第七話.医者の診察
夏バテで頭が変だ。
今回は、藍色の子の中身とお医者様、婆の処断。
宜しくお願いいたします。
老婆に医者を呼ばせた。
そして地下から銀少年を運びだし、診させた。
お医者様は銀と僕のあまりの汚さと、彼の造作の整いっぷりに驚いていたようだ。
「不潔じゃ!! 水かお湯をかぶらせて綺麗にしてあげなさいっ! これでは治るものも直らんわっ!」
などと僕らの保護者と勘違いした老婆――そういえば、名前を知らない――が怒られて。
「へぇ、でも、この子たちがこれでいいって」
「(嘘つけ! そんなこと、一言もいってないぞ!)」
「問答無用! 今すぐ身を綺麗にしてきなさい!!」
鬼のような気迫で言い切った先生はとっても格好良かった。
外庭にあった井戸から汲み上げた水で、老婆に文句を言われながら身を清めた。
ただし、清めたで驚いて息を止めて死にかけたようだ。黄泉の淵から戻って来た時、医者の先生はこういった。
「わしを殺す気かっ!! なんじゃいこの凶器の尊顔は! 兄の方は綺麗すぎて逆に怖いわ、弟の方は綺麗は綺麗だが女と見間違えたわこの阿呆!」
――追伸。僕と銀の続柄は、この人のお陰で兄弟だとわかった。
それも双子。銀が兄で、僕が弟。姓は四十九院。
江戸幕府に仕える小田原藩藩士の息子。歳は数えで四つ。つまり、現代(平成)だとまだ三歳。双子は“鬼子”という説があり、本来なら片割れを殺すか、片方だけ幽閉するのがしきたりらしい。
だけど、産れてきた子は銀色の髪と金色の瞳を持つ隠叉子(鬼子)と、藍色の髪と紫の瞳を持つ隠叉子(鬼子)の双子。
当然、本家で「化け物のなかのバケモノが産れてしまった」と大騒ぎになるわけで……。銀が産れた瞬間に目を開けたのもいけなかったらしい。赤子の眼は、産れてすぐは開かないもの。それにもう片方の僕はこの通り、“猫憑き”と名高い伝承のある輪廻を越え続けるモノらしいから。
双子を産んだだけでも酷い扱いを受ける時代だ。ましてや、銀や僕のような“毛色の違う人間”が産れたら、どう思われるだろう?
この排他的な日本で、二百年の鎖国を敷いていた江戸時代で、攘夷が囁かれ始める江戸末期で、どう……思われる、だろうか?
答えは差別だ。
僕らを産んだ母は、今生の父親の正妻さんは、ショウフクバラと蔑まれ、誰も味方になってくれず、頼れる御夫君も仕事で居らず、いつしか心を壊してしまったんだとさ。
僕と銀の上には、兄と姉が居たらしい。
だけど、兄は病弱で、いつ死んでしまうかわからず。姉の方も病弱で、彼女の方はわずか六歳にして、僕らが産れる前に流行病で死んでしまったんだとさ。
そこにやっと出来た子供が、バケモノと騒がれちゃあ、クルよねぇ。可哀想な人。
今生の父上は僕と銀が男だったので、いつ死ぬかわからぬ長兄の代わりを置いておくために僕らを殺す事が出来ず。さりとて、どちらか片方を置いておくことも選ぶことも出来ず。もう一つの慣例――かつて藍猫と呼ばれた“僕”を閉じ込めておけ。そうすればやがて福が来る、というバカバカしい慣例――に従って、この屋敷に封じ込めておいたのだとか。
世話役老婆め、この先生が白状させるまで、だんまり決め込んでやがった。恨むぞこのヤロウ。
四十九院家だって、遊楽という名の“僕”が愛した旦那様の血を引く直系子孫でなければ、いつだって滅ぼしている所だ。戦国時代以前、かつて、藍猫と呼ばれる前の“僕”をさんざん利用して捨てて来た数々の家々のように。『禍福を転じて福と為さず、禍を増幅して没落へ導いていた』かもしれない。
旦那様に感謝しろ。間違わずに正解を引き続けて、遊楽(僕)を誑し込むだけ誑し込んで、子を八人も産ませやがった旦那様に。
その身に流れる血にっ!!
じゃなきゃ、誰が自分を生き埋めにした(ような)記憶のある家を残しておくものか。誰が肉の壁や毒見役にして散々利用した挙句、病になっても「使えない」と見殺しにするような家を残しておくものか。誰が“僕”を牢屋に鎖でつないで、僕の“猫”を「主の為」だと云って、勝手に働かせ、一生飼い殺しにするような家を残しておくものか。
ゆっくり、ゆっくり、じわ~りじわり、何代もかけて、没落と根絶やしに導いていくに決まっているだろう。
銀のようなお気に入りだけ仲間に取り込んで、あとは全部消しにかかるに決まってる。
「猫は九生を生き、恨めばその恨みは海底より深く、悪くすれば一族郎党根絶やしにする」とか。
何代もの“僕”を使い古しの雑巾のようにして、最後は見殺しにしてきた罪は重いよ? 恨みは深いよ? 心だって壊れ続け、魂だってすり減らし続けてきた。
だけど、四十九院家の最初は、遊楽が愛する旦那様との間に儲けた子らのうちの一人が開祖。何代にもわたって宿されてきた命と輪廻の間には、家族として愛した人も居たし、ちゃんと優しい人も居た。それを思えば、こんなつまらない、“昔”の記憶という名の私怨くらい、我慢できる。どうってことない。なんど無様に殺されようと愛してやるさ。
例えどんなバケモノになろうとも。例え、どれだけ汚されようとも。僕の心だけは、屈しない。
(あ、ま~た思考の淵に沈んじゃったよ。この少年の体で目覚めて、体感的には約一週間。記憶と魂が体に定着してないのかねぇ……? それとも、この世への未練がまだ弱くて、死んだ人間の思い出に引っ張られているのか。……なんてね。死んだ人間と言ってもどれもこれも “僕”には違いないから、ややこしくて仕方がない。やれやれだ。)
あり方がカッコいいお医者様に見られている銀を、横目に見て、僕は今の自分を理解する為、思考する。
他人から見れば、少々難しい話。説明など完全にはデキナイ、僕の世界。中身、有り方、生き様。
僕の世界は、中身は、今を生きる三歳の僕と、過去を生きてきた同じ魂を持つ“別人”たちが渦巻いている。今を生きる僕以外は、死んだ人間だ。人間だったものだ。彼ら、ないし彼女らは、それぞれ生き方も違えば、微妙に考え方や生き様も違う。
当然だ。人間というモノは、育ってきた生活環境なり、出来る事や知り合った人の数で内面が違ってくるのだから。
今この時を生きる僕は、過去に生きた同じ魂を持つ者たちの『記憶』と『経験』と『思い』の結果の集合体。
いわば、プール(肉体)にコップ一杯ずつの水(中身)を少しずつ、少しずつ、機械を使わずに己の手で注ぎ続けてきた結果、溜まりきったのに、破綻して、また溜め続けているところ、なのだろうか。
よくわからない。
前世までの僕の思考は、ここまでで終わってた。
よく、わからないから、こうして、時折僕は暇があれば思考する。
ちなみに現在、生きて動いているこの体、下手に並列思考とかマルチタスクとか呼ばれる超高速思考が備わっている、天才型のようです。
これだけでも今度の親の遺伝子は優秀ねぇ。現在の“僕”の受け皿になれる子は、膨大な知識と経験と記憶で、精神崩壊と脳崩壊?が起きる様なのが、多いんだけど。長く生きすぎちゃった。てへっ。……おえ~……自分でやってて気持ち悪。
ああ、今生の親の顔が見てみたい。とりあえず、ラリアットからの正拳突き組手百本……いや、飽きるから十本でボコボコにする実験台にしてやりたい。なんつって。本当はやらないけどね――
だから、長々と思考しても、実質五分しか経ってないよ。お医者様の診断終わったよ!
現在の状況。
(↓部屋)
―――――――――――――――――
水入り桶|銀(気絶)| 医者(仕事中)
老婆(苛立ち)| 扉 |僕(観察)
―――――――――――――――――
僕は表面上は心配そうな様子を装いながら、部屋の入口の扉付近の壁に寄り掛かり、診断を待っている状態だ。扉を挟んで反対側では、老婆が苛々と医者の仕事が終わる時を待っている。お医者様に払うお金は、ヤツ持ちだものな。わずか三歳(数えでは四歳)にして、借金持ちになってしまったよ。証文まで書かされた。やっぱり婆は銭に汚いです。今日まで幽閉されていた幼子が金を持っている訳がない。銀のためなら、仕方ないんだけど。
(………ぐちぐち悩んだり、余計なこと考え込んだりするのはもはや性格だナ。カットかっと。脳内カット)
たびたび何度も横道に逸れる思考を目前の出来事に戻す。
「はあ……、何故このようなことになるまで、放って置かれたのですか!?」
「だから……その、あの……(チッ、あたしゃ知らないよ! 本家の命令に従っただけなんだからね!)」
「お医者しゃま、診断は、出ましたか?」
「………今更猫を被られても複雑なだけだ。おお、出たぞボウズ」
診断はやはり食中毒と栄養不足による衰弱だった。
どうにか一命を取り留めたらしい。あと数日も経っていたら危なかったとか。
「あとは安静にして、数日待ちなさい。薬を処方しておきますから、起きるでしょう」
寝台に寝かされた銀を見て、僕はほっと胸をなでおろした。
「ありがとうございます」
といって、僕はにっこり笑って、子供らしく頭を下げた。
心の中で毒づいているだろう老婆の傍を通り過ぎ、ちくちく痛み続ける足の裏の傷や、手の平の当分治りそうにない火傷を無視して、部屋を去ろうとした。
寝床になりそうなまともな部屋を探そうと思ったのだ。
しかし、お医者様の眼は鋭かった。
背後から目ざとく僕の傷を見つけたお医者様は、気迫を込めた渋い声で一喝!
「わしに隠し事をしてるな!? ええいっ、傷を隠すな見せろっ」
手を取られて思わず「おわっ!」と声が漏れた。老いさらばえても第一線で活躍し続ける医者の、優しく厳しい腕に抱き上げられ、無理やり椅子に座らされる。
「手に火傷、足に切り傷。他にも兄と同じ栄養失調と食中毒のケがあるな」
「ほっといたら治る。問題ない」
思い切り頭を殴られた。グーで。拳固だぞ、拳固。
くぃぃぃ、と涙目になって頭を押さえ、奇声を上げる。
「戯け! ここに医者がおるのだから頼れ! 診させろこのガキぃぃ!」
「ほ、ほわぃ。」
カッとお医者様は目を見開いて、叱りながら怒鳴りつける。
「なんじゃその妙ちくりんな返事は!? 『はい』と云ってみろ。『ハイ』!!」
「はっ、はい!!」
背筋を伸ばして、腹から返事をした。
お医者様は満足そうに相好を崩して、今度は頭を撫でる。
「よーしよし。よく出来た。薬を処方しておくから使え。これにてわしの仕事は終了じゃ。あとは安静にの」
おおっ、まさしくアメと鞭ですな。
「はい。わかりました。ありがとうございます」
僕、このじいさん、ちょっと好きかも。あ、誤解すんなよ? 人間的にね。
「礼はええ。もとはといえば、あの婆が悪いのじゃから」
ジロッと婆を睨んで、じい様は帰って行った。
お医者様が帰った後、僕は思い切って口を開いた。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
「フンっ、なんだい? バケモノが図々しいねえっ。面倒事なら御免だよ」
死角を取ってガラスの破片を首に突きつけた。
サア、取引の時間だ。楽しい愉しい選択の時が来た!
僕は出来るだけ不気味に見えるよう、うっそりと口元に笑みを佩いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。