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第六話.昔の恥と迷子

R―15タグ、つけようかとうか迷っています。


お久しぶりです。副題:迷子の迷子の藍色少年。昔の恥を見つける。(笑)

 自分の手もとも危ない暗闇の中を手探りで突き進んできた。

振り返れば急勾配(きゅうこうばい)な階段が見えた。今昇って来た階段だ。長い年月を経ているのだろう、古くなり、腐りかけている。もうそろそろ修理も行き届くなってきて、変え時だろう。ここに住み続けるつもりなら、これも考えなくてはいけない。だが、後だ。

 

 罪人を閉じ込める黒鋼の鉄格子を、何重にも頑丈にしたような檻の扉が頭上にあった。

 扉には(ぼん)()真言(しんごん)(しゅ)祝詞(のりと)、果てはよくわからない宗教の言葉で書かれた(おびただ)しい数のお札が、外から差し込む光を(ふさ)ぐように、びっしりと貼り付けられていた。

 世話役だと己を称していた婆の“バケモノ”という言葉が思い出されて、皮肉な笑みが口を伝う。


「ほんとうの化け物っていうのは、人の醜い心の中に住まう者。なのに、君たちはいくら代を重ねて言っても言葉が通じないみたいだ」


 長い幽閉生活で肉は削げ落ち、満足な食事も与えられず、衰えた体に精一杯の力を込めて、扉をぶち壊すつもりで思いっきり上に押し上げた。


 ブシャッ、キィィィィ……ガシャンッ


 勢いのいい金属音が鳴って、扉は外側に開き落ちたらしい。普通に開いた。

 札の貼られた鉄の塊は壊せなかった。

 今朝の作業によって、己の血に塗れ、土がつき、汚れた手を呆然と眺める。

 幼く小さな紅葉の手だ。

 栄養失調で不自然にも骨と皮ばかり。あまりにも無力な幼い子どもの手だ。

 この手では誰も助けられない。

 この手では、自分の身でさえ護れない。いつか誰かに“また”庇われてしまう。

 もうあんな思いは嫌だというのに誰も護れない、足手纏いになる。

 子供の小さくか弱い紅葉の手だ。

 そのことに(いきどお)りを覚える。


 食器で切った手の平の傷は跡形もなく塞がっている。

 代わりに火傷のような痕がついていた。

 呪符のせいだろう。痛くはない。すぐに治る。慣れた痛みだ。自分が“バケモノ”だということは、自分が一番よく“識(知)って(って)”いる。


 心なんて、痛まない。


 ぎりりと下唇を噛み、拳を握りしめて、今、自分がすべきことを思い出す。

 四角く長方形に開いた穴の出口に手を掛け、苦労して体を押し上げた。


 ほのぐらい穴倉からひょっこり顔を這い出した。

 目に入ってきた光の暖かさに目を覆う。


 なんだろうと思って、首を廻してみれば、ここは十字路。

 正面には十メートルほど廊下が続いた後に別の部屋があり、扉が見える。洋風ではなく、和風の観音開きの鉄扉。頑丈そうな錠前がついた鍵が掛かっている。いざという時の武器庫かなにかだとみた。

 背後は行き止まり。

 僕が今出てきた地下牢に通じる隠し扉が、ぽっかり空いているだけ。普通の木造の壁である。煌々と明るく燃えるロウソクがあった。

 だがこの光源ではない。もっと別の、もっと眩しくて明るい……。

 向かって左手を見やれば、外へ通じる裏口らしき開け放たれた木の扉。

 外は明るく、春の日差しに満ちていた。


「……!(ああ、これかぁ)」

 

 僕は納得して頷く。

 眩しさの原因は、ほとんどすぐ上で明るく燃え盛る蝋燭(ろうそく)の光と、開け放たれた出入り口から差し込む木漏(こも)れ日だった。


 見れば、新緑の草花が外庭らしき場所に生い茂り、瓦で葺いた真っ白い壁の塀の中で、誇らしく野草(やそう)の花々が咲いている。


 不意に鼻をくすぐる植物の香りがした。

 よく嗅ぐとハナミズキの(ほの)かな甘い香りだった。

 それでふと思い出す。


「いけない、いけない。こんなのんびりしてる場合じゃなかった」


 右手に見えた薄暗い廊下を弱ってもつれる足で走り抜け、この館?の出口を探す。


 曲がって、部屋に入って、間違えて。

 それをなんども繰り返しているうちに、また木漏れ日の中に居た。


 どうやら中庭に出たようだ。

 いくつもの卒塔婆(そとば)や石のお墓が立ち並び、一種異様な雰囲気を漂わせている。新緑の草花の間から、にょきり、にょきりと生えている夥しい数のお墓たち。古いものは崩れかけ、新しいものは文字もまだ読める。


 僕は急いでいたが、気になったので、通りすがり様に近寄って文字を確かめた。


 それぞれ、文月、風間、水無月、双葉、神那岐、その他にもたくさんあるが、やはり一番多いのは、四十九院という縁起の悪い名字が目立つ。


 四十九院。死んだ母親の体内から、四十九日して産れてきた水子、赤子の伝説。仏教用語。四十九院(よんじゅうきゅういん)と書いて、つるしいん。


「“僕”の数代前の前世、風魔忍者“遊楽”と彼女の旦那様との、子孫の家」


 これらの名前が卒塔婆に揃っているということは、“輪廻の記憶上の僕”が知っている場所であるということの証明―――。


 風間の名前に寄り添うようにあるこれらの墓の名字は、本来、歴史上にないもの。


 僕の輪廻において、平成の大学生だった時は、オタクで、ネット小説を書いてて、幼少期の経験から忍者に憧れがあり、歴史と和物が好きで、色々調べて―――その時の名残が、転生し続ける今も役に立っている、と記憶している。

 

 それに――“文月遊楽”の名で記された卒塔婆の横に“風間遊楽”の墓。

 これは“僕”がこの世界に居たことの証明。―――この世界の戦国時代に旦那様と一緒に居たことの証明。僕が気狂いでないことの証。


 一本目の文月名義の卒塔婆は、旦那様が建てたモノ。

 五代目風魔小太郎候補だった彼らは、修行の最終段階として、一番親しい者を殺せと命じられていた。

 紅髪紅眼の少年だった旦那様、悠陽は子供たちの中で里一番の強者で、先代、4代目風魔小太郎の実子だった。

 彼の幼馴染であり、天涯孤独の少女、没落豪族の“文月家”最後の生き残りが僕の数代前の前世、文月遊楽。彼女はいわゆる天才型で、風魔の外から拾われた人間で、12の時には『藍猫』の異名を取るほど優秀な忍びだったと謂われている。

 幼馴染で二歳差の恋愛。出会いは五つと七つ。互いが好敵手であり、遊び相手。初めての、初夜を捧げたのは十二だったか、十四だったか。

 四代目が弱り、倒れたのは、彼らが恋仲になって一年後の冬。五代目選定の義が、それからもう間もなく。

 候補者の中で、一番優秀だった者―――即ち、生き残った者が五代目を継ぐ。そういうしきたり。

 試合ではなく、死合形式で悠陽と遊楽は互いに殺しあった。

 実力はほぼ拮抗していた。互いの手の内は知り尽くしている。互いが互いを殺したくないと思っていた。だけど殺さなければどちらも生き残れない。四代目が刀を提げて監視している。師匠が武器を研いでじっくりと観察している。殺したくない。だが殺さねばどちらも不良品と判を押されて殺される。彼らは持てる心技体、全身全霊のすべてをかけて闘った。

 そうして負けたのは“遊楽”の方。多大なる霊力に彼女が彼に秘密で渡していた神通力を込めて放たれた刃は、彼女の胸元を斬り、首筋を切り裂き、谷底に追い詰め、女は男の五代目襲名を言祝いで谷底に落ちていった。

 すべて女の計算通り。

 殺したくないなら自分が死ねばいいと考えた女の計略通り。

 

 この卒塔婆は、瀕死の重傷から回復して、四代目の葬儀を見に行った時、一緒に旦那様が作って差してくれていたのを見た。抜け忍から風間の姓になった時に、役に立ってくれた“文月”滅亡の証の卒塔婆。


 二つ目の墓は、石製のようで見覚えがない。

 きっと遊楽の死後、子供たちの誰かが建ててくれたのだろう。

 人外と契約した“隠叉”としての対価を支払った後の、中身のない墓を。

 なんにしろ、“風間遊楽”名義で生きた証が残っているのは、生まれ変わりとして嬉しい限り。

 

 中央のハナミズキの樹の根元に立って、周りを見回す。


 卒塔婆のひとつに“風間”の文字を見つけて、心底から満面の笑みを浮かべた。

 風魔の本性は“風間”と言われ、戦国時代の後北条家に仕えて、徳川の世に風魔は乱破透破忍者から、食うに困って盗賊に身を落としたと謂われている。

 風魔の初代は平安時代後期から存在した。風魔は五代続いた。五代目で途絶えた。何故なら、五代目風魔小太郎は、打ち首獄門晒し首になって河原に晒されたと謂われているから―――。

 この世界での実際は、その後もひっそりと、数十年、妻と子に恵まれ、仲睦まじく生きたなんて、歴史のどこにも載っていない。


 四十九院と他の名字の卒塔婆たちを顧みて、ぽつりとほの暗い感情を落とす。


「生まれ変わった“僕”を、穴の中に生き埋めにして、人柱にして、繁栄を願った我が子らの子孫の家」


 地獄の淵からの絶望と悲哀に満ちた鬼の声。


 記憶と経験を引き継いで転生せし彼は、満面の笑みから一転、落差のひどい表情を浮かべる。


 自分の失敗作を見るような、ゴミをみるような、そんな顔。

 半目になって、藍猫は皮肉げに儚く悲しく笑う。


「敵と最上の愛しきモノが同居するなど、これ如何に」


 視線を巡らせれば、別の出入り口が、ぽっかり斜め先に開いていた。

 あそこを抜けて、突っ走ればこの館から出られるだろうか? 銀は助けられるだろうか? 


 裸足で地面を踏みしめて、墓の間を通り抜ける。

 初夏の風が吹き抜け、僕の藍色の髪を揺らした。


「(ああ、邪魔くさい。これも早く切るか纏めるかしないとな。)」


 そんなことを考えながら、館の廊下をもつれる足で走り抜け、一部屋、一部屋、あの老婆を探してみて回る。今のところ、外ればかり。


「どこに居るんだ? あの婆は。出口はどっちだ? クソッ!」


 裸足の足裏がホコリの多い木の床を踏み込み、駆け抜ける。古びた木の床がささくれだって、足の裏に刺さっても気にしない。血なんて出ていない、出ていない。痛くない、いたくない。


 床に落ちていたガラスで、またもや足の裏を切ってしまい、舌打ちが漏れる。


「ちっくしょう! 外はどこだよ!? どっちに行きゃあいいんだ!?」


 あっちに行っても十字路。こっちに行ったら行き止まり。別の道を曲がったら隠し扉。かといって、他の道を行ったらまた十字路の振出しに戻る。まるで迷路だ。


「いや、というより、忍者屋敷か?」


 誰にともなく呟いて、壁に寄り掛かって、息切れと動悸を沈める。

 現在地は屋敷のどこかの居間らしき隠し部屋。壁に凭れ掛かったら、入ってしまったんだ。同じところからは出られない。そういう仕掛けの扉だった。


 ふっと上に目をやれば、何幅(なんぷく)かの掛け軸が掛けてあった。その中のひとつに目が引かれる。


「……ん? なんかこれ、見覚えあるぞ?」


 それは、闇を従える巨大な真っ黒い烏を背後に背負い立つ、赤銅色の赤い髪と眼をした大天狗の姿。偉そうに腕を組み、岸壁の上に仁王立ちしている墨絵だ。


 僕はその絵ににじり寄り、じっと見つめる。

 絵についての注釈なのか、端っこに文字が書かれてあった。


「え~と、なになに?『身の丈七尺二寸(2m16cm)、筋骨荒々しくむらこぶあり、眼口ひろく逆け黒ひげ、牙四つ外に現れ、頭は福禄寿に似て鼻高し(笑)』……“僕”の字やんけ」


思わず力が抜けて、床に手をつき項垂れる。


「『五代目風魔小太郎絵図。ふざけて旦那様と書きけり。本物はもう少しカッコ良くて強そうだわ』って、昔の僕こと遊楽はなに書いて残してまんねん!! 恥や恥ぃぃぃィッ!!」


 こんなところにあるとは思わなかった!

 床を思いっきり叩きまわって、恥かしさに転がりまわる。脳内でその時の映像がありありと放映されて、転生した今の僕は遊楽とは別人の筈なのに、恥かしくてしょうがないっ!!

 そっとその掛け軸の横に目をやれば、また別の掛け軸。


 巨大な黒猫を従えて、にんまり笑うほっそりとした美しい女の姿。

 御神楽を舞う巫女服を改造した様な忍び装束に身を纏い、薄墨で書かれた豊かな髪を風に遊ばせて、漂う煙の中で凛と儚く前を見据えて立っている。

 墨を何重にも巧みに使った墨絵だ。

 ちなみに見るのは記憶上でもこれが初めてである。僕は思わず頭を抱えたくなった。

 気力を振り絞って注釈を読む。もしかしたら、ここに出口の手掛かりが……。


「『身の丈不明。小柄で姿形変幻自在。肌艶やかで色は白く、胸は大なく小なく我が手に納まり、腰細く、猫に似て優美で可愛い女子なり』………いや、ない、ないから」


 否定しながら文字を目で追ってしまう。

 これは、横の掛け軸に描かれているのであろう風魔小太郎本人の筆文字。ちょっと荒っぽい書き方で、それでも綺麗に書こうと努力した様な見る者への気遣いが現れているのが特徴だ。

 文字を読み進める度に嫌な汗の方が増える。


「『海岸にて、高台から海に沈む夕日を供に眺める。見惚れて胸から離れず、妻に内緒で描きけり。五代目小太郎こと我の強き――愛しき藍猫。自慢の嫁さん』………いぃぃぃぃやぁぁぁぁああああッ!!!」


 顔を耳まで真っ赤にして、狂ったように何度も頭を地面に撃ちつける。仕舞いには額から血が出て、ふらりと貧血で足下がふらついた。


「僕は男、僕は男、僕は男……」


 胸に手を当てて、何度も自分に暗示という名の事実を言い聞かせ、昔の記憶と思いに引きずられそうになる心を鎮める。一部かすれて読めないからって、油断してはいけない。夜のあれやこれやなど、思い出してはいけない。


 同時に思い出した拷問法や肉体の効果的な鍛え方、薬学知識や儲かる知識等は良いとして、寝起きの浅黒い肌の逞しい美男子とか思い出すなっ! イカン、鼻血が……いやいやいやいや。ないから、ないから。体を優しくまさぐられる感触とか、何度も訓練で死合いを演じた血まみれの残酷な、恍惚とする記憶など妙にリアルに思い出すな。


「俺は男、俺は男、俺は男……くそっ、記憶の中のあの人が妙に艶めかしい姿が多いのは何故だ!? 遊楽がヤツと結婚してからの記憶が、半分閉じ込められたようなイロに溺れた記憶が多いからか!?……って、アカン、思い出すな、思い出すな。ヤツの裸と一緒に遊楽の裸まで思い出すなダイレクトぉぉぉぉ!!?」


 うがぁぁぁぁああああ!!と叫んで頭を掻きむしり、部屋中を転がり回って昔の記憶に苦しめられること数十分。

 はっと妙に疲れた心地で我に返り、部屋を見回す。


「銀、助ける。医者、どこ? 出口、どこ……?」


 虚ろな目で部屋中を探し回り、掛け軸の裏を一枚、一枚確かめる。


「あ、あった」


『血に塗れた兎、時を操りて、臣民を惑わし、空を切り裂きて、異邦の者を(もたら)す。其は人柱と供にこの地に封じ、埋められけり』

 

 ――と、書かれた兎と人々の絵の掛け軸の裏を押した。

 そこで見つけたまた別の隠し扉を開けて、廊下に出た。


「………もう、疲れる。五代目だけは心臓に悪ぃわ。(亡くなってからも独占欲と愛情を見せつけられる僕の身になれってんだ。恥かしくて死にたくなるぞ。あれ、処分しようにも貴重だから出来ねェし。どうしたもんかね、ほんま。それより銀、銀)」


 生来の性格がうっかりしているからか、時々大事なことを忘れかける。精進、精進。


「あ、やった! 外だ!!」


 妙に疲れる者があった部屋の隠し扉から出て、左手にちょうど屋敷の玄関らしきものがあった。僕は歓喜して走り出す。


「わ~い!!……いったっ!?」


 お陰でものに蹴躓いて転んだ。それは傘だった。

 不意に気配がして、拾った傘を持ったまま、外に出る

「………え? 武家、屋敷?」

「そこでなにをしとるんじゃっ!?」

「ひぁあああ!?」


 飛び上がってみた先には、


「このバケモノ! どっから抜け出してきたんだい!? さっさと牢の中に戻りな! シッシッ!」

「助けて!! 銀が、銀が、銀色の片割れが大変なんだ!!」


 僕らを唾棄して嫌う老婆が居た。




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


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