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二十六話.村での生活

ダイジェスト風。

名づけ回を書こうとしたら、前置きが長くなってしまい、一話出来たので分けてみました。

 視点が交錯しますが、宜しくお願い致します。


 銀とその弟は、田吾作の家に一週間、世話になった。

 それというのも、銀がなかなか起きず、ずっと寝込んだままであり、田吾作一家が兄弟を自宅に総出で引き止めたのが原因だった。


 途中、弟の方が姫路で稼いできた金子を落として、その金額の大きさに田吾作が頭を抱えたり、村長が欲に目がくらんでモノで弟を買収しようとしたり、といった事件もあった。


 銀が起きたら起きたで、姫路の町で仕入れた飴細工の大試食会が行われたこともあった。弟の方が台所を借りて、火の扱いをしようとしたら、田吾作の嫁さんや近所の奥様方全員で止められて、弟が不満顔のふくれっつらになり、兄や子供たちが慰めるという珍事もあった。


銀がふらふらと村の隅まで出歩き、歩き疲れたのか、裏の林の中でそのまま寝てしまい、行方不明事件として大騒ぎになるという騒動も起きた。


 田吾作の嫁が、自分のものにはしっかり名前をつけるのよ?―――といって、兄弟たちの名前や愛称をつけようとした事件もあった。その時、弟の方は耳を塞ぎ、兄の方は興味津々でその言葉を聞いていたが、二人ともしっかり拒否した、というようなこともあった。その時の一家は至極、残念そうであったのは余談である。


 段々と姫路の町に行ったという話が真実味を帯びてきて、田吾作は問い詰めた。

兄弟の弟の方が姿を消していた間、どこに行ったのかと思っていたら、本当に姫路へ旅をしていて、行きに三日、滞在に一か月、帰りにまた三日と少しをかけたと聞いて、ぶったまげた。

健脚な大人の足でも往復二週間はかかる距離を、この子供は三日で行って、さらに三日、合計六日の日数で往復して帰ってきたと云う。通常の約半分の日数だ。

山賊や野蛮な獣も出る山道を真っ直ぐ突っ切るという最短距離を無理やり行けば、出来なくもないかもしれないが、運が悪ければ死ぬこともある。並の大人だってそんな強行軍をするバカは居ないだろう。

ただし、このバカなボウズは、その最悪のパターンである獣にも山賊にも討ち勝ってここまで帰って来たらしい。左腕の包帯もどきはその時の傷があるから巻いているのだと聞いた。

―――ははぁ……もう、こいつ人間じゃないんじゃね? 前々からそう思ってはいたが、幼い姿に似合わない妙な賢さ然り、山賊に勝つ強さ然り、年の割に似合わない落ち着き然り、もう人間じゃないと仮定して、妖怪かなんかと仮定して考えた方が自分の精神的に楽なんじゃないかと考え始めた田吾作であった。

しかも話にはまだ、続きがあった。

兄が家の中を、食料を探して彷徨っている間、弟は姫路で借金をして、それを元手に商売を成功させ、一両(約十万円)もの借金を返済したようだ。さらに稼いだ上に必要なものをちゃんと仕入れてきたと云うのだから驚きだ。

その結果が、田吾作の家に持ち込まれた飴細工であり、行李であり、古ぼけてはいるがまだ着れる安物の着物数十着であり、少量の米、調理器具、生活必需品の山であった。さらにさらに布団などの重いものは、業者に頼んで届けてもらう手筈になっているというのだから、まったく、呆れてものも言えない口がふさがらない。

これで本人は当たり前のことをしただけですっ、といった風な顔をして、のんきに買って来た水飴を、兄や他の子供たちと楽しく食べているのだから、田吾作が頭を抱えて、深く考えることを諦め、注意するだけに留めたのは当然の成り行きだった。


兄弟たちが村の中心部に滞在した一週間は事件の連続。

話題に事欠かず、同い年の子や少し年嵩の子らとも仲良く、友達になった。

快適な空間。暖かい家。楽しい毎日。

されど時折、聞こえるひそひそ声と自分たちを蔑み、差別する視線。

田吾作一家はそのたびに兄弟を庇ってくれた。

だから迷惑をかけたくなかった。

それに家にいる付喪神たちが心配だった。宅配ももう、届いているかもしれない。

時々、空からカラス丸が夕暮れ時の黒鳥に紛れてやってきて、弟の方と少し喋り、売り上げのお金を置いていく。もう、二人だけで自立できた。

衣食住。生活基盤はある。お金もある。収入を得る仕組みも確保していた。


弟の方は、田吾作の家だと深く眠れないようで、いつも警戒心を募らせている。

隠しているようだが、弟が夜、みんなが寝静まった時、こっそり外に出ていくことを銀は知っていた。

 一度だけ、そう、一度だけついていってみたことがある。

 未だ名無しの弟は、月を見上げてひっそりと涙し、誰かの名前を呟いていた。自分ではない、誰か。少しムカつくっ。

 白い頬を伝う透明な涙。藍色の綺麗な髪に反射する月光。厳かに手を合わせて、なにかに祈るように誰かの名前を呟き、首を垂れる弟。

その光景がとても幻想的で、儚くて、おもいっきり背中を蹴りつけてやりたくなったのは内緒だ。

こっそりつけた気まずさがあったから、やらなかったけれど。翌日、ご飯のおかずを横取りしてやった。へっ、ざまーみろ。

まあ、その後? 弟は涙を拭いて、林の中に入っていったから、やっぱりおれも後をつけてった。

そしたらいきなり周りの雰囲気が変わって、寝ていた鳥たちが飛び立っていったんだ。びりりって肌になにか鋭いものが走って、背中が寒くなった。

見ると弟が、血反吐を吐きながら林の中をありえない速さで動き回っていた。

時々、包帯を巻いた左腕を押さえて、血を吐いて、もがき苦しむんだけど、弟はまた、何事もなかったかのように立ち上がって、こわいこと、するんだ。

なにか、長い針を木に向かって投げたり。細い枝からぶら下がって、別の枝へ渡ろうとして落ちたり。拾った石を投げて、木に向かって鉄扇というヤツで打ったら、跳ね返って来た石に当たって怪我したり。

本当にこわいこと、あぶないこと、いっぱいしてるんだ。

だけど、どんなに傷ついても、怪我しても、あいつはぜったい立ち上がって、怪我も嘘みたいに一瞬でなくなるんだ。

小声で、もっと強く、強く、強くなるんだ。自分も銀も護りたいモノ、ぜんぶ護るんだって呟いてて……。おれのため……? 護るため……? こんどはぜったい、ってどういうこと……? なんで皆は怪我したらすぐには治らないのに、弟はすぐに治ってしまうんだ? あんなにボロボロになって、傷ついて、それでも立ち上がって、何事もなかったみたいに……。あれじゃあ、どんなに傷ついても気づいてもらえないじゃないか。どんなに傷だらけになっても、なんもなかったみたいにまた、動いてしまうじゃないかっ。もう、やめろ!!と叫びたかった。叫んで出ていきたかった。だけど、弟があんまり必死過ぎて、言葉を呑み込んでしまった。


気づいたら、次の日の朝で、田吾作の家で、昨日寝たときと同じように弟や田吾作ん家のお梅に抱き付いていた。起きると本当になにもなかったみたいに弟が、おれの世話を焼いてくれて、おれを引きずって、田吾作ん家の子供を順に起こして、いつのまにか、囲炉裏傍でご飯を食べていた。


夢かと思った。夢だと思おうとした。

だって、昨日の夜は弟が、なぜか別人に見えてこわかったから。




 その次の日。おれと弟は、田吾作の家を出た。

 一家に見送られて、また遊びに来ると約束して、家に帰った。


 銀が月夜の晩に見たのは、弟の鍛錬風景。

 安全安心だと信用していない田吾作の家では眠りに着けず、不眠症。

 みんなが眠りに着いたと確認した後、こっそり外に出て、祈りを捧げます。

 山賊相手に手傷を負った彼は、自分が許せず、眠ることも出来ず、鍛錬に明け暮れ、日の出前のこっそり戻ってきて、銀に抱き枕にされるのです。それまでの替え玉は年恰好が似ている田吾作の家の子供、梅ちゃん。

 以上。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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