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王の剣士2「絶滅種」  作者: 雅
第一章
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第十二章(一)

 峻険、ミストラの尾根に阻まれて、東の街道はその役割を終える。


 山脈は至る所に切り立った壁面を覗かせ、剥き出しの岩肌に所々張り付くように捩れた樹が生えている。

 主要な街道から逸れたこの街、サンデュラスも、元々は山脈を越える旅人の為に宿場として設けられたものだ。


 しかしミストラを越えればそこは地図無き荒涼とした大地が広がり、敢えて険しい山を越えようという者は皆無に近い。


 唯一とも言える山中への登り口のすぐ手前に、サンデュラスの石造りの家々が大地にへばり付くように建てられ、荒廃した空気を重く纏っていた。


 建物の灰色の壁は煤け、今日の曇天の空と、街の向こうに聳える幾重もの山脈に圧迫されるように、全体が寂れ、縮こまって見える。


 ロットバルトは被きの下から街の様子を手早く見回し、横を歩くレオアリスに視線を向けた。


「組織的に売買を行っているとしても、利益が街に還元されている様子はありませんね。それよりも、街の活気自体が感じられない」


 その言葉どおり、大通りにまばらに店は出ているが、それすらこれまでの街道沿いの街に見られたような屋台組みの店は少なく、多くは路上に布を敷き、或いは籠を置いて商品を並べているだけだ。


 無気力な街、と、印象はそれだった。


 どこか荒んだ空気の中、ぽつぽつと店を並べる寂れた様子に眼を向けながら、二人は通りを抜けていく。


 日中だというのにそこを歩く者すら少ない。旅人が珍しくないのか、それとも無関心なのか、店の奥に座る住民達は二人が通り過ぎるのを暗い目つきでただ眺めている。


 王都から遠く離れ、取り立てた産業もない、商益とは無縁の街。


 この街を領封する領事館も名ばかりで、本来在るべき領事は警備隊の長が代わって務めていた。

 警備隊の長は領主により任免された者がその任に就くが、隊士達の多くは地の者ではなく、近隣から集められている。


 辺境のさほど重要性の高くない街では、こうした形態が取られることが多い。その分任務に対する意識が薄いのは、仕方のない事だとも言えた。


 それだけが全てと言ってしまえるものではないが、荒廃と貧困、それに根差したものが今回の原因になっていることは否めない。


「警備隊の詰め所となっている領事館は、通常街の中心部に造られます。おそらくここも同様でしょう。

だからと言って直接尋ねていって問い質しても、まともな答えは期待できませんね。証拠を掴まなければ話になりませんが……。ジウスを探しますか」

「そうだな……」


 ジウスを探すにしても、確実な当てはない。まさか警備隊士を捕まえて尋ねる訳にもいかない。


 レオアリスは暫く考え込むように通りを眺めていたが、またすぐに歩き出した。せっかく支払った情報料を無駄にすることは無い。


「まず、例の店を探そう」


 そう言うと時折細い路地を覗き、壁に示された銅版の通り名を確認していたが、何度目かにあの商人の言った路地を見つけて入り込んだ。


 暫く細い路地を歩き、突き当りの建物の前で立ち止まる。

 寂れて今にも崩れそうな外観をしていて、傾いだ看板には男の言った名前と、宿と記されているものの、ロットバルトにはとても客を泊める場所とは見えないようだ。


「……ここに、お入りになるんですか?」

「そんな顔すんな、ここの奴らに見られたら反感買うぜ」

「純粋に驚いたんですよ。良くこれで倒壊しないな」


 レオアリスは宿の扉にかけた手を一旦下ろし、呆れた顔でロットバルトを見上げた。


「お前時々意外な事知らないよな。まあいい、中に入る前にその感想は引っ込めろ。ついでに、お前はしゃべらなくていい。お前がその調子で口を利いたら余計な揉め事になりそうだ。ただでさえその格好、ここじゃ浮くからなぁ」

「残念ながら」

「ったく……ま、それでいいんだけどな」


 一人納得したようにそう言うと、再び扉の取っ手に右手をかけた。


 軋んだ音を立て扉を押し開くと途端に複数の笑い声が耳を打った、開いた扉に気付き、声はさっと静まり返る。

 薄暗い中で幾つかの顔が、一斉に入り口に向けられた。


 カルドレの宿と同じように一階は酒場になっていて、昼間だというのに酒瓶を抱えた男達が四人、円卓を囲んでいる。


 荒んだ視線が、この場にそぐわない来訪者を上から下まで眺める。

 ひゅうっと高く口笛が鳴り、男達は顔を寄せて小声で二言三言交わすと、再びどっと粗野な笑い声を上げた。


「よお」


 男達を気にする素振りもみせず、レオアリスは慣れた様子で奥に進むと、店と厨房とを分けている壁から張り出した横長の卓越しに、店主らしき男に声をかけた。


 ロットバルトもレオアリスに従って店に入り、男達の様子をそれとなく眺めながら長机の前に置かれた丸椅子に腰掛ける。


 いでたちはてんでばらばらだが、四人とも腰帯に長剣を差しているのが見える。

 薄笑いを浮かべたまま、男達が二人に視線を投げた。


「ここはお前のようなガキが来る場所じゃない。帰んな」


 店の主の初老の男は、レオアリスを見もせずに煩わしそうに手を払った。

 レオアリスは動じず、卓の上に左腕を乗せる。


「よく言われる。ま、しょうがないだろ? どんな仕事も選べるが、年齢ばかりは選べない」

「……何の用だ。宿か? 宿なら表通りにある」

「だから。そこじゃ用が済まねェから、こんな為りでわざわざここに来たんじゃねぇか」


 そう言うと懐から一枚の銀貨を取り出し、卓の上に投げた。


 ロットバルトはレオアリスの手馴れた遣り取りを呆れたように眺めていたが、銀貨の音に円卓を囲んでいた男達の目の色が変わるのを捕らえると、僅かに手を動かし、外套に隠した剣へと近づけた。


「すげぇ、こりゃ銀貨か。お前、何者だ」

「俺というより、金はそこのお方が出してんのさ。物好きな方でね」


 男達は納得したように、ロットバルトをじろじろと眺めた。


(全く……)


 この為にわざわざ、こういう場所で浮く自分を同行させたのかと、ロットバルトは心の中で溜息を吐いた。


 更に言えば、外見だけ取ってみれば二人とも軽視されこそすれ、警戒されることはほとんどないだろう。男達は全く疑う様子が無い。


 レオアリスの声が低くなる。


「秘術が、お好みだ」


 椅子を蹴立てて、男達が一斉に立ち上がる。


「このガキ……ッ」

「おっと、騒ぐのは止めてくれ。あんたらにしても、俺達にしても、騒ぎは全くありがたくない。そうじゃないか?」


 その言葉に眼を見交わし黙り込んだ男達の目の前で、レオアリスは懐から小さい袋を取り出して卓に落とした。

 硬貨のずっしりとした音が、暗い店内に響く。


「どこで手に入るか、それだけでいい」


 初老の男は呆然とした目つきで硬貨の入った袋に手を伸ばしながら、レオアリスとロットバルトを値踏みするように交互に眺めた。


「……今はない。最近は、モノが不足しててな」


 レオアリスの眼が僅かに細められる。


「いつならいい」


 店主はにやにやと薄笑いを浮かべ、首を傾げてみせた。


「ちっ。欲を張ると為にならないぜ。――あと一枚」


 そう言ってレオアリスが取り出したのが金貨だと見て、店主の顔が驚きと喜びに引き攣った。


 レオアリスの指が金貨を跳ね上げる。

 とっさに伸びた店主の手を押さえ、目の前で金貨をチラつかせた。


「……あ、明日だ。今、仕入れに山に入ってる。明日になれば、どっさりとここに届くさ。ほとんど最後の品だ。加工にゃちょいと時間がかかるが、何、大した日数はかからねぇよ。あんたらは運が良かったな」


 一瞬レオアリスは顔を強張らせたが、そのまま金貨を店主の手の中に放った。


 店主は手に取った金貨を眺め回し、大切そうに懐にしまい込んだ。


 二人の遣り取りを固唾を呑んで見守っていた男達が、一気にざわめく。

 中心人物らしき男が立ち上がり近づくと、卓の上に手を付いて店主に顔を近づけた。


「おい、エルロイじいさん、まさか独り占めする気じゃねぇだろうな。誰のお陰で無事に商売してると思ってんだ」


 自分の隣の椅子に腰掛けた男の顔に、レオアリスが視線を向ける。


「どう分けようとあんたらの勝手だ。けど、明日になってここの警備が立ち入るなんて事はないんだろうな」


 そう問うと、エルロイは金を数えながら意味ありげな薄笑いを浮かべた。


「警備ねぇ。警備ならそこにいるぜ。自己紹介したらどうだ、ガストン」


 驚いて振り向いたレオアリスの顔を見て、円卓にいた男達がどっと笑い声を上げる。


「おいおい、バラすなよ。辺境軍にタレ込まれでもしたらどうするんだ」


 卓に座って、エルロイの手元の硬貨を一緒になって数えながら、ガストンはにやにやと笑い店主とレオアリスの顔を見交わす。


「同じ穴の(むじな)だ、そんなことしねぇよ。なぁ」


 ガストンの言葉に、レオアリスは凄惨とも言える笑みを口元に刷いた。


 それを、男達は満足した為の笑いだと勘違いしたようだ。再び騒がしい笑い声が店内に響いた。


「しない。安心しろよ」


 一旦男達をぐるりと見回して、再び卓の奥の主人に視線を戻す。


「だが、こいつらはどの程度なんだ? いざって時に役に立つのか」


 どっと笑い声が上がる。エルロイは口元を歪め、空気をこするように笑った。


「お前の隣のが副隊長様だよ。役に立つどころじゃねぇ。いくらでも揉み消せらぁな」


「……へぇ。そりゃ、すげぇ。警備隊まで絡んでるとは、驚いたぜ」


 レオアリスが口元に浮かべているのは笑みではない。

 怒りだ。今にも剣を抜きかねない程の怒り。


 それが何故この男達に伝わらないのか、その事がロットバルトには不思議だった。

 自分達の行為が非難されるべきものだとは、露ほども疑っていない。


 いや、それは既に、この男達の間では日々の生活に磨耗され、感覚を無くしている。


 もしここで二人の立場と目的を明らかにしたとして、彼らが納得して事が丸く納まるということはあり得ないだろう。


 レオアリスは一瞬だけきつく眼を閉ざした。


「明日、また来る」


 椅子から滑り降り、ロットバルトを促して扉へと向かう。

 それ以上声をかけられる前に、騒々しい音を立てる扉を閉ざした。


 大またに大通りに向かって歩くレオアリスの後を追いかけ、ロットバルトはその隣に並んだ。


「上将。今の男達を抑えますか」

「……いや、それより先に本隊を抑える。――カイ」


 レオアリスの声に、どこからか微かな鳥の鳴き声が答える。

 伝令使――、レオアリスに常に付き従う使い魔だ。離れた場所へ、一瞬で意思を伝える能力を持っている。


 レオアリスは姿の見えない伝令使に向かって、サンデュラスの近隣に伏せさせた右軍への指令を、低く素早く伝えていく。


「軍を山中に進め、制圧しろ。制圧に入る前にサランバードに一報を入れろ」


 ロットバルトは瞳を鋭く細めた。


 正規東方軍第七大隊の駐屯地、サランバードに動きを伝えるという事は、この時点から事態は公然のものとなった事を意味する。


 そして公然のものとなった以上、王の命が無い限り、近衛師団の行動を妨げるものはない。


「一小隊は警備隊の本部へ回せ。俺達もまずは本部へ向かう。……行け」


 姿の見えない羽ばたきが一瞬聞こえ、すぐに掻き消える。


 大通りに向かって再び歩き出そうとした時だった。


「なあ」


 幼い声がかけられ、ロットバルトの外套の裾が引かれる。


 眼を向けると、そこにいたのは数えで十にも満たない少年だった。







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