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王の剣士2「絶滅種」  作者: 雅
第一章
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第八章(一)

 陽は中天から次第に西へと傾き、やがて王都のある地平線に消えた。


 太陽が沈むと空気は俄かに冷たくなる。

 山脈が近付いたせいもあり、時折冷えた風が草木を揺らして吹き過ぎて行く。


 街道は左右に村や畑、牧草地などを覗かせながら、草原の上を延々と東に向かって延びていた。



 細い月が上がった頃に、二人は漸く目的の街に辿り着いた。


 街道沿いにあるこのカルドレという街は、王都から馬で二月近くを要するほど遠方にあり、どこか寂れた様子を漂わせている。

 しかし今は店じまいをしているが、門前の広場に並べられた屋台を見ると、日中は市も立っているようだった。


 書状を出したミストラの警備隊士は書面の中でジウスと名乗り、この街に一軒だけある宿屋で落ち合う事を希望していた。

 指定された宿は、街の目抜き通りの中ほどにあった。


 レオアリスは宿の前で立ち止まり、頭を覆っていた(かず)きを背中に落として、錆びの浮いた看板を見上げた。


「ここだな」


 確かに看板には警備隊の男、ジウスの指定した名前が記されている。

 手紙にも宿はそこだけだと書かれていた上、他に通りには見当たらない。


 レオアリスが薄い木の扉を押し開けると、店内から思いもかけず明るい声が掛かった。


「いらっしゃい。空いてるとこ適当に座んな」


 声を上げた店の者らしき娘が振り返り、入ってきた二人連れを一目見て、ぽかんと口を開ける。


 扉から眺めると一階は食堂になっているらしく、店の中には幾つかの卓が置かれ、数組の先客がいた。大方が街道の行商人といった風情だ。


 奥には帳場を兼ねた横長の卓が設けられ、その向うに厨房と、隣には階上への階段が見える。


「あの奥にするか」


 そう言って奥の開いている席へと歩く僅かな間に、客の視線が宵も過ぎて入ってきた、どこか場違いな二人を追って流れた。


 レオアリスは投げかけられる視線に構わず空いていた席に座ったが、周囲から自分たちを無遠慮に眺める視線に、ロットバルトは煩わしそうに眉を顰めた。


「上将、席をずらしてください。じろじろと鬱陶しい」

「仕方ないさ、身なりを変えても、お前ちょっと目立つからな」


 そう言いながらも、レオアリスは素直に席を移動する。

 ロットバルトは向けられる視線を断ち切るようにレオアリスの正面に座ると、彼らに背を向けた。


「私が、ですか」


 レオアリスは手を上げて給仕の娘を呼び、簡単な食事をいくつか注文した。

 娘は注文を取っている間にも、小さく口を開けてレオアリスと特にロットバルトの顔をまじまじと眺めている。


 娘が注文の品を告げに戻った後、レオアリスは卓の上に肘を付いて、その手の上に顎を載せた。

 口の片端を上げる。


「こういう所じゃな。育ちの良さが一目瞭然だ」


 そう言いながらもレオアリスの表情には、どこかそれを面白がっている色がある。

 ロットバルトはレオアリスの言葉に、口元に小さく笑みを刷いた。


「まあ、育ちの良さは否定いたしませんが」

「……」


 手で顎を支えた格好のまま、レオアリスは乾いた笑いを浮かべた。


「明日、店が開いたら服を変えますか。目立つようでは拙いでしょう」

「別に構わない。軍という事だけ、バレなければな。まあ、そうだな――。お前が主人で、俺が従者って事にでもしとくか」

「冗談でしょう」


 ロットバルトは眉を顰めたが、レオアリスは少し面白そうだ。


「だって多分そう見えるぜ。ま、ちょっと胡散臭いのは否めないが、この先は」


 そこでレオアリスは口を噤んだ。

 店の娘が運んできた皿を卓の上に載せる。

 頼んでいない皿があるのに気付き、レオアリスは顔を上げた。


「これ」

「あたしの奢り。こんな夜遅く、腹減ってんだろ?」


 ちらりと二人の顔に視線を走らせ、僅かに頬を赤くする。


「マジ? やった!」


 嬉しそうに顔を輝かせて娘に礼を言うと、代金を木の卓の上に置きながらレオアリスは娘を見上げた。


「一泊したいんだが、部屋は空いてるか?」

「あるよ。二階に二つと、三階にも」

「じゃ、二階でいい」


 頷いて娘の告げた宿賃を更に卓の上に乗せると、娘はそれを数えながら、好奇心を押さえられないといった顔で二人を交互に眺めた。


「兄さんたち、どっから来たの?」

「エザム」


 エザムは王都に近い、北の街道沿いの街の名だ。しかし娘は聞いた事も無いというように、小首を傾げた。


 基本的に交易に携わる商人達でない限り、街を出て旅をするという事は滅多にない。


「ふうん。遠いんだろうね。何、そっちのえらくキレイな兄さんは、あんたのご主人?」


 ロットバルトは再び眉を顰めたが、レオアリスは軽く吹き出した。


「ま、そんな所だ」


 何かおかしな事を言ったかと、娘が二人の顔を眺める。


「変なの。あんたら商人には見えないよね。ねぇ、何しに――」

「ラカ! 話し込んでんじゃねぇ」

「分かってるよ!」


 店の主人の咎める声に、ラカと呼ばれた娘は首を竦め、名残惜しそうに卓の前を離れた。

 レオアリスがちらりとロットバルトに視線を送る。


 ロットバルトは立ち去りかけた腕に手を掛け、ラカを引き止めた。


「ひとつ、頼みがあるんですが」

「な、なんだい? かったるい物言いだね」


 煩わしそうに言いながらも、ロットバルトが笑むとラカは真っ赤になって勢い良く頷いた。


「ここに、ジウスという男が泊まっているでしょう。彼と会う約束をしているんです。呼んで貰えますか?」


 だがラカは首を傾げてロットバルトを見つめただけだ。


「誰だって?」

「ジウス。サンデュラスからきた商人ですよ」

「いないよ、そんな奴。今日泊まってるお客さんはあそこのひとたちだけだし、サンデュラスのひとはいないもん」


 ロットバルトとレオアリスが眼を見交わすのをみて、不満そうに頬を膨らませる。


「ほんとだって。台帳だってあるんだし、嘘言いやしないよ。宿はうちだけなんだ。ほんとにうちで待ち合わせなのかい?」

「判ったって。なら、遅れてるのかもな」


 言い募る娘の言葉を手を上げて宥めながら、レオアリスは視線を周りの卓に走らせた。


 ラカの声は大きく店内の隅にまで聞こえただろうが、反応する様子を見せた者はいない。


「――もしジウスって奴が来たら、部屋に寄越してくれ。深夜でも構わない」

「分かったよ」


 娘が戻ったのを確認して、ロットバルトは声を低くしてレオアリスの顔を見つめた。


「来ていないと考えるべきでしょうね。サンデュラスからこの街なら、徒歩であっても我々より早く着く」


 レオアリスが卓の上に肘を付いたまま、手の中で頷く。

 名を偽って止まっていることも考えられるが、そうであれば確実に落ち合う為に、この場にいても良さそうなものだ。


「今晩様子を見て、現われないようならどうされます。何らかの障害があって来る事が出来なかったのか、それとも手紙自体が偽りか」

「偽ったとして、誰に得がある?」

「常識的に、得をする者はいないでしょうね。……待ちますか」

「……いや、来なければより悪い事態を想定した方がいい。予定どおり進もう」


 もう一度、レオアリスは店の中を見渡した。

 何の変哲も無い、のどかな酒場の風景しかそこには見えなかったが、嫌な感覚が背を這い上がる気がして小さく頭を振る。


「まあいい、取り敢えずせっかくの飯が冷める前に食おうぜ」


 道中は一度軽く食事を口にしただけで、空腹は既に絶頂に達している。卓に肘を付いていた身体を起こし、自分の前に置かれた湯気の立つ皿に手を伸ばした。


 勇んで一口目を口にし、レオアリスはぴたりと動きを止めた。


 有体に言えば、それほど美味くはない。というよりは。


「……これ、東方(ここらへん)独特の味付けってやつか……?」

「違うでしょうね」


 レオアリスの疑問というか希望を、ロットバルトはあっさりと断じた。


「……じゃ、個人の味覚好み云々ってよりも」

「純粋に、料理人の腕でしょうねぇ」


 レオアリスはがっかりと肩を落とした。育ち盛りで質より量とはいえ、この味はきつい。非常に塩辛いというか。


 ロットバルトなど食べる気もしないのではないかと顔を眺めれば、意に反して顔色も変えずに食事を進めている。


「意外だな」


 ぼそりと呟いたレオアリスに、ロットバルトは視線を上げた。


「何がです?」

「いや、食ってるのがさ」

「まあ確かに、こうした味は食べつけてはおりませんが、ここでこれ以上を期待しても仕方ないでしょう。身体を動かす為の資源と考えれば味など二の次ですよ」


 事務的な評価でそれはそれで彼らしいと、レオアリスは思わず笑った。


「そういや、師団の食堂でたまに食ってるもんなぁ」

「あそこはそれなりにいい味をしてますよ」

「へぇー」


 レオアリスが何だかんだと匙を止めているのに顔を上げ、ロットバルトは口元を笑いに歪めた。


「他人の事は構わず食べなさい。任務の一環とお考えになればいい」

「任務かよ……。辛ぇ……」


 苦業に近いと頬杖を付いて皿を眺め、それからふと思いついて、ラカが奢りと言って出してくれた皿をロットバルトの方へ押しやった。


「やろう。お前のが背ぇ高いし、量いるもんな?」

「遠慮します。私より貴方の方が今後の成長の為に必要でしょう」

「……遠慮すんな。女からの贈り物にゃ慣れてるだろ?」

「生憎、それに関しては食傷気味で」

「……何だそりゃ……」


 どこまで本気なのかは判らないが、ふと上げた眼にラカの興味深そうな顔が映り、仕方なくレオアリスは皿を引き寄せ匙を持ち直した。


 よくもまあ他の者達が文句も言わずに食べているものだと改めて眺めれば、彼等が口にしているのは簡単なつまみと酒ぐらいだ。


(――やられた)


 根拠もなく口の中で呟き、レオアリスは漸く諦めて食事を再開させた。


 独特な味付けは、慣れてくれば意外と悪くはない、かもしれない。





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