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王の剣士2「絶滅種」  作者: 雅
第一章
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第六章(二)

「術士達の間では有名な話だ。アリヤタ族の内臓は、非常に貴重で高価な触媒として、高値で取引される。

その為乱獲する者が後を絶たず、二十年前に王が勅令を出した時には、アリヤタ族は数千体いたその数を半数にまで減らしていた。

集落もかつては山脈の各所に点在していたが、今では追われるように山脈の奥深くに押しやられた。――王の勅令が出た後も、密猟は行われた」


 林が切れ、その向こうに東へと続く街道が現れる。

 その果てに、蜃気楼のように目的の山脈が聳えていた。


 視界の中を左右に、どこまでもその両腕を広げ、目指す者を招くようにも阻むようにも見える。


 レオアリスは一度睨むように漆黒の瞳を細め、山脈に視線を投げた。


「昨日、そこの警備隊から、アリヤタ族の現存数が百体を切ったと報告が入った。そこで詳しい調査と彼らの保護の為に、王の勅旨が下ったという訳だ」


 短い下生えの続いていた草地から、石畳を敷き詰めた街道に下りる。

 その上には何万回となく通り過ぎた馬車の(わだち)が、溝のように刻まれていた。


「取り敢えず、俺達が山脈に着く頃合いを見計らって、右軍が付近まで着くだろう。暫らくは目立たないよう周辺に伏せさせるが、必要であれば麓の街と山中を制圧する」

「右軍全隊が動くのですか」


 その問いにレオアリスはあっさりと頷いた。


 そうなるとかなり大掛かりな行動だ。

 レオアリスは必要とあれば、と言うが、事前に五百名からなる全隊を待機させるという事は、ほぼ、動かす必要があると、確信していることになる。


 ロットバルトは再びレオアリスの上に視線を戻した。


「……先ほど上将は、アリヤタの現存数が百を切ったと仰いましたね。非礼を承知で伺いますが、何故もう少し早い段階で対応がなされなかったんです? 今まで報告は無かったんですか」

「あったさ。定期的にな。管轄は地政院だからな、詳しい事は分からないが、先の月にも報告が上がったばかりだそうだ。その時点の報告では、現存数は、千」


 千。

 半月の内に、それが十分の一に数を減らす?


 ロットバルトは蒼い瞳を細めた。


「……今回の報告は、別口だと」


 レオアリスは満足そうな笑みを浮かべて、その顔を見返した。


「さすが、察しがいいな。昨日の早朝、警備隊の一人から地政院に書状が届けられた。アリヤタ族の実数と、隊内の腐敗の現状も添えてな」

「腐敗、とは」

「書状には、アリヤタを保護すべき警備隊自体が、賄賂を取って密猟を手引きしていると書かれていた。その真偽も確認事項の一つだ。その隊士とは今晩、一つ手前のカルドレって街で落ち合う事になってる」


 カルドレの前から東南に街道が分かれ、分派したその街道を辿ると、サンデュラスの街に着く。


 ロットバルトは再び思考を巡らせた。


 警備隊はサンデュラスの街を守る為の組織だが、その上組織は辺境地域を統括する、正規東方軍第七軍になる。

 その辺境軍と都市の警備隊を結びつけるのが、サムワイル男爵のような、各地を所領する貴族達だ。


「――サムワイル卿も関わりがある、とお考えですか」


 飛竜を降りた場所から考えれば、おそらくはそれも想定しての事だろう。

 そう考えて問いかけたロットバルトに対して、レオアリスは歯切れの悪い顔を見せた。


 それも当然の事で、サムワイル男爵が今回の件に関わっているとすれば、事は一警備隊だけの問題に留まらない。


「難しいな。だが組織的であれば、関わってくる可能性は高い。……どんな奴だ?」

「そうですね……政治的な場での面識はありません。必ず年に一度、王への謁見の為に王都へは上がっているはずですが、特に悪い評判も聞いた事はない、とその程度ですね」


 地方の領主と近衛師団では管轄する範囲が違い、関わる事はほぼ無い。

 社交の場でも、ロットバルトの侯爵家に対して男爵家では、同席する事も少ない。


 しかしこれである程度の疑念は解消された。ロットバルトは遥か前方に霞む山脈を眺める。


 だがもう一つだけ、一番根本的な部分での疑問がある。


 もし警備隊が密猟に絡んでいるのなら、この件に正規軍が絡んでいなかったとしても、王が近衛師団に勅旨を下したのは判る。


 そして案件の大きさから考えれば、確かに中隊を必要とするだろう。


「しかし何故、近衛第一隊の大将たる貴方に、そのような勅旨が下されたのかが判りませんね。話を伺っている限りの規模であれば、中隊のいずれかが動けば事が足りる」


 王が、敢えてレオアリスを指名した理由があるのだろうか。


 レオアリスは再び、その頬に憂鬱そうな色を掃いた。


「……一隊へ指示を下されはしたが、俺に行けとまでは仰らなかった。王へは俺から願い出たのさ。もともと、術は俺の生活分野だったからな。

それに――、俺にも、思うところがある」


 そう言って、レオアリスは口を閉ざした。


 空には雲ひとつなく、遮るものなく照りつける日差しの中を、ただ黙ったまま歩く。



 その言葉は、ロットバルトには意外だった。

 普段見せない表情から、王の命だからこそ、レオアリスにとって気乗りのしない今回の任務をこなそうとしているのだと思っていたからだ。


 気鬱な色を浮かべながら、自ら望んで任に就いたのだと言う。

 何がその矛盾を生んでいるのだろう。


 レオアリスが王都に上る以前の事は良く知られていない。

 北の地で、術を糧に生活している一族の出身なのだと、その程度だろうか。


 ロットバルトは以前何かの折に、レオアリスが口にした言葉を思い出した。


『王都に来る前は、結構術に自信があったんだけどな。それで身を立てるつもりだったし。でも、来てみたら、俺みたいなのがごろごろ居るどころか、その程度なんてほとんどいねェ。だからもう止めた』


 その時は単なる笑い話で、すぐに忘れてしまうほどの遣り取りだった。


 考えてみればそれ以外、彼自身がそうした話を口にした事も、ロットバルトが知る限りではほとんど無い。


 レオアリスの、故郷。

 北方のどこか、小さな、術士達の村。


 ロットバルトは、山脈に視線を向けたまま黙って前を歩いているレオアリスの後ろ姿を見つめた。


 アリヤタ族。触媒として取引される内臓。

 


 術士達の村。






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