二日目・王様ゲームっ!
「まず割り箸を用意するの。そして、一つだけに印をつけて当たりを用意する。あっ、すみませーん」
説明をしながら、給仕をしているスタッフを呼ぶ皐月。そして無事に割り箸を手に入れる。
その割り箸を皆が見やすいように胸の前あたりで手に持つ。
「そして、その当たりの印が見えないように隠しておいて、みんなで一斉に『王様だーれだ』っていいながら選んだものを持っていくの。そして、当たりだった人が王様」
なるほど、というように頷く三人。
皐月も厳密なやり方を知っているわけではないので、独自のルールを混ぜながら説明をしたのだが、特別におかしい点はなかったようで、納得してもらえたようだ。
ふうと皐月は一息つく。
説明が一番難しいとしたら、さっきまでのところであった。
知らない人が少ないであろうゲームなので説明はスムーズに進む。
そして、いよいよラストの部分であるこのゲームの根幹についての説明だ。
「そして、王様になった人は自分が王様だと思う行動や言動をするんだ! その様子をみんなで楽しむゲームだよ!」
「うん?」
「あれ?」
「……なんと」
皐月が勢いでいってしまえと意気込んで一気に話し終えるとセバス、葵、それに王子は首をかしげていた。腑に落ちない様子である。
その様子に皐月も黙り込んでしまう。
どこか説明に不備があったのだろうか。不自然な点があったのではなかろうか。
……いや、ないな。
気のせいに違いない。
「よーし、じゃあ始めようか! 当たりの割り箸は先が折れてる物にすることにして、私割り箸折るねー」
「力技か! ……じゃなくて、翔君。それ、ルール間違ってない?」
おそるおそる聞きづらそうに葵が聞いてきた。
ルールが間違っている? そんな馬鹿なことがあってたるか。
皐月はセバスと王子に葵こそが間違っているのだと目を覚まさせるための協力を申し出ようとしたが、セバスと王子もそろって深刻そうな雰囲気を出していた。
「え、ええ?」
自分が思っていたように進まずに、皐月は混乱して取り乱してしまう。
そんな皐月を見かねてか、王子が声を張り上げた。
「まあまあ! それもまた一興ではないか。そのルールで行くとしようじゃないか」
「たしかに一驚ではあるな」
セバスと王子が言っている『いっきょう』は異なっているような気がしたが、皐月はその言葉に励まされてなんとか自分を保つ。
王様ゲームが自分の知っているものと皆が知っているものが一致していなかっただけだ。取り乱すことではない。
気を取り直して。
「じゃあ、割り箸も折ったことだし、用意するね」
皐月はテーブルからナプキンを数枚取り出してそれを割り箸に巻きつけた。そして、三人からは見えないように反対側を向いて割り箸を混ぜる。再び、三人と向かい合うとどの割り箸が当たりかは分からなくなっていた。
「私がディーラー役をするね。ディーラーだから私は残ったのを引いたっていう扱いになるよ!」
「俺、王様ゲームでディーラーって言葉始めて聞いたよ」
「奇遇だね、僕もだ」
「そこの二人! いちゃもんつけるんだったら王様にしてやるからね!」
「すでに王様が当たりじゃなくてはずれの扱いになってるんだけど……」
葵が呆れたようにそう言うが、そんなことはない。王様ゲームなので、王様になった人が主役になって目立つのだ。
迷いながらではあるが各々がどの割り箸を引くかを決めて軽くつまんでいる。
そして、号令。
「王様だーれだ!」
一斉に引いて、誰が持っている割り箸が当たりか確認すると、王様ゲーム第一回目の当たりを引いたのはセバスだった。
「セバス! この僕を抜いて先に王様になるとはやってくれるな!」
「本当だ! セバスが下克上してる!」
「え、ええっと……セバスさんすごいです」
皆の声援を受けてセバスは微妙そうにしかめっ面をする。
普通の王様ゲームならここで誰かに命令をするのだが、この場での王様ゲームでは王様になりきって何かをしないといけないので、その反応も納得ではある。
セバスは憎憎しげにその割り箸を見たあとに、皐月に手渡す。
二回目のことを考えて先に配った割り箸を集めておくのだ。
皐月が先ほどと同じように割り箸を混ぜているが、視線はセバスにぴったりと張り付いていた。興味津々な様子がありありと感じられる。
観念したとばかりにセバスは片手を上げて、王様ゲームにのっとって発言をする。
「じゃあ王様が言いそうなこと、言います……」
「よっ! 王様あるある!」
「わー」
皐月が合いの手を入れて、葵が歓声を上げながら拍手をする。
なんだかんだで反対をしていた葵もセバスがすることもあってノリノリだ。
セバスが自分の言おうとしていることを確認しているのか小さく口を開いてから、皐月達に向き直る。
「裕福な国の王様いきます」
セバスが宣言したことにより、誰かの生唾を飲んだ音が聞こえてきた。緊張の瞬間である。
セバスは覚悟を決めてきりっと顔を締める。
「……増税じゃー。国民から金をまきあげるのじゃー」
「3点」
「4点」
「1点」
「まさかの採点式!?」
そして軽いノリの場であるのに意外と厳しい。1点とは辛口にもほどがある。
セバスは異議を申し立てようとしたが、そんなことをしたら名誉挽回とか言われてもう一つやらされるかもしれない。
それだけはごめんである。恥ずかしいし、また低い点数をつけられたら屈辱にもほどがある。
「じゃあ次に行こう」
「え?」
「……え゛?」
次を促したセバスの声にその考えは思っても見なかったというようにと驚いた皐月の声。
やめろ、やめてくれ。
まさかとは思うが、セバスは念のために聞いてみることにする。ここで引いてしまってはいけない気がした。
「翔君は何が言いたいのかな……?」
「もしかしてセバスは一つで終わりのつもりなの?」
はい、いただきました!
とセバスは叫びたくなった。
こんなのを何回もやらせるとは皐月の気が知れなかった。王様が自分ではなかったから横暴をしているのではないかと疑惑が生まれたが、セバスはその考えを振り払う。この少女なら喜んでやりそうだ。
きらきらとした目つきで葵と王子もセバスを見ていた。どうやら逃げ道など用意されていないらしい。
セバスは覚悟を決めて、次の王様に進むことにする。
「貧しい国の王様いきます」
「わー」
セバスが二つ目の王様のコンセプトを提示したことにより場が盛り上がる。特に葵の盛り上がりが突出していた。
もうやけである。
二度目ということもあってそこまで羞恥心もなくなった。セバスは声を張り上げる。
「白米なんか食べられるか! 玄米をもってこい!」
「84点」
「90点」
「79点」
「これ100点満点だったの!?」
驚きの事実だった。一桁の点数が並んでいたから10点が満点だと思っていたら、今度はこれである。先ほどのものがどれだけ不評だったのかと考えると、背筋がぞっとする。
しかし、これだけの点数をとれるほどであったなら、観客であった三人も納得するだろう。特に、先ほどは厳しい判定だった皐月も八割近いので、文句はないはずだ。
「これでいいだろ……」
「褒めて遣わすぞ!」
「翔君は何様だよ」
「褒めて遣わす!」
「王子はそれがいいたいだけだろ……」
「ほ、褒めて遣わします」
「……無理に付き合わなくていいんだよ」
一体どの立場から物を言われているんだ。
なぜ王様をやっていた自分が褒めて遣わされているのだろうとセバスは思ったが、口に出したらそれは面倒くさい理屈が始まりそうな気がしたので口は固く結んでおいた。
無事ではないが、一巡目であるセバスが終了したので二順目の王様を決める作業にうつる。
「王様だーれだ!」
皐月の掛け声と同時に皆がそれぞれが選んだ割り箸を引く。
セバスはいの一番に自分の割り箸が『当たり』ではないと知って思わずガッツポーズをする。それほどまでに精神にダメージを与える恐ろしいものだった。
そして、次の王様が誰だか判明した。
「私だ……」
皐月の親友である葵である。
葵は皐月と関ってきた時間が長いので、皐月が一般的によく分からないノリを強要してきても対処できる能力がある。
しかし、この場にはセバスがおり、今の葵は恋する乙女なのだ。
いつもの葵ならこれくらいは余裕でこなすことができる。そうであるなら、期待してもいいはずだ。
皐月は仮面の下からきらきらとした視線を葵に飛ばす。
「ッ!? いまなんかぞっとしたんだけどなんだろう……。悪霊かな」
なんと失礼な。
葵は不思議そうに同意を求めてくるが、なんで自分で自分のことを悪霊だと言わないといけないのか。
「さあね、妖精じゃない?」
「ゴブリンみたいなってことかい?」
「おい、ぶっとばすぞ」
「なんでだい!?」
皐月が可愛らしく妖精だと言い換えたところ、王子が悪霊という言葉を引きずっているのかゴブリンを持ってきたので、とりあえず罵倒しておく。
皐月だって女の子なので、ゴブリンなどといわれると腸がにえくりかえるのだ。
この場では強く出ることも憚られるので、ぶっとばすぞと脅しておいて臥薪嘗胆である。
セバスよ、覚えていろよ。
「じゃあ、狐さんによる王様が始まるよー」
「おー!」
葵は狐の仮面を被っているので狐さんの呼称である。
葵が握りこぶしを作り片手を挙げるのに合わせて、皐月も片手を上げて応じる。そんな皐月を見て、セバスと王子も同じように片手を上げる。
葵は背筋をぴんと伸ばし、三人を見渡すようにゆっくりと顔を動かす。
やがて、手をばっと前方に突き出し、
「コーン!」
と大声を上げた。
その声を聞いた皐月は、ははあと言いながら葵の前に膝をつく。
その姿はさながら忠誠を謳っている騎士のようだ。
唖然としているセバスと王子だったが、葵が二人に向けて手を向けて同様に、
「コーン!」
と言うので、なにか納得ができないというよりも何が起こっているのが理解できなかったが皐月と同じように膝を突いた。
次に葵がなにをするのかと気になったので顔を上げて注目してみると、葵はどこから持ってきたのか魚の骨が乗った皿を三人の前に置いた。
「嫌がせか!」
セバスがそういったことによって葵の番が終了する。
「ふう。我ながら、なかなかいい出来だったと思う」
「82点」
「92点」
「不思議ワールド全開か!」
「いや、セバス、点数言わないと」
「今気にするのはそういうところじゃないと思うんだよ」
皐月が不思議そうに聞いてくるのをセバスはばっさりと切り捨てる。
なんだろうか、この少女たちの感性についていく自信がセバスにはなかった。
これ以上続けていては脳みそが犯されそうだ。
「よし! 王様ゲームはこれでお終いにしよう」
「えー。私まだ王様やってないよ」
「僕もいまだに王子のままで寂しい」
皐月が残念そうなのはまだ分かったが、王子まで乗り気だったのは意外だった。
セバスが持っていた印象では王子はそのようではなかったはずだ。
「なぜ僕が王様になれないんだ……。僕は王子ではないのか……」
違った。
王子と呼ばれているから意固地になっているだけだった。
確かに王様と王子というのは関係が深いが、このゲームに関してはそんな関係性など全く意味をなさしていないので気に病むことないのだが。
セバスは呆れるが、そこは王子の素直さを褒めるべきだろうといい意味で捉えることにする。
飲み物休憩を挟むことにして一先ずの安息を得ることになった四人は違うテーブルへと移動を済ませていた。
「あーあ。私もひれふせいっ! とかやりたかった」
「君たちはひれふせさせることしか頭にないのかい?」
「王子はよく分かってるね。じゃあ、ひれふしてくれる?」
「いや、その流れはおかしいよ。絶対に」
「ちぇー。あっ、王子に頭にシーラカンスついてるよ。とってみせるから、頭を下げてくれる?」
「誘導下手過ぎるよ!?」
皐月は手をわきわきさせながら、王子に頼んでいた。
ばれないほうがおかしいというものだ。
皐月も本気で騙そうとしていたわけではないので、ひれふせい! が達成できなくても痛くもない。
なんだか王様ゲームは失敗だった気がするなあと思うと、皐月の企画力が嘲られる可能性について考えてしまう。
それはやはり避けるべきだろうし、色々なゲームを行ったほうが人の人格というものが見えてくるはずだ。
忘れてしまっていたような気もするが、今はセバスの人となりを見極め中なのである。
すでによさそうである気がしてならないが、面白そうなのでほかのゲームでもしてもらおうかな、と皐月は思う。
そうと決まれば行動は早く起こしたほうがいい。
うきうきしながら、皐月は次のゲームに移るための誘導を始めることにする。
「ねえ、セバスさん」
「どうした?」
「さっきの王様ゲームではいいところ見せられなかったね」
「まあ、そうだけど。……そもそも、いいところを見せるゲームではないと思う」
「そんなことは気にせず。このままだと男としての名が廃ってしまうでしょう?」
「あのまま続いていたらコメディアンとして名が馳せていただろうから、これで良かったと思ってるんだけど」
「なんで私の言うことにケチをつけるのですか」
「それは自分の胸に手を当ててよく考えて欲しい」
「セクハラ!」
「セクハラになるほど大きくないじゃんか……」
「こ、これはマジもんのセクハラ……!」
皐月は戦慄する。
セバスってただのエロ学生じゃないか。
いや、しかし、セバスがなんだかとても疲れているように見えるのが気になった。まるで、自ら汚名を受けていっているような辛気臭さを感じることも出来る。一体何がセバスを疲れさせているのだろうか。
――まさか私じゃあるまいし
口に出して聞くのは憚られるので、具体的な真相については聞かないことにしておいた。
そもそも皐月は男性については詳しくない。
定期的にセクハラをしないと生物学的に悪影響があるのかもしれない。
それならば、仕方のないことだろう。
そういうことだろう。
そもそも皐月が突っかからなければ良かっただけの話なので、それはおいておくとして。
皐月は次のゲームへの誘導を再開する。
「今、セバスの株は急行楽になっています」
「そうなんだね」
「つまり、私と狐さんはセバスの格好いいところを見たいのです」
「そうなるのか」
「王子と腕相撲でもして、力強い男らしさをアピールして欲しいです」
「腕相撲ね……」
「あと悪ノリが過ぎてセクハラ大魔王呼ばわりしたのはすみませんでした」
「そこまではいわれてなかったよ!? まあ、そこまで言うのなら仕方ないな。久しぶりに腕相撲でもしてみようかな」
「きゃー。セバス格好いいです」
「まだ腕相撲やってないよ」