滅びろクリスマス
クリスマス。外を歩けばどこを振り向いてもモミの木とイルミネーション。そしてモブのカップル。
本当にどこを見てもそういう光景が目に入って苛立ちが止まらない。あまりにムカツクので目を閉じながら歩いたら電柱にぶつかった。最悪のクリスマスだ。
苛立ち解消のためにまずは冷静になろう。そして最悪のクリスマスだと感じる理由を冷静に分析してみよう。
まず俺の隣に女がいない。これが原因の9割だ。俺には彼女がいない。さらに包茎おまけに童貞!と、どこぞやの掲示板で知ったラップを口ずさみたくなる。先月20歳になったのに本当に彼女がいない。生きてきて彼女が出来たこと無い。というか女と話したこと殆ど無い。さらに包茎おまけに童貞。Year。思わず大声で口ずさむ。
「俺はHo-Kei!さらにDo-tei!」
イルミネーション輝く町中に俺の声が響き渡る。となりに座っていたおっさんが驚いて逃げていった。目の前にいるカップルが俺を見て笑っている。
「うわー、なにあれ。きもーい」
どこからか女の声が聞こえてくる。まわりがザワザワとざわめいている。否定はしない。今の叫びはどう考えても気持ち悪い。だが叫んでみて少しスッキリした。そうだ俺は気持ち悪い。でもこんな俺をもっと見て欲しい。
「俺はHo-Kei!さらにDo-tei!」
「どこを見てもクリスマス!クリクリクリクリ、クリスマス!」
「親に感謝!イエスに感謝!聖夜に感謝!ホテルで発射!」
気分が高ぶって両手で自分の尻を叩きながら行進する。端から見ると狂人だ。俺の回りにいる人間がどんどん逃げていく。走って逃げていく。子供は泣き叫び、複数の女の甲高い悲鳴が町を切り裂く。クリスマス死ね。
そうだ死ねばいい。みんなみんな死ねばいい。俺はこの暗い気持ちに対して真正面から正直に向かいたい。世界中の孤独な人間が俺と同じ暗い気持ちになっているはずなんだ。世界はもっと俺達に配慮するべきだ。なのに世界はイルミネーションで輝いている。許していいわけがない。革命だ。
「フゥー!フゥー!」
目の前にあったモミの木に突進する。痛い。プラスチック製のモミの木が大きく揺れる。木に飾ってあった小物がたくさん地面に落ちる。世界の崩壊の始まりだ。
「フォウフォウフォウ!」
俺は何度も何度もプラスチック製のモミの木に突進した。殴る蹴る、よじ登って枝を引きちぎる。連なる電球を引っ張ってぶら下がる。俺は思いつく限りの暴虐を尽くした。大衆のどよめきに包まれながら俺は走れメロスのメロスを思い出した。俺は邪知暴虐のクリスマスを取り除かねばならぬ。俺には性交がわからぬ。だがクリスマスだけはなんとしても征伐しなければならない。
クリスマスと言えばモミの木だ。モミの木はクリスマスの象徴だ。町中にモミの木が乱立することの意味することとは何だろうか。そう、性交である。モミの木は卑猥だ。あの屹立している姿は卑猥だ。誰が見ても男性器を連想させる。枝と葉っぱはどう見ても陰毛だ。陰毛にまみれた男性器を飾って光り輝かせるイエスは一体何者だ。何を考えてこんなイベントを作ったんだ。町中にそんな男性器を乱立させて何が目的なんだ。やはり性交なのか。人類は奴のお陰で発展したのか。
世界中のカップルに真摯に問いたい。お前らは何故俺を虐めるのか。俺はいつだってまじめに生きてきた。まじめに生きてきた結果フリーターになった。コンビニのレジで突っ立ってアツアツのおでんを売りさばく毎日。カップルがそれを買い、女がホクホクとしながらちくわを頬張る。それを見て男が興奮する。きっとこの後ホテルに行くのだろう。俺はそういう羨ましい光景を何度もレジの前で見せつけられた。俺の目の前で食うな。せめてコンビニの外に出ろ。
搾取するものと搾取されるもの。それが今の世界を成り立たせている支配構造だ。俺のような人間はいつだって搾取されてきた。カップルは常に搾取する側に立っている。俺がコンビニでちくわを提供するたびにカップルは淫らな欲望を肥大化させる。俺には奴らが肥えた豚にしか見えない。俺は豚に餌を与える畜産家だ。しかし俺は肥え太った豚を売りさばいて稼ぐことは出来ない。豚が行く先はホテルである。そう、儲かるのはホテルだけなのだ。俺が手に入るのはコンビニの糞みたいな時給だけ。悪しき資本主義の構造がここにある。
「そうだ……俺はお前たちに問わなければならない!」
俺は、少し離れてパシャパシャとスマホで写真を撮る大衆に殴りかかった。俺を囲んで大きな円を作っていた大衆は走りかかってくる俺をみて勢い良く逃げていったが、のろまな女が転んだので、とりあえず俺はそいつを殴ることにした。
「教えろ!お前は何本ちくわを頬張った!?」
「やっ……やめ……ヒッ!」
俺はひたすら女を殴る蹴る。馬鹿め、モミの木だけがクリスマスではない。お前もクリスマスなのだ。見ろ、お前の彼氏はもうあんなに遠くまで逃げているぞ。きっとお前たちは愛を誓い合って布団の中で何度もまぐわったのだろう。だがこれが真実だ。
誰もお前を助けようとしない。周りの大衆を見ろ。俺が振るう暴力の対象が定まったとわかった途端、またスマホを取り出して写真を撮り始めた。俺が女を殴り続ける今もなお、町中ではクリスマスソングが響き続ける。愛と希望に満ち溢れたクリスマスソングだ。だが嘘っぱちだ。今なら誰が聞いてもそれが嘘っぱちだとわかる。なぜ誰も女を助けようとしないのか。愛などどこにもないではないか。
女が蹲って恐怖から逃げようとする。だが俺は粛清の手を止めない。足も止まらない。苦しめ苦しめクリスマス……。
なにもかも楽しくて仕方がない俺だったが、頭のなかでは新しく生まれた思考にぐるぐると支配されようとしていた。この女は本当にクリスマスなのだろうか?俺が破壊したいと思っているクリスマスは巨大で、誰も抵抗できず、服従を余儀なくされる、絶対の権力である。だがこの女はどうだ?女は声にならない声を出して泣いていた。俺の暴力に逆らえず痛みと苦しみに耐えている泣き顔だった。
それでも周りの人間は誰も助けようとせずカメラアプリのシャッターを連打している。驚いているものや顔を手で覆っているものが大半だったが、その一方で面白そうに笑っている奴らがいた。女は完全に見捨てられていた。そして俺は今も搾取の対象だ。クリスマスは死んでいないし、世界の支配構造は何も変わっていない。そしてより最悪なことに、俺はただ自分より弱いものを虐めて溜まった鬱憤を発散させているだけだった。
そう気づいたとき、俺の手足はぶらんと下がり、どこにも力が入らなくなった。敗北を実感した。俺はクリスマスにまた負けたのである。きっと周りの大衆を殴ったところで結果は変わらないのだろう。クリスマスを構成している醜悪な豚どもを掴んで地面に叩きつけたところで、その瞬間にそいつが俺よりか弱い生き物に変化してしまう。そんな生き物を引きずり出して殴っても意味が無いのだ。それではクリスマスは死なない。俺は勝てない。
絶望が俺の世界を覆っていった。しばらくしてパトカーが到着し、二人の警官が俺を差し押さえて拘束する。もう抵抗する気にもなれなかった。警官に組み伏されて俺が地面にたたきつけられたとき、俺の両の目は真っ暗な夜空と相対した。底の見えない闇から白い結晶が降ってくる。雪だ。ホワイトクリスマスだ。
今日もラブホテルは大盛況なのだろう。コンビニではちくわがたくさん売れているのだろう。メリークリスマス。
俺は頭のなかで首を吊って自殺する自分の姿を想像した。