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王の剣士2「絶滅種」  作者: 雅
第一章
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第二章

 グィノシス大陸の西端に位置する王国アレウスの王都は、王城を(いただき)(いだ)く小高い山のような姿で、城下の街は円を描くように緩やかな傾斜の裾野を広げ、東西南北、どの方角から見ても、均一な傾斜と広がりを持っていた。


 雑多な街並みが広がる下層、商人や職人達が多く軒を連ねる中層、裕福な住民達の館が立ち並ぶ上層があり、およそ二万人の住民が暮らしている。


 均整の取れた街並が王城を取り囲んで複層的に広がる姿は、花弁を広げた艶やかな花を思わせ、アル・ディ・シウム――『美しき花弁』という名は国土を越え、近隣諸国にも知られていた。


 国土には王都を中心に放射状に街道が整備され、またそれぞれの地域に配備された正規軍の部隊が治安維持に当たっている為、国内の物流は盛んだ。商隊は時に荷馬車を五台から十台連ね、護衛の兵をつけて、主街道沿いの街を行き来した。


 ただ、国土の特性上、アレウス王国は、他国との交易が制限された土地でもある。


 東の国境沿いには峻険ミストラ山脈、西に(いにしえ)の海バルバドス、南に灼熱の砂漠アルケサス、北に黒森ヴィジャが広がり、行く者の足を阻むからだ。特に東のミストラ山脈から先は、現在も国土争いが続く小国が多い。


 王国の四方を取り巻く生者を寄せ付けぬ酷地は、逆にそれら小国の侵入を阻む絶好の塁壁でもあり、アウレウス国を戦乱から遠ざけてくれていた。


 大きな戦乱は一番最近と言っても、およそ四百年前、アウレウス国と西の国境を接する『西海』バルバドスとの百年戦争まで遡る。双方共に多数の死者を出した戦乱は、三百年前に両国の間に不可侵条約が結ばれる事で漸く決着を見、以来国内は安寧を保っていた。





 一等参謀官ロットバルトは、空席のままの執務机に視線を向けた。

 少し、戻りが遅いか。


 整った面を中庭へ面した窓に向ける。硝子を隔てた中庭は午前の明るい陽光に満ち、平穏な表情を見せている。


 近衛師団第一大隊大将レオアリスと、その副将であるグランスレイが王への謁見の為に王城に上がってから、既に二刻が経とうとしていた。

 飛竜を使えば、王城とこの近衛師団士官棟の間は、往復に四半刻も掛からない距離だ。


 だが前の謁見が長引くことなど珍しくもないことで、途切れることなく行われる王への謁見は、一つの案件に対して半刻の時間も与えられることはなく、下手な説明で時間を長引かせれば、謁見の間を出た時に、待っている他の諸侯達の厳しい批判の視線を浴びることになる。


 近衛師団は王を守護する王直轄の部隊だが、大隊大将の地位ではさほど王に謁見する機会は多くはない。十日に一度の定例の謁見に加え、時折急な案件が入った時くらいだろう。


 レオアリスは王への忠誠が深く――というよりも、ただ純粋に王を慕う気持ちが強く、王への謁見の前後はいつも嬉しそうだった。


 ともかくその時は、ロットバルトが完璧なまでの説明資料を整えるのだが、今回は違った。

 早朝、近衛師団総将を通じて、王の召喚を受けたのだ。


「結構遅ぇなぁ」


 ロットバルトの考えを代弁するように、クライフも空席の机を眺めて呟いた。


 クライフは第一大隊を組織する三つの中隊の中将の一人で、左中右の中隊の内、中軍の指揮を執る。南方出身者特有の褐色かがった肌の色、明るい茶色の髪と鳶色の瞳がその性格を物語っているようだ。


「そうね」


 緋色の髪をかき上げて、左軍中将フレイザーも立ち上がり、窓の傍に寄ると、レオアリス達が帰ってくるだろう中庭の回廊を眺めた。


 王の召喚を受けて謁見に赴くことなど滅多にない。皆その案件が何なのか、気に掛かっていた。

 加えて帰りが遅いのでは、何か大きな問題があったかと、そう想うのも無理は無い。


「我々がじりじりして待ったってしかたないよ。お戻りになれば説明があるだろう」


 クライフとフレイザーに対して、右軍中将ヴィルトールは年長者らしく、いつもの穏やかな口調でそう言うと目を通していた書類を閉じた。


「そろそろ演習場にいく時間だけど、どうしようか?」


 午前中は各中隊の訓練が、王都円周部の演習場で行われるのが通例だ。

 中将が毎回指示を出さなければ始まらない訳ではないが、定刻に姿を見せなければ、既に演習場に集っているだろう揮下達は何かあったのかと気を回しもするだろう。


 ロットバルトは少し考えてから氷を思わせる蒼い瞳を上げた。


「もう少し待ちましょう。もしいずれかの隊に指示か下るようなら、ここに揃っていた方がいい」

「そうだね」

「何の用なんだろうな? 早朝出仕前だろ、急ぎの案件か」

「お前が最近、遅刻が多いからじゃないか?」


 ヴィルトールが長い銀灰色の髪を揺らし、同じ色の瞳を向けて親指で首を掻く仕草をして見せると、クライフは陽気そうな顔を引きつらせた。


「アホか? んなもんわざわざ王が口出すかよ」

「あら、師団の任免は王の勅令よー。この間の監査に引っ掛かったんじゃない?」

「ははは……んな。止めろって。大体それだったらこいつの方がずっと素行悪いだろ?」


 冗談と分かっていながらも、フレイザーにまで脅されて、クライフは苦し紛れにロットバルトを指差した。

 ロットバルトは椅子の背もたれに肘を掛けて寄り掛かり、冷めた視線を投げる。


「私の、どこが素行が悪いんです」

「女関係」


 ロットバルトは男というには整いすぎた顔に、優雅に笑みを浮かべた。


「人聞きの悪い。友人が多いだけですよ」

「てめェの友人は女ばっかか?!」

「ご紹介しましょうか?」

「え、マジ? ……って、ふざけんな!」


「最低な会話ね……あ」


 呆れ果てた色を浮かべていたフレイザーが、窓の外に視線を止めて執務室の扉を振り返る。

 二人が漸く戻ってきたのだと彼女の表情から見て取り、他の三人も席を立った。


 すぐに扉が開き、レオアリスとグランスレイが執務室に入った。


 大将であるレオアリスは、青年と呼ぶにもまだ若い。大柄なグランスレイの肩辺り程の細身の身体を、今は王への謁見に際して着用する正装に包んでいる。


 襟元の詰まった丈の長い上衣に肩から纏う長布、全身を統一している黒色は近衛師団を表す色でもある。


 年齢は十六歳、近衛師団の中で最も若く、副将グランスレイとは、親と子程も年が離れて見える。


 普段は明るい表情を浮かべる漆黒の瞳の中に僅かにある翳りに気付き、迎えた中将達は軽い違和感を覚えた。


 常ならば王に謁見した後などは、その頬の上には隠しても嬉しそうな色が伺えるのだが、今朝はどこか憂欝そうに見える。


「遅くなった。ちょっと地政院に寄っててな」


 そう言うと、レオアリスは纏っていた長布を外して椅子の背に放り、身を沈めるようにして腰掛けた。


 束の間眼を閉じ考え込むように顔の前で指を組んでいたが、瞳を上げると前に立つ中将達を見渡した。


「ミストラに行く」

「ミストラ? ミストラ山脈ですか?」


 グランスレイ以外の全員が、驚いた顔をレオアリスに向け、その漆黒の瞳を見返した。


 ミストラは王都から馬で約二ヵ月半を要する、東の辺境に連なる山脈だ。

 好んで訪れる者はほとんどなく、彼等にとっても険しく荒れた、無用の土地といった印象が強い。


 そのミストラに、一体何の用があるというのだろう。


 彼等の疑問の視線を受けて、レオアリスは前に立つグランスレイに眼を移した。

 一つ頷き、グランスレイが慎重なまでの手つきで四人の前に差し出したのは、一通の書状だ。


 その表面に捺されている紋章を眼にし、四人は息を飲んだ。

 たった一つ刻まれた、双頭の蛇の紋。


 執務室に掲げられている近衛師団の軍旗にも、同じ紋があしらわれている。


 黒地に暗紅色の徽章。

 黒は王の直轄軍を。

 暗紅色のそれは、王の紋を表す。


 書状の表にはそれ以外何も印されてはいなかったが、それだけで、王の勅旨だと判った。


「これは……」


 グランスレイはその書状を、一番近い位置にいるロットバルトに手に取るように促す。


 ロットバルトが手に取るのを躊躇っていると、レオアリスが再び口を開いた。


「構わない。取れ」


 深く頭を下げそれを受け、ロットバルトは書状を開いた。三人の中将達も、横から覗き込むように視線を落とす。


 流麗な字体が僅かに数行したためられている。直接眼にする機会は多くはないが、おそらく王自身の蹟によるものだろう。


 それは、近衛師団第一大隊大将であるレオアリスに直接指示を下すものだった。


 東の辺境、ミストラ山脈に棲む、ある種族の調査と保護。

 書かれているのはそれだけだ。


 ロットバルトが書状を閉じると、再びグランスレイが書状を取り、レオアリスに戻す。

 レオアリスは書状を机の上に置き、中将達を見渡した。


「ヴィルトール、ロットバルト」


 呼ばれた二人が、その場で姿勢を正す。


「ヴィルトール、右軍全騎をすぐに動けるように整えろ」

「承知致しました」


 ヴィルトールが左腕を胸に当て、一礼する。再び姿勢を整えると、ヴィルトールは僅かに首を傾げてレオアリスを見た。


「サランバードには通達しますか」


 サランバードは正規東方軍の辺境軍が駐屯する街の名であり、その管轄下で行動する場合は事前に一定の作戦内容を通達するのが常だ。


 しかし、レオアリスは首を振った。


「状況に応じてその必要も出てくるだろうが、今はいい。アスタロトには了承を取ってある」


 ヴィルトールは再び一礼すると、今度は退意を告げて執務室の扉へと向かった。


 右軍の準備を整える為に一度演習場へ向かうのだろうヴィルトールの姿を見送ってから、レオアリスはロットバルトに視線を戻す。


「ロットバルトには、俺に付き合ってもらう」


 作戦行動の図面を引くのかと思っていたロットバルトは、秀眉を上げてレオアリスを見つめた。


「上将に? まさか、貴方が直接行かれるのですか?」

「そうだ。先ほど王にお会いした時、直接指示は戴いた」

「何故……」


 疑問を口にしかけたロットバルトを、レオアリスは片手を上げて制した。


「悪いが質問は後だ。今回の動きはグランスレイと確認してある。

ヴィルトール達にはグランスレイから説明するが、ロットバルト、事は急を要する。まずは旅装を整えて一刻以内にここに戻れ。……ああ、旅装は私服でいいぜ」

「飛竜を?」

「頼む。そうだな……緑燐を二騎がいい」


 その言葉に、四人はレオアリスの顔に再び驚いた視線を向けた。


 レオアリスの――大将級が騎乗する飛竜は銀燐、また近衛師団の飛竜は黒燐と定められている。

 緑燐は民間で主に利用されている飛竜だ。


 レオアリスの顔の上に視線を向けたものの、漆黒の瞳の中には違和感の要因は覗けない。

 ロットバルトは喉元まで出かかっているだろう幾つもの疑問を抑え、一礼した。


「飛竜は私が用意するわ」


 フレイザーに礼を述べてロットバルトが退出すると、レオアリスも席を立った。


「俺も準備をしなきゃな。グランスレイ、後を頼む」

「承知しました。飛竜の準備が出来次第お呼びします」


 グランスレイの言葉に頷くと、レオアリスは黒い瞳に僅かに憂鬱そうな色を刷いたまま、物問いたそうな中将達の前を抜け、自らも旅装を整える為に執務室を出た。





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