三日目・観覧車にて
気を取り直して。
皐月と王子は適当にうろつくことにした。
ソフトクリームを味わっているうちに葵とセバスを見失ってしまったため、また一からのやり直しである。
しかし、あちらのほうから気づかれてしまうとなんとも罰が悪くなってしまうだろう。
先ほどは、こちらが先に見つけただけで、葵とセバスが皐月と王子の追っかけを発見してしまう可能性もあるのだ。
そういうわけで。
「……結局、外に出てもこれの呪縛からは逃れられないわけか」
「それが嫌ならスキンヘッドにしよう」
「お断りだ」
「せっかく王子だったのに、ごろつきになっちゃうもんね」
「そういう問題ではないんだ」
皐月と王子は売店で顔を隠せるように仮面を購入して、それぞれ着用していた。
ここ、ドリームランドのマスカットキャラの仮面である。
二人でおそろいのものを被っていることでカップルのようにも見えて、それがさらに葵とセバスに対するカモフラージュになるはずだ。
ただし、仮面の下の王子は浮かない表情だった。
仮面舞踏会の会場でもないのに、仮面をつけないといけなくなったのだ。仮面をよほど愛好していないかぎり、心踊る人はいないだろう。
王子はそう思っていたのだが、
「ふっふっふー。仮面をつけているとテンションが上がるねっ! 私がドリーム君1号で、王子がドリーム君2号ということにしようか!」
「頭がこんがらがるから却下で」
「ぶー」
こんな感じで皐月には大好評だった。
そもそもの発端が皐月の案だったため仮面に抵抗はないのは当たり前だが、まさかここまでプラスに捉えているとは思いもしていなかった。
――そういえば……。
そこで王子は思い出すが、この少女というものは爽やか翔君というアイドルの仮面を被って舞踏会に参加しているのだった。
男のアイドルの仮面をつけている相手にどう対応すればいいのか、王子にはちょっと身が重かったのだが、変な人なのだろうと割り切ってしまうことにしていた。
まあ、変だからこそ、一緒にいて退屈はしないのだけど。
王子はるんるんと前を歩いていく皐月に並ぶために、ちょっと小走り気味で追いかけた。
「あれだ、あれに乗ればこの遊園地の全体を見渡せる……!」
皐月がそう言って指差しているのは観覧車だった。
真下からだと見上げることも人苦労なほどの高さを誇っているこの観覧車は、このドリームランドの名物で遊園地の全貌を確認できると宣伝されているものだった。
したがって皐月の言うことは筋が通っている。
皐月の両目が観覧車に釘付けになっているのは、早く葵とセバスを見つけたいがためなのだろう。
皐月が持っている遊園地のガイドブックの観覧車のコーナーに赤く丸がつけられているのは、最初からこのような状況を見越してきてのことなのだろう。
王子は皐月の手に引かれるままに連れて行かれる。
王子はそこまで観覧車に魅力を感じているわけではないのだが、そういう理由があるからと言われてしまっては仕方のないことだ。
「二人を見つけるためだからね! ……おっと、回数券が落ちてしまった」
ひらひらと舞い落ちる観覧者用の回数券……十枚つづりの新品だった。
王子が無言のままそれを拾って皐月に手渡すと、皐月はあわあわとしながら王子に望遠鏡を持たせた。
「こ、これで二人を探そうね」
「準備周到すぎて墓穴を掘ってる!」
なにがなんでも観覧車には乗ろうという皐月の気持ちが現れていた。
それでも、皐月はそんな気持ちがばれていないと思っているのか、口笛を吹きながら順番待ちの列に並ぶ。
王子もその姿にため息をつきながら同行した。
そして、運が良かったのか、そこまで待たされることなく観覧車に乗ることが出来た。
従業員に案内されて、中に入り込んで向かい合うようにして座った。
観覧車の中では葵とセバスに見つかる心配もないので仮面をはずす。
そして、皐月は鞄の中から王子に手渡したものとは別の望遠鏡を取り出して窓の外に視線を向ける。
「さ、さーて探そうかな……」
白々しさを感じさせる演技としか言いようがなかったが、王子のなかにちょっとした疑問が生まれたのでぶつけてみる。
「それにしても、いつの間に望遠鏡とか準備したんだ?」
「ああ、それは……ここの遊園地に入った時、王子がお手洗いに行ったでしょ。その時にチケット売り場に行って観覧車の回数券を買っておいたんだけど、その時に見知った係員の人が貸してくれたの」
「見知った係員って、どんだけ……」
懇切丁寧に説明をしてもらえたが、全部を聞き終えると王子はちょっと引き笑いになってしまった。
係員に顔を覚えられているというのはどれほどのレベルで常連さんなのだろう。きっと、とてつもない頻度だろう。
そこで皐月は焦ったように弁解を始める。
「あっ……違うよ。たまたまだから! 偶然知っているひとがいただけだから! いつもはそんなことないから!」
「それもどうだか」
今更そんなことを言っても説得力皆無だ。
すべて分かっているよとでも言いたげな王子の態度に皐月の顔も赤くなる。
そして、う゛ーっと唸った後、
「ほら! 王子も二人を探さないといけないんだから」
と、王子に渡していた望遠鏡を顔に近づけて外を見させるようにした後、そっぽを向いてしまった。
なんだかとても気恥ずかしい。
これ以上、皐月は王子のほうを見ようとしていなかったので、王子も窓の外に眼を向ける。
しかし、観覧車はまだ四分の一も進んでおらず遠くを見渡せることはなかった。
まだまだ頂上の半分も進んでいないのだから当然のことだ。
皐月もそれを分かっているはずだろうと、王子はちらっと皐月を見ているがやはりそのようで、望遠鏡を持ってはいるがそれを覗いているわけではないようだった。
どうしようかなと王子が思案していると、皐月のほうから語りかけてきた。
「私、王子たちに謝らないといけないと思うんだ……」
「それって、どういうこと?」
王子は少し驚きながら皐月の顔を見る。
皐月は王子とは目を合わせようとせず、窓の外を見ながら話を続きを始めた。
「あお……狐さんとは、親友なの。その親友って今まで色恋とかに興味がなかったみたいで、私と一緒に馬鹿みたいなことで楽しんでたんだけど、仮面舞踏会に参加して熱が篭った声で私に電話してきたんだ。『気になる人がいる』って」
王子は黙ってさつきの言葉を聞いていた。
最初の『あお……』というのは本名にかかわっていることなのだろうから追求は出来ない部分だ。
王子の目に写っている皐月の表情は少し寂しげだった。
「そのときは嫉妬しちゃったんだけど、よくよく考えると、これは嬉しいことだなって思って。だっていつまでも私と馬鹿やっててもいけないし。……でもさ、それと同時に心配になったんだ」
一緒に馬鹿みたいに楽しめる親友。
そんな存在が初めて恋することを覚えた。
しかし、初めてだからこそ放っておくことはできなかった。
皐月は王子の目を見る。
王子もここまでくると、皐月がどのようなことを思っていたのだろうか想像はできていた。
それでも、皐月は正直に話そうとしているので、その誠実さを無下にすることは出来ない。
「だから、王子とセバスのことをずっと警戒して、観察して、見極めようとして……。特に、セバスに対してはひどかったんじゃないかと思った」
王子はセバスからそんなことを話されてはいない。
しかし、自分自身では確かに皐月から鋭い視線を感じることがあった。
それならば、セバスは気づいていないわけがないだろう。
「だから、ごめんなさい」
皐月は頭を深々と下げた。
王子はその背中を見つめると、少し震えていることに気づいた。
これは決してゴンドラの揺れのせいではないはずだ。
王子は皐月の背中に声を投げかける。
「翔君」
こんな時に、なぜ本名で呼びかけることが出来ないのだろう。
そう思いながら、王子は言葉を紡ぐ。
「僕は気にしないよ。それって狐さんを大切に思う気持ちがあってからこそだったということ。それだったら、むしろ、素晴らしいと思う」
王子の声を聞く皐月の背中がびくっと跳ねる。
王子はそのまま話を続ける。
「親友を心配する気持ち、それはいいものさ。警戒とかされていたことは悲しくはあるけど、それにはちゃんとした理由があって僕も納得できる。だから、僕は翔君にそこまで謝られても困るよ」
王子はさつきの肩を掴んで顔を上げさせる。
王子と視線を交わわせている皐月は顔を涙でぬらしていた。
それほどまでに罪悪感を育てていたのか。
王子の心にも皐月の思いが響く。
そして、皐月も口を開いた。
「……ありがとう。で、でも、私本当に申し訳なくて……」
「だから、もういいんだよ。けど、翔君がそこまで自分を責めているなら、今度セバスにも謝っておこうね」
「うん、ありがとう……」
王子がにこっと笑いかけてくるので、それから逃げるように皐月は袖で目をこする。
そして、皐月も独白を終えて、やっと心の荷が下りたような気がした。
そもそも皐月がここまでなってしまったのは、皐月が無茶を言っても王子が後ろから黙って着いてきてくれたことがあったからだった。
自分の無茶も聞いてくれている王子のことを敵視してしまっていた自分が愚かで、情けなくて……。
そう思ってしまったので、王子に謝罪をした。そして、感情が溢れて零れだした。
皐月が王子を視界に入れると、王子は皐月を安心させるように笑みを浮かべていた。
とても、あたたかい。
そんなあたたかい王子の心を感じて、皐月の心にも余裕が生じてきた。
葵とセバスの話が口から零れてくる。
「今となっては、あの二人のことはうらやましいって思うな」
「へえ。確かに、遠目から見ても仲がよさそうだったものね」
「うん。私、実は、仮面舞踏会には無理やり行かされたみたいなところがあったんだ」
「ふうん。それは……」
王子は困った顔をしていた。
それもそうだろう。
行きたくないところに行っていると言われて、どうしろというのか。
皐月は苦笑しながら、本意を語る。
「失恋してたのに、新しい恋を探して来いなんていわれてさ。そんなのいやだ! って思ってたんだ。けど、やっぱり、人と接することはいいことだなあって。心がぽかぽかしていい気持ちになれるなあってそう思ったんだ」
王子はその言葉に少々驚いた顔を見せた。
失恋していたことに驚いたのだろうか、それとも別のことにだろうか。
「狐さんとセバスの二人を見ていても、感じることが出来た。ああ、恋っていいものなんだなって」
「……二人とも、楽しんでいるみたいだしね」
「うん。だから私も――」
皐月はそこで一旦言葉を区切った。
なぜだか分からないが、心臓の鼓動がとても早まっているのだ。
緊張するような場面ではないはずなのに、どうしてなのだろう。
自分自身のよく理解できない緊張を押さえ込んで、皐月は口を動かした。
「――私も、新しく恋を始めようって、心の底から思えるようになった」
始めは、嫌々ながら行かされた場所だった。
火を焚きつけるように挑発されて、先生の思っていたであろう反応をしてしまった。
なんて単純な行動心理なのだろうと自分を呪ったこともあったが、皐月は今それらを含めて前向きになることが出来た。
先生から言われたからではなくて、自分がそう思ったから。
失恋を乗り越えたとはいうことはできないけれど、ちょっとは振り切れたといえるだろう。
だから、皐月はここに宣言した。
――新しく恋をはじめることを。
そして、ここまで黙っていた王子が口を開いた。
「それは――」
「――下に着きました! 足元に気をつけてお降りください」
しかし、その瞬間に、皐月と王子が乗っているゴンドラのドアが開けられて、その言葉が続くことはなかった。
従業員がにこやかに笑いかけて皐月と王子を誘導しようとするが、皐月と王子の二人は固まってしまっていた。
先に動き出したのは王子のほうだった。
「……す、すみません。今降りますので……」
そして、未だに固まっている皐月の手を取って、後の人の迷惑にならないように急いで降りようとするが、その手は皐月によって振りほどかれてしまった。
王子は焦るが、皐月もまた焦っていた。
「な、なんで私あんなこと言っちゃってたんだろう……! 数分前の私ぃぃ!!」
そんな風に身悶えている。
そのようなことになっている場合にも時間は経ち続けている。
急いでゴンドラから降りなければならないのだ。
王子はもう一度、しかし、確実にするために先ほどよりも近づいて今度は腕を取ろうとしたのだが、
「お、王子!? い、いきなりとか、その……とにかくごめーん!! 今は一人にさせてー!!」
皐月はそう言って王子を突き飛ばしてどこかへと走り去ってしまった。
いきなりのことで対処が出来ずにゴンドラの壁にぶつけられてしまった王子は頭をさすりながら皐月を追いかけようとする。
「いってぇ……あっ、ちょっと待っ――」
皐月を追いかけようとしたが、がたんとゴンドラが揺れて体制を崩してしまった。
そして、立ち上がったら、ドアが閉まっていた。
「……あれ?」
「お、お客様ー!?」
「あれ――!?」
ごたごたと色々なことが起こっている間に、ゴンドラはもう一周を始めていた。
王子が壁にぶつかってしまった時に、ドアが閉じてしまって従業員も慌ててしまって対処できなかったのだろう。
王子は力が抜けたようにがくっと座り込んでから天を仰ぐ。
いやいや、なんだこれは。
そう思って放心していたが、自分の手が望遠鏡を持っていたことに気づいた。
そして、小さく笑いを漏らしたあと、
「これがあれば翔君を探せるや! わあ、なんて運がいいんだろうね……」
乾いた声をこぼしていた。
「うわあぁぁ……」
皐月は人知れず、トイレの個室に篭って身悶えていた。
一応人の目を気にして、誰にも見られない場所を選んだつもりだった。
しかし、何も知らない人から見ると、トイレからうめき声が聞こえてくるという怪談を思い起こしてしまうように奇妙に思われてしまっているに違いない。
何十分間か、そうしていただろう、
ようやく、皐月の心も穏やかになったので、トイレから出て携帯を取り出した。
そして、アドレス帳を開いたところで気がついた。
「私、王子の連絡先知らないや」
どうしようか。
一人で帰ってしまうわけには行かないが、葵とセバスを見つけることもなかなかできなかったのだから、王子を見つけることも相当な苦労になることだろう。
地道に探していくのも一つの手であるのだが、確実な一手が欲しいところである。
「うーん」
皐月は考えるが、なかなかいい答えは出ない。
観覧車の場所まで戻るということも考えたが、王子がずっと皐月が戻ってくることを念頭においてそこにいるとは考えづらい。
きっといろいろな場所を歩いて探していることだろう。
そう思うと、あまり王子の手を煩わせることは得策ではない。
早めに再開しなくては。
「あっ!」
いろいろと思考をめぐらせている間に皐月はいいことを思い出した。
鞄の中から、今日買ったマスコットキャラクターの仮面を取り出す。
確か、『ふっふっふー。仮面をつけているとテンションが上がるねっ! 私がドリーム君1号で、王子がドリーム君2号ということにしようか!』『頭がこんがらがるから却下で』『ぶー』という会話をしたはずだ。
皐月は不適に笑う。
あそこに行けば、これで間違いないだろう。
遊園地に限らず、エンターテイメントの施設にはほぼ確実に存在していて、はぐれてしまった時のために用意されているあのサービスのところへ。
ほどなくして、遊園地に響き渡るアナウンスが流れ出した。
放送の女性の声は困惑しているように聞こえなくもない。
『――迷子のお知らせをいたします。……ええっと、ド、ドリーム君2号様。ドリーム君1号様がお待ちです。この放送をお聞きになりましたら、迷子引取りセンターのほうまでよろしくお願いいたします』
「や、やりやがった!」
どこかで王子の声が聞こえた気がした。
何か言っている気がするが、気にしない。




