぞ 鍵は空いてますので」


 男性のものだろうか、返答が帰ってきたのでドアを開けてみる。


「シーラの言っていた子かな? ……買い取りだよね?さぁ、入って入って」


 奥の方から男性の声が聞こえた。

 促されるままに部屋の中に入ってみると、目の前にカウンターがあり、カウンターの向こう側でメガネをかけた男性のギルド職員が迎えてくれる。

 棚がたくさん並んでいて、見たことのない不思議な道具もいくつか置いてあった。


「さて、何を持ってきてくれたのかな?」

 

 持っていた冷やし草をカウンターの上に置くと、職員が袋から薬草を取り出し、切り口を見ていく。


「見せてもらうねぇ。……え、冷やし草…………お、ちゃんと熱処理もしてある」

 

 切り口を見て、何やらブツブツと言っている。独り言だろうか。本の手順通りに処理したので、大丈夫なはずだと思いたい。

 根の入った紙袋も見やすいよう、根をテーブルの上にいくつか出してみる。

 

「根っこのほうもそろってるね。品質もいいし、…………茎が一本につき三十ルピー、根っこはひとつ二十ルピーでどうかな?」


 初めての買い取りなので、買い取り額が、高いのか分らないけど、リンゴがたくさん買えそうだ。


「それでお願いします」


 了承するとテーブルの上に、木のトレイが置かれた。その上にどこからともなく、職員が硬貨を持ってきて載せている。そこには大銅貨二枚と銅貨が五枚置かれていた。


「はい、全部で千五百ルピーだよ。……冷やし草の下処理は君が魔法でしたのかい?」


《トランスについては、はぐらかしてください》


 なんでそんなことを聞くのだろうと思いながら返答する。


「いえ、魔法は使えないです」


 嘘は言っていない。

 銅貨を服のポケットにいれながら、ポケットの中で影へと取り込む。

 

「違うのかぁ。いやね、一部の薬草はちゃんと処理しないと、今の値段の三分の一の買い取り価格なんだよ。魔法使いでもない限り、薬草の下処理はできない人が多いんだ。かといって魔法使いは、報酬の多い薬製造や討伐クエストを受けるから、薬草の持ち込みが少なくてねぇ。あ、もちろん君が魔法を使えないことは黙っておくよ。良質な薬草をこれからも頼むよ。」


 そう言って、買い取り課の人は薬草をどこかへと持っていく。


 下処理は魔法使いがするらしい……とにかく千五百ルピーだ。ツヴァイにとっては、記憶を失くして、初めての収入だ。顔には出さないようにしているが、心の中では全僕が喜んでいる。


 ふふふ、リンゴ何個分だろう……。


《一個の値段が二ルピーと仮定、七百五十個のリンゴと交換できるかと》


 冗談でも、ちゃんと計算してくれるアルマさんが嫌いじゃない。


 ……………………………………じょ、冗談だよね?


《これで、服が買えるかな?》


《物によるでしょう。価格調査が必要と考察》


 これなら様子見の三十ではなく、全部の薬草を売りに出してもよかったかもしれない。 買い取りも無事に済んだので、僕も調べものをするために、ギルド図書館へと戻ることした。

 ドアを開けると、棚の向こうから買い取り課の人に呼び止められた。


「あ、次に持ってくるときもこっちの窓口でいいかい? ギルドのほうは結構、荒れてる人もいるから、君みたいな子どもは絡まれちゃいそうだ。シーラに言えばいいからさ」


 次回も図書館から入ってくればいいらしい。トラブルを避けられるのなら好都合だと思い、職員に礼を言い、買い取り課を後にする。

 

《今後、トランスによる説明できない事象も発生すると思われますが、手の内は明かさぬよう、はぐらかしてください》


《トランスが出来ることって、珍しいの?》


《現状、トランスに近い魔法などは存在しますが制約があります。現時点でツヴァイ以外にトランスの可能な個体を確認できていない以上、トランスは珍しい能力と言い切れるでしょう。悪目立ちは避けなければなりません》


《分かった。気を付けるようにする》


 そんな話をしながら先ほどの廊下を戻り、図書館へのドアを開けると、シーラさんの背中が視界に入る。振り返るシーラさんの手には、先ほどとは違う色の本が握られている。また何か別の本を読んでいたみたいだ。


「おかえり少年。どうだった?お金にはなったかな?」


「はい、おかげさまで買い取ってもらえました。また次もお願いします」


「そっかぁ、良かった良かった。薬草の本を渡して良かったよぉ。この調子で生物の本もがんばって!」


 そう言って、シーラさんは僕に生き物の本を渡してくれる。

礼を言いつつ、喋る生き物についての本が無いか、気になった。


「ありがとうございます。……あの……喋る動物とか、動物と話せるようになる魔法の本とか……ありますか?」

「うーん……喋る……あったような、なかったような」


 カウンターから出て、ぶつぶつ言いながら、奥の方の本棚へと歩いていくシーラさん。後をついていくと、とある棚で立ち止まった。


 「確か、ここら辺に……あ、あったあった」


 そう言って、一冊の本を棚から抜き出してきた。

 背表紙には、『動物とのコミュニケ―ション方法』と書いてある。


「これに、話せる動物について、載ってた気がするんだけど……あぁ……首都のギルド図書館なら、もっと種類があったのに……」


 腕を組み、難しい顔をしてぶつぶつとつぶやいているもシーラさん。

 どうやら、この本に喋る動物についての情報が載ってるみたいだ。

 本を受け取り、シーラさんに礼を言う。


「ん、少年はなんでまた、喋る動物なんて調べようと思ったの?」


 リリィと話すためなのだが、そんなことを言えば、猫にトランスしていることがばれてしまう。


「なんとなくですよ。そう、なんとなく」


 先程のアルマさんとの会話を思い出しつつも、咄嗟とっさに良い考えが浮かばなかった。


「そっかぁ、好奇心いっぱいのお年頃だもんねぇ」


 うんうん、と頷きながら、シーラさんはカウンターへと戻っていく。

 何に納得したのかわからないが、何とか誤魔化せたようだ。


《あれで、誤魔化せてればいいですね》


 アルマさんの一言を流しつつ、本を抱えていつもの定位置へと座る。

 

《アルマ、お願い》


《識字データのインストール、開始》


 本を読み進めると、動物のしぐさや態度を見分ける方法が書かれていた。喋ると言うよりも、動物の行動や態度で何を考えているか読み取っていく手法みたいだ。


《考えていたのと少し違うかな……》


 思い描いていたものと、現実が違うことを感じながら読み進めていくと、使い魔について記載されているページがあった。


《使い魔との……使い魔?》


《魔法使いとの契約により発生する、主従関係と記憶しています》


 魔法使いの使い魔になった一部の動物は、主人を守るため、大型化する場合があり、使い魔の元となる個体によっては、会話が可能になる使い魔も確認されていると書かれている。


《魔法使いの使い魔……あ》


 考えてみれば、リリィのお母様は魔法使いだ。その娘であるリリィも魔法が使えてもおかしくはない。


《少女の家に居ついてから、母親が使い魔を所持している場面を確認していません。使い魔を持たない事情が存在する可能性もあるのでは、と考察》


《そうかもしれないけど、アルマだってよく言ってる。やってみなければ分からないかと……どう?》


《肯定。ツヴァイ、私の模倣をしているのであれば…………似ていません》


 似てると思ったんだけど、アルマさんの採点が厳しい。


《……気を取り直して、リリィに使い魔を進める方向でやってみよう》


 そうと決まれば、リリィにこの本を勧めるべく、図書館内で本を読んでいるであろうリリィを探す。

 

《……居た……どうしたんだろ》


 リリィは一階にはおらず、二階の読書スペースで椅子に座り、本を開いたまま、足をぶらぶらとさせていた。読書はしてないようで、何やら退屈そうだ。


《母親に文字の学習を受けていますが、習熟率はとぼしいかと》


《そういえば、リリィって、家でも本読んでるとこ見たことない……どうしようこれじゃ本を勧めても、読めないね》


 ここにきて、簡単な文字しか読めないとは想定外だった。

 リリィに本を勧めても、読んでもらえなければ作戦は達成できない。


《ツヴァイが読み聞かせればいいのでは? と提案》


《あ、それだ》


 さすが、困った時のアルマさん。そのアイデアさすがです。

 リリィと会話することに、先ほどのような緊張感はあるものの、今は目的のために突き進むべく、さっそく行動へと移すことにする。


「薬草の本はどうだった?」


 近づいて声をかけてみる。話ついでに、『動物とのコミュニケ―ション方法』の本も勧めて、動物と喋るには使い魔にするという方法があるのだと教える作戦だ。


「ひはっ…………あ、さっきの司書さん」


 僕に気が付かなかったのか、少し驚いた様子で僕のほうへと向き直るリリィ。


「えーと……ちょっと、文字が難しくて……」


 目を泳がせながら、恥ずかしそうに返答する。

 わずかに頬が紅潮していた。


「そっかぁ……じゃあ動物好き?」


 少し考える素振りをするリリィ。


「……うん、好き」


 話の振り方が少々強引かなと不安になるも、なかなかいい反応が得られた。『好き』という言葉に、気のせいか鼓動が速くなる。


「動物と話してみたい。って思ったことはある?」


 …………コクコク


 頷いてくれた。少しは興味があるみたいだ。


 持っていた本をリリィに見えるようにする。


「この本には、動物と意思疎通する方法が書いてあるんだけど……」


 ペラペラと、先ほどの使い魔のページを導き出す。


「えーと……あった。魔法使いの使い魔になった動物とは、話せるようになる事があるんだって。面白そうだよね」


 少し強引だけど、伝えたいことは伝えられたはずだ。


《ツヴァイ、かなり強引ですね》


《うぅ》


 アルマのことは流しつつ、リリィの様子をうかがうと、何か考えるように宙を目が泳いでいた。


 キンコーン、キンコーン、キンコーン。


 時計の音が図書館に鳴り響く。

 傍にある、振り子で動く時計の音だ。視線を向けると、時計の針は夕方の五時を指している。


「あ、もう、こんな時間」


 リリィも時間に気が付いたようだ。

 気のせいか少し慌てている。お母様との用事でもあるのかもしれない。


「いいよ、本は片づけておくね」


「あ……えと、本、ありがとうございました」


 そう言って、お辞儀をすると、慌てて階段を降りていく。

 転ばないか心配になったものの、シーラさんにも同様の挨拶をしている声が聞こえた。無事に下までついたようだ。


《僕もそろそろ戻らなきゃだね》

 

 リリィの本を手に持ち、本棚へと戻して、僕もリリィの家へと帰ることにする。


 

◇◇◇◇◇◇◇◇



「おつかれぇ …………で、少年の薬草はどうだったぁ?」


 ツヴァイが帰った後のギルド買い取り課の一室に、シーラが訪れていた。


「あぁ、ギルドの制服を着た子だね。もしかしたら……将来有望な人材かもしれない。品定めした後に思わず、唖然としたよ。これを見てくれ」


 そう言って、一枚の紙を渡される、よく見ると鑑定課の書類だった。

 買い取り課の同期は、まだ仕事が残ってるのか棚の整理をしている。


 渡されたものに目を移す。用紙は鑑定結果のようで、切り口などの断面はBやC評価があるものの、品質の部分にSと書かれている。


「茎も根も買いとったもの全てが品質においてSランクだよ。熟練の魔法薬師でもこれだけ高品質な状態で持ってこれるのは、この街だと1人しかいないだろうね。まるで、数分前に採取したような新鮮さだったよ」


「あっはっはっは、さすが少年だ」


 やはり、自分の勘は間違っていなかったと、予想以上の成果に書類を見ながら、思わず笑ってしまう。


「最初はまさかと思ったんだけどね、子どもが冷やし草を持って来たのが信じられなくて、念のため鑑定課にも依頼したんだ。……子どもが採取したなんて、信じられないよ。…………どこかのお坊ちゃまなのか知らないけど、護衛を付けながらでも採取したんだろう。じゃなきゃ、よっぽど腕の立つ魔法使いだよ……あれは」


「……え…………冷やし草?」


 改めて、書類を食い入るように見た。

 書類に冷やし草の文字があり、一瞬混乱する。

 

 この辺りで冷やし草が自生している場所など一つしかない。

 東の門の森にはたしか……。


「だから、驚いてるんじゃないか。そこにも書いてあるだろ、冷やし草って。あのウドリーの森で採ってきたんだから大したもんだって」


 鑑定書を何度見るも、そこには冷やし草と書いてあり、夢ではなかった。

 

「私はてっきり、薬草を取ってきたんだとばかり……でも、品質Sって……まさか」


「そのまさかだよ。火なんて使ったら、森中のウドリーが襲って来て、中級冒険者でも命を落とすだろうに。ご丁寧に全部しっかり熱処理されてたよ」


 東門の近くには冷やし草の自生する森があるものの、ウドリーと呼ばれる動植物の群生地帯だ。火を使えば森中のウドリ―が襲いかかってくるため、下処理は難しく、戦闘になると上級冒険者でも重傷は覚悟するような難易度だったはずだ。

 そのため魔法使いでも、魔法薬の依頼で、一から作る場合を除けば、好んで冷やし草の採取はしたがらない。


この辺りでは東門の森で危険を冒してまで、冷やし草取ろうと考える人は居ないだろう。



「お金持ちって線はないかなぁ」


 お金持ちならば、執事なり講師を雇って教育するはず。わざわざ図書館で私に文字を聞いてきたりはしないだろう。


「……少年、いったいどうやって……」


 考えてみるも、やはり魔法使いではないかと感が告げている。


「だからルール違反だけど、気になって聞いてみたんだ。魔法使いなのか?ってね」


 冒険者の得意武器や得意属性など、手の内を聞いたりしてははいけないと、ギルド職員の中では暗黙の了解ルールだ。

 それが冒険者にとって大きな武器でもあり大事な仕事の種という理由もある。


「……少年はやっぱり魔法使いなの?」


「いや、否定はしてたけど、本当のところは分からないね」


そう言って肩をすくめる買い取り課の同期。


「一つ言えるのは近い将来、大化けしそうな子がいるってことだよ。子どもが下処理された冷やし草を、(おもて)の買い取り課で出してたら、高確率で絡まれるからね、次回も図書館の通路から来るように言っといたよ。それでよかったかい?」


「あ、うん、助かった…………規格外過ぎだなぁ」


 驚いてばかりで少し疲れていたのか、カウンターに突っ伏すシーラ。


 ギルドから支給されている制服の上からでもわかる胸が、机と体の間で押しつぶされているが、生憎と、整理に集中していた同期は気づかない。


「すごい新人の発掘じゃないか。同僚としては羨ましいね。この功績で大きなギルド図書館に栄転かな?」


「気が早いよ。……ギルド長に手柄持ってかれないように気を付けないと。図書館は利益が出ないって厳しいのにぃ……」


 脳裏にギルド長の顔が浮かぶ。

 本来、ギルド図書館は首都や大きな町でないと利用者も少なく、利用料を取れるのは十才からなので、今の少年からも利用料はとれない。


 買い取り課や鑑定課、総務課、管理課、などと比べると評価されにくい部署だ。


「違いない。あの人も出世欲の塊だからね……」


 思い当たる節があるのだろう。同期がくすくすと笑っている。

 他人事ひとごとだと思って……。




「………………あっ!!」


 カウンターの上に上体を預けていたシーラがふと気が付く。


「ん? どうかした?」


「まだ少年の登録してない!!」


 ギルドにおいて、有望な人材を発見した際には、登録を受け付けた職員の功績になる事が多々あり、そのためにもギルド登録する事が、栄転への第一歩となるのだ。 


「じゃ、まだ少年はフリーなんだね…………俺も栄転してみたいなぁ…………て、もう居ない」


 その日の夕方、ギルドでは風のように受付へと走っていく司書が目撃されたそうな。



誤字・脱字等あればよろしくお願いします。



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