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第四話.脱獄計画執行と決意

副題『藍猫』の名にかけて。

よいこは真似しちゃいけません。(真顔)


 ぬくい。

 ぬくくて、あたたかくて、柔らかくて……これは、女の肌でも男の肌でもなく、子供?


 ぱちり、と目が開いた。

 眼を開けた途端、彫像や日本画のお子様モデル並の浮世離れした美童のご尊顔が意外とかな~り近くにあった。

 近くで見ると鼻筋通ってるわ~。銀色のまつ毛がけぶるようだわ、ゆるふわの長い髪がめっさ柔らかいわ~、肌が象牙色で芸術的に白いわ、口がきゅっと引き結ばれてて近いわ、額と額がごっつんこしてるわで、ぎょっとして驚いた。

 顔が近い。なんかいい匂いがする。暖かい。何故か腰が抱かれて僕が抱き枕状態。身動き取れない。顔が近い。顔が近い。尊顔が近い。嗚呼……このニオイは“僕”が愛した血筋の……このまま甘えt……思考停止、思考停止、思考停止、エラー。再起動しまs……プツン………。


 瞬間、脳内ネットワークがショート。息が止まりそうになって死にかけた。


 ただし、戦場に身を置き続けた魂に刻み込まれた経験則が、停止した脳を強制的に起動させ、事なきを得る。


 これは誰だっけ?――と数秒、本気で逡巡して、寝ぼけて、目をぱちくりさせた。

 僕は誰だっけ? 僕はなぜ、ここに居る? 僕は誰で、この子供は誰の子で、僕はなぜ小さくなって、この男子は誰だ……?―――そうやって本気で数秒考え込み、記憶を掘り起こすに至った。

 眠気が覚めて、ここ数日の記憶が鮮明に戻ってくる。


「………あ、なんだ『銀』か。心臓に悪いわ、このド阿呆。もはや凶器ぞ」

「う~……まだ、ねる……」


子供らしく甲高い綺麗なアルト………。うん?


「……………喋った!?」


 ―――おかあさん、おとうさん、聞きました? ウチの『銀』少年、初めて人の言葉を喋ったよ! 赤飯、赤飯たかなきゃ。――……って、あ。ごはん、ないんだった。


 ぼくは内心、崩れ落ちかけた。

 この感動を誰かとわかちあいたいのに、分かち合える人が居ねえー!! ……ツライ。


「ううう~……」


 『銀』少年はあたまを僕の胴体にこすり付け、僕を抱き枕にして、すぅすぅといつも通り、長時間睡眠の姿勢に入る。

 うん、起きていてもお腹が空くだけだからね。

 これまでの日常(?)行動でだいたいここの生活サイクルを理解したよ。

 君も幼いのに苦労してるねぇ。よしよし。


 わしゃわしゃと優しく『銀』の頭を撫でる。

 ちょっとだけ彼の口元が緩んだ。

 なんだこの生き物。胸がきゅんきゅんすっぞ! きゅんきゅんだぞオイッ! これが萌えか? 萌えなのか!? いや、動物の仕種を見て可愛いと思う癒し効果だ!! あえてそう思っておこう。


 それよりも―――


「問題は、ここをどうやって出て、食糧調達するかだよねぇ」


 僕はぐるりを見渡して、薄暗い牢屋の中で溜息を吐く。

 体の起点を軸に力を入れて、抱きついたままの『銀』少年を少し抱え上げて少し移動した。


 ちなみに『銀』と僕の体格はほぼ一緒。

 今回の僕はおそらくまだ3つか2つの童子。知ってる景色はこの牢屋の中と銀と自分だけ。

 されど『輪廻の記憶』上では、息子や娘など、同じ年頃の健康な子供たちを抱え上げたことがある。その記憶の中の彼らと比べても、銀は多分、この歳の平均の子たちよりもかなり軽いと思う。

 栄養失調と満足に食べられていないのが原因だ。


 おそらく、僕の体も似たり寄ったり。

 あと数日もすれば、飢餓の典型的な症状―――骨が浮かび上がり、腹が水膨れしてくるんじゃないかと危惧していたりする。

 人間、飲まず食わずでも一ヶ月はなんとか生き延びるらしいけれど、――水だけでもあれば生存率がぐんと跳ね上がる――僕、この体と彼がいつからこんな生活しているのか、知らないからね。善は急げだ。お腹が空いた。


 幽閉生活五日目だか、一週間目にして、もう我慢の限界です。

 仕事じゃねえのに牢屋で囚われ生活なんて我慢できるかっての。けっ!


 飽きた。囚われ飽きた。外出て思いっきり『銀』で遊ぶんだ!

 

 この子着飾って、毛繕いして、腹いっぱいご飯を食べさせる!! 

 ついでにここに閉じ込めたヤツに報復するのもいいかな~って。


 僕? 


 僕は毒草でもかっ食らっとけば大丈夫。山菜でもとってきて食べるさ~。

 木の根だって、よく噛みしめれば、空腹が調味料になって不思議と美味しく感じられるもんです。好んで食べたくはないけどなッ!!


 昨日?――いや、まだ今日だ。でも、昨日という事にしておこう――空っぽにした残飯の器と水入れの器をとってきて、牢の下の地面の前に座り込んだ。


 『銀』が僕を抱き枕にしたままだけど、気にしない。少し肌寒く感じる牢の中で、お互いの肌がいい暖房代わりになっている。

 彼が僕に危害を加えることは、今のところ、多分ない……だろうし、邪魔にならないから別にいいのだ。………誰に向かって言い訳してるのだろう? 結局、僕が彼を離したくないだけなのかもしれないのにね。くすすっ、おっかしいの。


 狂気じみた自嘲みたいな笑みを漏らして、『僕』は食器らしき所どころ欠けた器で土を掻く。掻いて、掻いて、掻いて、掻いて、掻いて、掻きまくって、一心不乱に土を掻く。


 途中、何度か『銀』が起きて、『僕』の動作を見よう見真似で手伝ってくれた。 彼は首を傾げて不思議そうに『僕』の顔を覗きこみ、なにも言わずに『僕』の真似をして牢格子の下の土を掻く。そうして疲れたら、『僕』の傍で丸くなったり、『僕』の背中に凭れ掛かったりなどして、睡眠をとった。


 『僕』は止まらず、休憩せず、眠らず、飲まず食わず、一心不乱にひたすら土を掻く。ここは見張り番や牢番の心配をしなくていいから、作業がやりやすい。


 時々、『銀』が構ってくれとでもいうように『僕』の体や腕や服を引っ張ったり、弄ったりして来た。

 だが、彼に振り向いた『僕』の眼を見た途端、へんにゃりと口が「への字」に曲がって、不貞寝する。

 なんだというのだいったい。自分でも『仕事モード』に入ってる自覚があるから、眼のハイライトでも消えたりしているのか?


 昔、このモードの時に「ほんものの道具(人形)みたいでコワイ……」とか、

 「『仕事』時の御前は、普段の数倍、思い切りが良くて、容赦がないな。正直コワイ。ゼッタイ敵に回したくない。味方で良かった」とか、

 「ちょっ、目のハイライトなるものを消して近寄らないでくだされっ! 刀っ、刀を仕舞うでござる! 不眠不休で動き回る人形もどきなんて、怖すぎて拙者、泣けてくるでござるよ!?」とか、

 信頼していた仲間や家族や友人たちに言われて、地味に傷ついて凹んだ記憶があるけれども、そのせいか?


 まあいい。『仕事』を続けよう。

 土を掻きだして、彼をこの牢屋から出すのだ。


 輪廻の道行き。戦国時代。

なにもかもに裏切られて、絶望して、ひとりになり、後の旦那さまにすがりついた五歳の少女だった『僕』に、『彼』を『僕』と引き離した師は云った。


 『忍者は道具』

 

 だから精一杯仕事を熟して己の価値を高め、生き延びるのだと。


 それは毎夜、寝る時に繰り返される洗脳の言葉。

 「『道具』にならなければ生きづらい世の中と自分たちの境遇」を謳った言葉。


 当時の『僕』は云った。

 ならば、「長持ちしてこその『道具』だろう」と。


 「長持ちする道具が良い道具」


 ならば、己を磨きに磨きぬいて、誰をもあっと驚かせて一花も二花も咲かす『一流』の道具になってやる。


 戦国の世が終わっても『一流』だったならば、どこかでなにかが役立つだろう。輪廻の果てを巡る旅時の上でも、この時代の記憶と経験は、かなり役に立っている。

 

 ああ、可笑しい哉? なんでも『一流』を目指すことはオカシイ哉?


 輪廻を越える度、みんな、『僕』をバケモノを見る目でその目に映し、『僕』をさしてバケモノと呼ぶ。


 知識の先取りをして助けた村々で、社まで建てて神と崇めた人々も、気が付けば『僕』を人柱にして、村人全員で裏切り、バケモノと呼んだ。


 卑弥呼の時代では、嫌がったのに余興として『人魚の肉』を食べさせられた果て、殺されて食べられた人魚に泣きながら謝る『僕』を相棒の猫の目の前で、豪族の墓に生き埋めにして、バケモノが滅んだと唾棄した。


 平安時代では、厄除けの身代わりとして殴り殺され、一家が食えないからと口減らしに窒息死させられ、汚いからと斬り殺される。

 流行病で殺され、貧乏と飢えで死に、馬や牛などの動物に轢き殺され、妖怪にまで憑り殺される。


 「なにこれ、理不尽だ」と何十回も10歳を迎えない内に死んだあと。

 

 荒みきった心を持った『僕』は、陰陽師の大家で有名な安倍家の縁者として生を受けた。


 その時、あまりにも呆気なく死に過ぎるので、心配した相棒の猫。彼のお陰で“死ににくい”『呪い』をいつの間にか勝手に受けて、“猫憑きの陰陽師”とまたもや人間にバケモノ呼ばわり。教養のある都人も失礼な人が多かった。


 室町時代や、何故か飛んだ“現代(平成)”の中国領や、韓国・朝鮮領では、政治の道具扱い。


 愛のない結婚なんて当たり前。果ては身内の裏切りに毒殺、暗殺、だまし討ち、その他et cetera.エトセトラ。


 相棒の猫を弄り倒すことだけが、生きる生き甲斐って、どんな世紀末もふもふ帝国だよ。

しかも最期はぜったい寿命が全うできないんだ。若い身空で死ぬんだ。二十歳越えることすら稀も稀。めったにないない。


 才能をみせると詰む。

経験を活かすと詰む。

知識をうっかり漏らすと搾り取られて詰む。

もう明らかな詰みゲーばかり経験してきました。


 だから、『師匠』の「道具」という言葉は、理解は出来た。

旦那様と別れて、師匠の葬儀も済んで、だいぶ後になってからだけれど、理解出来た。

 すべて、受け入れられるものはすべて、受け入れて来た。


 だけど、裏ぎられて凍りついた『僕』の心を溶かしたのは、成長して立派になった後の『旦那様』。彼が居なければ、『僕』は人間の心をとっくのとうに失くして、ただの息をして動くだけの人形になっていた。

 

 彼が居なければ、僕は完全に人間を憎んで、世界を滅ぼして、自分も殺して、ただ冷たい諸刃の剣の、モノになっていた。

 

 誰も近寄らず、近寄らせず、ただ相棒の猫の執着に付き合い、果てはこの世界に住む百鬼夜行の供物に捧げられるだけの上等な餌。


 『彼』が居なければ、今の『僕』はここに存在しない。


 彼が『僕』を肯定しなければ、『僕』という存在は、今存在しなかった。

 

 彼に出会わなかった場合の、IFの僕は、『銀』のためになにかする気も起きず、思考するという行為すら忘れ、ただ命じられたまま淡々と最善を尽くすだけの殺戮人形。愛玩人形。クソみたいなヒトの道具。


 そうなってたはずだ。


「(だから忘れちゃいけない。泥にまみれても己の矜持だけは忘れちゃいけない。自分を失っちゃいけない。嫌われたくない。故人にも誇れる自分になりたい。子供を見捨てるなんて恥だ。簡単に死んだら前世以前の知人、故人たちに叱られる。生きなくちゃ。なにがなんでも生かさなくちゃ)」


 僕は必死に穴を掘る。


「ああ、『銀』が何故、僕たち二人ともこの牢屋にいるのか、今すぐ説明できたらいいのに。誰か来いよ。脅すから。脅して鍵持ってこさせて、飯をたかるから。だれか来いよ。殺すぞこんにゃろうのあほんだらァ♪★ アハハハハハハハ」


 寝ていた『銀』がビクッと反応して、目を覚ました。

 彼は僕の笑っている顔を見て、怯えた風体で距離を取る。

 警戒するように油断なく視線を走らせながら、頭を押さえて震えていた。


 僕はぶつぶつと黒く呟くのをやめて、意識して、困ったように微笑んだ。

 手招きをして、彼を呼びやると、おそるおそる『銀』は顔を上げて近づき、元の位置に治まる。


 うん。これで一安心。ちょっと土掻きが単調な作業過ぎて暇だったんで、昔の暗い記憶に引き摺られて、心が少々不安定になっていたんだ。


 今の僕の心の支え? この世への未練? は、『銀』だけだからね。

 彼に嫌われたら、正直かなり凹む。

 現在の僕自身が認められる自分自身の生きてる価値が、『銀』の役に立つこと、だけだから。


 掘った穴の深さを確認しようと一度作業を止めた。

 眩暈がして、気力で自分を奮い立たせる。

 自分で何時間不眠不休で頑張ったのか、わからなかった。

 牢屋の下の土は、スイカ一個分がまるまる埋まるくらい深く掘れて、あとは横幅を確保するだけになっていた。


 もう少しだ。頑張ろう。仕事だもの。頑張ろう。


 手が痺れて来た。だが、問題ない。土を掻きだそう。


 器を持つ手が赤く染まった。問題ない。欠けた器で少々手の平を切っただけだ。心配するな。土を掻きだそう。


 手が動かない。大丈夫。問題ない。手が動かないなら腕を動かせばいい。骨が折れても土を掻きだそう。


 手が真っ赤? 腕が腫れてる? 貧血と栄養失調で倒れそう? 問題ない。大丈夫だ。気合いで何とかなる。なんとかする。あと、もう少しだ。


 遠くで鎖と錠前が外され、何か重い鉄格子のような扉が開く音がした。


 ――ガシャガシャッ、きぃぃぃぃぃ……。


 次いで、木造りの階段を、ゆっくりと足下を確かめながら降りてくる足音がする。


 ――誰か来た。


 音の響き片や地面に着けた耳から伝わる足音からして、距離は100メートルくらい先だろうか? 急がねば。


 青白いを通り越して、紙よりも真っ白い貧弱な手。

 その弱り切った白い手が血に塗れ、折れかけるほど、必死で掘りつづけた穴を一気に埋め戻す。


 だんだん足音が近づいてくる。


 内心に浮かび上がる焦りを押し殺して、掘り起こした土を慣らした。

 上から畳の上に散った土を足でまぶして掛け、少し離れた所に寝惚け眼で目を開けた『銀』と一緒に転がって目を瞑る。


 動悸が激しい。弱った体でこんな重労働をするものではない。

 理性という名の思考が、そんな思念を投げて寄越し、息を沈めろと己が体に命じる。


 僕は体の力を抜いて、耳から伝わる振動にだけ、注意を向けた。

 床に着けた耳から伝わる音の振動が、来訪者と僕たちの距離を差す。


 足音からしてひとり。ゆっくりと歩き、足音は一組。杖はついていない。音の軽さと足を動かす時間から考えて、これは………老婆?


 地面につけていない方の耳が食器の擦れぶつかる音を捕えた。同時に僕の鼻が汚物と湿気たニオイに混じって漂う微かな食べ物のニオイを嗅ぎ当てる。

 おそらく、この食料は冷たくなっている気がする。いいニオイってわけじゃねえもん。どっちかというと、腐ってるような……残飯のような、微妙なニオイ。


 経験則と直感が嫌な予感がすると告げていた。


 足音が、牢の前で止まる。

 侮蔑を含んだ威丈高(いたけたか)なしゃがれた声が、鼻で笑った。

 

「ふんっ、よく寝ているようだね。そのまま死んでしまえばいいのに。ほら、食事だよ」


 老婆の声だ。

 その声は今頃になって食事を持ってきたという。


 ちょっとカチンと来た。


 跳ね起きてその首に刃物を突きつけたい衝動が沸き起こる。

 “目覚めて”から、飢えを体験させられた怒り。

 見るからにまだ幼子である『銀』が、小枝のようにやせ細っている様を知っての怒り。

 このような『座敷牢』に、二人揃って、理由もわからず押し込められている怒りだ。


 挙句の果て、『そのまま死んでしまえ』とは何事か!?

 

 この老婆にそのようなことを言われる筋合いはない。いわれる覚えもない。つまり、この言動はこの見知らぬ老婆の言いがかりだ。傲慢だ。筋が通らない物言いなのだ。


 僕は偏見と差別が大嫌いである。自由がない。中身を見ていない。外面と噂だけで人を判断するなと言いたいわっ!!


「(落ち着け、おちつけ、もちつけ落ち着け。焦らず餅でもついて食べながらゆっくり待ちましょう……って、食べれるか!!)」


 沸き起こる怒りを抑えて、身動ぎひとつしない『銀』に腕を回した状態で、寝たふり続行。


 ここから出たら覚えておけよ? 僕は“敵”に対して、そう気が長くないんだ。


 薄目を開けて確認すれば、薄汚い性悪な根性が顔に出ている老婆が居た。

銭に汚そうな老婆だ。歳のせいか、痩せ細った身体はほとんど骨と皮ばかりで細く、皺が目立ち、腰はやや曲がっている。


 老婆は着古した紬の着物をきっちり纏い、細く真っ白い髪を、頭の上で纏めて日本髪の“島田くずし”という髪型に仕上げてある。この髪型は、江戸後期にもっぱら下層の四十以上の女性が結ったという髪型だ。ということは、ここは江戸時代なのだろうか? いや、まだ断定はできない。だが、候補には入れておこう。


 様子を窺っていると、老婆はしゃがみ、心底嫌そうに食器を牢のすぐ前に置いた。

 見るのも触るのも嫌で嫌で仕方がなく、穢れが移るとでも思っているような風情だ。ただのガキになにを恐れているのヤラ。

 鍵は開けやがらなかった。というか、鍵を持っているようには見えない。始めから中に入る気も、僕らをここから出す気もないのだ。全身で僕と『銀』を拒絶して、汚物をみるような嫌悪の眼差しを向けてくる。


「ああ、やだやだ。早く死んでくれないかね。あたしゃこんな仕事、もうウンザリなんだよこの化け物どもが」


 また化け物って言ったな……? 化け物って、化け物って、化け物って――!! 僕は化け物じゃない。『銀』も化け物じゃない。化け物じゃない、化け物じゃないっ、化け物じゃないっ!! 貴様如きに、この僕様タチの、ナニガワカル……!?


「封じだか、なんだか知らないけどね、なんだってこんな田舎街くんだりにバケモノなんて幽閉するんだか。さっさと死んでおくれ。その方が世の為、人の為ってもんさ。ああ、やだやだ。馬鹿高い給金貰わなきゃ、やってられないよぉ……」


 老婆は皺だらけの腕で自分の体を抱きしめて震えて見せ、わざと聞こえるように侮蔑の言の葉を募らせる。

 それが嫌で、汚くて、醜悪な人間の様をまざまざと見せつけられるようで、『僕』が知ってる“人間”の優しい部分さえ忘れさせられるような気がして、嫌で、嫌で、しょうがなくて、寝返りを打ち、老婆から背を向ける。


 僕は、人間を、愛したいのに愛せない。


 “ニンゲン”なんて、大嫌い。あれは別。あれは別。あれは別。あれは“雑草”、あれは“雑草”、あれは“雑草”。

 “イラナイモノ”、“イラナイモノ”、“イラナイモノ”!

 心優しい“ヒト”たちとは別。別なんだ。アレハ“別”。アレハ“雑草”。アレハ“イラナイモノ”。アレハ“雑音”。アレハ“雑草”。アレハ“別”。別なんだ。


 だけど、アレもまた、人間の本性のひとつで………――僕は、ニンゲンを愛したいのに、アイセナイ……――いや、ニンゲンだって変われる、変われるはずなんだ。


 だけど、アレはイラナイ。イラナイ。『銀』だけ、僕、今、大事。他、知らない。あそこで喚いている老婆は、『僕』が知ってる心優しい人たちや『銀』とは、違うんだ。嫌な人生の歩み方をしてきた人なんだから――。


 自己暗示をかけて、些細なことで壊れそうになる心を引き留める。

 “初めて”ヒトを殺した時から、僕にはこの方法が自分を保つ鍵。

 それより今は『銀』。

 僕と彼では下地が違うのだから。今は彼さえ要れば、大丈夫。


 『銀』が眉根を顰めて、寝たふりをしながら耐えているのが雰囲気でわかった。君は、君たちはずっとこうして耐えてきたのかい? 心無い言葉にも、空腹にも、不味い飯にも、限られ過ぎた自由しかないこの牢屋の中で、ずっと、そうやって耐えてきたのかい?


 すぅっと『銀』の金色の眼が薄く開いた。抱きしめた腕から伝わる身体は震え、きゅっと僕のボロな服の裾を握りしめた手は明らかな怯えを含んでいるというのに。彼の金色の瞳は、まるで「俺がおまえを護ってやるからな」みたいな、兄が年下の弟妹を護る時に見せる決意と似通って思えた。


 衝撃だった。

 だって、数日前まで赤子みたいだった『銀』が、日頃寝てばかりで僕を抱き枕にせんと格闘し、寝かしつければすぐ寝入るこの『銀』が、今日か昨日か初めて人の言葉を離した『銀』がっ!! この僕を護る、だ……と!?


 一丁前に群れのボスみたいな顔して、決意を見せたはいいけれど、震えてますよ? 『銀』さ~ん。


でもま、今にも泣きだしそうなのを我慢するように唇を噛みしめて、まだ幼い男子にそんな男気見せられたら、やるしか有るめェよ。


 『僕』は決意を固めて、にやりと悪戯っぽく、卑怯に、愉快に、えげつなく、微笑んだ。

 そっと意識を失うように『銀』が目を閉じる。寝たのかな?と思った僕は彼を放っておいて、音もなく、気配も消して、むくりと体を起こした。帰ろうとする老婆を視界に納めて、声をかけようと息を吸い、「ねえ」と第一声を発したのであった。


 僕はヒトを愛したいけれどアイセナイ。だけど、ならば、君が見せた男気ってヤツぐらいには、応えてみせましょう。その昔、天下を騒がせた風魔の副頭領、禍福を判じる『藍猫』“遊楽(ゆうらく)”の名に懸けて。



補足。ちなみにこの世界、皆さんが知っている史実とは違う世界です。いわば、なんちゃってワールド。この『藍猫』と名乗った『僕』が、輪廻転生した時代、時代において干渉したお陰でズレが生じ、IFの世界、パラレルワールドになったという設定があったりします。いわば、虚実織り交ざった世界!! 


その世界で彼、ないし彼女は『藍猫』という名で呼ばれ、たまったま努力と執着の末に風魔忍者の副頭領になった、という過程があったのです。それで、今もその時の事に執着していると。余計な補足ですみません。



本当は、ちゃんとした時代小説がやりたかったりするんだが、知識が足りないからこの始末。とほほ…。調べ物がちと大変です。特に服飾、髪型関係。なんであんなにややこしい上に多いの? きっと女性たちの苦労の賜物。女性すげー…。私には無理だわ。夏バテでバテてますもん…。(関西弁風に発言)

 

 老婆、老婆出ましたよ!! やっと、脱獄と脱出への道が見えてきました。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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