十二話.体力が足りません
遅くなりました、ごめんなさい。
大学が、学校生活が始まったのです。
題名は未定。いいのが思いつきませんでした。
ではでは、よろしくお願いいたします。
気絶したように昏々と眠っていた。
銀色の子どもに抱きつかれた、もうひとりの藍色の子どもは、唐突にぱっちり目を覚ます。明朝4時、寅の刻。時間だ。起きよう。
すこやかな寝息をたてる相方の腕を、自分の首からそっと起こさないように外す。
まだ眠っていたくて、寒くなるのが嫌な兄が、幼くても美しい白皙の尊顔を曇らし、柳眉を潜める。
彼は目を開けず、僕という温もりを探すように小さな白い手を彷徨わせた。
ほら、子供の体温って、ぬくいから。
夏が近くなってきた長雨降る梅雨の季節とはいえ、寝具は未だにこの古びたベットと医者がくれた丈夫な白襦袢一枚。
これは少し寒い。
他の寝具は、屋敷にないことはない。
だが、発掘してきてみると、どれもこれもおんぼろ寝床。
まともな寝床なんて、銀兄貴が座敷牢のあの地下以外で居ついた、この部屋のものしかなかった。
だから、僕も自分の部屋は別にあるけれど、ここに居る。
この屋敷の地下の座敷牢に閉じ込められていた僕たちは、地上に出てもまだこの屋敷にいる。
他に行くアテなんてない。
ここしか、ない。
ここしか、安心して、居られない。
銀兄貴の傍にしか、今の僕には居場所がない。
安心して、眠れない。
他は全部、戦場に見えるから。
銀兄貴の居る場所が、今現在の僕の帰る場所。
ここしか、居場所がない。
だから、兄貴には感謝している。
こんな物騒な、物騒すぎる元、戦闘人形の僕でも役に立てるのだと、なんの力もない子どもでも、本来の性能が十全に発揮できなくても、傍に居ていいのだと、態度で示してくれる銀兄貴には、本当に感謝している。
なんでもない一日が、幸せさ。
だが、それとこれとは話が別である。
もう一度僕を抱き枕代わりにしようと掴みにかかる銀の腕をするりと避け、なるべく音をたてないように畳の床にトン、と着地する。
閉めた障子の向こうを見やれば、まだ暗い。夜明け前だが、日に日に明るくなっていっていることを感じる。日が高くなっていっているのだ。着実に僕の大嫌いな夏が近づいてきている。
じっと目を凝らして、闇に慣れてきた夜目の聞く目で辺りを見回した。
ここは屋敷の丁度中間あたりに位置する横長の和室を、五つに襖で仕切った間のひとつ。
各部屋一五畳はあろうかという間取りに、古びて黄ばんだ障子で仕切られた出入り口。
昔はさぞ、奇麗だったであろうなと、在りし日を偲ばせる薄茶色に変色した墨絵の襖。
家具はほぼないに等しく、ガランドウとしている。
ただ、数日前に蔵から発掘した付喪神の和箪笥と、昨日、作業をやりかけて兄貴に捕まった残りの、磨り潰そうとして体力が足りず、失敗したままの薬草モドキがひとところに散乱している。あとで片付けなきゃ。
空を彷徨っていた銀の腕が、力を失くしてぱたりと落ちた。
――ごめん兄貴、猫は気まぐれなのだよ。
ぶるりと寒そうに体を震わせ、掛布団がわりの白襦袢を手繰り寄せて、口元辺りまで引き上げる。銀兄貴は猫の仔のように体を丸めて、自分で自分の体温を、僕が抜けた温かみまで保とうとしているようだ。
可愛いと思ってしまった。
だが、銀兄貴と僕は同い年だと思い出して、腕を組み、思い悩む。
時々自分の実年齢と性別を忘れ、精神年齢と記憶の方に引っ張られるから困る。普通、同い年の兄に対して“可愛い”はないだろ“かわいい”は。
首を横に振って、自分に向かってため息をついた。
ふと、自分の髪をボロ布で纏めていたら、銀の長い銀髪が目に入った。前髪まで長く、後ろ髪に至っては、彼自身の背と同じ長さで、姿を覆い隠している天パ気味な長髪である。最近は、よく洗ってやっているせいか、髪の色艶と輝きが増して、光に反射すると綺麗な白銀に輝く。今は布団の中でぐしゃぐしゃだけどなっ。
ふと自分の藍色の髪を首の後ろでくくり、纏め終わってから気づいた。
そういえば、(銀の)髪を切ってやろうと思って、まだ切っていない。
地下の座敷牢に続く出入り口の傍に見つけた、武器庫を確認はした。したのだが、予想以上に物騒な品揃えだったとここに記述しておこう。
刀、銃器、槍なんて当たり前。
鎖鎌、手裏剣、苦無、細鋼糸、吹き矢、暗殺鋏、仕込み杖、長針、勘尺玉、煙玉、爆薬、試作品のまま放置されたダイナマイト、青く発光した明らかにヤバそうな薬品X。
他にもまだまだある。
毒薬の製法や麻痺薬の製法を書いた書物、眠り薬に媚薬、幻覚香の製法と練り方、人を意のままに操り、傀儡とする術に用いる催眠薬の製法や、記憶を吹っ飛ばす謎の薬の精製法、自白強要薬や、感覚を鋭敏にすることだけを追求したマッドな薬の精製法などなど。
普通の傷薬から、自分でもちょっと引くぐらいマッドで人権無視な薬の作り方が書かれた書物が五〇〇冊。
そのなかには、図解付きの拷問の仕方とか、人の嵌め方とか、魅了の仕方から、苦労せずに相手をこの世の天国へ導く下世話な方法まで、ありとあらゆる世渡りの仕方が書かれていた。
いや、マジで、豊富過ぎて、ちょっと……という感じの、生物、特に人間に対する対処法が。
見つけた時には、思わず引きつり笑いが出た。
その次は、老若男女、男女問わず、多彩過ぎて泣けてきた。
この本の作者、本当に人間捨ててたな!
何人もの合作だけどよォ、もはや人間じゃねーよコレできる人々。
ま、僕も成長したら、有り難く、その一部を使わせてもらうつもりで、何冊か抜粋して自室に運んだけれど!!
――話が逸れたな。
武器庫で見つけた刃物たちは、どれもこれも手入れが行き届いておらず、何百、何千人もの血を吸ったような赤黒く光る刀身をしていた。妖刀と化しているのである。
アレを髪を切る為に使っていいものか。迷うところである。
一緒に見つけた品物名鑑なるものを見てみると、どれもこれも一級の業物ばかり。
売ればかなりの値がつくだろうが……どうだろう。
そういうわけで、アレらを研ぐか、お金が出来るまで、髪を切るのは持ち越しとなった。
銀兄貴はほぼ一日中眠っているし、僕は纏めて首の後ろでくくっておけば、問題ないから、急ぐことでもない哉と思っている。
ガチャガチャ……。陶器同士が擦れる音がして、部屋の障子がかたりと開いた。
視線を下にやれば、ひょっこりと剽軽な憑喪神が白く硬質な顔を覗かせた。
へのへの文字の銚子の顏に、茶瓶や皿などを寄り集めた陶器の『躰』。鎧の様なものを身に纏い、中級妖怪程度の妖気を漂わせた文字通りの掘り出し物。
瀬戸物の付喪神、瀬戸大将だ。
彼(?)は僕を認めて無骨なへのへの眉を驚いたように動かす。
「《お目覚めで御座いましたか。もうひと方は眠ったままのようでございますが》」
瀬戸大将が小声で云う。後半は寝台で眠る銀を見咎めて言った言葉だ。僕は苦笑して、同じく小声で言葉を返す。
「おはよう瀬戸大将。それとも、妖怪風に云えば“こんばんは、お晩です”哉? 銀兄貴は放って置いて寝かしといたほうがいいよ。だってまだ、朝早いもん……」
先程も前述した通り、今の時間帯はまだ早朝の日の出前。この時間帯にあの寝汚い兄を起こすのは、無謀と云うか酷というものだろう。
兄貴以外の普通のガキでも、この時間帯に起こそうとすると愚図る。
朝日の出を見るのは健康的で気持ちよく、綺麗な景色が拝めるからいいが、起こすのは希望者の自分で起きれる奴に限る。
朝から幼子の体で疲れる格闘を繰り広げるのは嫌だ。無益だ。面倒だ。瀬戸大将だって、陶器の躰でそんなことしたら、ひび割れくらい起こる。不利益しかない。
そういうわけで、早朝の銀兄貴は放って置くに限る。起こすなら昼だ。朝に起こすのはもう諦めた。疲れるだけでいいことないもの。
「《左様でございますか。挨拶の件ですが、妖怪風に云えば確かにこの時間帯は『昼の世界』と『夜の世界』が入れ替わる遅めの時刻。なれど、我ら付喪神にとって、これからの『昼の世界』は本来の使われ方を致しまする『表の時間帯』ですので、どうぞお好きな方で御挨拶ください》」
「律儀だね、瀬戸大将。それに丁寧だ。僕もその謙虚さは、上辺だけでも見習わないとな」
喋りながら瀬戸大将の陶器の『躰』を掬い上げ、腕に抱えて歩き出す。
後ろで兄貴が寝返りを打つ気配がして、眼をやると長い銀色の髪だけ出たミノムシみたいだったので、くすりと笑った。一番最初の人生の、女子大生だった時の『彼女』の弟みたいだ。もう、顏も忘れてしまったけれど、あいつも銀みたいに寝るとよく、ミノムシ状態になっていた。懐かしいと思う。思ってしまう。果てしなく遠い昔の記憶。
「《若様……?》」
瀬戸大将が、自分を抱えたまま急に立ち止まった僕に、不思議そうに声をかけた。
そっと目を閉じ、切り替える。
「行こうか」
努めて静かに感情の籠らない平時の声を出して、瀬戸大将をきゅっと腕に抱きしめる。壊れない程度に優しく抱きしめる。陶器の温度が冷たく気持ちよかった。
「《お供しまする》」
僕は障子を開け、廊下に出た。先ずはこの瀬戸大将を――
「台所に戻さないとね」
「《……!!? そ、そんなぁ……。せ、拙者では、お供に不向きで御座るか?》
「うん」
はっきり答えてやると、瀬戸大将はガーン!!などと擬音語がつきそうな様相で、心底残念そうに項垂れた。ショック過ぎて、よろよろと上体が揺れる度に陶器同士が重なり鳴る小煩い音が鳴る。
「だってオマエ、陶器じゃん。割れたら今お金がないから修理してやれないだろ? そんなの厭だよ僕。気心の知れた話し相手は、多い方が少しばかり嬉しいんだ」
言葉を続けてかけてやったら、瀬戸大将は勢いよく顏(?)を上げた。
少しばかり目(?)のあたりに涙が浮いているような気がするが気のせいか。陶器の付喪神であり、武者である瀬戸大将が涙なんて浮かべるはずないよな、うん。見間違いだ。
「わ、若様ぁぁぁぁ~っ! この瀬戸大将、若様にそんなに思って貰えて幸せで御座るぅぅぅ~っ」
「………泣いてんの?」
「《泣いてなど居りませぬ。感激しております》」
「泣いてないのか」
「《泣いてなど居りませぬ》」
「泣いてるだろ?」
「《泣いております!!……あ》」
人間だったら、ぽかんとマヌケ面を晒していそうな瀬戸大将の声音を聞き、僕はニヤァ…と意地わるく口の端を吊り上げて、クククと心の底から可笑しく思い笑った。
瀬戸大将を、食器棚の手前側、落ちないように配慮して置き、座らせた。
ちょっと怒っているような雰囲気が復、面白い。
「いやぁ、ごめんごめん。瀬戸大将ってさ、ほんと面白いよね」
「《拙者を玩具にして、拙者“で”遊ばないでください》」
「ごめんごめん。では、行って来る哉」
心にもない謝罪を口にして、戯れに戯言をほざき言葉遊びをしながら僕は往く、ってね。
「《いってらっしゃいませ。倒れてそのまま野垂れ死になどなさいませんよう、ご自愛ください》」
瀬戸大将の苦虫を噛み潰したような渋い声が耳に届いた。
僕はぺろりと上唇を舐めて軽快に嘯く。
「ははっ、そりゃ無理だ。世の中、無茶してナンボだよ」
無茶でもしないと、大事なモノは掴みきれない。掴んだまま、護りきれない。なーんてね。冗談さ。どーでもいい戯言話。僕は銀以外どーでもいい。自分さえも――。
沈痛そうな佇まいでじっと食器棚に座る瀬戸大将を横目で見て、僕は厨房の木戸を閉めた。
「………無茶でもしなきゃ、間に合わないことだってあるんだよ。いざという時、力が足りないのは………―――もう、嫌だ」
わざと指で口元を押し上げて、笑顔の形を作る。
ちょっと走って行った玄関で、竹で作った籠と簡単な罠を持ち、屋敷の門まで勢いよく駆けた。
「さァて、今日の獲物はなにが捕っれる哉ぁ~! らんらん♪」
昇り始めた日差しを前から受けて、僕は人気のない田畑の畦道を、裏山まで全速力でひた走った。山に着いた時、汗だくになって気絶しそうになったのは余談である。
「た、体力が……たり、ません……ガクッ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
後半の口調などは、明治の文豪たちの漫画に触発された結果。
ウチの大学図書館、書籍が豊富だわ…。いやはや。
明治時代の文豪たちの語り口調って、難しいったら有哉仕無い(ありゃしない)。
【テッテレーン!】若様(仮)の体力は、初日の五メートル全力疾走で気絶から、数日で自宅の武家屋敷から裏山までの道のりを、全力疾走で〝気絶しそう”に進化した! やったね!確実に増えてるよ! なお、具体的には自宅→裏山までの道のり=100mから200mを想定。
(ぺこり一礼)




