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四日目・威圧感がすごいです

「ごきげんようです」

「……あっ、昨日の!」


 王子と皐月が遊園地へと追っかけに行った翌日のこと、今日は仮面舞踏会が始まって四日目だ。

 ちょうど中間地点でもあり、また昨日宣言したこともあって皐月は十分に気合を切れて臨んでいた。

 昨日は途中で抜けたこともあり色々な状況を見極めるためにうろついていたところ、知っている声に心が躍った。

 皐月はその人物に挨拶をする。


「昨日はありがとうございました」

「とんでもないですわ。あなた様なら、私が何をしなくても最終的にはご決断されていたでしょう」

「な、なにかと買いかぶりすぎではないですかね……?」

「あなた様のオーラは私の好みのものですので」

「オーラですか」

「はい」

「…………オーラなら仕方がないですね」

「その通りです」


 オーラについては昨日ちょっとだけであるので理論として受け入れていいのか分からなかったのだが、目の前の人物がオーラという言葉に何も疑いを持っておらず、皐月も疑う必要性を感じなかったのでそういうことにしておく。

 頬の辺りに手を添えるしぐさは、同性の皐月から見てもとても色っぽく思えるのだが、鬼の仮面がすべてを台無しにしていた。

 口調がどれだけ丁寧でも、鬼から睨まれている状態がずっと続いているのだ。


「でも、ちょうどよかったのです」

「どういうことですか?」

「私はあなた様に話しかける機会をずっと伺っておりました」


 その言葉に皐月は驚く。

 昨日が初めての接触でそこで初めて知った人なのだ。

 過去を振り返ってみても、体格と声が一致する人はおらず、皐月のことを知っているとは到底思えない。


「それって……?」

「初日のことです」


 皐月が分からないことを見越したのか、話をさえぎりながら説明を開始した。

余計な手間を取らせないように気を遣った結果なのだろう。


「あなた様はいろいろな場所を走り回って、なりふり構わっていないように見えました」

「……あはは」


 それを言われて皐月は少し恥ずかしい思いになる。

 葵が提案してきた作戦に従って、ナンパまがいのことをしていたのだ。

 やはり変な人だと思われていたのか。

 そんな謂れをしている皐月と違ってセバスを捕まえた葵はギルティだ。


「なんと破廉恥な女性なのでしょうと最初は愚かにも思ってしまいました。申し訳ございません」

「よくよく思うとその通りですので、謝罪されると困ります」


 破廉恥と言葉にされてしまって、皐月は耳まで赤くなってしまった。

 穴があったら埋まりたい気分だ。むしろ、穴を掘りたい。

 うつむき加減でできるだけ体を縮こまっている皐月に鬼仮面の女性は語りかける。


「……ああ、そこまで恥ずかしく思われないでください」

「うう、でもやっぱり恥ずかしくて――」

「私が興奮してしまいます」

「えっ」

「何でもございません」

「あっ、はい」


 なんだろう、いけないことを聞いてしまったような気がする。

 おそるおそる女性の顔、というか仮面を見るとごごごご……! と鬼の目が皐月を睨んでいた。


 これ以上追求したら食べられてしまいそうだ。

 下手に藪を突いて、鬼を怒らせてしまってもいけない。

 皐月は大人しく女性の話を聞くことにした。


「初日の話に戻りますわ。そこで、ほんの心変わりであなた様が何を言っているのが気になったのです。今となっては、これは直感の為せる成功だったと思います」

「そうですか……」


 皐月はそういいながら初日の自分の言動を振り返ってみるが、たいしたことは言ってないように思える。

 幕府とか、ホトトギスとかの一般的なことだけだ。

 まさか、それなのだろうか。


「あなた様の果敢に自分の強さをアピールしていくところに私は惚れてしまったのです」

「誤解です!!」

 

 あれだろうか、『ホトトギスを殺してしまえ』や『お前はもう死んでいる』などの台詞のことだろうか。

 あれはその場のノリで発した言葉だったので深い意味はないのだ。


「それは違うんですよ! 私は全く強くないですから!」

「そんなことないですわよ」


 皐月が慌てて否定をするが、鬼仮面の女性はさらに否定する。

 さきほどから手を前で組んでいる状態から微動だにしておらず、それが皐月に得体の知れない怖さを与えていた。


「あれは二日目のことです。私が愚かながらにも視線を向けていたところ、あなた様はお気づきになられて振り向きになられました」

「……うん? あっ、あれか!?」


 確かにそんなこともあった。

 葵と一緒にいたときに、視線を感じて後ろを振り向いたことが。


「あれは何の修行もしていないものが出来る所業ではないと存じます」

「それ勘違いですよ! 私は一般人なのですよ!」


 もしくは偶然が重なった結果である。

 この目の前の女性はとてつもない勘違いをして皐月に幻想を抱いているのだ。


「ええ、それも存じています」

「だから勘違いですって! ……あれ? つまりは、勘違いはもうしていないということですか?」


 皐月は頭がこんがらがってしまう。

 言っていることが二転三転しているようで、翻弄されてしまっている。


「ええ。この距離でオーラを見ても、武人のオーラではないようでしたので。……もしくは、私が太刀打ちできないレベルの猛者であるかですが――」

「確実に違いますね!」

「とのことですので、ちゃんとあなた様のことは分かっております」


 ここで皐月は一安心した。

 やっと彼女のことを真っ直ぐ見れるようになって見つめると、彼女の仮面の鬼の目のなんだか笑っているよう気がした。


「……えっと、じゃあ何で私なんかに興味を」

「とても小動物みたいで一口でも食べてみたいと思ったからですわ」

「えっ」

「何でもございません」

「あっ、はい」




 鬼の目が皐月を睨んでくるので、仕切りなおしにお互いの自己紹介をすることにした。

 少なくない時間を話していたのにお互いの呼び名すら決めていなかったことに今となって気がついたのだ。


「私のことは翔君ってよんでください。この仮面は私が好きなアイドルなんですよ」

「へえ、そうなのですか。では主と呼ばせていただきますね」

「私の話はちゃんと伝わっているのだろうか」

「ダメ……でございますか」


 小首をかしげながら、問われる。

 しかし、ダメなものはダメだ。

 本人としては可愛らしさを前面に出して懇願しているつもりかもしれないが、鬼の仮面を被った人が首を傾げてもシュールでしかなく恐怖だ。

 そもそも主とか、皐月を武人扱いしたいのが見え見えだ。

 無理やりにでも納得してもらい、次は鬼の仮面の女性の番だ。


「そうですね。では、そのまま鬼とでも呼んでいただきましょうか」

「……もうちょっと可愛げなほうがいいんじゃないですか?」


 自分で言うだけあって、確かに似合いそうではあるのだが、女性を鬼というのは皐月のほうが受け入れられない。

 そう思って別のものを頼むのだが、


「じゃあ、鬼さんでどうでしょう」


 彼女は鬼から離れる気はさらさらないようだった。

 しかも、敬称は最初からいれるつもりだったので、これではさっきと変わらない。


「おい、鬼! ……とでも言わせるつもりだったのですか」

「私はそれで構わないですよ」

「構ってください」


 このまま譲らない状態が続いたので皐月は彼女のことを鬼さんと仕方なく呼ぶことにする。


 そのまま皐月と鬼さんが話しているうちに、王子がやってきた。

 皐月は王子の姿が視界に入ると、胸の内がどきっとした。

 前日の遊園地ではぐれてしまったあとどうにかして合流したのだが、その帰り道ではうまく会話を発展させることが出来ずきまずい状態だった。

 王子はこちらに近づいているうちに緊張を押さえ込んで皐月は王子に声をかける。


「や、やあ王子」

「やあ」


 かくかくとした動きで皐月は手を振ったが、それに対応する王子はとても普通で自然体だ。

 皐月だけが無駄に意識してしまっているように思えて、なんだか煮え切らない思いだ。

 確かに、昨日も皐月が口を滑らした結果きまずくなってしまったのだが、皐月だけが気にしすぎているのだというのは心につっかかりを覚える。


「……ふぅ」


 皐月は小さく息を吐いて心を落ち着かせた。

 そもそも王子相手にこんなやきもきする必要はないのだ。


 ――そういうのは相手を見つけてからだよね


 そう納得して、皐月は王子が鬼さんのことをちらちらと見ていることに気づいた。

 皐月が知らない人と話しているので気後れしているのかもしれない。

 皐月は王子に鬼さんを紹介する。


「王子、こちら鬼さんです。鬼さん、こちらは王子です」


 それを聞いた王子は言いづらそうに言葉を発する。


「……なんだかとてもシュールな他己紹介だね」


 普通に暮らしていてこのようなことはないだろう。なんせ王子と鬼が一緒の場にいるのだ。

 すると、鬼さんもふふっと笑い声を上げてから、


「さしずめ童話の主人公の王子さんが悪い鬼をやっつけにきたという場面でしょうか」


 王子はびくっと肩を震わす。

 皐月から見ても黒い何かが鬼さんをまとわりついているような気がした。

 なんかこわい。


「立ち話もなんですし、あちらに座って時を過ごしましょう」


 それでも、気を配れる人というのは確かなようで、皐月と王子をリードしていく。

 そのあと、鬼さんは皐月にいろいろな話をしてくれた。

 オーラだとか武人とかにこだわっていたのは、実家が道場で自らもそこで修行を行っているからだそうだ。

 『意外でしょう?』と、言われたが、見た目のままだった。

 それを本人に言うことはできないので、愛想笑いを返したのだが。

 こうして皐月の仮面舞踏会の四日目は過ぎていくのだった。


「鬼さん、修行してるってことはもしかしてアレもできるのですか?」

「アレ、ですか。もちろんできますわ。目をつぶってでも、余裕の振る舞いでやってみせます」

「もしかして、君たち変なこと企んでないよね」

「あはは」

「否定してよ!」

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