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二十四話.黒衣の暗躍者、始動

 

 行商人を装った藍色の子供が去った後―――。

交易の要所となる街道沿いの林の中で、山賊たちは息を潜めて斥候に出した同朋の帰りを待っていた。

森の中から、中肉中背の男がひとり出てくる。

生き残った山賊たちは疲れ切った様子で、彼に群がった。


「行きおったか?」

「ああ。行った」


 ほう……と生き残った山賊たちは、そこでやっと息をつく。

 彼らは自分たちのお頭の指示に従い、商業の道の街道近くまで、全速力で戻ってきていた。あの子供と会ったのもこの場所、最初に襲い掛かってしまったのもこの場所である。彼らはあの子供を襲おうと決めた数時間前の自分たちの頭を殴りつけたかった。


 最初は14人居た仲間たちも、今は半数近くまで減っている。お頭は、居ない。

 みんな、あの“天狗の御使い稚児”と噂の童子に殺られてしまった。


「何者なんだ、あのバケモノ……」

「知らへんがな。ただ人より頭が良いだけのちみっこい商人やから、狙うのは簡単いうたのは誰や……。簡単ちゃうやん。危うく死にかけたで」

「お頭だ。お頭が言った。獲物の決定を下したのもお頭だ」


 山賊たちは大樹の幹に寄りかかり、先ほどの反省会を開く。

 あーだこーだといううちに、一人が発狂したように頭を掻きむしる。


「くそっ! あの藍色の綺麗な髪と変わった紫の眼がわしゃあ、忘れられねぇ……!! ホンマにあれ、人か!?」


 疲れ切った死んだ魚の眼が答える。彼はこの度、山賊家業に懲りたらしい。

 首筋を押さえて、内股気味に座り込んでいる。


「少なくとも見た目は人やった。中身が何者かは知らん。ワシらは本当にアレが、神童と言われる類のただの子供で、ちょろいと思って仕事を働いたんやから」

「失敗したな。お頭も亡くなった。副頭領も亡くなった。おれたち鬼柳会の10年間も終わりだ。自分、山賊やっていく気ぃ失くっしょった。ほんまアカンわアカン。足洗お? まっとうに働こう?」


 涙目の臆病者が、終始、イライラしている同朋の袴の裾を掴んで引っ張った。

 思いっきり蹴り飛ばされて、臆病者は遠くに吹っ飛ぶ。

 怒号が飛んだ。


「じゃかわしいわボケ!! 働きたかったら勝手に抜けて働け!! わしゃあ頭領の報復に行く。バケモノ“藍猫童子”に目にものみせたるわいっ!!」

「藍猫童子?」

「おうよ。ああ゛? なんか文句有るんか? 森を俊敏に山猫みたいに四足で駆け回って、藍色の髪が目ェから離れへんから藍猫童子や! わかっか!? ああ゛ん?」

「わかった、わかった。とりあえず落ち着け」

「………ったく。どいつもこいつも(しり)児玉(こだま)抜かれちまったみてぇにダラシネェなオラ!! わしと一緒に行く奴は誰かおらんのか!?」


 槍使いの野武士風山賊が仲間を募るように周りを見回す。

 山賊たちは、或るものは曖昧な笑みを浮かべ、或る者はそろりと目をそらし、或る者は抱えられて来た時のまま、気絶していた。


「チッ。ほんまに腰抜けなってもうて、見損のうたわっ! あんなガキひとりにビビってんじゃねえ! こちとら、ここ十年、この姫路を縄張りにこの辺を騒がせていた第山賊“鬼柳会”やろうがっ。報復に行かんでどうすんねんっ」

「だがなぁ……多元(たげん)。頭が殺されちまったんだ。わしらにはもう、どうしようもできん。10年も人様の道に外れることをやってきた。もともと潮時だったんだ。同心(サツ)に捕まる前に大人しく足を洗って、道に戻ろうぜ?」

「ばっ、情けないこというなよ。わしら仲間やろ? 最後まで山賊街道突き進むんちゃうかったんか?」


 熱く語る山賊、多元に向かって同胞たちは諦観した表情。暗い瞳。現実逃避をする語り口で反論する。


「無駄や多元。あの子供が一か月で、5両も稼げたんだ。一文無しから1両の借金までして、その上で5両だぞ? それもあんなちっこい姿で一人で五両。」

「わしらだって、頑張ればそれくらい、稼げるんちゃうかって思うんや。あんな子供が出来たんやさかい、イイ年下大人のワシらが出来ひんことないんちゃうかって」

「なあ、多元、一緒にまっとうになろうや。幸せになろ? 何も好き好んでバケモノにもう一度、突っ込んで死にに行くことないやんか」


 口々に出てくる言葉は、後ろ向きな、多元にとってはよくない方向に向いたものばかり。溜まりかねて多元が叫ぶ。


「自分らそれでも山賊か!?」


 大樹の幹に寄りかかった同朋の一人が、ちらりと疲れた視線を投げてよこした。


「自分も見たやろ? 頭と弓兵たちと副頭領の最期を。人間業やあらへんかったやんか。触らぬ神に祟りなし、寝た子は起こさへんほうがええねんって……」


 多元の槍を握った拳がわなわなと震える。


「そうか。わかった。ならおまえら、ここで死ねっ」


 瞬間、多元が同胞である、いや同朋であった山賊たちに襲い掛かる。

 藍猫との戦いで、疲れ切っていた彼ら。多元とて条件は同じだが、彼には正々堂々やったら下手な相手に負けないだけの槍の腕と、早々に倒されたため、体力が回復しきっていたというアドバンテージがあった。

 生き残った山賊たちは多元を除いて、皆、血だまりに沈むのにそう時間はかからなかった。


 それから数分後。

多元が同胞たちと過ごした年月を思い、昔を懐古して、元、同胞たちの遺体を処理している時だった。


 ひらりと木陰から、小柄な影が姿を現す。

 その陰に向かって、多元は射殺すような鋭い視線を刺した。


早鬼(そうき)、自分もこの腑抜けどもと同じ意見か? いてこましてドつくぞ」

「なに、あった?」


物陰から出て来た影は周囲の惨状を見て、問いかける。

影の姿は外見10代前半くらいの全身黒装束の少年。顔は見えない。長く黒い前髪が目元を隠して、更に口布ですっぽりと鼻まで隠されているからだ。

 一見、忍者のように見える早鬼と呼ばれた少年は、ゆっくりと多元に歩み寄り、服の端を掴む。どうも親しげだ。仲間なのだろうか?


「お頭が死んだ。例の“天狗の御使い稚児”に殺された」

「そう。()の仕事は?」


 どうでもよさそうに灰色の瞳が凪いで、早鬼は要件だけを問う。

 自分に従順な様子をみせる早鬼に気を良くしたのだろう。多元は相好を崩して口元を満足げにゆるめ、用事を言いつける。


「いいか? 何年かかってもいい。この日ノ本のどこかに居る『天道衆』という奴らを探し出せ」

「てんぷらしゅう……? てんぷらをたくさん食べさせてくれる食堂屋か?」

「どうしてそうなる? 天麩羅衆やのうて、天道衆! 天に道を求める衆と書いて、天道衆!」

「天丼衆? 美味いのか? それ」

「…………カラかってんなら刺すぞ」


 多元が持っていた槍を傾けたことで、早鬼は残念そうに項垂れて、多元の着物から手を離した。


「大丈夫。天道衆、子、覚えてる。天に道に(しゅう)(どう)の衆。男同士で乳繰り合う所ダナ。そこに子も放り込まれるのダナ。ぐっじょぶ」


 早鬼はぐっと親指を立てた。雰囲気がとってもしたり顔なのがムカつく。

 この子に衆道とか教えたのは誰だ!? 出てこいっ、ぶち殺す!!

 ちなみに衆道とは、現代で俗にいうBLのことである。早鬼は確実に腐海の誉の道を歩んでいるようだった。

しかも実践派らしい。早鬼、恐ろしい子!!

 多元はおそらく、犯人であろう頭領と副頭領に殺意が芽生えた。

彼らは今も森のどこかで遺体が転がっているだろう。

多元はせめてもの意趣返しと彼らの遺体を探して埋葬する予定を取りやめた。


「ああ、うちの早鬼が汚れていく……」


 天を仰いで呟かれた言葉に、当の本人はきょとんと聞き流した。

 それが人々の言う優しさだろうと勘違いして。


「で、多元。実際のところ、天丼衆ってなんだ?」


 多元はこけた。

 不思議そうに上から見下ろす早鬼を捕まえて、多元が彼の柔らかくおバカな頭脳にぐりぐり攻撃を仕掛け、脳天に拳を落とすのは、そう遠くない話。


数刻後。


頭に三つたんこぶが増えた早鬼を地面に正座させて、多元が何回も何回も、早鬼が情報を間違わなくなるまで、やり取りを繰り返した私闘の後。

ついでにこれまでの経緯も、早鬼に話して聞かせた。理解したかどうかは怪しいものだったけれど―――。今は元の話題に戻って、天道衆についてである。


「ええか? 天道衆いうのはな?」

「多元、痛い。天丼……天道衆、わかった。子、探す」

「ええか? くれぐれも天丼衆ちゃうからな? 天丼衆……あ、ちゃうわ。天道衆! そこ、にやりと笑うなや。見つけた相手の前で間違ったらシャレにならへんねんで」

「子、間違えない。天狗衆……? 天丼衆……(あ!)……天道衆探す」

「だいじょうぶかいな、こんなんで……」

「天丼、美味い。多元、土産は天丼な……」

「なんでだよ!? いや、確かに美味いけど意味わかんないぜ」

「多元、話が進まない。天道衆の詳細、情報、詳しく。漫才、飽きた」

「元はと言えば自分がボケたせいやろがっ!!」


 多元の鋭いツッコミが炸裂する。早鬼にはノーダメージのようだ。多元は疲労と怪我から息切れを起こした。


「血管、切れる……よ?」

「切れたら切れたでそれも自分のせいやろが」


 心配そうにそろりと下から覗き込む早鬼。

多元は槍に寄りかかりながら、息を整えるため、大きく息を吸った。


「天道衆とは、噂に聞く修験者の聖人集団で、バケモノ退治を生業にしているイカレタ連中だ。もし、見つけたら、あの童子の討伐依頼を頼め。金は渡す。亡くなった同朋には無用の長物や」


 そういって多元は、懐から血にまみれた同胞たちの財布を全て出す。そこに自分の財布から少しを足して、一袋の財布を作って、早鬼に渡した。

 受け取る早鬼。口布の下の唇は固く引き結ばれ、強い意志を窺わせる。


「わかった。多元、どうする?」


 早鬼は多元を見上げて尋ねる。


「わしか? わしは藍猫童子に報復に行く」

()も行く。(かたき)、とる」


 早鬼は多元の服の端をはしっと掴み取る。

 多元は幼子にするように、早鬼のぼさぼさの頭をくしゃりと撫ぜた。


「ここからはお互い、別々の道を行こうぜ。わしはこのまますぐにあの鬼子を追う。早鬼、自分(おまえ)はもう少し強くなってから、アレに挑め。誰にも負けないくらい強く、強く、最強の男に! もし、わしがこれで死んだり、ダメだったらわしの敵もとってくれ。頼んだぞ。早鬼。自分にしか頼めへんことなんや」


 多元は肩を掴んで、目に力を込める。

 早鬼の前髪に隠れた眼から、涙が零れ落ちた。


「ぐすっ……えぐっ……多元………」

「泣くなや。生きてたらまた会える。大丈夫、わしは強いンやから」

「でも多元、みんなと一回、藍猫童子、負けてる……」

「うぐっ……それはやな……容姿と奇襲で油断して失敗したんや。今度は負けへん」

「………わかった。約束。また、会う」


 差し出された小指は小さく、少年がまだ子供だということを思い知らされる。

 多元は目尻に涙を溜めて男泣きに貰い泣き、自分の小指を早鬼の小指と重ねて、指切りをした。


 ♪―――ゆ~びき~りげんまん、うそついたら針千本の~ます、指切った!


 早鬼は嬉しそうに笑って、来た時と同じく、影の中に消えた。


「ほな、行くか」


 多元は槍を握りしめ、藍猫童子を追う。




◇◆◇



姫路の町を出てから、行きと同じく三日後。

僕は約1ヵ月と半年ぶりにこの山々に囲まれたなにもない田舎町に帰ってきた。

裏山の見晴らしのイイ獣道から下を見下ろす。


「うわ~……本当に何もねェ。田んぼと畑とボロ小屋ばっか。ここから見える唯一立派な古びた屋敷が僕らの家か。わりと近くに朱塗りの鳥居も見えるが……無視無視。さっさと銀に――」


 藍猫童子は、背後に殺気と気配を感じて斜め前に跳び退く。

先ほどまでいた場所にクレーターが出来る。槍が打ち落とされていた。跳び退かなければ、骨を折っていたかもしれない。

 体格のいい野武士風の野党が立っていた。地面に刺さった槍を頑張って引き抜いている。その体のところどころには、打ち身のアザ、打撲痕。男はとても苛立っているようで、藍猫を見て、声にならない怒鳴り声を上げた。

 藍猫はため息をついて、懐から鉄扇を取り出す。

錆びて使い物にならなくなっていたが、もしもの時の護身用にと自宅の蔵から持ち出してきたかつての一級品だ。

当然、過去使用済みであり、幾人もの血を吸って禍々しい妖気を放っている。

 姫路の町にて研がれたそれは、赤みを帯びて黒く鈍い輝きを放ち、見る者に本能的な恐怖を抱かせる。

 藍猫はその鉄扇を軽く前に構えた。

軽くといっても武器なので、1キロくらいの重さはあるが、ノラは重さを感じさせない動きで相手に狙いを定める。


「このガキぃぃぃいい! さっきはよくも……っほぶぐふぉあ!?」


 藍猫童子は、飛び上がって、野郎の股間を思いっきり鉄扇で強打した。

 華麗にして見事な一撃だ。

 打ち据えた本人もそう感じたのか、攻撃後にこっそりYes!とガッツポーズをする。

 野党がもんどりうって地面でのたうつ。

 こうなっては野党――否、多元の自慢の槍も奮えまい。

 以後、藍猫は、集中的に襲撃者の急所を攻める。頭、首、手、股間、弁慶の泣き所、また頭と云った風に容赦なく、力の限り隙をついて鉄扇で急所を攻める。

攻撃は男が気絶するまで続いた。無口無表情で的確に淡々と。


まさに鬼の所業。


 誰かが見ていたら、恐ろしさの泣き喚き、大人でも逃げ出すかもしれないそらおそろしさで、藍猫童子は事務的に作業を続けた。


 ボコボコになって力尽き、血を流す野党が完全に気絶したことを確認して、藍猫は、男の荷物を漁って荒縄を発見する。

 手早く賊の手首を後ろ手にきつく戒め、残った縄と剥ぎ取った男の衣服で野党を手早く簀巻きにしていく。

この手馴れている感がハンパない。

 藍猫は最後の〆と、男を大樹の脇に蹴り棄てて、自分の行李カバンの中身を漁る。


「よし、あとは薬物の実験台にして、樹に足から逆さに吊るしておくか」


 えげつないっ! えげつなさすぎるっ!!


 藍猫は野党を半殺し状態にした上でまだ、追い打ちをかけるらしい。

 行李の中から取り出した、明らかにヤバそうな不気味な黄色の極彩色を放つ薬品の中身を、腫れた男の口内めがけて、どっと流し込む。

 かっと目を見開き、薬の不味さと喉を焼く刺激に激しく悶える野党。

 自分の上に馬乗りになった子供を突き飛ばそうと体が動く。

 藍猫は腹に一発、思いっきりスナップを利かせた裏拳をお見舞いした。

 本人は猫パンチと変わりないと宣言していた拳での攻撃だが、意外と威力があった。

まな板の上の鯉のように男はぴくりと跳ね、敵は気絶した。

 藍猫は男の上から降りた。


「僕様特性、試験型麻痺薬だ。解毒法は今のところない。麻痺が解けるのに最低三日はかかると書物にかいてあった」


 その間、便所にも行けずションベンちびれ。心折れろ。自分の行いを恥と知れ。死ぬまで悔い改めろ。


―――そう呟きながら、藍猫は賊の体に結んだ荒縄の端を、丈夫そうな木の枝にひっかけて結ぶ。荒縄をひっぱり、テコの原理を用いて、男を足から吊し上げれば、ほら完成。懺悔(ざんげ)する人間ツリーの出来上がり。


「仲間がいれば助けてもらえるだろ。こんな子供を襲った当然の報いだ。死ぬときは死ね。僕に関わるな」


 荒縄の先を男から見えない場所に複雑に結び付け、藍猫は行李を背負いなおして、山道を行く。

 帰郷への嬉しい気持ちなど、先ほどの男とその前に出会った14人の山賊集団に出会ったおかげで、急速にしぼんでしまっていた。

 山賊は全員撒いて、一人ずつ確実に、先ほどと同じような一撃必殺の急所突きで倒した。倒したが、藍猫童子のような子供まで襲う神経がむしゃくしゃして落ち着かない。身の内に燻る苛立ちを脇に押しやり、藍猫は実家の裏手に存在する裏山を下山して、先ずは家への帰り道にある懐かしの場所、農民、田吾作の畑を目指すのでした。



4歳での仕込みは終わった。

敵方も一応、出してみた。

次話は、銀と田吾作(モブ農民)と藍猫の談話か、名づけね。

その次あたりに、閑話を幾つかやって、時間を飛ばします。


長かった。長かった。私(作者)、お話纏めるの下手!!(自分で云うな)

ここまでは、グダグダですね、はい。主人公が成長していくにつれて、しゅっと筋が通っていく……はずっ! 


次話は、明日か明後日あたりに更新できるかもです。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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