表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/24

一日目・始まりました

「お、いたいた」


 知っている声に皐月はその方向を向くと、顔の全体を隠している狐を模した仮面を被った水色のドレスを着た人物が、手を振りながらこちらへと近づいているところだった。

 彼女は皐月の横まで来ると、肩に手を回して皐月の顔を寄せるようにして耳打ちする。


「君の親友参上ー」

「急になんですか、やめてください。なれなれしいです」

「あれー!?」


 皐月は相手が驚きのけぞった顔をそのままぐいぐいと手で追い払うかのように遠くへおしやる。

 無機質な仮面が少しばかり冷たく感じた。


「ちょっ、ちょっと! 私だって! ほら、同じクラしゅっ―!?」


 何か言葉を続けようとしていたが――その言葉はほぼ分かってはいるのだが――皐月はそれを阻止するために相手の口に手をかぶせた。

 その先は仮面舞踏会のルールに反することになる。

 ちらりと視線を向けると、スタッフが鋭い眼光を利かせていた。


「分かってるよ。先生から聞いてたから」

「サプライズにしたほうが面白いって先生には言っておいたはずなんだけどな……」


 狐のお面の人物は頬を掻こうとしてお面をがりがりしていた。

 端から見ても、とても不自然である。


 この人物は皐月の親友でクラスメートの中野葵だ。

 先生が皐月一人だけに仮面舞踏会に行かせるのは心細いのではないかと心配していたので、それなら知り合いを誘ってもいいかと皐月が提案した結果だ。

 本来なら皐月が一緒に行こうと誘うべきなのだが、先生が妙に張り切り皐月の制止も悲しく自分に任せろと皐月に内緒に誘ったのだ。

 先生に誘われた人物が葵であると知っていた理由は、お面では誰が誰か分からないだろうと後で気づいた先生が皐月に申し訳なさそうに教えたのだ。

 主軸がぶれぶれである。


「ピサの斜塔リスペクトか!」

「きゅ、急にどうした!?」


 両手に拳を作り、今にも力説しそうな勢いで大声を張り上げた皐月に、狐の仮面の葵はおののく。

 その行為は周囲の注目を集めて、悪目立ちをしてしまった。沸き立つざわざわした声。

 周囲の反応に皐月は首をかしげて、葵に話しかける。


「なんでこの扱いをうけているんだろう……?」

「ええっ! 無自覚!? ピサの斜塔とか日常会話で出てくる言葉じゃないし……。それに、ちょっとは自分の格好考えてみたらどうよ」


 葵からそういわれたので、不本意ながらも皐月は自分の格好を確認する。値札がついている、とかだろうか。

 それだとしたら、ものすごく恥ずかしい。

 しかし、その懸念も不必要だったようでおかしなところを見つけることはできず、普通の黒いドレスを着ているようにしか思えない。


「どういうことでしょうか?」

「格好は格好だけど、服装のほうじゃなくて、仮面のほうだよ」


 葵の声は何かに疲れたような声だった。

 まだ仮面舞踏会は始まってすらいないのに大丈夫だろうかと葵の心配をしながら、皐月は自分がどのような仮面を選び、着用しているかを思い出す。

 仮面は自分で用意しなくてはならなかったのだが、舞踏会用に購入する必要はないと先生に教わったので、ちょうど家にあったのを利用することにしたのだった。

 それは自分のお気に入りで、大切な宝物でもある。


「アイドルの爽やか翔君の顔がプリントされた仮面着けてるけど……何か問題が?」

「問題しかないじゃんか!!」


 その声は話し声をかき消してこの控え室いっぱいに響いた。


「なんでアイドルなんだよ! 彼氏つくりに来てるんでしょ!? それなのに男の顔の仮面なんか被って……! 想像してみてよ! 向こうから誘ってきてくれても、男が男を誘ってるようにしか見えないんだよ! なんだよ、ホモかよってなるよ!」

「そんなこといわれても……」


 皐月としては、まことに遺憾の意である。

 仮面は仮面であればなんでもいいと手紙に書かれており、さらに仮面のことについて先生に相談した時も、笑いながらありかもねと中々の高評価を受けていたのだ。

 葵がここまで騒ぎ立てている理由が分からず、その迫力に皐月は押されてしまう。


「本当はさっき話しかけた時も、こいつ頭おかしいのではなかろうかと思いながら話しかけてたから」

「その補足いらなかった!」


 このまま葵に好き勝手言われ続けるのも皐月としては癪である。

 思想の違いによって分かり合えることはないようだが、せめて、そういう考えもあるよね、みんな違ってみんないいだのように考えてもらえるように持ち込みたい。


「で、でも、先生は笑いながらありだって言ってくれたよ」

「その場限りのネタとしてに決まってるじゃん! ここにもその仮面で来ることを先生に伝えたら、確実にドン引きだよ!」

「そんなはずは……」


 信じられないというよりは信じたくないという一心で、あの時の先生の様子を思い出してみる。

 はっきりとは覚えていないが、どうも口元が日きついっていたかのような気がして、皐月は頭が痛くなってきた。


「これは許されざる裏切りだ。なぜもっと早くに教えてくれなかったのか」

「誰も君の脳内についていくことができなかった……。ただ、それだけさ」


 この数分間で皐月の心は帰りたい気持ちでいっぱいになるが、先生との約束もあり、仮面舞踏会の出席を受付に伝えてしまってもおり、そんなわけにもいかないのだ。

 女は度胸と思い切って、腹をくくるしかないのだろう。


 そのとき、場内アナウンスと思しきチャイムがなる。会場内のすべての人が流されてくる放送を逃さないように静かになった。


「えー。会場内にお集まりの皆さん今日はありがとうございます――」


 要約すると、会場の設営準備が滞りなく終了したので、本会場に集合してくれとの放送だった。

 参加者である生徒たちはぞろぞろと移動を開始する。生徒たちの頬は上気していて楽しみを隠しきれていなかった。

 葵もその例にもれず。


「やっべ。おら、イケメン捕まえっぞ」

「どこの田舎小僧だ」


 興奮しすぎて変なアイデンティティをもってしまった葵を尻目に、皐月もひそかに気合を入れる。

 その眼光は獲物を狙うハンターのように鋭く、見るものを脅えさせる勢いがある。


 先生の言葉――辻村さん。この仮面舞踏会で、彼氏をつくってきなさい!――を胸の中で何回も反芻する。

 その言葉はすぅーと体中に染み渡る。

 どうせ彼氏を作るのなら、自分が納得できるような、立派な彼氏がいい。

 初々しく手をつなぎ、デートで子供のようにはしゃぎ、ゆっくりと関係を深めて幸せな日々をすごして生きたい。


「妥協は絶対に許さない」


 皐月は確認するように言葉に出して覚悟をさらに強く決める。

 ライバルは隣にいる葵も含めこの場にいる全員であり、獲物はおそらく同程度。過酷なサバイバルとなることが予測され、凄腕ハンターは今日のうちに獲物をしとめてしまうものもいるだろう。それに負けないように、皐月もできれば本日中に勝負を決めたい。


 目の前には本会場となっている広い広場のゲートが見えている。それは天国への門か、はたまた地獄への門か。

 唇をぎゅっと結び、意を決して皐月は門をくぐる――。


「ねえ、爽やか翔君の仮面のお方」

「なんだい、狐の仮面さん」

「ひょこひょこ歩きになっているから、ヒールはやめておいたほうがいいよ」

「もっと早く言って欲しかった!」


 できれば昨日までに。




 会場いっぱいに人がうめつくされているような感覚に襲われるが、もちろんそんなことがあるわけがなく、十分なスペースがある会場だ。よく用意できたものだと皐月は感心する。


「これが私立の本気なんだね……」

「正直今までは侮ってたけど、やっぱりすごい」


 テーブルに置かれた料理から目をそらさずに葵は皐月に返事をする。

 ローストビーフのような皐月が滅多に食べないような料理が所狭しと皿に盛り付けられ、多くのテーブルに置かれていた。

 皐月が知らないだけで、舌を巻くようにおいしい料理がほかにもたくさんあることだろう。


「もうイケメンとかどうでもよくなってきた」

「おい」


 馬鹿なことを言い始める葵にチョップを入れると、葵は痛いとばかりに顔を抑えようとして……狐の仮面をすりすりした。


「仮面があるの忘れてた」

「私はいつだって翔君のことを忘れたことはないから大丈夫」


 なにしろ小学生からの大ファンなのだ。皐月にとって爽やか翔君は生活の一部であり、成長してきた軌跡でもある大切な人だ。


「だからといってここまで連れてくるのはないと思うけどね……」


 葵の言うことは無視して、皐月は会場の前方にあるステージ台を見やる。簡易的に設営されているもので、料理などと比べてゴージャス度や存在感が負けているが、もともと人が目立てれば役目を果たせるので十分なのだろう。

 皐月が向くのにあわせるわけではないが、自然と葵の視線もステージへと釘付けになる。


 ほどなくして高級そうな黒スーツを着た男の人が台に上がった。もちろん、その顔は仮面で覆われている。


「みなさん、ようこそ!」


 マイクで拡大された声は会場いっぱいにに広がり嫌でも耳に入ることとなる。多くの人が男性を注意深く見ている事に気づくと、その男性はマイクから顔を背けて咳払いをした後に説明を開始した。


「ようこそ、仮面舞踏会へ。この町にある高校の皆様方の交流の場になれば、われわれの成功となるので、精一杯楽しんでいって欲しい! 迷惑行為さえしなければ、何をしてくれても大丈夫だ! では、これより仮面舞踏会を開始する!」


 男性がそう言い切ると同時に歓声が沸き起こる。

 それもそうだろう、と皐月は冷静に考える。

 皐月とおそらく葵はつい先日に仮面舞踏会について知ったが、ほかの人々についてはそうではないだろう。

 何日も前から聞いていて、思いを馳せて、今か今かとこのときを待ちわびていたのだろう。したがって、ここまで盛り上がるのも無理はない。

 皐月はとなりにいる葵に呼びかける。


「つつつ、ついに始まりましたぞ」

「動揺が隠しきれていないのだけど」


 葵は半眼で皐月を見る。視線を下に移すと膝が小刻みに揺れていて、緊張が体の外に現れていた。


「ど、動揺なんかしてませんけどー!」

「はいはい。……これは聞き流してもいいけど、緊張している時はフェルマーの最終定理を証明すればいいらしいよ」

「わかった! え、ええっと……、うん……っ!? 解けるわけないだろ!?」


 そのまま無言で見詰め合うことになる皐月と葵。

 口に出さずとも、二人の間には熱い火花が散っていた。


「よし、やめにしよう」

「そうしましょう」


 埒が明かないことを感じ取った二人は視線をそらして一息つく。

視線をばらけることによって周囲の状況が目に入り、自分たちがかなり出遅れていることに気づく。

 周りではすでにグループが出来上がりつつあり、仲良く笑いあっている光景がちらちらと見受けられる。


「ちっ!」

「ああん?」


 葵の舌打ちに皐月が瞬間的に反応する。

 その秒差はわずかであり、言葉がつながっているかのような錯覚を感じさせる。


「……ちゃああん?」

「……いくらちゃん?」

「ものまねしてる人でもいるの?」


 そんなざわめきが周囲から耳に入ってくる。

 確認するまでもなく、皐月と葵の両人のほほは赤く染まっていた。示すあわせることもなく、二人はその場をできるだけ早く後にしようと、早歩きでせっせと足を動かす。


「ついてこないでよ、仲間だと思われるじゃない」

「それはこっちの台詞だよ。男のアイドルの仮面をつけてる変な奴の仲間だと思われるじゃん」

「アイドルの仮面つけてるだけで変な奴なんて心外だよ!」

「その反応が手遅れなんだよ!」


 とても心外である。

 大好きなアイドルの仮面をつけてテンションも上がるし、相手からしても会話の取っ掛かりになるだろう心優しき配慮だと思っているだけに、皐月はとても愕然とする。


 ひとしきり文句を言い合ってすっきりとした二人はこれからの作戦を考えるために、顔を近づけて小声で話始める。


「これからどうする?」

「私としては翔君仮面といっしょに行動したくないのだけど……ちょっ、止めて! おさえて! 話が先に進まない!」


 翔君仮面にふれてきた葵の肩を無言で揺らす皐月。想定よりも力が強くなってしまったのか、葵が悲痛な声で訴えてきたので、これ以上はよしてあげることにする。


「……ふぅ。それでやっぱり、私としては別々に行動したほうがいいと思うわけ」

「なんでそう思うの? 二人でいっしょに行ったほうが勇気も出るし、いろいろとやりやすいと思う」


 皐月は言いながらちらりと周囲を見回す。

 自分たちが出遅れているのは確認済みで、ほかの人の中よさそうにしている様子を見るのは癪ではあるが、心を無にして割り切る。ペアもちらほらと見つけることはできるが、男女が複数集まっているグループのほうが多いのが事実のようだ。


「それもそうなのかもしれないけどさ。グループを作ってしまうことは、行動の幅を狭めてしまうことに繋がると思うんだ」

「というと?」

「学校と同じだよ。固まってしまったら最後、ずーっと一緒に行動するでしょ? でも一人だったら違う。自分が都合がいいときだけグループに出入りもできるようになる」


 確かにそんな子もクラスにいたような気がする。気配りができて、誰からも好かれていた女子だ。葵の言いたいことがやんわりと伝わってきて、皐月は思わず感心する。


「つまりいろんな人とかかわってつまみ食いしまくると、そういうことなんだね」

「そうそう……じゃない気もちょっとばかりするけど……。あれー? 伝え方のニュアンスが間違ってたのかなー」


 どこかしらに疑問を覚えたらしい葵が首をかしげて自問するなか、皐月は早速どこのグループに入り込んでみようか品定めを始める。

 失敗したとしても、もともと数を重ねていく作戦なので気楽に行けばいいのだろう。そう思うと緊張していた気持ちが和らぎ、少しリラックスできたので、葵に感謝の念を送る。

 うなりながら腕を組んでいる今の葵は、狐の仮面をつけていることもあってか話しかけがたい雰囲気を放っていた。

 まるで野生の狐だ。


「ねえ、野生の狐さん」

「なんだい、性転換した翔君。性転換するならもっとグラマラスなボディにしたほうがよかっただろうに、というのは心のうちに留めておいて、何か話したいことでも?」

「しゅ、主張が激しくなくて、慎ましいだけだから……! 気にしてないし……! 涙目になんかなってないし!」


 そういいつつも皐月の両腕は無意識のうちにか、体を隠すような動きをしていた。


「仮面があるから涙目かわからないし……。ほんと、顔全体を覆うような仮面なんかしてこなければ良かったのに」

「それはもう言わない約束じゃ……」

「ああ、ごめん」


 親友の葵がひどい。

 今すぐにでもわっと泣き出したくなる衝動に駆られる皐月だったが、そんなコントみたいなことをする悠長な暇はもうないのだ。

 この段階で、皐月がしたことといえば葵と話したぐらいで、仮面舞踏会でしかできないことは何一つとしてなしていない。

 はやく動かねば。


「と、ここで翔君とばかり話していてもしょうがないし、さっき話したとおりに別々に行動を始めようか」

「それは私が言おうとしてたのに!?」

「相変わらず、行動が遅いなあ。じゃあ、お互い頑張ろうね!」


 葵はそういうやいなや、たったったと駆け出して人ごみにまぎれてしまった。すでに皐月から見て、どこにいるのか全く分からなくなってしまった。

 ここからは本当に一人である。しかし、先生が皐月のために気を利かして知り合いである葵も仮面舞踏会に招待してくれて、そのおかげで皐月も普段通りの落ち着きでたたずむことができている。

 葵がいなかったら、始まってからずっと一人で心寂しかったに違いない。勇気も出ずに隅のほうでぽつんと立っているだけだったかもしれない。

 だとすると、葵と先ほどまでわーわーやっていたのも意味があったのだろう。


「……ふふっ」


 意図せず小さな笑いが漏れて、咄嗟に手で覆おうとして仮面をつけていたことを思い出す。

 顔全体を隠してしまっている爽やか翔君の仮面。この仮面を選んだことにも意味があったんだなと思える時がくるのであろうか。それは今の時点では分かりようのないことで、皐月のがんばり次第の部分なのだろうが。


「さあ、行こうかな」


 自分にエールを送り皐月は目的地を目指す。

 何処のグループに入り込むかの判断はついさっき見回した時にすでに終えていて、残るは決心だけだった。その決心もついてしまっているので、話しかけることにしようと近づいていく。

 男子二人に女子二人。

 ここに自分が加わるとすると人数比はおかしくなってしまうが、そこでためらってしまうと出会いなんて成功するわけがない。

 付近まで来て会話が聞こえてきたが、あまり弾んでいるわけではないようだ。ここは皐月が決めてみるしかない。

 皐月は一歩踏み出し、気づいてもらえるように片手を挙げながら声をかけるた――。




「へーい! 徳川家康を建てたの鎌倉幕府ー!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ