第八話.選択
今日は二話投稿。後で加筆修正するかもしれません。なので、暫定です。
宜しくお願いいたします。
お医者様が帰った後、僕は思い切って口を開いた。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
「フンっ、なんだい? バケモノが図々しいねえっ。面倒事なら御免だよ」
死角を取ってガラスの破片を首に突きつける。
驚いて視線をこちらに寄越した僕らの世話役だというオバサン。
僕は口元を釣り上げてうっそりと出来るだけ不気味に作り笑う。僕らを化け物と呼ぶくらいだ。このオバサンはこんな餓鬼でも、多少の恐怖心は抱いているのであろう? ならば、もっと恐怖を増幅して利用するまで。
今の“僕”は“自分”と“銀”少年以外、どうでもいいのだから。
動くことも出来ず、冷汗を掻き始めた彼女に、僕は目を細めて、出来るだけ“丁寧にお願い(という名の脅迫)”をする。
「出来れば、ここを辞めて欲しいんだ。僕らは自由が欲しい。それにはあなたが邪魔だ。監視役なんて必要ない」
「なんだってそんっ……!?」
魚のようなぎょろ眼をひんむいて、叫び出そうとした老婆。
「黙って」
と、ガラスの先をほんの少しだけ強く突きつけてみる。老婆は苦虫を噛んだ表情で、恨めしそうに僕を睨みつける。その怨嗟が心地よいと思う僕はイカレテいるのだろうな。もっと強烈な怨嗟の声を、知っているだけだが。――どうでもいいか。
「あなたとあなたの雇い主の思惑など知らぬが、僕らは此処を出ていくつもりはない。僕らとて、雨風をしのげる場所は必要だ。外出の自由と行動制限の解除、そしてこの屋敷の外の人々と同程度の自由が約束されれば文句はない。幽閉生活は飽きたのだよ」
今から約百年前の前世の続きも、この一週間の幽閉生活も、もうイラナイ。
あの牢屋から出られれば、こちらのものだ。
前世のように人質にされて閉じ込められて、良いように使われてなるものか。
僕は、自由がいいぞ。
「食事の世話も必要ない。あんなまっずい犬の餌の如き飯、それも私が知っている貧窮農民の暮らしから見ても残飯のような飯を少量の毒入りで食わされ、死を待たれるだけの食生活ならば要らぬ!! それくらいなら、自分たちで安全な飯を用意して、自分たちで生きていく!」
長い付き合いになるであろう銀が雑草のような人間にならないように、しっかり育てるからさ。互いをね。
そして、君は対応を間違えた。
『人を殺そうとするならば、殺される覚悟も持ってやりなさい。』
それが太古の昔からの世の理。弱肉強食の掟。
人間だって、動物なんだから、例外はない。
生きとし生ける者、所詮、強い者が勝って、弱い者が負ける。そこから立ち上がるかどうかは、あなた次第。
「君は僕らを“バケモノ”と呼んだ。ならば、“バケモノ”を嘗めるなっ!! さぞかし心の底から嫌っているのであろう? 憎悪しているのであろう? 殺したいのであろう? ならば我慢することはない。素直に辞めたまえ」
「なっ……!」
老婆は驚いたような声を出して、絶句した。
構わず藍色の少年は言葉を続ける。
「君は僕らの世話役というには、不適切だ。誰が自分を殺したいと願う者に己の世話を預けると思う? 金の為や家族の為など、理由は幾つかあるのだろうが、不愉快だ。もし君が僕らを殺す為に雇われた殺し屋だとしても、それはそれで不愉快だ。君の態度と拙く不出来な仕事の手際から腹が立つ」
ギリッ。紫楽は苛立たしげに歯を噛みしめる。
実は一番怒っていたのはそこだった。毒殺なんて手法、頑張れば年端のいかない幼子でも行える簡単な殺し方なのだ。
なのにこのオバサンは……仕事くらい、きっちりしろ! と云いたい。だいぶお歳を召しているようだから、日数が開くのは仕方がないとしても、乏しい手持ちの食材で美味い飯も作って出せないのか? いや、せめてカビテない、残飯でもない飯くらい出せるはずだ。例え毒入りだとしても、それならまあ、文句は最小限だった。しかしこのオバサンは、死者への敬意も、他者への敬意も足りないと見える。
「だから、選ばせてやる。僕に降って心を入れ替え、世話役としてしっかり務めを果たすか。素直に自分の心に従ってここを辞めるか。ここで死ぬか、―――僕らを殺しきるか」
さあ、選べ。といわんばかりの濁りのない真っ直ぐな瞳で射抜く。
暗殺者怖いわー。(棒読み)
老婆の選択の結果は次回。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。