第5話 ギルド図書館
モーリス家の飼い猫になってから二週間。
色々とあったものの、少しずつ生活リズムが出来てきた。
変わったことは、リリィがベッドで泣いていたあの日以来、夜はリリィと同じベッドで眠るようになったことだろう。
同じベッドで僕を抱いて眠ると、温かくてよく眠れるそうだ。
ベッドはリリィの匂いがするので、リリィに抱き着かれなくても、終始腕に抱かれているような感覚に陥る。
少し恥ずかしくもあるが、この二週間で慣れててしまっている自分がいる。
リリィのベッドのおかげか僕も夜はぐっすり眠れていて、すごく健康的なのだが、代わりに夜の街探索が出来ていない。あの日以来、ロビとかいう猫にも会えてはいなかった。
また会えたら、この町について猫目線でいろいろと聞いてみたい。
朝になると通りを馬車が走る音が響き、その音で僕の一日は始まる。
なぜ、こんな朝早くから馬車が走っているかというと、六才から入れる学校が隣町にあり、馬車に乗って隣町まで行く子どもたちが乗っているらしい。
リリィは九才なので本来なら隣町にある学校へ通っているはずなのだが、あまり乗り気ではないようだ。
学校に行かない代わりに、リリィは日中、地下の工房で魔法薬師のお母様にいろいろと習いながら、手伝っているらしい。
ときおり、地下室から凄い刺激臭がするので、それが毒物ではないと思いたい。
そして僕の首には、リリィが選んでくれた鮮やかな赤色の首輪が付いている。水色と凄く悩んだそうだ。
色なんて何色でもいいと言ったら、怒られるかもしれないが、様々なお店の前で、半日近くも待っていた僕の身にもなってもらいたい。約五時間だ。
さて、なんで五時間という数字が分かるかというと時間を計る道具があるからだ。
各家の窓際には日時計があり、それを見て時間を確認できる。
雨の日には教会が、朝の六時から夕方の六時まで計五回、三時間おきに鐘を鳴らしてくれて、その鐘の音を頼りに、一時間きっかりの砂時計をひっくり返して、時間を把握する仕組みらしい。
僕には、優秀な疑似妖精さんが付いているおかげで、時間だけは正確に分かる。出来る疑似妖精、アルマさんに不可能はないのかもしれない。
影の使い方も進歩して、自分の影を他の影に合わせると、その影も自分の影になるみたいで、大きな影を作らなくても、近場の大きな影を利用して、物が取り出せることに気が付いた。偶然の発見というやつだ。
アルマさんいわく、もっと影を有効利用できるらしい。まだまだ試行錯誤が必要みたいだ。
今、僕の自由時間は、リリィがお母様に魔法薬を習っている日中となる。
朝食を終えて、日課になりつつある毛づくろいをリリィにしてもらってから、夕食までの時間だ。
今日も、リリィに日課の毛づくろいをしてもらい、リリィはお母様と地下室へ入っていく。
「あんまり、遠くまで行っちゃだめだからね」
心配性のリリィ。
アルマさんにルート計算してもらい、時間通り夕食には帰れるから大丈夫と、伝わらないだろうが心の中でつぶやく。
《おそらく伝わっていないかと》
アルマさん、冷静なツッコミはいいんです。大事なのは気持ちです。
「にゃー」
リリィに了解の意味を込めて鳴いてひと鳴き。
僕は時間を有効活用するため、二階の窓から最近の行きつけである西の門付近のギルドへと、足を運ぶ。
家から片道四十分と結構な距離があるものの、情報に飢えている僕たちにとっては、行くだけの価値がある場所だった。
ギルドとは、国ごとに設置されている巨大組織で、冒険者という職種が所属する場所であり、冒険者の管理、登録業務から、依頼書の発注や仲介業務、素材の買い取りなど、手広くやっている場所だ。
その建物に併設されているギルド図書館にて、情報を集めるのだ。
「おつかれさまー」
「お、ツヴァイ、おつかれー」
道中、猫などに挨拶をかわしながらギルドまでの道のりを、のんびりと歩く。
街中を歩いていると、人々の生活が見えて面白い。
野菜などを売るお店、主食となる粉ものを売っているお店、変わった服や、面白い道具など、様々なお店が並んでいるので、見ていて飽きない。
歩いている通りで、重そうな袋をせっせと馬車から降ろしている集団を見つけた。
「いやぁ、隣町からわざわざ、助かります」
「いえいえ、大量購入していただき感謝していますとも。……それで輸送費なんですが、護衛もつけたので代金は4割増しで、お願いしたい」
「いやはや、最近は騎士団の大規模討伐で、魔物がいないとか……平和が一番ですねぇ」
「ハハハ……お話が速いことで…………今後の取引も期待して今回は勉強させていただこうかと……」
会話を聞いていると、隣町から来た商人のようだ。
大きなお店の前で、馬車から積み荷を降ろしている人に交じって、犬型の獣人も一緒に荷卸をしている。
《獣人は人の姿に獣の耳と尻尾が付いていて、嗅覚に優れ、力が強い種族……だっけ?》
《肯定》
獣人の数人が僕に気が付いたのか、ちらりと視線を向けるも、すぐに仕事に戻っていく。興味を失ったみたいだ。
《一部地域では、猫種や犬種の派閥と関係者団体が、いがみ合っている地域があるというデータがあります》
犬と猫では何かあるのだろうか、種族差が僕には今ひとつわからない。
この街は、人種の領域に存在していて多種族は少なくはないものの、それほど多くもなく全体の二割が、他種族だとギルドの人は言っていた。
猫型の獣人もいるのかも、とぼんやり考えながら歩いている間に、ギルドのある通りに入っていく。
ギルド近くまで来たら、人間へと戻るために人目につかないよう、細い路地の影へと入る。
人へと戻る際、首輪で首が締め付けられないよう、影の中に首輪を取り込む。
《変質》
影に取り込んだ水色の服では目立ち過ぎる、かといって服を持っていなかったので、白いシャツに黒いベスト、下は黒のズボンと革靴で、ギルドの受付にいる男性の格好を僕の身体に合わせトランスする。
肌触りは想像でしかないので、リリィの服の肌触りを再現した。
トランスで作った服なので、内側を覗かれると体にくっついていて、服の中を覗かれたら怪しまれてしまうものの、普通にしている分には問題ないと、アルマさんのお墨付きをいただいている。
服が手に入るまではこの方法で、人間へと戻ることになる。いつもばれないかとドキドキだ。
ギルドは石造りのどっしりとした構えの二階建てで、中はとても広い造りになっている。
軒先には剣と羽が交差した看板が掲げられていて、ギルドの目印なのだとか。
「今夜は飲みまくるぞお」
「「「おーーーー!!!」」」
正面の入り口には体格の良い冒険者や、商人たちが忙しそうに出入りしているので活気がある。
ギルド図書館への入り口は正面の入り口とは別になっていて、奥まった所にありギルドの正面入り口を素通りし、ギルド図書館の入口へと入っていく。
正面入り口と違い、ギルド図書館の中は、読書向きの落ち着いた雰囲気だ。棚には無数の本が納められ、見渡す限りの本で埋め尽くされている。所々に未整理の蔵書が乱雑に積まれているのが見受けられた。
周りの建物に反射して入ってくる間接的な光が、本を読むのに最適な明るさを作り出し、独特の雰囲気を醸し出す。
「おはよう」
僕に気づいた受付の司書さんが読みかけの本から顔を上げ、挨拶してくれる。
今日のタイトルは、『二十台の荷馬車を操る方法』みたいだ。二十台の馬車を扱う機会なんてあるのだろうか……。
「おはよう……ございます」
ここのところ毎日来ているので、覚えられているのだろう。
受付のお姉さんこと、シーラさんに挨拶を返しながら、今日は何を読もうかと考えていると、お姉さんがカウンターの下から本を三冊取り出してくる。
「はいこれ、薬草についての本よ」
「あ、ありがとうございます」
「……大丈夫?けっこうむずかしいかもよぉ」
「がんばります」
礼を言って本を受け取り、いつもの定位置へと座る。
ここに初めて訪れた際、これは情報収集に良さそうだと本に飛びついたものの、本に書いてある文字が読めないことが盲点だった。
言葉が通じるのだから、文字も読めると思っていたのは甘い考えだったようだ。
アルマさんが、音声データを録れば読めるようになると言うので、試しに受付にいたシーラさんに、語学の本を朗読してもらった。
半信半疑だったものの、音声データを録ってから改めて本を読んでみると、面白いくらいに文字が分かるようになり、今では読むのが楽しいと思える。文字を読めない僕が初日で、ある程度の字が読めるようになったせいか、シーラさんには、
「天才……君……天才!!」
と、とても驚かれた。
あまり来る人が少ないのか、よくかまってもらっている。
二日目は、語学系の本を読み、読める文字を増やしてシーラさんを驚かせた。
三日目からは、お勧めの本を毎回選んでくれる。
四日目に呼んだ周辺の地理や歴史の本によると、今いる場所はフレンディル共和国という国家のラグズとう言う街らしい。
ラグズは、フレンディル共和国の中で五番目の規模を誇り、交易の中継点的役割を担っている交易都市だ。
他にもいくつか国名があったものの、アルマはどれも知らないみたいで、ここが僕たちの知る場所ではないことがはっきりとした。
帰還座標も分からないため、元居た場所に戻れない事が分かったが、ここで生活していくのも悪くはないのではないかと考えている自分がいる。
あの森で目が覚めて、今日までの記憶が今の僕の全てなのだ。元の場所に帰れないと分かっても、元の記憶がないのだからそれほど悲しくなかったことが救いなのかもしれない。
アルマさんはどちらにせよ、僕をサポートしていくと言ってくれているので心強い。アルマさんには頼りっぱなしだが、一人では不安でもアルマさんが居れば何とかなるような気がしてくる。
そして、生活するならば知識が必要ということで引き続き、ギルド図書館で情報を集めることとなった。
さて、過去の話は横に置いておいて、今日の内容は……薬草の本みたいだ。
《アルマ、お願い》
《識字データのインストール、開始します》
記憶を失う前も、僕はこうやっていろいろと学んだらしい。
特に難しいことはなく、本を読んでいくだけで、記憶に残るのだ。
たまにうる覚えになるものの、アルマさんが補足してくれるので情報の漏れは少ない。
翠の背表紙の本を開き、文字を読んでいく。
この本には薬草の種類と採取場所について書かれているみたいだ。擦り傷や風邪、火傷、食欲不振、骨折など病名の数だけ、薬草の種類があると書かれている。
病気やけがを治す手段はいくつかあり、薬草やそれを素に作られる薬、回復魔法や魔法薬、神の奇跡や遥か西の王国で生み出された医療などがある。
神の奇跡は例外として、西の王国から伝わる医療とは、魔法と科学の発展によって獲得された治療方法だ。まだまだ改良の余地があり発展途上らしいが、魔法と違いメリットは誰にでも扱えることらしい。
魔法薬や薬草も、誰にでも扱えるじゃないかと思うものの、値段が高くて富裕層しか手が出せないことや地域によっては薬草が生えていないところもあり、供給不足なのだそうだ。 そういった地域でも治せるよう生み出されたのが医療というわけだ。
しかし、そのことを良く思わないのが、神の奇跡により信仰を集めている教会である。
大陸全土に広く存在している教会の圧力により、医療について詳しく書かれた本は所持できないのだそうだ。
そのことについて聞いてみると、本が大好きシーラさんは
「本に罪はないのにねぇ」
と何とも言えない表情で嘆いていた。
さて、そんな難しい話も横に置き、三冊の本を読み終える。その中で気になるものが一つあった。
どうやらこの街の近辺には、いくつかの薬草が自生していて、なかでも火傷の治療に欠かせない薬草は貴重らしい。
《これって、薬草を持って来れば、ギルドで買い取ってもらえるのかな?》
《表の方で買い取りをしているかと》
薬草の分布図を見てみると、どうやら東門を出て穀倉地帯の右の森のようで、僕が居た祠のある森とは、反対に位置する森のようだ。
《アルマ、今何時?》
《十三時二十三分です》
今から行けば、夕方には帰ってこれるかもしれない。移動時間について、ルート計算をしてもらう。
《この森まで行って、夕食に間に合うかな?》
《ギルドに戻る場合は間に合いませんが、自宅に戻るならば採取時間を含めても十分に可能かと》
なるほど、採ってそのまま家に帰れば、夕食には間に合うらしい。でも、そうすると薬草が萎れてしまうかもしれないが、まぁ明日も行けばいいかと割り切り、森に行くことにした。
借りた本を、カウンターに持っていき返却する。
「ありがとうございました」
「ん……どうだった? 難しくはなかった?」
「全部読めましたよ」
「さすが天才少年、じゃぁ、次は何にする?」
「この後、やりたいことがあるので……また今度お願いします」
「え、少年帰っちゃうの? ……そっかぁ、じゃあまた今度ね。はい、これ」
「あ……ごちそうさまです」
シーラさんから投げられた紙袋を両手でキャッチし、礼を言ってからギルド図書館を後にする。
少し急ぎ足で、東門のほうへと引き返していく。 歩きながら、シーラさんからもらった紙袋を開けてみると、良い匂いが広がった。
甘い香りが漂うそれは、ふわふわとした蒸しパンのようだった。一口食べると、あっさりとした甘さが口に広がる。……水分が欲しくなるかも。
歩きながらはお行儀が悪いと思いつつも、おやつをシーラさんに感謝しながら食べ終える。
《ごちそうさまでした》
食べ終わったので、紙袋をポケットに入れて影の中へと取り込むも失敗する。
日差しがポケットに入らないよう日陰に入り、再度取り込む。……視界に紙袋のイラストが出てきた、うまくいったみたいだ。
今のところ、日中は取り込み成功率は五割だ。日中の取り込みにはまだまだ、コツがいるなと改めて認識する。
人を避けながら歩いていると、東門に到着する。門を通行しようとする子どもが、門兵に呼び止められていた。
「坊主、通行証持ってるか?町から出るときはいらないが、持ってないと街に入るには金が掛かるぞ」
どうやら、街から出ることはできるが、通行証を持っていないと、入るのにお金がかかるらしい。
帰りは鳥で戻ればいいかと考え、門を通過しようとすると、僕にも話しかけようとしたのだろう、門兵に手で制して、大丈夫だと伝える。
「大丈夫です、ご心配どうもです」
「あ、あぁ……きをつけてな、日没までには帰って来いよ」
日没後は魔物が出るそうなので、日没までには街に戻るのが暗黙の了解らしい。
門兵に了解の旨を伝え、門を通過する。
青々とした穀物畑を抜け、薬草が自生しているであろう森へと入っていく。祠のあった森よりも、木々の生えている間隔が広く、森というよりは林という印象だ。
「さて、どのあたりに生えてるかな……」
周りを見回すもそれらしき草は見当たらない。
《地図と照合。……森の奥のほうかと思われます》
アルマさんの意見に従い、森の奥へと歩みを進めていく。時折、虫の声が聞こえる真昼の森の中を進んでいくと、小高い丘の見える開けた場所に出た。
《地図では、丘の向こうに自生しているようです》
場所が近いと分かり、足取りも軽く丘を登っていく。
《ツヴァイ、周囲に生命反応。ボアと推測》
丘を登っていたら、アルマさんがボアを見つけたみたいだ。
四足歩行の獣で、キノコなどを主食にしているが、敵と見なされると突進してくるらしい。出くわしても、手をださなければ危険はないと書いてあった気がする。
「ボアでよかった」
《牙の生えたブルボアではないので、それほど警戒しなくて良さそうですね》
丘を降りると数頭のボアが地面の匂いを嗅いでいた。手を出さなければ問題はないので、静かにボアを通り過ぎる。
そこで、ふと疑問に思うことがあった。アルマさんは時折、周りから近づいてくるものなどを早めに知らせてくれるものの、それはどうやって調べているのだろう。
ボアは、結構近くに居たけど、夜に出かけたときは、もっと遠くの距離の反応を察知していたはずだ。
《アルマのその……生命反応とか、どうしてわかるの?》
《ツヴァイを介して、微細な波長を高頻度で飛ばし、地脈の流れや周囲の反応、湿度や気配、魔力波などを感じ取ることで周囲を捜索、地形探査、索敵しています。》
《責めてるわけじゃないんだけど、夜はもっと遠くまで分かったよね? ……調子悪かったりする?》
《ボアのことでしょうか? ツヴァイを介して索敵を展開しているので、影が濃くなる夜のほうが相性が良く、索敵範囲が広がるのです。今は日中なので、広範囲を捜索すると、精度が著しく低下するので今の範囲を保っています》
なるほど、難しかったけど、調子が悪いわけではなさそうだ。僕の影と同じく夜のほうが良好だと聞き、アルマさんに共感を覚える。
うんうん夜はいいよね、なんといっても影が濃いもんね。
《薬草の群生エリアに入りました。この近辺に自生しているかと》
アルマさんに言われ、周囲の草むらを見ていくがそれらしいものが見つからない。誰かがもう採ったのかもしれない。
そう考えながら探すこと数十分、そろそろ戻ろうかと考えながら、茂みの中をかき分けていると、青い草が視界に入った。
「あ……こ、これって」
初めて実物を目にし、見つけた喜びが湧いてくる。
《水色の茎、ひやし草と思われます 》
「やった!!」
アルマさんの言葉に、思わず声が出る。よく見れば奥のほうにひやし草が群生していた。薬草もちらほらと混ざっている。ダメかと諦めかけていたので、見つかってよかった。
興奮冷めやらぬ中、採取方法を思い出す。
冷やし草は、引き抜いて、茎と根元を切り取るはずだ。切った断面を熱することで、品質が保たれると書いてあったものの、火は持っていない。
《爪部分で金属ナイフを作り、内部に薄くマグマを纏わせ、熱すればいいのでは?》
なかなか、難しいことを言ってくれるアルマさんだ。金属もいまいち鉄や、銅、金と銀くらいしかわからないのに、それをマグマにしたら熱いと思う。
《低温層を作り、断熱すればいいかと》
ああ言えばこう言う。実践派のアルマさんに口ではかないそうにない。
細かく聞きながら材質を鉄で考え、爪を伸ばすことをイメージする。もちろん、低温層も忘れずにイメージした。
《変質》
出来たかな?右手の爪が鋭く伸び、赤く光っている。指の先からは温度差からか、わずかに湯気が出ていた。……できるものなんですね。 ナイフを見つめていると、顔が火照ってくる。
《下処理したら、そのまま影に入れましょう。幸いここは木陰です、影を作れば取り込めるかと》
もう一度トランスしてベストを今だけ、黒いマントのようにして影を作る。これで準備は整った。
冷やし草の茎を持ち、地面から引き抜いて土を落とす。次に根元部分を熱した爪ナイフで、素早く切り取る。これで下処理は完了だ。
茎と根の部分、二つともマントで作った影へと取り込む。
数回やればコツをが掴めて、後は流れ作業だ。ひたすら、ひやし草を採取していく。
ひやし草に交じって、緑色の薬草も一緒に採取する。
《ツヴァイ、まもなく日没です、戻ったほうがよろしいかと》
空は茜色に染まり始めていた。アルマさんに言われるまで、気が付かないほど収穫に夢中になっていたみたいだ。結構な量が採れただろう。
《変質》
猫へとトランスして、程よい高さの木に登り、鳥にトランスして、街へと飛び立つ。
《どのくらい採れたかな?》
《表示します、家までのガイドも出しておきます》
視界に小さな黄色い旗、ひやし草と緑の薬草のイラストが現れた。冷やし草の個数が百五十八本となっている。
たくさん収穫出来たのはいいのだが、採り過ぎていないだろうかと少し心配になる。
《地図では森の奥にも同規模の群生地が記載されています。また一ヶ月すると、自然と生えてくるそうなので、それほど心配はしなくてもよいかと》
また生えてくると聞き、心配事が解消された。
そんな話をしながら羽を羽ばたかせていると、リリィの家が見えてきた。屋根の上に、勢いを殺しながら静かに着地する。
《おつかれさまです》
《変質》
猫に戻り、もう間違えないぞと、リリィの部屋の窓枠をずらして、室内へと体を押し込む。リリィの良い匂いに混じって、おいしそうな匂いがした。
「ぐぅぅう」
お腹が空いたと空腹が主張してくる。もう夕飯のようだ。
今日の夕飯は何だろうと、ツヴァイは足取り軽く一階へと降りて行った。
◇◇◇◇◇◇
ギルド図書館の受付業務を放棄して、本を探す司書が一人。
「あれぇ、この辺だったんだけどなぁ」
最近、訪れるようになった少年のために役立ちそうな本を探していた。
ギルド図書館とは暇な部署である。とはギルドの職員なら一般常識だ。
毎日、本の管理と受付業務の繰り返しで、出会いなどほとんどない。子どもならば、十才までは無料で利用できるが、子どもはあまり来ない。
大体の子どもは隣町のアカデミーで学び、文字を覚えるものの、生活するのに困らない程度なので、本を読みたいという子は稀である。たまに来るのはお年寄りが、暇をつぶしにくる程度だ。
大好きな本に囲まれて理想の職場にもかかわらず、いまいち張り合いがないのが不満だった。
そんな中、白髪の少年は現れた。
気のせいかギルドの制服に似たような服を纏い、良いとこのお坊ちゃんだろうかと遠巻きに見ていたものの、カウンターに少年がやってきて、文字が読めないので文字の本を読んでほしいと言うではないか。
文字も読めないのに、図書館に来るとは何て大胆な。と最初は驚いていたものの、一回読んだら満足するだろうと、読んであげる。
朗読し終えた後、その少年が同じ本を朗読し始めた。
私をまねて読んでいるのかと最初は思ったのに、一回読んだばかりの本を、400ページはあるというのに一語一句間違えずに読み上げた。
先程まで文字を読めないと言っていた子供が、わずか数十分で文字を覚えたのだ。アカデミーにもそんな子は少ないだろう。
次の日から、少年が毎日ギルド図書館に来る。八歳くらいだろうか、遊びたい盛りのはずなのに、熱心に本を読むのだ。
もしかしたら、魔法適性があって、その勉強をしに来ているのかもしれない。
私の選んだ本を読み終えた後は、いつも書庫の中から数冊、見繕って何かを調べている様子だ。
「ツヴァイ君、将来いい物件になりそうだよねぇ。本好きな子は珍しいし、私とも合いそう……」
将来いい物件に育つ、間違いなく優良株だと自分の勘が告げていた。もし仮にそういった関係になれなくても、ギルドの優秀な人材を確保できるのだ、どちらに転んでも損は少ないだろう。
「まじめに本を読んでる横顔とか、かわいいんだよなぁ……」
少年に思いをはせながら、司書は今日も本を読む。
誤字・脱字等、ありましたらよろしくお願いします。