第十八章
夜が明け、空は次第に白み始めた。
太陽の姿はミストラ山脈の尾根に隠され、アリヤタの村があった斜面の中腹には陽光は当たらない。
中天までは背後の尾根が陽を遮り、西に僅かに傾けば、目の前に聳える深い谷が、落ちていく陽すら奪ってしまう。
急峻な岩壁が連なり、ろくな作物は育たず、村へ下る谷の道は行き来する事も容易ではない。
その地をすら手放し、生き残ったアリヤタ族達は暁の光を避けるように、更に山脈の奥へと姿を消した。
だが、その先には生きる事すら難しい、今よりももっと過酷な地があるだけだ。
アリヤタ族の姿が朝靄の立ち込める木々の奥に消えた後も、レオアリスは一言も発しないまま、燻り続ける灰から立ち昇る細い煙を眺めていた。
昨夜の力の暴走は既にその上には形を止めていない。
だが、普段の姿からは想像も付かない、他を寄せ付けない固い空気がその身の周りを包んでいた。
ロットバルトは暫らく離れた場所でその姿を眺めていたが、軽く息を吐いて歩み寄った。
そろそろ現場の後処理も終わる。近付いてレオアリスの横顔に視線を注いだ。
予想に反して、その上にあるのは、悲しみでも、後悔でも、憎しみでもない。
だがそれら全てを確かに含みながら、そこにあるもの。
「――怒って、おられるのですか」
ロットバルトの問い掛けに、レオアリスは驚いたように瞳を上げた。
今初めて、自分の感情に名前を付けられたかのように。
僅かに考え込んだ後、再び視線を森に向ける。
「――判らない。……いや、そうだな。俺は、怒ってる。でも――」
消されていく種族の火。
貧困に根差した絶えない苦しみと、それを食い物にする欲。
無知、傍観、様々な要素。
既に失われた――取り戻せないもの。
「何に対して怒ればいいのか、判らないな……」