一日目・頑張りました
「おかしい……。一体全体、なにがいけなかったのだろうか」
皐月は不思議で仕方がなかった。
狐の仮面こと葵と別れてからあるグループに目をつけて声を掛けたところまではよかったのだが、あろうことかイラつく言葉を投げつけられて逃げられてしまったのだ。
完全敗北である。
「微妙な空気になるかもしれないことは可能性として感じてた。話している最中にほかのひとが割り込んできたらそうなるのは仕方ないと思う。じゃあ、なにが理由で……?」
そもそもあまり話題が盛り上がっていなかったはずだったのだ。それは皐月の勘違いではないはずで、男子たちが話しかけていても女子はどこかしらけた様子で周りに気が散っていたように見えたのだ。
だから入り込むグループとしては最適のはずで、皐月が話しかけることによって場を一転しようとした。
そのつもりだったのだが。
「なんなのよあいつら……。特に男子」
最初に声を掛けた時は皐月のほうをちらりと見てすぐに視線を戻したのだが、手を振られていることに気づき、男子たちがお互いに指差しあって自分たちが指名されているのかを確認しあっていた。
そして、皐月がそこまでたどり着いたあと、もう一度『徳川家康を建てたの鎌倉幕府ー!』と語りかけると、信じられない物を見たような声色で『は? はああああ!?』と大声を出し、女子たちを連れてどこかへ行ってしまった。
それどころか、去り際に『なんだよあいつ……意味不明すぎるだろ』などと口走った。女子にいたっては鼻で笑っていた。
しばらく怒りで我を忘れていた皐月だったが、感情に身を預けているだけでは時間の無駄であると反省を始めて今に至っている。
失敗を見つけて反省をしないことには、次も同じ過ちを繰り返すことになってしまうかもしれない。
「ああ! そうか! 家康が鎌倉幕府に建てられたんじゃなくて、家康が幕府を建ててそもそも江戸幕府だ! 知識がまちがっていたからいけなかったんだ!」
ちがう、そうじゃない。
そうだけど、そうじゃない。
なんて言ってくれる葵はどこかに別の場所にいる。
失敗が分かったと思っている皐月は気分も晴れて次のターゲットを探すことにする。
しかし、そこで皐月は自分を取り巻いている変な空気に気づく。なんとなく居心地が悪い。
「………………?」
仮面で隠れて見えないので思い切り眉をひそめながら、その原因を解明するために観察するが、どうも皐月は注目を浴びているようだということが分かった。
皐月が顔をきょろきょろとするのに合わせて、ほかの人たちの顔もわずかばかりに動いている。それはまるで皐月の動向をうかがっているように思える。
試しにちょっと移動してみると、その皐月の動きに合わせて周りの人たちも移動を開始するのだ。それも、皐月とは異なる方向で、大半は逆方向のようだ。
それが意味することはつまり。
「さっきの失敗でみんなのブラックリストなのかね……」
皐月は誰にも聞こえないように小声でつぶやいた。
少しばかり悪目立ちしすぎたようで、あまり係わり合いになりたくないと思われているのかもしれないと皐月は思う。自分から目立ちに言ったわけではないので理不尽に感じるが周りの評価がそれで固まってしまっているというのならば、ここにいるよりも場所を変えたほうが賢明だろう。
皐月は沈みかけている気持ちではあったが、気を取り直し、テーブルに並んでいる豪華な料理を物色しているように見せかけながら別のエリアに行くことにした。
別のエリアといっても、会場の中であることには変わりなく、見える風景も似たようなものだ。違っているのは、そこにいる人物だけだろう。今回の場合はそこが重要なポイントである。
次に狙いを定めるグループをすばやく決めて、そこに近づいていく。一度失敗しているので、もう躊躇はなくなっている。
男子が三人で女子が二人のようだ。男子が次々に口を開いていて女子がおされ気味と見受けられる。ここなら皐月が話しに加わったとしても、男子と女子の数は同じとなり、歓迎とまでは行かないとしても悪感情はもたれないだろう。
「ペアができちゃったら男子が一人だけ残ることになるだろうしねー」
ここで話しかけておくことによって皐月の存在をアピールしておくことが最大の目的である。仮にここから二つのカップルが誕生したとなると、男子の一人だけは独り身のままだということになる。そしてその男子が次の女子を探そうかなという時に、皐月のことを思い出してもらえれば皐月の作戦は成功となる。
そうでなくてもここで仲良くなれることが一番であるので、皐月はそのグループに対して気さくに声を掛けた。
「泣かないホトトギスは殺してしまえー!」
「「「「「ッ!?」」」」」
皐月のその発言に気づいたのか、一斉に顔を皐月に向ける五人。
そして、向けたかと思うと、すぐにそらされてしまう。
皐月が隣まで来るころには、全員が反対側を向いて顔を寄せ合って何かの相談をしていた。
何を話し合っているのだろうかは分からないが、気楽にしてくれればいいのにと皐月は呆れる。初対面の人に失礼がないように慎重になるのはいいことだと思うが、慎重になりすぎてもそれは失礼に値するのだ。
皐月は顔をひょいとのぞかせると、話しかけた五人は深刻な表情で口をせわしなく動かしているのが分かった。
気のせいかもしれないが女子のほうは気分がよくないらしく、顔が青ざめている。
怖い目にでもあったかのようだ。
このままここに立っていたとしても、皐月としては放っておかれているようで面白くないので、回り込んで会話に加わることにする。
「なんなんだあの子……。ホトトギスってなんなんだよ」
「普通に限ると鳥で終わるのだろうけど、あんな仮面をつけていることからして普通のわけない……」
「……ホトトギスが何かを暗示しているってこと?」
「もしかして私たち、とか……?」
「やだなー! ホトトギスはホトトギスだよー!」
上手に話をつなげられた、と皐月はしたり顔を作る。
にこにことしている皐月にその他の男子と女子は見る見るうちに目を大きく開き――
「「「ぎゃああああ!」」」
「「いやああああああ!」」
と叫んで散り散りに走り去ってしまった。
「え、ちょっと……」
皐月は手を伸ばしてみるが、それも空しく。ミュージカルで演技をしている俳優のごとく、ぽつんと空に手を伸ばしているだけであった。その顔には、やはり悲壮感が漂っている。
「……ふぅ」
悲しい気持ちを振り払うには大きく呼吸をすることがいいらしい。悲しい気分だけでなく、怒りやその他様々な感情を抱いていても心が落ち着く方向に向かうからだ。
これで失敗は二度目となる。すでに出来上がっているグループに参加するということは、なかなか難しいことであると皐月は実感を覚える。
なんとなく頑張ればいい兆しが見えるのだろうなどという安直な考えは、この場において通用しないということを痛感した。
胸が少しばかり痛い気がして、手をかざしてぬくもりを感じさせた。この痛みになれないうちに成功するといいのだが。
ほとんど平常に近い状態に戻ったので、頬をパチッとたたき気合を入れて、歩きながらさきほどのことを振り返ることにする。
「一番始めの失敗は知識が間違っていることだった。じゃあ、二番目の、さっきの失敗はなんだったんだろう」
戦国時代の有名な三将の織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の性格を表現した句を模して、皐月は自分の性格を伝えながら語りかけた。
自己紹介をしながら話しかけるのはポイントが高いと皐月は思っていたのだが、実はそうではないのかもしれない。
自己紹介とは、会話の取っ掛かりになる部分なので、そこはできるだけ隠しながら、会話しながら明らかにしていくことが最適なのかもしれない。
「つまり、先走りすぎたことがいけなかったのかな」
人と話しながらいるところに、ほかの人が自己紹介をしながら近づいてきた場合を考えると、不気味に思ってしまう気がした。
だから、先ほどの人たちも、皐月と顔を合わせた瞬間にすばやく顔を背けたのかもしれない。
「もしくは、話しかけの位置が遠すぎるのも問題があったのかも」
知っている相手から声を掛けられるのであれば、遠い位置からでも自分に話しかけているのだと判断ができるが、ここには知っている人間などいないのだ。
そう考えると、自分に話しかけられているのかどうかが断定できずに、反応してもいいのか不安になる。
だから、自分だと安心して断言できる位置まで近づいた時に話しかけるのが一番なのかもしれない。
「肩をたたきながらとか、ボディタッチもあったほうが分かりやすいかもね」
そうすると、確実に話しかけられているのだと判断できるだろう。
皐月は反省ができる子である。
反省して、さらに自信が持てる子なのである。
「よし! それじゃあ、張り切って次に行きましょう!」
ここでも少しの注目を浴びてしまったのか周りからの視線を感じるので、移動しながらターゲットを定める行為に映る。自分はスナイパーだと思い込むと、皐月もやる気が出て楽しくなってきた。
「しかし、仮面被って分かりづらいはずなのに、視線って感じるんだね……」
そんな独り言をこぼしながら、いろいろな人を視界に入れてははずしを繰り返す。
しかし、そこで皐月は名案を思いついた。
「男女が混合になっているのを狙うよりも、女子だけのグループを狙ったほうがいいのかもしれない」
女子は横のつながりが強いのでそれを活用させてもらうのも手かもしれない。
その女子が男子と話している最中に『やっほー。って男子とはなしてるのー!? ごっめーん! この際だし、一緒してもいいー?』と甘い声を出しながら流し目を男子に送ることで断りにくくもなるだろう。
「まあ、女子との関係は最悪になるだろうけどね」
それでも今のやり方を続けるよりも成功率は高くなると考えられる。
なにしろ、今はまともな会話さえできて居合い状態なのだ。それと比べるのならば、女子に嫌われるが男子とは話せるので、さして問題にならないだろう。
真っ直ぐに突き進むだけではなく、絡め手も必要だ。
そうと決まると、皐月は女子だけで固まっている団体がいないかどうか探し始める。
性格がおとなしくてなかなか声を掛けづらかったり、ちょうど話し終えたタイミングだったりで、女子だけで固まっていることがありえないことではないので、どこかにはいるはずなのだ。
「ほぅ……見つけた」
三人で固まっている女子を見つけた。
お腹がすいているのだろう、料理が盛り付けられた皿を小さいテーブルの上において、話しながらつまんでいる。
仮面が口まで覆っていないので、皐月とは違って料理を口に運ぶことができるのだ。皐月の場合は仮面を動かしてしまうと顔全体が露になってしまうので、料理を味わうことは諦めてしまっている。
皐月は清楚な感じを出すために、すり足差し足で音を出さないように心がけながら、三人の元へと向かう。
「今回は清潔なイメージでいくことにしよう」
両手を上品に手の前で結び、仮面で隠れている部分ではあるが気持ちを盛り上げるために、柔らかな笑みを浮かべて近づいた。
三人の話し声がすぐそこまできている。そろそろ話しかけの範囲内だとみていいだろう。
「よし」
三人のうちの一人の後ろまで歩いてくると、皐月はその一人の後ろから手をまわし、首をさする。
「お前はもう……死んでいるッ!」
「ひいいいいいい!!」
耳に劈くような金切り声を上げて、その子は走り去ってしまう。その子を追いかけるように残りの二人も必死な形相でこの場から駆け出した。テーブルに置かれた料理は残されたままだ。
「……しまった。衝動を抑え切れなかった」
どこの殺し屋だよ。
とセルフで突っ込みを入れることにして、皐月は恒例になりつつあるように移動を開始する。肌で感じているが、やはり視線が痛い。
「音を出さないで歩いてたから、ついそんな気分になってしまった……」
これで失敗が三回続いたことになる。
これについては反省の余地はなく、発した言葉が原因であることは明白である。
「あちゃー。まあ、嘆いても仕方ないか。次にいきましょう。次に」
これについては一番猛省しないといけないような気もするが、深くは考えてはいけない気もする。
皐月は思い切って、すぐに次のチャンスを掴むことにする。
さて、次の狙いは何処にしようかと顔をいろんなところを向けて、目まぐるしい気分にまでなる。
なかなかターゲットを決めきれず皐月は焦り始めるが、そんな中アナウンスが流れてきた。
「失礼いたします。本日の舞踏会はこれにて閉幕とさせていただきます。繰り返します――」
周りの人々が談笑しながらこの会場を出ようとしているが、皐月は呆然と立ち尽くすしかなかった。なにせ、何も成果を挙げられなかったのだ。
まだまだ時間があると思っていたが、それすらも体感が狂っていたようで、予想以上の時間が経っていたのだ。これはキツイ勘違いだった。
「大丈夫ですか?」
「え?」
動くことがない皐月を心配したのか、スタッフと思われる男性が話しかけてきた。
一歩たりとも動かずに、じっと一つの方向を見続ける皐月から異常性を感じ取ったのだろう。
「あっ……すみません」
皐月ははっと覚醒して、男性にぺこりとおじぎをしてから走って会場を後にする。
本会場をでてからは、動悸を抑えるために歩みを遅くし、胸に手を当てて落ち着こうとする。
そこでドレスのポケットが震えていることに気づいた。中に手を入れてみると携帯に着信があるようで、操作をしてから耳に当てる。
画面で確認したところ、電話の相手はどうやら葵だった。
「一日目終わったね。どうだった?」
「今回の仮面舞踏会で我々は……何の成果も得られませんでしたぁ!!」
「いや、私まで巻き添えにしないで!? ……っていうか結構余裕ありそうだね」
「そんなわけない」
現に皐月は泣きそうである。少しばかりおどけないと、涙のダムが決壊するおそれがあるのだ。
「そういうのなら、そっちはどうだったの? 狐さん」
「ああ、そのことなんだけど、それでちょっと相談があってさ……」
そこまで言うと葵は口ごもってしまう。何かを口に出そうとするが、躊躇してしまって言葉にできないという息遣いが電話越しに聞こえてきた。
「言いづらいことなの?」
「うーん。そういうわけではないけど、君の状態を想像するとちょっとね……」
皐月の状態に関することとはいったいなんなのだろうか。
皐月の頭上に疑問詞が浮かぶ。しかし、せっかく電話までしてくれているのだから言わない手はないだろうので、皐月は葵を説得にかかることにする。
「私の状態がどう関係してくるのかはわからないけど、言ってみたらいいと思うよ」
「そう言ってくれると気が楽だな。えっとね、今日仲良くなった人で、この人いいなって人がいたのだけど」
「おい、ぶっ飛ばすぞ」
「ほら! だから言ったじゃん!」
「そんなことは知らない。あっ、そうだ。今どこにいる? 今すぐ会いたいな」
「この流れでそれは不吉すぎる!! いやだよ絶対に教えない!」
「チッ」
「イラつきを隠そうともしない!?」
そのまま携帯をぶん投げてやろうかと皐月は携帯を握る手の力が強くなる。
それでも、ここでこそ平常心が大切だ。親友が相談があるといってきたのだ。まさか、皐月に自慢するためだけに電話してきたとは考えづらい。それだったら、本当にぶっ飛ばす。
「それで? 相談って?」
「お、おう。も、もう大丈夫なんだよね」
そこからおどおどと突っかかりながら葵は説明を始めた。しかし、その相談の内容というものは単純なことだった。
「私がその人と仲良くなるのを手伝ってくれないかな?」
「いやだ」
「えっ、ちょ――」
葵が何かいっていたようだが、耳も貸さず皐月は携帯の着信を切る。
今夜は嫉妬で寝付けない夜になりそうだ。