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王の剣士2「絶滅種」  作者: 雅
第一章
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第四章

 ジェビウスは憎しみを伏せた暗い面に押し隠して目の前の男に向けた。


 肥えた短躯を品の無い装飾過剰な衣裳に包んだ、くだらない男だ。

 自分達の行為はこの不快な男の肉と数々の宝飾品に変わるのかと思うと吐き気すら覚える。


「最近は上納が少ないではないか。買い手がまだかまだかと矢のような催促じゃ」

「しかし、先ほども申し上げたとおり、最近では数が減り、簡単には手にも入りません」


 ジェビウスの言葉を聞いているのかいないのか、男は卓上に山と並べられた料理の中から山鳥の焼いたものを掴み出すと、照りのある肉にかぶりついた。


 滴る肉の油に胃の腑に落ちた不快感を押さえ、あくまで顔を伏せたままジェビウスは言葉を続ける。


「それに、もはや数自体が急速に減少しているのです。僅かなりと時を置かねば、手に入れることすらできなくなりましょう」


 ようやく男は油に汚れた手を止め、面倒くさそうに卓の前に跪いたジェビウスの上に視線を寄越した。


「取れなくなっては困るよの。僅かとはいつまでか」

「可能であれば、最低でも十数年の時間を」


 皆まで言う前に左頬に鈍い衝撃とぴしゃりという音が走り、ジェビウスは口を閉ざすと、顔に当たって厚い絨毯の床に落ちた鳥肉の欠片をじっと見つめた。


 欠片の後を追うようにして甲高い声が耳を叩く。

 何を馬鹿な事を言うのかと、心底憤るように男は唾を吐き出した。


「貴様は能無しか!? 数十年だと!? そんな価値の無い提案を賢しげにこのわしにしようとは、つくづく見下げ果てたわ!」

「しかし」

「もう良い。ではもう援助は無しだ。わしの親切心を仇にしおって、あの辺境は貴様の能無しが餓えさせるのだ!」


 どこまで、という言葉をジェビウスは怒りとともに飲み込んだ。


「領……」

「去ね去ね! 貴様のような者は対価も払わずたかりと変わらん! そうじゃ、いっそ貴様の下の、ほれガストンとか申したか、あの者の方がよっぽど気働きが良いわ! 先日もあの者は上納を寄越したぞ」


 憤慨してまくし立てる男の声に皮膚を叩かれながら、ジェビウスは床に付いた右手を反射的に持ち上げ、胸に当てた。


 荒い布の下に固い感触を感じ、そこにある『力』に冷静さを取り戻し、再び手を下げる。


 いつでも殺せる。だが、それでは困るのだ。


 下げた両手を改めて床に付き、極力押さえた声でジェビウスは男を見上げた。


「――ご無礼を申し上げました。何卒ご勘恕(かんじょ)いただきますよう」


 自分を見もせず答えようともしない男に向かって、壁を前にするようにジェビウスはただ淡々と言葉を継いだ。


「すぐにでも、いくらかの品をご用意いたします。ご希望に添う数かはお約束致しかねますが……」

「ある限り持ってくるが良い。援助はそれからじゃ」

「しかし、それでは今後の」

「貴様は命じられたとおりにすれば良い!」


 再び投げられた硝子(がらす)の杯を、今度は頭を下げる振りをして避けた。

 液体の入ったままの杯は厚く絨毯の上で砕け、長い毛足を赤い染みで汚す。


 この杯も絨毯も、ジェビウスのような者では手に取ることすら出来ない品だろう。


 だが当たらなかったことに不快な表情を浮かべただけで、一向に気にした様子もない男を暗い瞳で見上げ、ジェビウスは再び胸に収めた存在を意識した。


「五日以内だ! 五日以内に定めの量を収められねば、望みのものはやれん! よいな?!」


(生きる価値の無い男だ)


 意識の外に吐き捨てるように密かに呟き、ジェビウスは退意を告げると腰を屈めたまま、にじるようにして男の前を辞した。


 扉が閉ざされ、冷えた石造りの華美な廊下を抜け、門を潜って漸く、ジェビウスは重しが取れたかのように肺に(こご)った腐った空気を吐き出し、暗い空を睨み付けた。


 黒く煤けた雲が厚く不恰好に空を覆っている。早く街に戻らなくては嵐になりそうだ。


 自分の胸の内のようだとジェビウスは独り笑った。


 もう一度門と低い城壁、その向こうの館を振り返る。


 小さな領土の、城と呼べる程の規模もない矮小な館はあの男に相応しい。

 親から受け継いだものをただ漫然と食らい尽くしているだけの。


 いっそ、手にした力で王に反旗を翻した方がまだ好感が持てるというものだ。

 くだらない世襲制のお陰であんな男までが領主になれるとは、民の不幸の最大の要因ではないか。


 王など、ただ命ずるだけで、民を(かえり)みはしないのだ。


 民の不幸を知らず思いもせず王都で安穏としているのなら、王もあの領主も何ら変わりはしない。


 必要ない。


 痩せた頬を灰色の(かず)きに隠し、ジェビウスは乗ってきた馬にまたがると、腹にあぶみを当て東を目指した。


(それにしても、ガストンめ)


 あれは勝手な商売をしているようだ。

 これ以上勝手な振る舞いをしないよう固く禁じなくては、最早その数は限りがあるのだ。


 やり方を変えなくてはならない所まで既に来ているのは判っている。


 だが、あの男から支援を引き出す今以上に確実な方法は、他に思いつかなかった。

 貧しいあの街は対価となるようなものなど、何も持っていないのだ。


 そしてまた、街に戻ったら命じなくてはいけない。



 それは彼等を――。



 思考を止めようとする自分を敢えて嘲笑うように、ジェビウスは無理やり言葉に出した。


「滅ぼすのだ。この私が」


 ジェビウスの目指す東方には、すぐ目の前にあるかのように、高く長く山脈が連なっていた。




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