第6話 リンゴと嫌なもの
「ツヴァイは、昼間何してるのかなぁ」
リリィの膝の上で、朝食後の毛づくろいをしてもらいながら昼間の行いについて問われる。リリィはこうして時折話しかけてくる。もしかして話相手が欲しいのだろうか。
「猫なんだから、きっと日向ぼっこしてるのよぉ」
「……にゃー」
ここはお母様に同意しておこう。猫なのだから猫らしくだ。
いけない、毛づくろいが気持ちよくて少し眠くなってきた。
《アルマ、取り込んでるものだして》
《表示します》
リリィの膝の上で、影の中のものをイラストで視界に出してもらう。
水色の服、最近シーラさんからもらっているおやつの紙。昨日は森まで冷やし草を採りに行ってきたので、水色の茎の薬草と緑の薬草のイラストも出てきた。
冷やし草の茎と根がそれぞれ百五十八本分、一緒に取れた薬草の茎と根が二十六本分、イラストは取った時のままだ。
萎びていないか少し気になる。
《影に取り込んだものは時間経過が極めて遅延します。詳細なデータはありませんが、2年前に取り込んだものが、当時のそのままだったデータがあります、萎びるといった現象はおそらく心配無用かと》
《時間がゆっくりってこと?》
《肯定。冷えた物や熱した物なども、入れた時と同様の温度を保っていた記録があります》
なるほど。薬草の品質によって買い取り価格が変動する、と書いてあったけど心配はなさそうだ。
「お天気だし、散歩でもしてきたらどうかしら」
今日のリリィはお手伝いがお休みらしい。
リリィが両手で僕の頬をまさぐりながら遊んでいる。少しくすぐったいかもしれない。
「祠までお散歩に行こっか」
「にゃー」
すぐさま了解の意を込めて鳴く。
リリィは昼間頑張っているのだし、飼い猫なのだから家族サービスは大事だろう。
「お手伝いしてもらってるからご褒美。無駄遣いはダメよぉ」
お母様がリリィの隣へとやってきて、硬貨を渡す。
思わぬお小遣いにリリィは嬉しそうだ。
「行ってきまーす」
家を出て、東門へと続く道を歩く。 今日のリリィは薄紫色のワンピースのような服を着ていた。
通りを歩いていると、昼間なのにもかかわらず、猫やネズミなどの生き物を見かけない。
西の門へ行く際は、道中に猫やネズミ、犬などを見かけるものの、この道だけはなぜか、初日の夜しか生き物を見かけていなかった。
《みんな寝てるのかもね……》
《生命反応……検知できず》
どうやら、隠れているわけではないらしい。本当に居ないようだ。
歩いていると、東門と広場が見えてきた。昼間は、果実や道具などの露店が並んでいて、人でにぎわっている。
リリィはそのまま、果物が置いてある屋台へ歩いていく。
「いらっしゃい、どれも美味しいよ!」
「すいません、これください」
「あいよ、4ルピーだ」
リリィは錫で出来た薄い小さな板を四枚、店主に渡して赤い果実を2つ購入した。
《今のは、お金のやり取り?》
《肯定。材質により、錫で出来た銭貨が一ルピー、鉄貨が十ルピー、銅貨が百ルピーとなり、大銭貨は五ルピー、大鉄貨は五十ルピーとなります》
《下から、錫の銭貨、鉄、銅、銀の順番で、大きい貨幣は五倍の価値って覚え方でいいんだよね?》
《肯定。しっかり記憶できているようですね》
図書館で覚えたことは大体しっかり身についているはずだ。
リリィは買った果物を抱え、門へと向かう。
昨日とはまた違う門兵さんだ。
「お嬢ちゃん、通行証は大丈夫かい?」
こくこくと、首を振ってリリィはうなずいた。
「気をつけてな」
後を追うように門をくぐり、畑の真ん中を通る道を進んでいく。
実りの少ないそれが、吹き抜ける風に身を任せて揺れている。
街壁が小さく見えるような所まで来た時、ふと、前方に数人の人影が見えてくる。
七人だろうか、リリィと同じぐらいの背丈だ。
何かをして遊んでいるようにも見える。
《リリィと同年代の子どもと推測》
道の真ん中を歩いていたものの、子どもの集団に近づくにつれ、リリィは徐々に道の端のほうへと移動していく。
子どもの数人がこちらに振り向いて気が付いたのか、近づくリリィを見ている。
集団の真横を通り過ぎた。
「おい、おまえどこいくんだよ」
「…………」
子どもの一人が声をかけるも、リリィは答えず歩いていく。
無視したせいなのか、子どたちがリリィの前へと回り込み、道を塞いだ。
立ち止まるリリィ。
「オイ、聞いてんのか」
「話しかけてんだぞ、返事ぐらいしろよ」
少年たちの問いかけに なぜか返答せずに、うつむくリリィ。
ツヴァイが下から見ていると、わずかに口が動いていて、
「……通して」
と言っているようだが、周りの子には聞こえていない。
子どもの一人がリリィの抱えている果物に目が行く。
「こいつ、リンゴ持ってるぞ」
「無視した罰だ、そのリンゴよこせ」
リーダー格の少年が、リリィの腕の中のリンゴへと手を伸ばし、一つを奪い取る。
「あ……だめ、返して」
リリィが手を伸ばして取り返そうとするも、少年のほうが背が高く、リリィの手は届かない。
リンゴを取り返そうとつかみ合いになるも、自分よりも大きな相手に、片手でもう一つのリンゴを持ったままではいいように遊ばれてしまっている。
そこへ、もう一人の少年が手を伸ばす。
「とったぁ」
もうひとつのリンゴも、他の男の子に奪われてしまった。
「返して……返して……」
必死に手を伸ばして、リリィが取り返そうとするも、リンゴは少年から少年へと投げ渡され、リリィの手をすり抜けていく。
「そら、欲しけりゃ返してやるよ」
少年がリンゴを大きく振りかぶって投げる。…………チャポン……。
きれいな放物線を描いて、リンゴは水耕栽培の畑へと落ちた。
付近にいたであろう、鳥たちが落下地点のリンゴへと群がっていく。
《……アルマ。この遊び面白いのかな?》
見上げるツヴァイ。少年たちはツヴァイに気が付いていないようだ。
《否定。いじめと思われます》
リリィが毎日お母様の手伝いをして、ご褒美にもらったお小遣いで買ったの物なのに、畑に投げ入れるとはどう見ても遊びではないだろう。
返事をしなかったリリィも悪いかもしれないが、だからと言って、困らせていいわけではない。
リリィを困らせている少年達に、苛立ちがつのる。
もう一つのリンゴを持った少年も振りかぶって、リンゴを畑へと投げた。
道端で土煙が上がる。
地面をしっかりと捉え、後ろ足で力強く蹴り、水耕栽培の泥の中へと勢いよく飛び込んだツヴァイ。
《間に合えっ!》
水の溜まった畑の中を、バシャバシャと駆け抜ける。
《落下地点……軌道修正、やや右です》
アルマさんに言われた通り、右のほうに落ちてくるリンゴが視界に入った。
リンゴをどうやって掴もうかと一瞬悩んだものの、口でキャッチする。
《はぁ……よかったぁ……》
リンゴを口に咥えながら、取れてよかったと安堵する。
咥えてみると、結構な重さだ。頭が重い。
咄嗟に動いてしまったものの、リリィはまだあそこにいるだろうか。
《森の中へと移動しています。祠の付近へ向かっていると推測》
アルマさんに言われるままに、リンゴを咥えたまま、畑の中をバシャバシャと、祠のある森のほうへと進んでいく。
◇◇◇◇◇◇
「……っ……っ……」
《あ、……居た》
森の中の祠の前で、リリィはしゃがみ込んで、泣いていた。
お母さんからもらったお金で買ったリンゴが、心無い少年たちによってあんなことになってしまうとは、家を出るときには思いもしなかっただろう。
恐る恐る、近づいていくツヴァイ。
気が付いてもらえるよう身体をリリィの足にこすりつけて、アピールする。
「……っ……っ……つヴぁい……?…………あ、リンゴ」
咥えたリンゴを、自分の成果のようにアピールする。
「っ……っ……あ、ありがと。……拾って……っ……きてくれたんだね……」
ギュッと身体を抱きしめられ、リンゴの重みに頭が降られそうになるものの、何とか耐えた。
リリィの顔が、わずかに笑顔になる。
2つとも、取り戻せたわけではないけれど、リンゴを持ってきてよかったと思える。
《お、重かったぁ》
リンゴを受け取ってもらうと、首に掛かっていた負担が消える。リリィはリンゴを両手で抱えて、嬉しそうだ。
「……食べよっか」
リリィはそういうと、草地の上に座り、頭の髪を止めていた飾りの一部を取る。 人差し指くらいのだろうか、鋭い長方形の薄い金属のようだ。それをリンゴへと突き立て、リンゴを切り分けていく。
《リンゴを切り分ける道具なのかな》
《多用途の髪留めかと考察》
《なるほど》
少々歪だが、七個に切り分けられたリンゴがリリィのワンピースの上に載っている。
そのうちの一つを、僕へと差し出してくれる。
しゃくしゃく……。
リンゴをかじる音が池に響く。甘い匂いと口の中に広がる果汁を味わう。
《あっさりしてて、おいしい》
猫の口だと、口から果汁がこぼれてしまうので、食べずらいかもしれない。
僕が食べるのを見て、リリィも自分の口へとリンゴを運ぶ。
「……うん、おいしい」
リリィの顔に笑顔が戻った。こうやって二人で何かを食べるというのもなかなか悪くない。
しゃくしゃく……しゃく……しゃく……しゃくしゃく……。
一人と一匹がリンゴをかじる音だけが響いていた。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
《ごちそうさまでした、美味しかった》
リンゴを食べ終えたリリィは、ツヴァイを撫で始める。
《……あぁ、そこそこ》
その場にゴロンと腰を落とし、横になるツヴァイ。リリィの巧みな撫で方によって、身体から力が抜けていく。
《なんで撫でられてるだけなのに、こんなに気持ちがいいんだろ……あぁぁ》
《少女の撫で方が、ツヴァイにとって相性がいいのかもしれません》
耳の付け根がすごい気持ちがいい。これはまた眠くなりそうだ。
「ツヴァイは、なんでここに居たのかなぁ」
うとうとしていたところへ、リリィからの問いかけが降ってくる。
それは僕も知りたいところだ、更に言うと以前の記憶もない。
「……ツヴァイが話せたらなぁ」
撫でられながらうとうとしていると、呟くリリィ。
やっぱり、話し相手が欲しいのかもしれない。
《ねぇアルマ、猫がしゃべったらまずいかな?……》
《喋る動物は、特異的な存在かと。情報が足りないので判断できませんが、魔法があるのでそういった存在が居るのか調べてみることを推奨》
また、ギルド図書館にでも行ったときに調べようと、頭の端にメモを取る。
「私が猫だったら、ツヴァイと話せるかな?」
リリィが僕の隣にゴロンと横になる。
顔が近くなり、リリィと目が合うツヴァイ。身体の鼓動がわずかに早くなる。
この目を見てると、なぜか落ち着かない。
リリィが猫になったらどんな猫なのだろう。
きっとかわいらしい猫なのだろうと、勝手な想像をしてみる。
《血圧上昇を確認。ツヴァイ、どうしましたか?》
《よくわからないけど……調子悪いのかな?》
《血圧上昇以外に心拍に変化あり……その他に異常なし。》
身体に問題はないらしい。いったい何なのだろう。
「いけない、こうやってると眠くなっちゃうね」
リリィが起き上がり、ワンピースを軽く払って、腕を前に出して伸びをする。
祠の前へと向かい、手を胸の位置で組んで目を閉じる。お祈りをしているように見えた。
「そろそろ、戻ろっか」
祈り終えたリリィに促され、横になっていた体を起こして伸びをし、後をついていく。
先ほどと同様に畑の真ん中の道を歩く。帰りは少年たちに会わずに、そのまま帰路についた。
「ただいまぁ」
玄関のドアを開けるリリィ。
僕も続けて玄関を通るものの、足に来るスーッとした感覚に慣れない。
《うぅ……ぞくぞくする…………足がきれいになるとはいえ、これ苦手だなぁ》
「リリィ、ちょっといいかしらぁ」
リビングのほうからお母様の声が聞こえ、リリィはそのままお母様のもとへと向かった。
と思ったら、もう一回戻ってきた。
「あ、遊びに行ってもいいけど、あんまり危ないことはダメだよ? いいね」
どうやら、これを言いに戻ってきたみたいだ。
心配されているのか、信頼されてないのか。どちらだろう。
「にゃーん」
心得たと、ひと鳴きして、了解の意を伝える。
それに満足したのか、今度こそ、お母様のもとへと向かったようだ。
僕は、先程の事を忘れないうちに、さっそくギルド図書館で調べものをしに行こうと考える。
二階にあるリリィの部屋で、慣れた手付きで窓枠を開け、西の門へと屋根の上を歩いていく。
《ん、アルマ、これって》
《おそらく先日の猫の物かと》
家とギルド図書館の真ん中あたりだろうか、鼻に嗅ぎ覚えのある匂いがあった。
《この匂いはロビだよね……どこだろ》
数日振りのロビだ。周囲を見回すと、細い路地に置かれた樽の上に、茶色い寅縞の猫が座っていた。
近場の木から伝って地面に飛び降りる。傍へと近づくと、ロビが顔をこちらに向ける。
「おお……ツヴァイやん、久々やなぁ。元気してはったかぁ?」
「おかげさまで……実はロビに聞きたいことがあって」
「何でも聞きぃ…………お、その首輪……もしかして飼い猫になったん!?」
首についている赤い首輪が、気になるらしい。そういえば、ロビと初めて会った時はまだ、首輪付けてなかったことを思い出す。
「うん、東門の方の家の子に」
「ん、東門……そかぁきをつけぇや、あの辺りはいろいろあるでなぁ」
色々、ロビは何か知ってるのかもしれない。
「そう、それを聞きたいんだ。こっちは昼間もいろんな気配があるのに、東門の方だとネズミや猫の姿が見えなくて、不思議だなぁって……何か知ってる?」
「そうかぁ、ツヴァイは来たばっかりやしなぁ、知らんのも無理ないかぁ。あの辺りはな、何か嫌なものがおるんや」
「嫌なもの?」
名前からして、なんだかよくない響きだ。
「わいも見たことはないけどなぁ、そいつが近くに来ると気絶したり、突然気性が荒くなったり、みんなおかしくなるらしいでぇ。せやから、昼間はその嫌なものの活動時間やさかい、夜しか東門付近は近寄らんのよ」
「嫌なもの……僕はまだ会ったことがないかもしれない」
《そのような存在が居たのですね。全く検知できませんでした》
「せやからあの辺りは気をつけやぁ。嫌なものが近くに来たらもう、おそいねんから」
「ありがとう、気をつけてみる」
何かわ分からないものの、用心したすることに越したことはないだろう。
《気休め程度でしかありませんが、昼間は警戒レベルを上げておきますか?》
《うん、お願い》
「お、始まったで」
ロビが樽の向こうを向きながら面白そうに笑う。
「始まった?」
「人間がな……面白い事話してるんや、まぁきいてみぃ」
ロビに言われるままに、樽の向こうに意識を集中すると、話し声が聞こえてきた。
「噂は本当らしいなぁ」
「あぁ、俺たちも移動するなら早いほうが良さそうだ」
「この街、結構気に入ってたんだけどなぁ。しょうがねぇか」
何やら会話が聞こえる。これは何の会話だろう。
「何でも近々、隣のお国がここらを攻め込むらしいでぇ」
ロビが明日の天気は雨だとでもいうような気軽さで話す。
「…………え、攻め込む?」
「せや、隣は酒場なんやけどな、盗賊とか、裏方仕事の人間が集まる酒場やねん、いろいろと出回っていない話が聞けておもろいやろ」
《攻め込むって、どうゆうこと?》
《おそらく、戦争もしくは実効支配の類と考察》
《もしそうなったら、どうなるの?》
《この街も戦場になる可能性があります》
「まぁ、たまに偽の噂もあるけどなぁ。もしそうなったら、他の町へとまた行くだけや」
ロビが気軽に話しているものの、なんだか大ごとのような気がしてきた。もし戦争になった場合、リリィや、あの家はどうなるのだろう、どうか偽の噂だということを願うばかりだ。
「おーい」
《上です》
アルマさんに言われ上を見上げるとそこには、猫が数匹こちらを覗き込んでいた。
「あ、もう時間かいな。……ほな、ツヴァイまたなぁ」
そういうとロビは木を伝って屋根の上へと上がっていった。ロビのお客さんのようだ。
もしかしたら戦争が起きるかもしれない。
今一つ実感が沸かず、衝撃的な話を聞いて少し疲れたものの、当初の目的であるギルド図書館のことを思い出した。ロビ同様に木を伝って、屋根へと舞い戻る。
ギルド近くでいつものように人間へと戻り、奥のギルド図書館へと入っていく。
「いらっしゃい。少年」
僕に気づいた受付のシーラさんが読みかけの本から顔を上げ、挨拶してくれる。
今日のタイトルは、『未経験者大歓迎!誰でもできる簡単なお仕事。カブ入門編』みたいだ。カブでも作る気なのだろうか……。
「こんにちは」
「いつもより来るのが遅かったけど、少年、まさか薬草取りに行っちゃってた?」
「…………そのまさかです」
《正しくは、昨日のうちに行ったんだけど……》
「え…………大丈夫? 怪我とかしなかった?」
シーラさんなりに心配してくれていたらしい。
「はい、大丈夫です。後でギルドのほうで薬草の買い取りをお願いしようと思ってて」
「良かったぁ。ん、買い取り?……薬草見つけてきたんだ。さすが少年だねぇ、待ってて、買い取り課の人、連れてくるから」
そう言って、シーラさんはカウンターのドアへと消えていってしまう。
《本について聞きたかったんだけど……行っちゃった》
《ツヴァイ、今のうちに薬草を出しておいたほうがよろしいかと》
《あ、そっか》
カウンターの影へと行き、冷やし草の茎と根を三十ずつ取り出して、シーラさんからもらったお菓子の茶色い紙袋に入れた。
《これで良いかな》
冷やし草を床に置き、シーラさんを待っていると、
「……す……すみませーん」
図書館に利用客のようだ。
入り口のほうへと視線を向けると、そこに居たのは、紫色のワンピースを着た少女だった。
《え、……リリィ!》
まさかここでリリィに会うとは思っておらず、少し動揺する。
《なんでここに、……まさか後をつけられてたのかな》
《ツヴァイ、落ち着いてください。トランスは、ばれていないはずです》
アルマさんに言われ、冷静に務める。
猫の低い目線とは違い、同じ高さの目線で見るリリィは、かわいらしい女の子だった。そんな僕の心情を知らずに、リリィは僕のほうへと近づいてくる。
《え、僕のほうに?……シーラさんは今いないけど……》
《おそらくツヴァイの服装に要因があると考察》
《……あ》
そういえば、今着ている服はギルド職員の制服をまねて作ったものだ。
図書館の職員と思われているのかもしれない。
「す……すいません薬草について、簡単な本てありますか?」
どうやら、薬草について、書かれている本を探しているらしい。
この前読んだ本が薬草について細かく書いてあったことを思い出す。
「えーと、薬草の本だよね。ついてきて」
リリィとの初めての会話にどきどきしながら、薬草の本が置いてある棚へと移動する。
「ここから向こうの棚までが薬草について書かれてる本だよ」
後ろにいるリリィに、薬草について書かれている本の棚を教える。その中で見覚えのある背表紙を見つけた。
シーラさんに教わったイラストが多い薬草の本だ。それを抜き取り、リリィへと渡す。
「これは、薬草の絵が載ってるから分かりやすいよ」
「あ、ありがとうございます」
リリィが本を受け取った後も、僕のほうを見ている。
何だろう、何かおかしなところでもあっただろうか。
「い、椅子に座って読んでいいよ?」
「あ、はい……ありがとうございました」
椅子に座り本を読み始めるリリィ。何を怪しまれていたのか気になるけど、まぁいいだろう。
カウンターに戻ると、ちょうどシーラさんが戻ってきた。
「お待たせしちゃったね、今忙しいみたいでこっちに来て欲しいってさぁ。そこのドアから入って、突き当りの部屋が買い取り課だから行ってらっしゃい。話はつけてあるからさ」
「助かります」
リリィが居ることを伝え、冷やし草を持ってシーラさんが今出てきた扉へと入っていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇
お母さんに呼ばれ、買い物に一緒についていく。
ギルドに薬を出しに行くらしい。少し時間がかかるから、
「ギルド図書館で薬草の本でも読んでくるといいわ」
と言われ、別の入り口のギルド図書館へと入ってみる。
中はギルドの入り口と違って、静かな雰囲気だった。
カウンターなのか、入り口に私と同じぐらいの身長で、ギルドの服を着た白髪の人がいた。伸びた髪の毛を後ろでひとまとめに縛っている。
身長は同じぐらいだけれど、ギルドの服を着ているし、あの人が司書さんかもしれない。思い切って話しかけてみる。
「すいませーん」
呼びかけるとこちらを向いて、私に気が付いたらしい。顔を見ると男の子にも女の子にも見える不思議な子だった。
近づいて行くと、目の色が違うことに気が付く、髪の色は白だけどツヴァイと同じ目の色だ。こんな目の人もいるんだなぁと思いながら、用件を伝える。
「す……すいません薬草について、イラストで描かれている本てありますか?」
気のせいか、顔を見られている気がした。
少し考えたようなそぶりをした後、
「えーと、薬草の本だよね。ついてきて」
案内してくれるらしい。たくさんの棚が立ち並ぶ間を歩いていくと、とある棚の前で立ち止まる。
「ここから向こうの棚までが薬草について書かれてる本だよ」
向こうの棚まで……たくさんの本が棚に入っていた。ふと、その中の一冊を抜き取り、私へと差し出してくれる。
「これは、薬草の絵が載ってるから分かりやすいよ」
勧められた本を受け取る際に、目があった。
なんだかツヴァイを見ているような気さえしてくる不思議な感じがする。
もしも、ツヴァイが人だったらこんな感じなのかも。
顔を見過ぎたせいか、男の子は不思議そうな顔している。
私は、慌てて本を受け取った。
「あ、ありがとうございます」
私とそんなに変わらないのに、ギルド職員をやっているなんてすごいなぁと思いながら何となく見ていると、ツヴァイと同じ目の色をしているせいか親近感が湧いてくる。
「い、椅子に座って読んでいいよ?」
「あ、はい……ありがとうございました」
椅子に座り本を開くリリィ。顔を見過ぎて変な子と思われたかもしれない。
ふと、左手を見ると、小指の緑の痣がリングに代わっていた。それはツヴァイにかけた契約魔法で、すぐ近くにツヴァイが居るという証だ。
どこだろう、屋根の上にでもいるのかな? そんなことを考えながらページをめくる。
「……うぅ……読めない……」
お母さんの文字の勉強を、もう少し頑張ろうと思ったリリィだった。
誤字・脱字等ありましたらよろしくお願いします。