定着と分離
なにが書きたいのか、わからなくなってきたが、とりあえず、投稿してみるの巻。
―――縫い物をしていた。
白く華奢な形のいい女の手が針を持ち、丁寧な縫目を作っていく。
薄紅を引いた口許には柔らかな笑みを捧げて、女は寸分の狂いもなく、息子や娘、夫の着物を繕っていく。
傍らには赤い首輪をした一匹の黒猫が微睡み、気持ちよさそうに丸くなっている。
外では忙しなく鳴り響く剣戟の音。
やっ、たっ、という打ち込み時の掛け声。
どさっと誰かが倒れては、また駆けていく気配。
屋内では、子供たちの誰彼かが薬を煎じたり、話をしたり、忙しく趣味に没頭している様子が目に浮かぶ。
――――ああ、これは夢だ。
幸せな、記憶の中で一番幸せで、穏やかで、愛されていた時の夢。
江戸初期の、今の僕の先祖である遊楽が生きた時代の夢。
僕の……愛しき先祖たちを映したあるくノ一の記憶。
記憶の残滓。これは夢。輪廻の記憶の欠片。
誰にも渡せない、大事な、大事な、“僕たちの約束”の一環。
誰よりも、何よりも、忘れられない物語の断片。
―――女は小唄を口遊む。
愛しき子供たちのためならば、私は身を切って鬼でも菩薩でもなりましょう。
愛しき子らのためならば、えんやこら、えんやこら♪
愛しきあの人のためならば、僕は身も心も魂もすべて捧げて尽くしましょう。
えんやこら、えんやこら♪
試し試すは我のサガ♪ 鬼の子“遊鬼”は遊び舞う♪ 子らを護るが我が役目♪
されどあの人と子供たちのためならば……―――。
(人の身にも甘んじて我、生きよう)
「母上、父上が呼んでいますよ?」
深い知性を感じさせる穏やかな男の声。
障子が開いて、きりりと凛々しい袴姿の若武者が現れる。
若武者は名を風間櫟といって今年22歳になる。
旦那様と女(遊楽)の長子で長男だ。
彼は全体的に父親に似ていた。
浅黒い肌。並みの人より高い身長。切れ長の一重。
髪質までそっくり同じな少し堅めのショートカット。
力強い獣みたいながっしりした体格の凛々しい男前な日本男児だ。
容姿で違う所といえば、緑がかった榛色の瞳と髪が黒いこと、口許に微笑を絶やさないことくらいか。
部屋の入り口近くで正座をした彼は、剣ダコだらけの大きな手の指先を揃えて、そっと障子を閉める。立ち上がって右足から前に出し、母の前近くまで来て、もう一度正座をし直し、頭を下げた。
惚れ惚れするくらい美しい所作と立ち居振る舞いだ。遊楽は思わず、ほぅ…と感嘆の溜息を漏らす。いつものことながら、出来た息子過ぎて背筋に悪寒が走った。
「あら、じゃあ、八雲と六花の修行が終わったのかしら?」
気づけば剣戟の音が止んでいる。そういえば、作業に没頭し過ぎて聞き流したが、誰かの悔しがる声を庭あたりから聞いた気がした。
「ええ、ついさっき。八雲が悔しそうに地に伏せ、六花が勝ち誇った顔をしていました」
穏やかに目を細めて、なにかを面白がる雰囲気の声音で息子が云う。
遊楽は心の底から楽しそうに笑み弾け、上品に口許に手を添えて、笑いを堪える。
「くすすっ。そう。なら、悠陽は今日も子供たち相手に手加減なしか。今日は八雲の好きなものを作ってあげないとね。すぐに行くわ」
るんるんと浮足立って、手早く縫い糸の始末をする母。
今縫っているのは、つい最近破れた父の深緑の着物。周囲には折り畳まれた自分と兄弟たちの着物が綺麗に繕われた様子で揃っている。珍しく七瀬の巫女服もそのなかにはあった。生まれてすぐに京都の伏見稲荷に引き取られていった物静かな妹を思い、イチイは軽く目を瞑る。
目を戻すと黒漆細工の螺鈿の裁縫箱を片付け、起きた二又の黒猫“ソラ”を抱き上げている母が居た。
母が纏っている着物はこの前、失踪した帰りに父に買って貰ったという紫の着物。
腰ほどまで長い藍色の艶髪を束ねている紅い組み紐は、父と母が初めての逢引きをした時、市で父が小遣いを削って贈った30年以上前の髪結い紐。父が新しいものを買ってやるから、それは捨てたらどうだ?といっても母は捨てない。大事に大事に父からの贈り物は全部とっておいて、時々、こうして未だに使用する。
父の方もそう。
母から貰った手拭いや着物、根付けの類を、大事に、大事に取っていて、時々少しにやけた顔で今も時たま使用している。
あの無口無表情な父が、それらの贈り物をどういう経緯で――この贈り物とか貰うだけ貰ってしなさそうな――自由奔放な母から貰ったのか、息子一同、娘一同、非常に気になるところである。
どうやら父は家のどこかに、母からの恋文や手紙なども保管しているようなのだが………他の弟妹たちと組んで、手紙の存在に気づいた十の頃から探しているのだが、未だに見つかっていない。
母と父が互いを描き合った掛け軸は見つけたのだが、付属の解説書が砂を吐く甘さで即封印したことは、櫟たち兄弟姉妹の、先日の苦い記憶である。
母はイチイの傍を音もなくすり抜けて、彼が入って来た障子戸に手を伸ばす。
父のところに向かうのであろう。庭で言い争っているだろう弟妹たちも待っている。
彼女の顔は、とても幸せそうな微笑みで満ち足りていた。
イチイは、その母の様子を、羨望の眼差しで観察しながら、思わずと言った風体で、言葉を漏らす。
「父上と母上は本当に仲睦まじいですね」
「ふふふ、羨ましかったら貴方もそんな人を早く見つけてわたし達を安心させて頂戴な。五木のようにヤンチャは勘弁だけれど、弥勒も慈朗ももう結婚してるのよ? 長男の貴方の婚期が遅いなんて少し心配……。独り身を決め込んでいそうな風でもないし、誰かいいヒト、いないの?」
よく出来た長男の櫟。
本当に彼は、父親によく似ていた。能力的なハイスペックさまで特に。
彼は遊楽の息子にしては勿体なく、旦那様の息子としては素晴らしい子供だった。
剣道、柔道、合気道、空手、馬術、弓術、砲術などの武芸十八般の腕はピカイチ。
なおかつ、茶道、華道、香道、礼儀作法にも通じ、利口で賢く、一度聞いたことは忘れない。
商才と文学の才に優れ、この作家不遇時代の江戸でも、そこそこ食っていける面白いモノが書けた。文武両道の秀才がこのイチイという息子である。
しかも本人はそれを鼻にかけたところがなく、物腰丁寧で性格は温和で穏やかだというのだから、遊楽としては「なにこの息子! デキ過ぎてこわい」という心境で、お空のあらぬ方向を見たのも一度や二度ではないと記録している。
世の女からしたら垂涎ものの好優良物件。
恋文の類も昔から子供たちの中で一番多かった。人生勝ち組筆頭の息子。
仕事の勤務態度も真面目、前述した通り腕も立つ。顔良し、性格良し、甲斐性抜群! 自分の息子でなければ、「リア充爆発しろ! 勝ち組死ねーーー!! いっぺん死んで来いっ」と涙目で、冗談交じりに強烈な跳び蹴りを喰らわしている欠点を探すことの方が難しい息子だった。
この時代の婚期は早い。
12、3、4で結婚なんて、普通でも早い子は有り得るし、適齢期は17,8など、その辺。人生五十年の寿命が短い時代だったから、それが当たり前なのだけれど……。
この長男が、正直、一番早く結婚すると思っていた。
だけど、年嵩の子たちの中で、一番遅くまで残って家に居た。
別に追い出したいわけではないけれど、四十を過ぎて、未だ二十代に見える若作りの身の上だったとしても、子の行く先が心配だった。
ちなみに五番目の子である五木は論外。浮雲のように遊び歩いて、結婚なんて向かない。あいつはぜったい、最後までなんだかんだと家に籍を置き、異形人外人間問わず、常に10股くらいの女の家を渡り歩いて、一家の悩みの種だった。
櫟が表情を緩めた。
「母上、もうじき紹介したい人が居るのですが何時がご都合宜しいでしょうか?」
「あら、櫟、やっと結婚するの?」
女はたおやかに微笑む。
父親似の長男は、嬉しさを隠しきれずに優しげな口元を緩めて、
「ええ。可愛い人です。商家の娘さんで、笑顔が素敵なのですよ。護りたいと思いました。恋愛結婚です。父上と母上のように仲睦まじく、幸せな家庭を築きたいと思いました。―――会って、頂けますか?」
「そういうことは、家長の小太郎に聞きなさい。わたしは悠陽の決定なら従うわ。もちろん、私個人としては、息子の門出を祝福するけどね」
「あ、なんなら妖羅界の友人たちに声をかけて、あっちで祭りを開いてもらいましょうか? きっとノリノリで祝ってくれるわよ? 特にぬらりひょんとか」
「やめてください。気恥ずかしいです。彼女は一般人なんですよ? 妖だって見えません。第一、ぬらりひょんさんが来たら、色々と派手になり過ぎて割を食うのは僕なんですからね? 母上、息子の大事な一世一代の晴れの舞台を潰そうとして楽しいですか?」
女は肩を竦め。
「冗談よ。私もそこまで鬼ではないわ。あなたが怒るし、悠陽にも怒られるならやらない。私は学習する女よ。滅多なことでは動揺しない息子の焦る顔を見ることが、楽しいか楽しくないかで聞かれたら、楽しいと答えることは否定しないけどね」
悪戯好きの猫のように笑う。
櫟は頭を抱えて天を仰いだ。
「勘弁してくださいよ。母上の洒落はシャレになりません」
「さて、行くか」
片づけを終えた女は流麗な所作で立ち上がり、部屋の障子戸に手をかけた。
「母上、」
「ん? なに? 櫟。まだなにかあるの?」
遊楽は顔だけでイチイを振り返り、尋ねる。
「あの皐月人形の鎧武者、もし話が決まったら持って行っていいですか?」
床の間に飾られている五月人形の鎧武者を目で指して、イチイがいう。
彼が産まれたときに小太郎が暴走して一流の職人に作らせた“魂依り”製の御守。
モノに魂を宿す力を持つ作家が作った“魂依り”作品は、通常のモノよりも割高で、大切に扱わないと恨みに思い、持ち主を滅ぼす厄介な代物。
今、あの武者人形は“文月の隠叉”である【文車妖妃】に手入れされ、どこか誇らしげだが、同時に護る子が成長してしまって寂しそうでもある。
―――新しい家に持って行って貰った方が、あの鎧人形も幸せだろう。
「好きになさい。あの子はあなたのものよ。あなたのために旦那様が暴走して作らせた魂依り製の特注品なんだから。無駄にモノが良くて、今も大事に手入れしているから、上手くすれば後々、付喪神と化してあなたの家を護ってくれるわ。うちに置いておいても寂しそうに座ってるだけよ」
遊楽は白足袋を履いた足を一歩踏み出して、障子を閉めた。
後ろでイチイが仄かに安堵している気配を感じながら、浮き立つ足取りで庭に向かったのである。
これは、惨劇の数日前の記憶。
みんな、いなくなる、数日前の、記憶。
楽しかった、幸せだった、ずっと続く幸せを願っていた、遊楽の、ご先祖様の記憶。
―――……これは、僕の記憶ではない。
――……楽の記憶ではない。
―――………別人の、記憶。
◇◆◇
パリンッ……! 何かが遠くで割れる音がした。
◇◆◇
記憶が映像化され、それが文字になり、本に直されて、図書館の書棚の一部に納められるような、変な感覚。
他人の記憶を、体験を、心を、映画館で上映される映画として、他者の立場で見ている気分。
―――……記憶が、分離していく。
―――………名づけられたことにより、魂が、安定していく。
―――僕と“遊楽”は、―――別人だ。
◇◆◇
パリーンッ……!
ピシャッ、パリッ、パリッ、パリーン……!!
はらはらと白い空間に記憶の欠片が舞い落ちる。
割れた鏡の破片が落ちてきて。
白い空間に座り込む藍色の少年の上に降り注ぎ、記憶の残滓の雨となる。
雨は輪廻の記憶、一滴一滴。
忘れ得ない大切な者たちとの、先祖や誰かの記憶。
たくさんの雨が藍色の子供の上に降りてきて、足元に水面を作る。
蒼い空。白い雲。映える一面の水鏡の湖。
遠くに井戸が見える。井戸の傍らには眠る白衣の童。鬼神・遊鬼童子。
ここは“僕ら”の心象風景。
背後を振り返れば炎が燃え盛り、修羅の地獄と死体が山のように転がっていることだろう。誰でもない“歴代の僕”の死体が―――。
だから僕は振り返らず、水音を鳴らして立ち上がった。
気だるそうに白妙の衣を纏った“遊鬼童子”が、赤房の紅玉の瞳をゆるりと開く。
「《……誰? アナタ、誰? ワタシの新しい、うつわ(器)……?》」
リ―――…ンと鈴の音が鳴る。甲高い澄んだ音が鳴る。
透明感のある中性的な、人形みたいな、生きている気配を感じられない声。
彼、ないし彼女は無性だ。性別がない。
あの鬼神は人の身に封じられ、ずっと誰かのために尽くしている。
それが誰のためだったのかは、もう、わからない。
鬼神に最初掛けられていた呪いは、人を滅ぼすモノ。
遊鬼童子が人に代わって肩代わりした滅びの呪い。
その呪いはとっくに解けている。
だけど、“縁”と“約束”という名の過去の呪いが彼女をあの古井戸に封じ込め、ここから動かさない。彼女自身が、動く気がない。
ラクは鬼神“白妙赤房風由神”遊鬼童子に近寄り、傍らに片膝をついた。
「僕はラク。君の新しい器。僕はすべてを受け入れるよ。だから、力を貸して?」
「《何のために? どうしてワタシの力を“契約”なしに使ったの? どうして人を殺したの? どうして? 殺す必要なんてなかったでしょう? 逃げればよかったのよ。だけどあなた、殺した。殺す必要なんて、なかったのよ? アナタ、悪い子。兄のためだと偽って自分のため。あなたは自由だったのに、自分で不自由になって、悪い子。悪い子。不器用な子。死ねばいいのに》」
侮蔑の色を含んだ瞳がキッと子供を睨み付ける。
藍色の少年は悲しそうに目を伏せた。
「僕も、そう思う。誰よりも僕が一番死ねばいいのに」
少年の左腕が赤く血の色に染まる。
契約なしに“隠叉の力”を使った代償だ。
山賊に襲われて、鬼神の力を使って以来、毎晩、焼けつくような痛みに転げまわりたい衝動に駆られ、苦悶の悲鳴を押し殺し、別の痛みで、過激な鍛錬の痛みで衝動を紛らわす日々を送っている。
――――そう、この鬼神の云う通り、僕は彼らを殺す必要はなかった。
―――後顧の憂いだとかなんだといって、ただ、僕は、怖かっただけなんだ。
――――あとで、あいつらが、兄貴を傷つけやしないか。村に現れて僕のせいで誰かに迷惑がかからないか。
誰かに“また”、石を投げられないか。苛められないか。
あいつらがまた、僕を見つけたときに襲ってくるんじゃないかって………怖かったんだ。
――――僕は、親しい誰かに、自分の存在を邪魔に思われることが、一番コワイ。
――――だから、過剰防衛なんて、してしまった。強ければ、そんなこと、しなくて、いいのに。逃げればよかったのに。過剰防衛なんて、してしまった。
―――――ははっ。バカみてぇだ。一人語りで独り相撲して、本当に、バカみてぇ。
遊鬼童子が蔑んだ瞳のまま、興味を失ったように目をそらして瞼を閉じようとする。
「それでも、生きなくちゃ。兄貴が待ってる。空猫が約束を果たそうと多分、僕を探している。産みの親の顔も確かめなきゃ。望まれている以上、願われている以上、どうしても死ぬに死ねないんだよ」
少年は情けない顔で笑い、遊鬼童子の手をとった。
驚いたように三つ角の白鬼の瞼がゆっくりと開いて、横目で少年を見やる。
「力を頂戴」
強い意志を秘めた眼差しに見つめられて、白鬼はこれみよがしに溜息を吐く。
「《だから“なぜ”と聞いているでしょう? 理由を話しなさい》」
幼子に言い聞かせる大人のような口調。
姿は二つともに子供だというのに、片方が真っ白い髪をして、達観した諦観の無表情を浮かべているので、蒼い水と空の世界で、妙な光景が広がっていた。
迷いなく厳かに少年は言葉を紡ぐ。
「僕が自分の信じた“理”を突き進むため、護るための力が欲しい」
「“護る”ってなにから? 仮想敵なんて殺した山賊の仲間くらいでしょう? ワタシの力がなくても成長すればそのくらいアナタなら倒せるわ。ハード(基本スペック)が良いんだから」
―――ダメだ。それじゃあ足りない。
「僕が僕の決めた道を突き進んだ結果、生じた仲間や友、兄貴への害悪を振り払う力が、自分の身を護り、手の届く範囲全部守れる力が欲しいんだよ。誰にも迷惑をかけたくない。誰にも捨てられたくない。誰かに有用と思われたい。誰かに愛されたい。銀兄貴だけじゃたりない。空猫だけでも足りない。足りない、足りない、足りない! 手に入れられるものは全部欲しい。手に入れられるものは手に入れる。僕のモノは全部、誰にも渡さない。僕のモノは僕のモノだ。だから、“僕のモノ”を護るための力をくれ。この僕のモノである器も含めて、全部、護れる力を!!」
ニヤリと遊鬼童子が赤い唇を歪める。
「《なにそれ。とっても強欲ねえ。だけど良いよ。合格。白鬼は愛のために。愛を裏切られて憎悪を産んで、力と為し、壊れるアナタに力を貸し遊びましょう》」
「契約、成立、哉?」
「《ええ、死んで。二度と顔を見せるな。見せる時は空猫を連れてこい。ワタシの神猫。ワタシのペット。ワタシの神使。アレが呼んでるのに放置なんて中々のバカ。死んで。死ね。ワタシは自分が一番嫌いよ。だけど自分が大切で自分を認めて愛するしかないの。じゃないと誰も自分を愛してくれないから。さあ、消えて。ワタシは眠るわ》」
遊鬼童子が目を閉じた途端、水流に思念の躰が押し出され、記憶の水に溺れる。
暗い水底。暗い空間。誰かが呼んでいる。
――……アレは、誰……?
◇◆◇
目が覚めると寝台の上に居た。
木の木目が顔に見える。武家屋敷の付喪神、お館様の渋いおっちゃん顔だ。と思ったら顔が消えた。とりあえず、まぶたをこすって身を起こす。
「…………重い」
目を下に向ける。兄が傍で僕の腹の上あたりに頭を乗せて寝ていた。
明かりを感じて目をやると、障子の外側が明るくなっていた。
「おお~い、銀兄貴―! 起きろー」
揺さぶってやれば、ぐずる声。すぐさま健やかな寝息がカムバック。
僕は早々に諦めて、兄貴を自分の横に引きずり上げた。
ふと、左腕を見ると白い包帯が巻かれ、血が滲んでいる。
ああ、バレたな。まあ、いいや。無理したのは……アレ? なんか夢を見ていた気がするのだが、忘れてしまった。
まあ、いいや。忘れたなら必要のないモノなのだろう。
夢の中で、鬼と契約したことだけは覚えている。だから、あとは忘れてしまっていいんだよ多分。今の僕には必要ないんだ。
「えいしょっ、えいしょっ、えいしょっと! ふぅ……重ッ!!」
銀を自分の横に寝かす。それだけで重労働。
前は難なくやっていたはずなのに、何かが違う。体が重い。
体に妙な倦怠感と筋肉が減って体重が増えた感じがする。
僕は、いったいどれだけ眠っていた?
「失敗し申したな」と太い声。
手の平の付け根あたりで眠い目をこすり、楽は首をかしげる。
「おまえ、誰だっけ? 鎧って喋ったか?」
「《如何やら寝惚けているようで御座りますな。皐月鎧の付喪神“アララギ”で御座る。文月の者の守護を承って候》」
「知らん。覚えていない」
「《…………左様か》」
「僕はどれだけ眠っていた?」
「《ざっと一週間》」
「そんなにか。家の埃がたまっているだろうなぁ。掃除して筋肉と体力を戻さないと」
ここは銀の部屋。何故か知らんが皐月人形の武者鎧が喋っている。
他にも兎のぬいぐるみやら、ぼろっぼろのわん公のぬいぐるみが忙しなく動き回り、部屋の中には勉強道具や玩具たちが散らかっている。
お茶くみ人形がひとりでにお茶を持って寝台まで運んできた。
受け取れと催促するので、湯呑を取ると狩衣姿の若者の人形の顔が、にかっと笑って帰って行った。
ずずっ。とりあえずお茶を飲む。美味い。
「《皆で屋敷の掃除はしておておきました。だから、掃除はしなくていいのですよ?》
ひょこりと和柄の耳が揺れて、兎が言う。
「それでもやる。鍛錬であり、日課だから。怪我が治ったらやる」
「《ならば、我ら一同、お手伝い致しましょうか?》」
「君らに何が出来る? 玩具だろう?」
「《いいえ、我らは付喪神。ただ400年の間、のんべんだらりと過ごしていたわけではない。人型になる術を学び、武術を学び、智を磨いてきました》」
その言葉とともに、付喪神たちが変化し、部屋の中に六人の男女が並び立つ。
「《だから子育てもできるよ? 銀様、ラク様。鍛えるお手伝い、する》
「櫟? 芙蓉? 弥勒? 慈朗? 五木? 六花? 七瀬と八雲の姿がないよ?」
六人は互いの目を見合わせ、それぞれ複雑な表情をする。
「《それは我らがかつての主人の名前》」
「《我らは付喪神。それは貴方様とは別人の記憶》」
「《七瀬姫の似姿がないのは、お茶くみ童子が今、台所に居るから》」
「《八雲の黒狐人形の奴は、今も夜神家に大切に扱われているから、いないんだワン》」
「《テメェは黙って兄貴とともに我らに扱かれろ。力の使い方の基礎なら仕込んでやっから》」
「《ラクさま、銀さま、頑張れば、出来る、子》」
「ラク~、起きた?」
「ああうん、銀兄貴。僕、ダメみたい」
「なんだ? どこか悪いのか? 一緒に修行して強くなる、違うのか?」
「………味方がどこにも存在しなかった……ようだ」
僕はそのまま再度、気を失った。
こうして、なんだかんだ平和な時が過ぎていく。
付喪神たちによる地獄の鍛錬がその次の日から開催されたのは、思い出したくない事項なのであった。
一章くらい中抜きしたい衝動。やったらダメなんだけど、中抜きしたい。
一気に15歳くらいまで主人公たちの年齢を進めたい。いや、話上ダメなんだろうけど。ああ、もどかしい。自分の表現下手がもどかしい。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




