第九話.貧乏スローライフ、始めました
幽閉が終わって、自由の身となった二人のこれからは? 明日はどっちだ!?
脅しの結果、婆は出て行った。あ、脅しって言っちゃった。ま、いいよね別に。本当の事だし。アハハ。
僕と銀が幽閉されていた地下牢があるこの場所は、築400年ほどの立派な武家屋敷でした。
門構えからしてすごいよ? 瓦屋根と白塗りのなっがい塀! 外庭と中庭がひとつずつあることは前記したと思うけれど、他にも屋敷の中がひっろいの! 銀が寝ている間、暇だから探検してみたら、地下を含めて20部屋以上! 隠し扉の中身を含めるともっとたくさん! 絡繰りだらけの忍者屋敷でした。まる。
―――というか、お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんがここ、建てられた当時から“僕”の家だよ。仮宿だよ。住処だよ。別荘。隠れ蓑。後ろぐっら~い生活ばっかりしてた前世までの“僕”。日本各地にこういう場所を用意してたの忘れてました、ハイ。
「ま、どーでもいいんだけどねソレは。今も使用されている形跡があるのは多分、ここと四十九院家の本家預かりになっている場所ばかりだろうし。長屋なんて残ってないよないない。それより今はこの屋敷の掃除をどうするかだよなぁ……」
僕は雑巾を床にかける手を止めて、背筋を伸ばす。腰に手をやり、玄関から裏口まで中庭を挟んでほぼ一本道に続く長い廊下を見渡した。……先は長そうだ。はふぅ、と長い溜息を吐く。
ここはどうやら、偶に出入りするあの婆以外、誰も近寄らず、掃除もされず、手入れもせず、ずっと放置されていたらしい。だからなのか、薄暗い廊下には、窓が割れてガラスは落ちてるわ、埃が溜まり過ぎて裸足の足が真っ黒になるわ、たまに虫や鼠が湧いて猫が住処にしていたりするわ、掃除が大変です。
僕は現在、外の蔵から取って来た、箒とチリ取りとバケツと雑巾で、屋敷の掃除をしています。蔵の鍵は二階の大広間に登って、そこの真正面に安置された仏壇の中を探ったら他の場所の鍵と一緒に出てきた。それが婆を追い出した日の夕方ごろのこと。
銀はまだ起きない。中庭近くの一室で昏々と眠りつづけている。
二日目早朝。つまり昨日。思い切って外に出てみた。
お腹が空いたのだ。
門の前から辺りを見回すと長閑な田舎町が広がっていた。
海は見えない。が、微かに風に混じって潮風のニオイがする気がした。あくまで気がするだけで、本当は海なんてずっと遠くにあるのかもしれないけれど、朝の日の出前の風は肌寒いほどに涼しくて気持ちが良かった。
ここはそんな田舎町の郊外に位置するらしい。田んぼと畑が沢山ある中に、ぽつんと一軒だけ、僕と銀が居る武家屋敷が建っている。まるで村八分にでもされているようなボッチ具合。見渡す限り、自然と人々が作った営みの緑だらけで、家なんて他に一軒も見えやしない。
僕らが居る武家屋敷の裏に山があった。
新緑の緑深い裏山だ。
路はちょうど屋敷の裏手から続いている。こんもりとしたお椀型の御山だった。
日の出の具合から見て早朝五時頃、虎の刻あたり。
畑仕事にいくのであろう通りかかりの農民に「あそこは誰の山か」と聞いてみた。
「山は山だ。それよりお前汚いナリした異形だのぅ。鬼け?」
「人だよ。恰好は余計なお世話だいっ。ここの山の持ち主は誰なのかと聞いてるんだいっ」
「なんじゃ。それならそうと早く言わんかいな。ちみっこいナリしてハキハキ喋りよるガキやな」
「それはええから答えてぇなァ。死活問題やねん」
「難しい言葉知っとんのう。ここはツルシイン様っちゅーお武家様の御山じゃわい。普段はほったらかしじゃけぇ、ちっと入るくらいバレやせんけ。嬢ちゃん、入るんけ?」
方言混じりのすっごい早口で、三十路ほどの農民はクワで僕を指してきた。僕はむっとして言い返す。
「嬢ちゃん違う。ボウズや。薬草とか食材探しに行こうと思っとんねん!」
「なんじゃいボウズけ。綺麗な顏しとうさかい、嬢ちゃんやと思ったら損した気分や」
ヒドイ謂われ様だ。仕舞いには泣くぞ。この禿げ頭。
「まあ、それくらいなら皆やっとるし誰も文句いわへんやろ。大丈夫、大丈夫バレやせぇへん。偶に山に入ってくるおフミの銭婆にだけ注意しといたらええわ。ボウズが綺麗やから情報オマケな」
「ありがとうございます。お世辞を言ってもなにも出せませんが……」
やっぱ美人と子どもは得するんだな。世の中。不条理、不条理。今は助かってるからクソ親有難うデス。南無南無。
「ええって、ええって、ガキが気にせんでええ」
ところで、おフミ婆って誰だ?と思ったら、声に出ていたらしく答えてくれた。なんと僕が屋敷から追い出してしまったあのシワ皺ほそっこい銭婆だった。あの婆さん、おフミさんっていったのか。へ~。興味なし。だけど一応覚えておこうっと。
あっと、もう一つ訊き忘れてた。僕は手を振って去って行こうとするおじさんの服の裾を引っ張って引き留める。
「なんやボウズ。まだ聞きたいことあるんかいな? おっちゃんも暇ちゃうねんで」
「カッコいいお兄さん。十分承知しとります。ところでここはどこなんでしょうか?」
「おだてたってボウズ相手になんもでぇへんで。村は村や」
それ以外になにがあるんや?と言いたげな、うっとうしそうな表情の見知らぬおじさん。もっと情報が欲しい僕は食い下がる。
「地名とかわかったりしませんか?」
「ああ?地名なんぞ知る必要なんてないわい。山ふたつ超えた村とか、川下の村とか、そんなんで村のモンならわかるけんのぅ」
「いや、そうじゃなくて、国の名前ですよ。ここは日ノ本ですか? 京の都とか大坂とか、堺とか、摂津の国とか……」
「ああ? お前さん、どこの……! お前、ひょっとしてこの屋敷のヌシか?」
おそるおそるといった風体で、腰の抜けたおっさんは僕を指さして言う。
眉をへんにゃりまげて、ゆっくり小首を傾げた。
「どうしてそうなるのですか。ヌシでもなんでもありません。ただの人間のガキです」
「阿保。こんなちみっこくて大人よりもよー喋れるガキがただの人間やあるわけあるかいな。オニやオニ。鬼子。この村のモンやったらこの武家屋敷の噂くらい知っとるハズや!」
オイ、指をさすな。指を。
うんざりした顔を作って、僕はついでだからおっさんの話に乗ってやる。
「どんな噂です? 色々あり過ぎて見当つきませんねぇ。鬼が出るだの、神隠しだの、お墓があるだの、彼岸花がコワイだの、と言った風のですか?」
「なんや、しっとるんかいな。ならこの噂はしっとるか? この屋敷の地下には化けモンが封じられとって、それは四〇〇年前の昔から輪廻転生を繰り返し、禍福を判じる黒猫を供に生き続けとるって。それは藍色の髪と紫の眼をしとることが多いそうやのう。ちょうどお前さんのようにっ!!」
「それがどうしたのですか?迷信でしょう? それより、ここは日ノ本ですか? 国元の名前は教えて頂けないのですか?」
力強く言い切ったおっさん。噂の正体は僕で合ってますが、もう聞き飽きているのですよ。堂々とシラを切り通すように話をそらしてやれば、おっさんは力なくガックリとうなだれた。
「はぁ……。婆ちゃんが言ってた通りだ。ここは摂津の国との国境あたりに位置する播磨の国の村だよ。日ノ本であってる」
あ~……やっぱり。現在地は日本列島の関西地域。四国や淡路島近く。京都にも大阪にも神戸の港にも、頑張ればいけなくもない播磨の国ですか~。摂津の近くってことは、瀬戸内海側の方が近いのですか~。土着の陰陽師とか居たりしないかな~? これからどないしょ。とりあえず、死ぬまでに京都はいっぺん行こう。そうしよう。新撰組とか、逢える哉? おら、わくわくすっぞ。……なんかキャラ違った。
「そうですか。わざわざ有難うございます。もう行っていいですよ」
僕はおっさんに頭を下げて一礼した。山に向かって踵を返し、太陽を背負う。
「おーう、バケモノ屋敷のヌシ、また解らんことがあったらウチに聞きに来いよー。だからウチに禍を持ってくんな。福だけもってこーい」
冗談で言ったつもりだった。
されど、長い藍色の髪と丸い紫の宝石の眼を持つボロを纏った子どもは、ふと半身を振り返らせて、思いがけず妖艶に笑ったのだ。
「気が向いたら、です。有難うございます。では、また……」
男は腰が抜けた。流し目までくれて笑ったガキは、御山まで一直線に歩いて去っていく。
「ははははは……なんだよ、マジもんかよ。こりゃ村の皆に知らせとかんと下手したら村が滅びはる!!」
男は農作業を一時、放り出して自身の村へ走った。昔幼い頃に、彼の祖母が聞かせてくれたこの村の伝承とその結果を伝える為。彼に決して異形の姿形だけを見て石など投げないように。男は村へと走るのであった。
「……で、薬草とある程度の山菜、ウサギ肉とか捕まえてとってきて、ぶっ倒れたのが昨日。山の中で目が覚めたのが今朝の寅の刻、朝六時頃。寺の明け六つの鐘が聞こえたからそれは確かっと。銀はまだ起きやがらねェ。この黒ずんだ床も微妙にどうにもならねぇ」
はぁ~……とため息をついて、ずっと折り畳んでいた腰を叩く。
「先はまだ長いな」
腰に手を当てて、僕は呟いた。
銀はまだ起きない。廊下も玄関から裏口にかけての行程が現在、半日かけてやっと半分終わった所だ。僕は噴き出た汗を、幽閉生活をしていた時からずっと着古しているぼろぼろの和服もどきで拭う。屋敷内をくまなく探したが、服らしい服は、お医者様の先生がもってきてくれた、現在、銀の掛布団と化している白襦袢(着物の下着。浴衣みたいなもの)しかなかった。あれだって古着である。
「……はぁ~。服、買わなきゃなぁ……。お金、どうすっか」
子供は成長するモノだ。いつまでも屋敷と御山に籠っている訳にはいかない。人里にもそのうち出なければいけないのだ。その為には、服が難点、だよな?
「………はぁ~。いつの時代もお金、お金、お金。貧乏はヤーです」
かといって、いますぐどうこう出来る問題ではない。
「……また今度、考えますか」
黒ずんだ床が木の表面が出るまで擦り続ける。
五メートルほど掃き進め、ゴミを集めて、外庭の土に返しに行き、虫と鼠と猫を追い出しては、また掃き清め、井戸から組んだ水に浸した雑巾をよく絞って、手際よく黒ずんだ床を元の茶色い木の床の木目がわかるまでに擦って行く。その繰り返し。
朝からやって、やっとこれだけ。
中庭を見れば、もう太陽が中天に差し掛かり、正午を回って、少し過ぎている。
ふっとお腹が鳴って、銀が眠る一室を見やる。
朝、屋敷に帰ってきてから厨房(玄関脇の障子で仕切られた土間にあったよ。調理器具は一通り揃ってた)を探し出して、記憶上では久々の、今生では初めての料理をした。
先ず、山で一羽だけ狩れたウサギ肉を解体するところから始めた。皮をはぐところから、一気に料理に使える肉にするところまで一気にやったら、体力の無さにひぃひぃ云いながら、またぶっ倒れそうに意識が遠くなった。要課題。
竈の中に埋もれていた火打ち石を掘り出して、火を着けた。大鍋にロクに手入れされておらず切れ味の悪い包丁で切った山の幸とウサギ肉を半分入れて、よく煮込んで、簡単な兎鍋汁が出来た。弱った胃を持つ幼子二人で食べるには、おおよそ三日分くらいの食事だった。今日の分をのけておいて、残りは保存しておいた。夜にでもまた食べよう。
「銀、起きてる哉?」
僕は朝食の時に作った兎汁を持って、中庭近くの一室を尋ねたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




