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王の剣士2「絶滅種」  作者: 雅
第一章
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第二十一章(二)

 薄暗い室内にはうっすらと薬膏の臭いが漂っていた。

 真ん中に小さな囲炉裏があり、部屋の四方の壁を薬草やロットバルトには何に使うのかさえ判らない呪具、術具、膨大な量の書物が埋め尽くしている。


 レオアリスは担いでいた箱を、壁際に下ろした。


「仕舞う所あるのか? これ。誰か他のとこに置いてこようか」

「いや、まず目録を付ける。そのままでよい」

「ま、暫らくなら俺の部屋に置いといてもいいぜ」


 所狭しと積みあがった書物や木箱を呆れたように眺め、部屋の奥を示す。

 その壁には目の粗い麻の布が一枚、床まで垂れ下がっている。


「お前の部屋はとっくに倉庫にしてしまったわ」


 その言葉に、レオアリスは奥の入り口に扉代わりに掛かっていた布をバサリとめくり、部屋を覗き込んだ。

 すぐに顰め面で顔を出す。


「ひでぇ……。足の踏み場もねぇじゃんか。ふつー取っとけよ、そのまま」

「めったに帰ってこない者の事など二の次じゃ」

「気持ちだよ、気持ち。久々に帰ってみてこの扱いじゃ、帰り甲斐がないだろ」


 二人の遣り取りに口元を歪めながら、ロットバルトは改めてぐるりと部屋を見渡した。


 かつてはレオアリスが生活した家。王都の住居からは想像もつかない。

 王都がそぐわない訳ではないが、この中にいるレオアリスはひどく自然だった。


 レオアリスは仕方無さそうに肩を竦め、ロットバルトに囲炉裏の脇に座るように勧めると、自らは何か壁の一角を荒らしだした。


「何だよ、このウチ。来客用の茶もねぇのか。……しょうがねぇなぁ、ちょっと採ってくる。ロットバルト、悪いけどここで待ってろよ」

「採って……、上将、そのような事は……」

「いーからいーから。座っとけって」


 慌てて立ち上がるロットバルトの言葉など気にした様子もなく、レオアリスはさっさと扉を開けた。


「待ちなさい」


 出て行こうとしたレオアリスを呼び止めると、長老は部屋の隅から葦で編んだ籠を選び、レオアリスの目の前に差し出した。


「『眠りの根』が不足しておるでの」

「あのなぁ……。ったく」


 呆れながらも籠を受け取り、肩に担ぐようにして小屋を出る。


 上官に動かせて自分は座っているなど、さすがに出来る訳がない。


 溜息を吐いて後を追おうとしたロットバルトの前に、もう一つ籠が差し出された。


 思わず手を伸ばして受け取ってから、籠と長老とを見比べる。


「……この籠一杯で、よろしいんですか」

「間違いの無いようにな」


 乾いた笑みを浮かべ、了承の意味で頭を軽く下げる。


 姿は違っても、やはり良く似ている。

 貧しい中で育ちながら、レオアリスの中に荒んだ暗さがないのは、この村の空気と、この育て親のお陰なのだろう。



 小屋を出て左右に眼を向けると、レオアリスは左手の山へと続く坂道を登っていくところだった。

 呼びかける声に気付いて振り返る。


「何だ。座ってろって言ったのに」

「そういう訳にも行かないでしょう。まあ、私にも仕事をいただきましたし」


 ロットバルトが手にした籠を持ち上げて見せると、レオアリスは声を立てて笑った。


「人使い荒ぇなぁ。悪ぃ悪ぃ。それにしてもお前、薬草なんて見分け付くのか?」

「書物で大体は学びましたが……自生のものを見た事はありませんね」


 調合方法やそれによって作りだされる効果の大まかな知識は持っているが、それらが今自分が登っているような鬱蒼とした山の斜面に生えているところなど、想像した事もなかった。


 ロットバルトの言葉に、レオアリスは感心しているのか呆れているのか、どちらともつかない眼を向ける。


「へぇ。まあ、そこらへんに生えてるもん、適当に採ってけよ」

「適当にと仰られても」

「どうせ何でも使える。全く使えないものなんて無いんだ。何持って行っても、じいさんは喜ぶぜ」


 そう言われて、ロットバルトは辺りの下生えを見回した。

 ロットバルトの目には、ただの雑草としか映らないものが薬や何かになるという、その事に軽い驚きを覚える。


 暫らく登っていく内に、木々が切れ、小さい空き地が開ける。

 一方が崖となって山の中腹に突き出したそこから、村が一望できる。


 疎らに散った十数軒の粗末な小屋と、それを囲むように流れる細い川。

 その先には、先程飛竜で越えてきた森が広がっている。


 細い道が一本、その森の中に潜り込むように王都の方角へ向かって延びているが、そこを辿ってくる者はあまり多くは無いのだろう。


 外界から隔絶されたような村。

 冬は長く、一年の半分を雪の中に閉じ込める。


 足を止め、その光景を見下ろしているレオアリスの横顔を見つめる。

 ここで暮らしている間、どんな想いでこの光景を見ていたのだろう。


「……貴方と、この村の方々は……」


 口に出してしまってから、ロットバルトは後悔の念を覚えた。

 だが、レオアリスは気にしたふうも無く、一度振り返ると、村を見下ろす位置に座り込む。


「ああ。言ってなかったっけ。まあ見てのとおり俺の種族じゃない。と言って、俺の種がどこにいるかなんて、聞かれても知らないけどな」


 あっさりとそう告げられ、尋ねたロットバルトの方が当惑して、レオアリスを眺めた。


「探そうとは……」

「そうだな。……その気が無かったとは言い切れないが、あまり重要な事じゃなかった。自分と爺さんたちの姿が違うのは判ってたけど、それでどうこうって訳でもなかったし。

――まあ、探して、どこにもいないなんて分かるのが、嫌だったのも、あったかもな」


 そう言うと暫く黙っていたが、ふいに背後に連なった山の尾根を指差す。


「――この先の森の、ずっと奥に、もうとっくに滅びた村がある」


 示された先は尾根に遮られて見る事は出来ないが、飛竜の上から見たとき、黒森が広がっていた方角だ。


「ガキの頃、一度だけそこに連れられて行って、廃墟の前で爺さんたちが何かに祈るのを、訳も分からず見てた。

……そこかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


 もしかしたらアリヤタ族と同じような理由で、滅びた村なのかもしれないと、ロットバルトは心の中で思う。


 術具として乱獲される種族。

 その使用を頑なに禁じた村。


 あの時の、力の暴走。


 単なる推測に過ぎないが。


 レオアリスは何かを見透かすように漆黒の瞳をその方角へ向けたまま、首から下げた飾りを右手に握り込んでいる。



『俺にも関わりが深い。――思うところがある』


『俺は怒ってる。でも、何に対して怒ればいいのか、判らないけどな』



 あの暴走の理由は、自分でも結局分かっていないのだと、レオアリスは言っていた。


 突如現れ、その暴走を止めた王の手。

 王は何かを知っているのだろうか。


 王都に戻ってすぐ、レオアリスは報告の為に王城に上がったが、近衛師団に戻ってきた時のレオアリスの表情には、これといった変化は見られなかった。

 ロットバルトもヴィルトールも、敢えて尋ねる事はしなかった。


 レオアリスがその事を考えているのか、懐かしそうに村を眺めるその横顔からは窺い知る事はできない。


 その内、レオアリスは服に付いた草を払って立ち上がった。


「さてと、さっさと籠を満杯にして帰ろうぜ。このまんまじゃ、いつまで経っても茶にすらありつけない」


 籠を持ち上げてみせ、背後の木々の間を指差す。


「かなりでかい籠を持たせられたから、結構時間が掛かるぜ」

「承知しました」


 敢えて真面目くさって答えると、レオアリスは可笑しそうに笑った。







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