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王の剣士2「絶滅種」  作者: 雅
第一章
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第十九章

 空を切り裂くように数十もの飛竜が旋回する。


 紅玉のような鱗を持った飛竜達が高く飛び交う様は、灰色の重苦しい空を背景に紅い花弁が舞うようにも見えた。


「全く気に食わん。何故私があの小僧の後始末をしてやらねばならん?」


 長い廊下の角から彼女の姿を認め、早足に近寄ってきたイェンセンを見るなり、シスファンは苛々と言い募った。

 城内の薄暗い廊下を足音高く歩きながら、まるで相手が目の前にいるかのように舌を打つ。


「王命では致し方ありますまい」


 どちらの行為がとは言わず、シスファンの半歩後ろを早足で付き従いながら、その副将イェンセンはあくまで冷静に言葉を繋いだ。


「それに、何故我等が気付かなかったかと、そこを取り沙汰されれば言葉もない。というより引責問題ですな」


 改めて問題を考えれば、その点を指摘された場合言い逃れは利かない。


 首です首、と指で首を切る仕草をしてみせる副将を忌々しそうに振り返り、シスファンは立ち止まった。

 耳の辺りで揃えた真っすぐな黒髪を腹立たしげに打ち払う。


「それだ。くそ、サムワイルめ、何の他意も欲も無い振りをしてたかばりおって! ただではすまさん! 完全に間抜けだぞ、私は!」


 小物すぎてねぇ、とイェンセンは苦笑した。


「ま、もう既にただでは済んでおりませんよ。貴方は一体どっちに怒ってらっしゃるんで?」


 のんびりとした面に笑みを浮かべたイェンセンを再び睨み付け、シスファンは歩き出した。

 かなりの早足に苦笑しながら、イェンセンは上官を追いかけた。


「全く、貴様は悠長だな!」


 呆れ返って自分を睨みつけるシスファンを余裕に満ちた眼で眺め、イェンセンは一筋皺の刻まれた口元をにやりと歪めた。


「今度は私ですか。貴方は妙なところで熱くなりますな」

「冷静だよ! 腹の底が冷えて痛い程だ!」


 イェンセンは白髪混じりの顎髭を回して辺りを一旦見回し、に、と食えない笑みを浮かべる。


「ま、そうですな。やる事と感情を分けられるのが貴方の良いところだと思いますよ」


 既に東方辺境軍の介入によりサムワイル男爵の城は落ちた。残った領兵団も領主の捕縛を知ると、激しい抵抗も見せずに降っている。


 辺りに燻る煙と、戦闘が終了した後の一種独特の昂揚感が城の内外に満ちている。

 サムワイル男爵とその周辺の者達は牢に捕え、王都への送還を待つばかりだ。


「サムワイル卿を」

「卿はいらん。既に罪は確定している。覆るまいよ」


 現に倉庫からは流通経路に乗る前の術具が数十点押えられている。

 それが何か分かるだけに余計に苦い。


「ではサムワイルを王都に送る前に、彼とその周辺、それから押収物を少々検分したいとの申し出があるんですが」


 シスファンは訝しそうに細めた黒い瞳を副将に向けた。


 王都からこんなにも早く司法官が到着するものだろうか。

 正規将軍アスタロトから命を受けたのは深夜の事で、今は正午を僅かに回ったばかりだ。


「……誰だ?」

「近衛師団第一大隊の参謀殿です。先程ミストラから到着したばかりで」


 シスファンは苦虫を噛み潰したように顔を歪め、どこにいても嫌でも耳に入るその名を口の中で呟いた。

 正確には、その家名を。


「めんどくさい奴が来たな。断るに断れん」

「王都の姪っこの話じゃ、いい男だそうですよ」

「顔で仕事が出来るか」

「有難いお言葉で」


 冗談めかしたイェンセンの顔を呆れた眼で眺めたが、シスファンはすぐに考え込むように眉を寄せた。

 再び、今度ははっきりとその名を口にする。


「ヴェルナーか……。侯爵は彼の後ろに付くおつもりなのか?」


 レオアリスは現在政治的に強力な後ろ楯を持たない。

 王の御前試合を制し、最高位の剣士と謳われ、若くして近衛師団の大将位にあったとしてもだ。


 通常ならばよしみを結びたい者達が列をなしてもおかしくない立場でありながら、そうした状況下にはない。


 それは非常に危うい一面を持っている為だ。

 レオアリスが剣士であるという、その事が。


 口にする事は憚られるものの、内政の副長官であるヴェルナー侯爵がそれを理解していない訳ではないだろう。


 これまでシスファンはレオアリスと直接の面識は持っていなかったが、口さがない連中が口にする、若すぎるだの出自だのとそうした事は、実際は気にしてはいない。

 先ほど後始末云々と言いはしたが、結局腹を立てているのは半ば、気付かなかった自分に対してだ。


 王都に帰還した際、軍議などで眼にするあの少年は、若い割に意外としっかりしていそうだと、そんな感想を持ってはいた。


 だが古くから近衛師団にあるグランスレイは少なからず知っている。グランスレイが副将に身を置いている位なのだから、それなりの根拠はあるのだろう。


 肩入れする程の理由もないが、どんな相手か、一度は話してみたいとも思ってはいる。


「……許可しよう。どこにいる?」


 二、三確認したい事もある。


 昨夜ミストラで何があったのか。

 ミストラの尾根を覆うように渦巻いた、強大な力。

 数十里離れたこのサランバードにまで伝わったあの異様。


 王の顕現。


 その直前にもうひとつ、尾根を照らした光を、衛兵が確認している。

 監視所からの報告は要領を得なかった。

 その場に近付けた者がいないからだ。


 近衛師団の警戒が厳しかった事もあるが、物理的な圧力が壁のように近づくのを阻んでいた。


「貴方の執務室に通してますよ。あの部屋はしかしけばけばしくて好きませんねぇ。サムワイルも趣味が悪い」

「そう思うならあんな部屋に通すな。私の趣味だと思われたら寝覚めが悪い。……そうだな、装飾は後で剥がして売り払え。街の補修費の足しにはなるだろう」

「では、中央に一度打診しましょう。断っときませんと」


 頷いてつい勢い良く扉を開け、シスファンは眉をしかめた。客人がいる事を忘れていたのだ。


「失敬。――貴侯が、師団第一大隊の?」


 部屋の中央に立っていた男がシスファンに身体を向け、優雅に一礼する。


「お初にお目にかかります。近衛師団第一大隊一等参謀官、ヴェルナーと申します」


 思わず呆然とその姿を眺めるシスファンに、ロットバルトは柔らかい笑みを浮かべた。

 金の髪と蒼い瞳の見事な造形の姿は、ごてごてと飾り付けられた室内の装飾に溶け込むのを拒むように見える。


 さすが筆頭侯爵家は造りも違うと妙な感心を抱きつつ、シスファンはつい言い訳めいた事を口にした。


「……ああ、とんでもない部屋に通したが、この部屋が一番広いものでな」

「まあ崩してしまえば趣味の悪さも気にならない。復興の足しにはなるでしょうね」

「ほお……」


 貴族にしては現実的な発想だと、改めて目の前の男をしげしげと眺める。

 この男が王立学術院にいた頃、院きっての秀才と呼び声も高かった。いずれ内務に進むものと目されていたはずだ。


(それが、第一大隊か)


 ロットバルトは自分を眺めるシスファンの様子を気にする素振りを見せずに、用件を切り出した。


「取り込んでおられるところを恐縮ですが、少々ご助力をお願いしたい。既にお聞き及んでおられる通り、今回の件は時を置かず王都での裁判が行われるでしょう。必然的に我々の大将も法廷に立つ事になります。その為の幾つかの確認をさせて頂きたい」


 目的も理由も全て先に述べられて、シスファンは開きかけた口を甲斐無く閉ざした。


「……いいだろう、必要なだけ見ていくといい。今案内を付けよう」

「有難うございます」


 イェンセンが扉を振り返り声を上げると、すぐに若い兵が顔を出す。

 兵はイェンセンから手短に指示を与えられて頷き、緊張気味にロットバルトに一礼して扉を示した。


「こちらへ。ご案内させていただきます」


 兵の後に付いて歩きだしかけたロットバルトを、シスファンは何気ない素振りで呼び止めた。


「一つ、私も確認したい事があるんだが、いいか」

「何なりと」


 シスファンは数瞬、自分に向けられた蒼い瞳を計るように覗き込み、口を開いた。


「昨夜、王の顕現があったな」


 問いかける言葉には矢のような鋭さがあったが、近衛師団の参謀官はまるで表情も変えずに頷いただけだ。


何故(なにゆえ)か、あの場にいた貴侯ならば知っているだろう」

「残念ながら、王のご意向は我々などには計り知れないものでしょう」


 ロットバルトの口元に柔らかく浮かんだ笑みを、シスファンは暫く瞳を細めて眺めていたが、すぐにそれを外し肩を竦めた。


「いいだろう」


 一礼して退出するその背に声を掛ける。


「貴侯の大将によしなに。王都でお会いしようと」

「承知いたしました」


 扉が閉ざされると、シスファンはイェンセンを振り返った。


「前言撤回だ。向かい合っていて気分が良かったぞ。顔で仕事するのも有りだな」


 イェンセンは声を立てて笑ったが、すぐにその表情を引き締めた。


「もう少し詳しく問い質してみますか」

「師団中将の上、家も厄介だ。迂闊に詰問もできん。それに、あの手は口を開かないだろうよ」


 辺境軍はミストラ山脈を越えて侵入しようとする勢力、いわゆる有事に備えて配備されている軍だ。

 対応すべき事があれば、王都は必ず何か言ってくるだろう。


 王の下命がないのならば事もなし、と、そういうことだ。


 シスファンは執務机の奥に腰かけると、机の上に置かれていた悪趣味な金の文鎮を取り上げ、暫く眺めてから抽斗(ひきだし)に放り込んだ。


「接収状況はどこまで進んだ?」

「一両日もあれば終了するでしょう」

「では、我々も王都に向う準備をしておこう」


 すぐにでも王都からの召喚があるだろう。

 部屋の西側に張り出した広い窓に視線を投げ、遥か先にある王都を見透かす。


(王都は遠すぎる)


 辺境にあっては自然、情報が伝わるのは遅くなる。


 今回の件が何を中心にどう動いていたのか。


 今回は完全に取り残されたような状況だが、いざ対応しなければならない時に知らぬでは済まされない。


(剣士か)


 あの剣士に一度会っておく必要がある。


 それは今後、一つの懸案に対する道筋を立てる上で、重要な事だった。






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