第17話.先祖由来の付喪神たち
遅れました。ごめんなさい。
今回は視点が二つ、三つ、あります。
題名は、一応、仮のもの。
よろしくお願いいたします。
―――曼珠沙華とハナミズキの武家屋敷。
銀が眠る居室で、ぬいぐるみと人形の妖怪たちがなにやら集まっておりました。
小声のひそひそ声で口論するという実に器用なことを行っています。いったい、どうしたのでしょうか?
茶色の犬のぬいぐるみが今、はっきりと口火を切りました。
「《ずるいぞずるいっ、青梅! ワン公だって人間と戯れたいっ》」
「《(にこっ。えっへん。どやっ)》」
青梅と呼ばれた童女人形は、可愛らしく綺麗に笑って胸を張り、銀にもっとくっつく。振り返って他の付喪神たちを見たときの童女人形“青梅”の顔は、とても勝ち誇っていました。
「《きぃぃぃいっ!! 悔しい、悔しい、悔しい、悔しいっ!》」
「《たかが約380年前に遊楽さま御自ら、長女の芙蓉様のために、御髪を提供されて、ご注文なさった一点者の大和人形のクセにぃぃぃっ。実に怪しからんっ。羨ましいにもほどがあるっ》」
童女人形“青梅”は、朝日の光を受けて浮かび上がる両側の一房を誇らしげに見つめる。夜の宵闇そのもの藍色。我らが主の髪。
遊楽と名乗っていた頃の我が主が、娘の芙蓉様を、心の底から愛していた証に青梅は作られた。芙蓉様が7歳を迎えた裳着の日に合わせて青梅は創られた。
時は戦国の世から太平の世に移り変わる時代の節目。
もし、父と母である五代目風間小太郎様と遊楽様が戦場で亡くなったとしても、芙蓉様の兄の櫟様の身に何かがあって、芙蓉様がおひとりになられたとしても、寂しくないように――と願いを込めて青梅は造られた。
遊楽様の藍色の髪の両一房、小太郎様の赤い髪を織り込んだ糸で作った髪紐、芙蓉様の緑がかった烏の濡れ羽色の黒髪少し。櫟様の赤みかがった黒髪は、長髪を面倒くさがってご自分の短刀でばっさりやってしまった時の地に落ちた残り。
青梅は愛情をいっぱい込められて創られた。青梅には幸せが詰まっている。
彼女はそれを、たまらなく誇りに思う。
「《おい、青梅! 聞いているのか!?》」
銀が青梅をきゅっと抱きしめる。
童女人形は、仲間の声など聞こえないフリ。久々の人間に抱き締められる腕の心地よさを満喫し、銀の抱き枕替わりに身を徹していた。
「《ワン公だって、ワン公だって、ほぼ同じ時期に三男の智隆様と四男の弥勒様のために原材料から作ってもらったワン。なのに、なのに、なのに、きぃぃぃっ!!》」
久々の人間の子供との触れ合い。それを見せつけられて、なお吠える負け犬。
このぬいぐるみの目は色硝子のボタンで出来ており、布とおが屑で出来た体は継ぎ接ぎだらけ。保存状態の格段に良い青梅とは、見た目だけでも大層な差だ。
「《諦めろワン公。男の子の成長とは、早いものと相場が決まって御座る。ぬいぐるみなど早々に飽きられたって詮方ない。それもまた我らが定めなので御座るよ》」
そのワン公の肩に手を置くのは、現代でも五月によく見る男の子のための甲冑武者。
風間家一番目の子、櫟の為に、待望の第一子に舞い上がった小太郎が、妻の知らない内に特注で買ってきた子供の成長祈願の五月人形である。―――あんまりこの武者人形の値段が高かったもので、小太郎は乳飲み子を抱えた妻に怒られ、一時期、食卓が質素になったのは別の話。
それだけに、この武者人形の装備は本物の合戦武者の装備と変わりない。
青梅と同じくらい人間臭い容姿の本体である武者鎧は当たり前。腰に刀。弓と槍を背負い、すり切れた家紋のついた旗頭をつけて、ちょっと古めかしい古典模様の柄が入った具足も確り装着している。頭の先から足の先、装備のひとつひとつまで、実際に使えたり、指も動かすことが出来るらしい。実に芸が細かい。職人技が冴えわたる逸品だ。
それに、持ち主が他の人形たちと違って、後が続かなかったからか。また、その『成長祈願』という子どもの為のお守りのような、他の玩具人形たちと毛色の違う特性のせいか。保存状態が格段に良い。
立派な兜をかぶった立派な荒武者小僧である。
創られてから約四百年経った今は、中級妖怪並みの力を持つ付喪神と化して、他の武闘派付喪神たちとともに、この屋敷の守護についていた。
「《きぃぃぃっ、くやしいっ、悔しい、悔しぃぃぃ!! 男の子なんて、男の子なんて嫌いだワン! ワン公をめった打ちにしてぼろ雑巾の如くしたこと、終生忘れないワンっ》」
ワン公と呼ばれた継ぎ接ぎだらけの茶色いぬいぐるみは、自分の布の体を噛んで嘆く。
「《おいおい、故人への恨みもほどほどにしろ。我らが前の主人たちも仰っていただろう?死んだ者を恨んでも仕方がないと――。例え傷だらけでも、それでも我らは恵まれている。ボロボロになってもこうしてまた、直してもらい、大切に次の方に使ってもらえるのだから》」
ひょこっと突き出たウサ耳。
雪女に魅入られ魅入らせた六番目の子、六花のために家族総出で作られたウサギのぬいぐるみである。
彼(?)もワン公同様、継ぎ接ぎだらけなのは同じだが、ウサ公の躰に充てられた布はワン公のような出来合いの無地ではない。和柄の美しく可愛らしい布だった。それがセンス良くあてられている。一目で大事にされてきたとわかる代物だった。
何回も修理が必要なやんちゃな男の子たちのぬいぐるみと、モノを大切にする大人しい子のぬいぐるみ。
違いが出るのは仕方がないことなのかもしれない。
ワン公は、友と自分の扱いの格差を思い出して、また咽び泣く。
「《わんわんっ、ウサ公、だけど、だけどワン……ワァァァァンっ》」
「《ワン公、泣いてるけどよォ、七番目の子、七瀬姫の為に作られた拙者よりはマシでさァ。なんせ拙者は、七瀬姫が生まれてすぐに、膨大な霊力と人魚の呪いから宇賀野御魂神様に貰われていったおかげで、一度も彼女と遊べなかったんだから。》」
カタカタカタ……。歯車が噛みあう音を心地よく滑らして、おぼんの上にお茶を運ぶ水干姿の童子人形。烏帽子を被った顔はキリリと引き締まり、男らしい。
「《お茶酌み人形のカラクリ童子……》」
「《へへっ、てめーらは子らに遊んで貰えただけで幸せさァ。拙者なんて、拙者なんてなァ、最初は弓取り童子だったのに、お茶酌み童子に格下げだぜぃ……? いいじゃねぇかよボロだって。心がデッカけりゃあ、ボロでも絹のように思って貰えるモンさ。茶、入れてきたぜぃ……?》」
カラクリ童子はそっと皆の前にお茶を置き、Uターンして去っていく。
「「「《なんかスンマセンでした!!》」」」
人形たちは去っていく童子の背に頭を下げた。
青梅とカラクリ童子以外の声が五重に重なる。
銀がまた寝返りを打ち、腕の拘束が解けた青梅が転がり落ちるように床に降りた。
童女人形は、
「《(私は死ぬまで、いいえ、持ち主が死んでからもずっと大事にされてるもんね!)》」
―――なんて考えていそうな感じで、小さい胸を張る。
じろっと仲間たちから冷たい視線が飛んだ。
「《青梅、今はあなたを褒めて居ませんよ?》」
穏やかな笑みを口元に浮かべつつも、目が笑っていなさそうな声を出すウサ公の言葉。
青梅は膝を抱えてずーんと沈んだ。
カタカタカタ……とカラクリ童子が戻ってきた。
彼は青梅を慰めようとしてお茶を差し出す。が、断られて、彼もその横に並び落ち込んだ。二人そろって打たれ弱いようである。
一連の出来事に苦笑する気配をみせる武者人形と、この屋敷の付喪神。
《まぁまぁ、二人とも仲直り》と言って、慰めようと間に割って入るウサ公。
ザマーミロと大笑いするワン公は、いつの間に来たのか、彼以上に自分勝手な琵琶に場所で殴られて、おが屑しか入っていない柔らかい頭を凹ませる。
通り魔の犯行だった。
ワン公はやり返そうと振り返る。
琵琶は器用に殴った尻部分にあたる場所で飛び跳ね、その時はもう、障子の向こうに消えていくところだった。
ワン公は地団太を踏む。
「《悔しい、くやしいっ、悔しいっ!!》」
すぅーっと部屋の梁を通した天井に年経たおっちゃんの顔が浮かび上がる。
例えるなら、眉間に取れない皺を何十年も寄せ続けた、頑固者の大工の棟梁みたいな顔。よく見ると木目が人の顔を映しているようにも、また人の顔が天井の彫刻として記されているようにも見える。それがこの武家屋敷の付喪神、館そのものの顔だった。
ちなみに付喪神たちの性格や顔は、創り手や一番長く可愛がってもらったヒトの内面に由来する……らしい。
なるほど。件の自由気まま過ぎる琵琶(出自不明)はともかく、館は自分を建ててくれた大工の棟梁に。
人形たちは各々、最初の持ち主だった、持ち主になるはずだった子らに何かが似ていた。
閑話休題。天井に現れたお館の顔が口を開く。
「《あの琵琶の小僧は、何気に大妖怪並みの妖力を持っておるけィ、歯向かったらアカンぜよ? ワン公殿》」
「《だって、だって、屋敷の親方! あいつ何も知らないくせに、知らない癖…………大妖怪? マジですか?》」
「《そうじゃ。アレは唐渡りの舶来品じゃ。“おい”の腹ン中の蔵に収められていたモンは、だいたいが“おい”やあんさんらのような四〇〇年前の道具。中級妖怪並みの付喪神じゃが、中にはあの琵琶のように、千年以上経た付喪神もおるんじゃ。気ぃつけい》」
「《あの琵琶がか? 館のおっさん》」
「《そうじゃ。あの琵琶がじゃ。他にも妖刀になっておる一部の刀や護神刀。楽器類。囲碁や将棋盤。一部の絵柄が豪華で洗練された花瓶などは、千年前から存在する者たちじゃ。ここじゃおいや、あんさんらの方が年若いンじゃ》」
「《なるほどな。妖怪社会は年功序列と実力主義。年経た分だけ力が強くなるからな》」
「《ん。わかった。気を付ける。屋敷のおじ様》」
「「「《青梅が喋った!?》」」」
「《ん。失礼。梅も喋る。シロさま、これ、が、私たちの実態。………見た?》」
むくり起き上がった銀が、寝ぼけ眼をこすり、こくんと頷く。
白兎のぬいぐるみが腕を組み、ため息を吐いた。
「《テメェら、騒ぎ過ぎです。見つかってしまったではないですかっ》」
「《お前がいうな。ウサ公。わしも人のことは言えんがな》」
喋る武者人形。動くウサギ。すり寄る大和人形。苦笑する屋敷。尻尾を巻いて怯えるわんこ。お茶と簡単なお菓子を持ってくるカラクリ童子。
銀は、回らない頭で現実をいったん脇に追いやり、カラクリ童子のおぼんに手を伸ばす。小蜜柑の切り身と干した野イチゴ、薬草茶が入っていた。
銀は果物をよく噛んで呑み込み、一緒に事情をかみ砕く。
「………ありがと。おまえら、仲良い、な」
「《四百年以上、ずっと同じ屋敷で暮らして御座いますから》」
武者人形が代表して口を開く。
「そうか。………めし、まだ、ある……?」
「《知らない。ここにある人間の食べ物、ぜんぶヌシ様の生まれ変わりが用意した》」
「《………ない、のか?》」
「《申し訳ありませぬ。台所は、我らが管轄外で御座いまして……》」
「《おいの腹の中のことじゃが、ここのヌシはあんさんら人間のお子らやからのぅ。勝手に触ったらいけんのじゃ》」
「………そうか。寝る。ありがと。………ひとりじゃない、わかった。それだけ、で、いい。おやすみ」
「《きゃっ》」
銀は青梅を抱きなおして、三秒で夢の世界へ旅立っていった。
「《どういたしまして》」
「《安心して休め。子どものうちはワシらが護ってやる》」
「《そうそう、子供の内はね……?》」
「《だって、大人になったら私達は敵わないもの》」
―――私たちは『子供の玩具』で『子供が成長するまでを見護る御守』だから。
「《だけどこの男子、本当によく寝るなァ……。別の意味で心配だ》」
「《ほんに“生まれ変わりのお子”が言う通り、“寝汚い子”じゃわい》」
「《悔しい、悔しいっ、青梅だけっ、青梅だけっ、きぃぃぃぃっ》」
「《ワン公、あなたはもっと人に好かれる性格になりなさい》」
「《ウサ公、それはちとワン公には酷なんじゃ……》」
「《黙れ。カラクリ童子。テメェには言っておりません》」
「《………くすん》」
ベロン、と琵琶の音が鳴り、そのあとに続くように竜笛の音が鳴った。あたりに誰ともなく、妖怪たちの笑い声が沸き起こり、銀はすこやかな寝息を立てるのでした。
―――もう、これで、当分、寂しくない。お腹、すいたなぁ……。
一方姫路の街では―――。
ノラ(仮名)は銀が付喪神たちを認めたことを知らず、買い物と金策に精を出していた。
彼は宣言通り、何着も服を買い、それを同じく買い求めた唐草模様の風呂敷の中に詰め込んで、口を結ぶ。
「まったく、豪気なお子様が居たもんだよ。ウチに一両小判を両替する金があったからよかったもんだけどねぇ。なかったらどうするんだい?」
「おばちゃんとこなら大丈夫デショ。だって、越後屋っつったら、信頼感半端ないモン。支店でもそこらへんの信頼は大事デショ? だから信じてた。大手って強いモン。おばちゃん恰幅が良くて良い生き方してそうな相₍かお₎してるし。」
「おやまァ、お口がお上手。云ってくれるねェ。本当に変な子だよ。結局、その着物たちもアンタの口車に乗せられて、二束三文で売っちまった。ああ、やだやだ。さっさと帰ってくれ。アタシャ、過去の損は早く洗い流したい主義なんだ。」
でっぷり幸せに太ったおばちゃんは、カラカラと笑って、ノラ(仮名)を追い払う。
「おばちゃん、“僕の準備が整ったら”この店の宣伝してあげる。安く売ってくれたお礼。きっと大儲け出来るよ?」
「はいはい、期待せずに待っとくから、さっさと帰りな」
「うん。……《約束》♪」
最後の“約定の言葉”は、風に紛れておばちゃんには届かなかった。
ノラ(仮名)は、荷物を抱えて、人々の間を自由気ままに歩き回る。
「(さてっと、金が案外簡単に手に入ったし、いざという時の奉公先も見つかった。お次はこの1両を増やして、日用品と食料を買うぞ)」
ノラ(仮名)は、ついさっき買ったばかりの風呂敷を手に持ち、古着屋で安く買いたたいた子供用の藍色の着流しを身に纏って、紙と薄めの木で出来た安物の扇を肩に担いだ。
周りの住民を見定め、自慢の鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ分ける。
すんすんすんすん……見つけた!
長い赤茶色の髪をゆるく結った、藤色の無地の着物のお姉さん。
ノラは薬草の匂いがする彼女のもとへまっしぐら。
にっこり笑って、着物の袖を引く。
「お姉さん、僕を買ってくれませんか? 一日だけでいいのです」
振り向いた女性は推定年齢27歳。薄化粧をした感じのいい佳人だった。
女は目を見開き、そして固まった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
はたして、ノラ(仮名)は、身売りをしたのか否か。
お次は商売あたりです。(ぺこり)




