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十六話.しろがねと武家屋敷の付喪神

 弟が街に出かけた後。誰にも起こされないのをいいことに、(しろがね)は三日間、昏々と眠り続けていた。安眠を貪っていたのである。

 弟が毎日起こす努力を怠れば、きっとこいつは早死にするぞ。

それも飢え死にで。

眠ったまま、起きずに腹をすかして、そのままぽっくりと。


 それくらい、この幼い少年はメンドくさがりのグータラ者だった。

飯を作るのも、寝台から起き上がるのも、一歩動くことさえメンドクサイと思う怠惰なお子様なのである。それが、大きな屋敷で一人きり。自室で三日間も何事もなく、惰眠をむさぼり続けたのである。

 これはアカン。と件の弟が居たならば、頭を抱えて困った顔をして、大急ぎで兄の世話を焼いたはず。されど、その藍色の双子の弟は、この銀の獣もどきな兄を置いて、街に出かけたまま、まだ帰って来ていない。


 白銀の獣こと銀少年は、この屋敷にひとりきり。

 三日目の朝が来て、昼が来て、もうそろそろ陽が沈むなぁ、という頃になって彼はようやく寝床にしていた自室の寝台から、むくりと体を起こした。


「………メシ…」


 ぐ~きゅるるるる……。腹の虫が元気よく悲鳴を上げる。その腹の音が、少しばかりもの悲しげに聞こえるのは気のせいか。

 少年は、けだるげに周りを見回して、あくびをひとつした。少々つまらなさそうに眉間をしかめる。


「……いない。まだ……か」


 銀は、少し思考するそぶりを見せて、心の底から嫌そうに行動を起こした。

 寝台の上から降ようともがいて、無様にこける。いつもは弟が寝台から彼を、優しく引きずり降ろし、台所の手前にある食堂に引っ張っていこうとして、まだ寝ていたい銀と格闘するのが常だった。――今、その弟は居ない。三日も抱き枕(仮)と離れていたことなんて、生まれて初めてだ。

 銀はぶつけた顔が痛くて、目に涙がうりゅっと溜まった。頭から転がり落ちて、顔面をまともに打った。とても痛い。特におでこと鼻が痛い。それでも銀は、泣きたい衝動を押し殺して、唇を噛み締める。

 いつもなら、こんな時、弟が飛んできて、慌てた様子の困った顔で、垂れた目じりをもっと垂れさせ、少し大げさに心配してくれた。そして決まってこういうのだ。

「男なら泣くな。子供のうちと好きな女の前では弱みを見せたっていい。泣いたっていい。だけど、我慢も覚えろよ?」って。

「怪我してないなら大丈夫だ。これくらいなら、すぐ痛みが引いて、いつも通りさ」ともカラカラ豪快に優しく笑って言っていた。

自分も“泣き虫”というもののくせに、しょっちゅう泣いているくせに、生意気だぞ抱き枕(仮)の分際で。


 銀は古びた畳の床に手をついて起き上がる。ころんと再び転がりそうになる体を支えて、ちょこんと座って俯いた。


 生意気とは年齢・経歴・能力にふさわしくないようなことを得意げに言ったりしたりすること。また,そのさまや人のことなんだって。――ヤツが教えてくれた。

やっぱりあいつ、生意気だ。なんでも知ってて生意気だ。帰ってきたら懲らしめてやる。思いっきり抱きしめて、体中、くすぐり攻撃というのを俺が飽きるまでして、寝床に連れ込んで抱き枕にしてやるんだ。きっとあいつ、すぐに涙というものを目に溜めて、「ごめんなさいっ。すんませんっ。堪忍してくれやすっ。ぎぶぎぶぎぶっ! 降参、こうさーん!」って言いながら、この俺にひれ伏し、いうこと聞くぞ。あいつが(寝物語に)話してくれた『魔王と勇者』のお話の“愛嬌のある悪魔”が勇者にやられて仲間にされる時みたいに、きっと面白い展開とやらが待っているんだ。俺もよくわかんないけど、きっとそうに違いない。きっと、笑って………。


「………さび、しい……?」


 ぐ~きゅるるるる……とまた、お腹が鳴って、銀は自分のおなかに手を当てた。


「………あいつ、こらしめる。おれのめしをもってこないなんて、なまいき、だ」


 銀は垂れた目じりに溜まった涙という水を、手の甲でぬぐい、きっと障子の外を黄金色の瞳で睨み付ける。さらに寝に戻らず行動を起こした。彼にしては珍しく。それもこれも、彼の弟が居なくなったせいである。そう思うと少年の胸のうちに怒りも湧き起ってきた。

 長い銀色の髪を引きずって、お腹の虫の鳴き声をおさめるため、台所へ赴く。えっちらおっちら、小さい歩幅で丈の短い脚を動かして、時々休みながら、何か食べるものを探して台所へ行く。


 あんまりゆっくり銀が歩くものだから、台所へ着いた時、あたりはすっかり暗くなりかけていた。台所の窓から差し込む一筋の橙色の明かりだけが、あたりを照らしていた。それとて、もう10数秒もしないうちに山の向こうに消えてしまうだろう。

 銀は肩で息をしながら滅多にかかない汗を拭う。明らかに運動不足だった。いつも寝てばかりいるツケがここで回ってきたのである。

いつもは、屋敷の長い廊下もその半分は弟に引きずられ、もっと楽が出来た。

あのよく出来た考え込みすぎる阿呆の弟は、銀を見捨てず、背中や腕の中で眠ってしまっても、根気よく起こそうと奮闘する。ご飯を食べさそうと兄の体を引きずってでも、食堂に連れていき、用意していたご飯を食べさせるのである。だから、銀は、この屋敷の無駄に長い廊下をまともに歩いたことなど、数える程度しかない。

ましてや、自室と定めた中庭周辺の小部屋から、玄関のすぐ側にある台所までなど、自分で歩いたことなど一度もない。この距離は、ほぼ寝たきりに近い子供の銀には、少々キツカッタ。毎日、屋敷や山を走り回っている弟とは、筋肉の付き方が違うのである。当然のことながら、銀はバテた。こんなに動いたことも、生まれて初めてである。


「………むかつく。(あいつ、帰ってきたらぜったいこらしめる)」


 決意を新たに息を整える銀を、物陰からこっそり見守る目たちがあった。


 この屋敷の付喪神たちである。

 台所脇の食器棚からは、瀬戸大将と食器たちが、そーっと引き戸の内側から顔を覗かせ、心配そうに見守る。

かまどの上の土鍋。しゃもじ。湯呑み。茶碗。急須たちは、つぶらな眼をこっそり開き、無言でじ~っと銀を見つめる。ふと銀がそちらに目をやったら、開いたまぶた(?)を閉じているあたり、シャイなのだろうか? 銀色の子供が目をそらした途端、ほっと胸を撫で下ろすようにまた、かまどの上の一段の目が開いた。気づかれないようにそっと見守る。

台所と玄関を繋ぐ扉には、この屋敷の付喪神、家そのものである付喪神の眼鼻口が浮かび、銀の様子を見て苦笑する。もっと体力つけろと言いたいらしい。囲炉裏の火を起こして顔を消した。囲炉裏にかけられた鍋がぐつぐつと暖められ始める。

屋敷そのものである付喪神の顔が消えると、さっき顔があったハズの扉や天井、土井の隙間、床下などから、ぞろぞろと付喪神たちが集まってくる。銀はそれに気づかない。彼らがわざとこの白銀の子供の視界に入らないようにしているのだ。

何故か? 理由は簡単。驚かしたいのである。化かしとは、妖怪の本文のひとつである。それに――彼らは、藍色の子供の命で、銀の前ではこっそり、ひっそりバレるまで行動しろといわれていた。遊びである。付喪神たちのなかで誰が一番、早く見つかるかというかくれんぼ。藍色の子はこの兄が大層お気に入り。だから、ひとつみんなで試して遊んでやろうと考えた。自分がいない間、遊びながら面倒をみてやってくれと付喪神たちに頼んだ。頼まれた。久々の藍色の子が仕掛けた遊び。乗らねばこの曼珠沙華とハナミズキの屋敷の名が廃る。この屋敷の妖怪たちは、酔狂な者が多かった。


 勝手に銀を鬼に見立てて、遊んでいるのである。誰が一番早く正体がバレるか、楽しみだ。


 台所の扉から、灯台がごろごろ転がって入ってきた。

灯台は、梅柄の着物を纏った大和人形が、囲炉裏の底から持ってきた火で、自身に明かりを灯す。急についた明かりに驚いて、銀がそちらに目をやれども、彼らは動かない。手は貸しても、正体を明かす気はないのだ。土間の上。鍋が置かれた囲炉裏端の側に不自然に立つ灯台。明かりのついた蝋燭の下で、尼そぎ切り揃え、横髪を可愛らしく紐で結った童女姿の人形が佇む。銀より少し小さめな体格のまるで生きているような童女人形。角度を変えればにこりと笑っているようにも、悲しんでいるようにも、優しい眼差しをしているようにも見える、不思議な人形だった。

銀は、立ち上がる気力もないので、その童女人形の元まで這って行く。抱え上げてみると意外に軽かった。愛らしい顔立ちをした童女人形の、円らな黒い瞳を己が眼に映したとき、彼女が少し、笑ったように見えた。


 銀は急な寂しさに耐えきれなくなって、彼女をきゅっと抱きしめる。


「……これで、いい……」

 弟の代わりは、当分こいつだ。こいつに決めた。

 

 銀は、この童女人形が今は居ない弟に、なんとなく似ている気がしたのだ。

 銀は彼女を腕に抱えて、囲炉裏の鍋の中身を覗き込む。左手で蓋を取って、中を覗き込んでみると、銀にとっては昨日の、現実は四日前の昼ご飯の残りが入っていた。

 刻んだ薬草と山芋。ぶつ切りにしたウサギ肉と野鳥のモモ肉が幾つか。農民、田吾作から分けてもらった野菜と少量の穀物。それを下処理して水で割増し、煮込んだ創作料理。味付けは肉に刷り込んだ塩と、あとでぶち込んだ醤油だけという具沢山な簡単雑炊(ぞうすい)もどきだ。


 弟は良い舌を持っていて、味の調整は得意だから美味いものができる。

できるが、料理が上手で手馴れているというわけではない。彼も食材が手に入りだしてから数日は作るのを頑張ったが、制作に多少の時間がかかる。小さい体もあってか、一品作るのに一時間以上かかることもザラだった。

手際も良いとは言えず、さりとて悪いとも言えないなんとも微妙な具合で……いやはや。銀も、うつらうつらとしてしまって、ご飯どころではなくなってしまう。時間がかかれば、それだけ食べるのが遅くなり、食事時でも眠たくなって寝てしまうので、ご飯を簡単に済ますため。食材を無駄にしないため。簡単でもしっかり栄養を取り、貧乏でもなんとか一日二食は食べられるようにするため。いつの間にか、こんなごった煮の料理や、比較的簡単に出来る炒め物や煮物の類が多くなっていた。


銀は、弟が木で作った杓文字(しゃもじ)を取って、いつの間にか傍らにあった瀬戸物茶碗に冷えたままの雑炊を掬う。米なんてそんな上等なものは入っていない。(あわ)(むぎ)(ひえ)を少量ずつ混ぜ込み、なおかつ芋で腹が膨れるようにしただけの汁だった。出汁は例によって、ウサギと野鳥の鶏ガラから。彩りは山の幸、畑の幸。

暖かいときはほっとする田舎の味で美味しかったが、今は、鍋の中の、水で割増された赤茶色の醤油色が少し、空しかった。


 銀は、いつも弟が座る隣の席に童女人形を置いて、仕方なく手を合わせる。


「いただきます」


 あっと思って、スプーンを取ってき忘れたことを思い出した。

手元を見ると、何故かある。不思議だなぁ。と首をかしげてみるけれども、深くは考えなかった。

お椀の上に置いてあった自分用のスプーンで、ぱくりと一口、三日ぶりのご飯を食べた。

 冷たかった。心に隙間風が吹くような、寂しい味がした。


銀の側を、陶器の付喪神や、好奇心旺盛な楽器の付喪神たちが走り回り、静かに道具を取ってくる。人間が大好きなぬいぐるみや人形たちが、今は居ない彼の弟に代わって、気づかれないよう、他の付喪神たちがとってきた道具を傍に置き、彼の世話を焼く。


 ふと気配を感じて、振り返る。

 いつのまにか兎や猫、犬、キツネ、タヌキやクマのぬいぐるみが側にいた。五月によく見る兜甲冑の武者人形。黒髪と大人びた着物が少し不気味な市松人形。起き上がりこぼしや、はりこの犬なんかも居る。みな、一様に慌てふためいて目をそらしたような感じで、バラバラ床に転がっていた。


「………なに?」


 倒れ伏した付喪神たちをじーっと見つめた。それはもうじーっと、じーっと見つめ続けた。付喪神たちはこの異様な雰囲気の中で声を発するわけにもいかず、心の中でだらだらと冷や汗をかき始める。はやく、早くあっち向けーーっ!!という願いが通じたのか、銀はまったく動かない付喪神たちに興味を失い、ぼーっと囲炉裏の火を見始める。

 灰の中に混じった黒い炭。ある日、弟がなにをしているのかと覗いたら、拾ってきた何かでコレを作った。四角い何かの中に、木という物をくべて、真っ黒いこれを作った。いぶす煙がけむたくて、あいつの髪を引っ張り、頬を捻ったのはナイショ。

 ちろちろと蛇の赤い舌のように燃える黒い炭。あいつは手でこれを触ってはいけないと言っていた。火傷というモノをするらしい。とても痛くて、大人というモノになった時、跡が残ったら大変じゃないかと騒いでた。痛い、という感覚はイヤだ。だから、触らない。手をかざすだけ。

 そうしたらね、炎というものの影がおれの手の平に映って、赤くてとても綺麗なんだ。それに、あったかい……。ここはね、夜は寒いんだって。おれは寝ててわかんないけど、寒いんだって。寒かったら、風邪、というモノを引くらしい。今は夏だから、そんなに寒くはないけれど、夜はこの屋敷、冷えるんだって。あいつが言ってた。おれより長く“起きている”アイツが、弟というモノが言っていた。だから信じる。疑ったって、いいことはないらしい。それにあいつはおれのだから、もし間違ってたらお仕置きというモノをしてやれば良いんだ。あいつが話してくれた、いっぱい話してくれた御話の中に、そーいうのがあった。


 だから、あいつが間違ったらおれが正して、おれが間違ったらあいつが正す。どっちも間違っていたら、大人というものに聞きに行けばいいんだって。答えを探しに行けばいいんだって、あいつは教えてくれた。


「………やっぱあいつ、なまいきだ。なんでも知ってて生意気だ。どこ、行った? 抱き枕……」


 寂しくて、涙が出そうになる。

 膝を抱えて、童女人形を引き寄せ、きゅっと抱きしめた。

 涙が止まるまでそうしていると、ぱっと人形を離して、元の位置に置きなおした。


 儚げな風貌の童女人形の顔が、灯台の明かりでよく見える。まつげが長くて、かわいい……。


 お茶を持って移動するからくり人形が、暖かいお茶を持って歩いてきた。お盆の上の湯呑を取ると、狩衣姿の童子からくり人形は、Uターンして、どこかへ帰っていく。

 

 銀は不思議そうにそれを見送って、両手で包み持った湯呑をちょっと傾ける。


「………うまい(?)」


 独特の味がする薬草茶。

 ほっこりと体と心が温まる気がした。


 銀はいつも通りの味にほっとすると同時に首をかしげた。曰く、これって、うまいっていうのか、――と。

 少しの苦みと淡い甘味が同居する弟手作りの薬草茶。

これだけはいつも違ってて、日替わりで、どれも変な味がした。甘いような、酸っぱいような、苦いような、変な味。だけどやっぱり、後に残るのは甘い、なんだ。不思議だな。

――ところでこれ、寝る前に飲んだ時と同じお茶なんだが、あいつ、本当にまだ、帰って来ていないのか……?


お腹がいっぱいになったら、また眠気が出てきた銀。

あくびをして、目をこすり、湯呑を置いて立ち上がる。


「……ねむい。なんか、居る……?」


 ちょうど湯呑を回収しようと歩いてきた狛犬人形がビクッと盛大に驚いて固まる。じーっとその狛犬のぬいぐるみを凝視する銀。凝視された方の狛犬のぬいぐるみの付喪神は、生きた心地がしなかった。口に湯呑をくわえたまま、直立不動で固まる。たれた瞳を恐怖からか涙に曇らせ、ぷるぷると小刻みに震えだした。


「……ねむい。寝る。……おやすみ。なんか……いっぱい、いる、もの……」


 今度はその場にいた付喪神全員が固まった。

 そろ~りと付喪神たちは己が目を銀に向ける。まさかこいつ、本当に……? あてずっぽうじゃないよな……? なんて、副音声が付きそうな格好で。


「……ん。なんか、居る、思った。気のせい……? ねむい……」


 戦々恐々とする付喪神たちを気のせいと言い置いて、銀はまた欠伸をした。

 すぐ近くでじっと成り行きを見守っていた梅柄の着物の童女人形を連れて、来た道を帰る。今度はゆっくり、ゆっくり、休みつつ。


 ところで――。

 琵琶が横笛に支えられた状態で直立不動に頑張っていた。あれは……いったい、どういう原理をしているのだろうか。


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