ルドセルブ到着
ライトホースの馬車で移動すること五日。俺達はようやくルドセルブへと到着することが出来た。道中は特にすることもなく、また、馬車を襲撃するようなビーストにも出会わない。
まあ、とにかく道中は暇だった。
父が揺れる馬車に持病の痔を刺激されたらしく常に「はうっ」と発声する以外に面白いことがなかった。
これは別に面白いことではないが、ライトホースの名前の由来らしきものを発見することはできた。奴らは夜になると車のヘッドライトの如く闇夜を照らす光りを目から発するのだ。目からビームの殺傷力皆無バージョンと思っていい。正直かなりシュールな光景だった。
「んーーっ! やっと着いた」
馬車から降りて背伸びをして座りっぱなしで凝り固まった筋肉をほぐす。
「父さんはあと少しでケツが爆発しそうだったよ」
すれば良かったのに……
「母さんはお腹すいちゃった。馬車で食べた保存食のまずさったらありえないわ。どうせなら美味いもん食べたいわ」
「そうだね。それじゃお店でも探そっか」
「待て待て待て。まずは船の出航日時を調べた方がいい。港に行くぞ。ルータスもありがとう」
ルータスとは馬車の御者をしてくれた青年の名前である。ライトホースは基本的に勝手にルドセルブへと向かって進むのだが、ルータスはほぼ無睡眠でライトホースを御していた。
なんでも酷い不眠症らしい。
「ナイトさん、頑張ってください」
「何を?」
「うまく言えませんけど、頑張ってください。あなたの心が折れたとき、周りに被害がでるかもしれませんから……」
なんか必死な顔で言われた。
ルータスと別れると食堂を探しはじめた両親の首根っこを掴んで海の方へと誘導する。
二人とも文句を言いつつも俺の後ろについてくる。そのまま連れだって港まできたのはいいが、そこには残念ながらステイク行きの船は三日前に出航済みであり、次の便は七日後という結果が待っていた。
「なんか骨折り損って感じ」
「ナイト、若いうちの苦労は買ってでもしろと言うが、父さん達は若くないから苦労する必要はないぞ?」
「老後にボケないためにも適度な運動は必要だ。それにどのみち船の出航予定は知らなきゃならんだろ」
「なっちゃん、母さんはまだ老後の心配するほで年取ってないわよ? アラフォーとか呼ばれる世代だもん」
「アラフォーが若いかそうでないかは置いておいて、若さに自信があるなら苦労は買ってでもしといて問題ないな」
「父さんは年取ってることは否定しない。つまり、ナイト一人で十分じゃん」
父のことはこの際無視しよう。
「んじゃ、ルドセルブに滞在する間の宿を見つけて、その後に食事にしよう」
「えー、母さん先にご飯がいい。腹が減ったら子供を捨てるって言うでしょ?」
言わない。でも、昔は口減らしのために親が子供を捨てるなんてこともあったみたいだし、完全には否定できない。
つーかそもそも
「捨てれんの?」
自分が生まれ育った環境とは違う世界に一人放りだされるのは不安だが、もう成人してるわけだし親から離れるのは特に問題ない。この世界のことはしばらく旅して学ぶのもいいし、ルシアさんを頼るのもありだ。
つまり、何が言いたいのかというと受けて立つということ。
「……バカ。母さんがなっちゃんを捨てるわけないでしょ。そんな不安そうな顔しないで」
「してねーよ」
「いつまでも、親離れできないなんて、なっちゃんは本当にマザコンね」
「ふざけんなよ?」
「男性としての母さんの愛は父さんが一番だけど、総合的に見ると母さんの愛の順位はなっちゃんが一番なのよ」
「嬉しくないから。つーか人の話を聞け」
「そう、なっちゃんが望むのなら一回だけなっちゃんの股間の剣を母さんという鞘に収めることもへぶっ! ……なっちゃん、女性のお腹にグーパンはダメよ」
「どっちかと言うとお前の発言の方がダメだ!」
気持ち悪い&怖い&気色悪い。
うわ、鳥肌立ってる。
つーかわりと本気で殴ったのにダメージほとんどねえな。
ビンタならもっと効いたりすんのか?
「ナイト、一回だけなら父さんも涙をのんで母さんへの挿入を」
「絶対ありえねえから! だから涙目になんのはやめろ」
こいつら異世界きておかしくなったな。
いや、元々どこかおかしかったのが、更に加速したのか。
「ぷっ、あはははは。なっちゃんったら何マジになってんのよ。冗談にきまってるじゃなーい」
「父さんの演技力も捨てたものじゃないな。まあ、母さんとナイトがって想像したら本気で泣きそうになったけどね……」
並の息子なら両親にこんな悪ふざけをされたことが起爆剤となって今まで降り積もったイライラが爆発し、ブチ切れることだろう。娘なら朝帰り当たり前のビッチへとクラスチェンジするかもしれない。
だが、俺は生まれてからずっとこいつらの子供なのだ。ここで切れても反省するのはごく短い期間だけであることはわかりきっている。
だからあえて触れない。
「わかりました、お腹が減ってるからそんな冗談が言えるんですね。それなら先にご飯にしましょう。行きましょうか、ジュリアさん、ゴキブリ」
しかし、わかりやすく態度を変える。
「あ、あなた……なっちゃんがいきなり他人行儀になったわ……」
「僕に至ってはGとかボカシなしでゴキブリって言ってきたよ」
「もしかして怒っちゃった? お〜い、なっちゃ〜ん」
「ナ、ナイト……父さんのこと嫌われ者の虫に例えるほどアレなのか?」
こいつらはバカだから突き放されると近寄ってくる。
「別に怒ってませんよ? それにゴキブリに例えたのは嫌いだからではなくて……………容赦なく潰せるからです」
「ゾクッときた。父さん、ナイトの最後の一言にゾクッときました」
「えっと……つまりなっちゃんが怒ってるのは父さんだけ?」
「だから怒ってませんって」
「嘘よ。なっちゃんの顔は笑ってても目が笑ってない」
「笑ってますよ」
嘲笑という意味で。
「じゃあ、なんで敬語になったの? なっちゃんが大好きなはずの母さんに対して敬語の時は、母さんへ負の感情を持ってる時でしょ!?」
腐っても母親ではある。
「ジュリアさん、敬語というものは相手に対して敬意を表す場合に用いるもので、マイナスの感情表現の際に使うものではありませんよ?」
「なっちゃんが母さんに敬意を持つなんてありえないじゃない!」
「おや、貴女の話ではボクはマザコンなのでは?」
「一人称まで変わってるー! てゆーかなっちゃんみたいなマザコンは母さんなしではいられない人のことで、敬意を持つのとは別なことくらいなっちゃんなら分かってるでしょ?」
「そうなんですか……まあ、ボクはマザコンじゃないので貴女に敬意を持つことはありえる話です。…………好きか嫌いかを聞かれると現在は嫌い優勢ですけど」
「う、嘘………なっちゃんが母さんを嫌うなんて真冬の屋外でタンクトップになるくらいにありえないわ」
確かにありえないけど例えが弱いな。
どうやら嫌い発言に精神的ダメージを負ったらしい。
「だめっ、母さんショックで立ってられない」
「ジュリア!」
すげーわざとらしく倒れる母とそれに駆け寄る父。母が俺の同情を引きたがってる下心が透けて見える。
なので、不用心にもこちらに背中を見せている父の尻に脚部による清めの一撃を見舞った。
「とぅいっす!」
奇声をあげてそれっきり尻を押さえたまま動かなくなる父。
「あ、あなたー! なっちゃんなんてことを……父さんのお尻の爆弾のことは知ってるでしょ!」
「大丈夫です。ぶ厚い尻の毛が爆弾を守ってくれてるはずです」
「……それはありえるわね」
この時、約二日間父が言葉を発することができなくなるとは誰も予測できなかった……
「ジジイ、大丈夫か?」
蹴ったらスッキリしたので、優しく声をかけてやる。もちろん父がピクリとも動かないのは俺の所業によるものなのは理解しているが、元を正せばこいつのせいでもあるので、罪悪感は毛ほどもない。
とりあえず往来では邪魔になるだけなので、荷物のように父を肩に担いで歩きだす。
「なっちゃん、もう少し丁寧に運んであげてよ」
「さ、ではジュリアさんとジジイの希望通り食事処を探しましょうか」
「あれ……なっちゃん、口調戻したんじゃないの?」
「病院とかあればそっちに連れていってもいいんですけど、ボクもお腹がすきましたから」
「……なっちゃん?」
「お、ちょうどいいところに食堂的なお店がありましたよ。特に希望がなければあそこにしましょう」
「なっちゃん……」
母を無視して食堂へと進んでいく。
振動がケツの傷に障るのか、歩く度にビクッとなる父が愉快極まりない。
「なっちゃん!」
大きな声で呼び止められるが止まるつもりはない。無視して食堂へと歩を進める。
「ごめんなさい〜、もうしませんから普通に口きいてよ〜。母さん、嫌われるよりも無視される方が精神的にくるの」
背中に若干泣きが入った声音で母が謝罪の言葉を述べる。
まあ、だいぶ反省したようだしこれくらいにしとくか。
「次はお前の息子をやめる」
「なっちゃん……大好きっ!」
抱きつこうと両腕を広げて近づいてきた母の顔を鷲掴んでそれ以上の進攻を防ぎながらつくづく自分は甘いなと猛省した。
しかし、これで反省の期間が二、三日だったのが十日くらいには延びたことだろう。
たいして変わらんと思うかもしれんが、心の負担は半端なく楽だ。
その後、食堂にて三人で食事をとった。
と言っても父は意識はあってもまともに会話できない状態だった。
しかし、腕が動きさえすれば意志疎通は可能だ。それは昔、母がまだ日本語に不自由してた頃に父がコミュニケーション手段としてやっていたジェスチャーが会話可能なくらいまで昇華されたもの。
通称『山田式手話』
まあ、俺自身が言葉を喋るようになった時には母も日本語は日常会話に支障がないくらいまで上達していたし、そもそも山田語も同時に習得し始めていたから別段覚える必要はなかった。山田式手話の単語のいくつかは知っているが、正直一般的な中学一年生の英語への知識より少ないと言っていい。だが、両親はこれで会話が可能なのでよく目の前で内緒話する時に用いられた。
余談ではあるが、これは父が編み出したものなので無理矢理感がある。したがって小四の頃には世界で使用してるのは我が家だけということに気づいていた。
店内は椅子とテーブルしかなかったのだが父は座ることを断固拒否したため一人立ったまま食事をすることになった。
父は店の中の者達全員からかなり変な目で見られた。
それにまったく動じずに食事をする両親は頼もしいというより逞しかった。
そして食事を終えた頃。
「んじゃルドセルブの冒険者ギルドに行こっか」
今思いついたみたいな顔なのにあらかじめ決まっていたことのように母が切り出す。
「まずは宿だろ」
「いや、母さんも忘れてたけど冒険者は戦レベルによって宿の割引があるのよ」
「どのくらい?」
「1〜25までで十パーセント引きで以降、戦レベル25ごとに十パーずつ下がって最大半額よ」
「そりゃ得だな」
これからのことを考えれば節約するに越したことはない。
「その恩恵を受けるにはギルドに登録してバトルレコーダーを受け取る必要があるの」
「そっか、じゃあ行ってこい」
「何言ってるのよ。なっちゃんも登録するの」
「俺も?」
「割引は一人でも多く受けるべきでしょ? だか、なっちゃんも父さんもギルドに登録するわよ」
俺だけでなく父もか。
まあ、それで宿泊料金が安くなるのならいいか。
そう思い、金を払って食事処をあとにすると先導する母についていく。
といっても母も冒険者ギルドとやらの場所はわからないらしく、道行く人に尋ねながら進むのだから時間がかかる。
結局一時間近く歩いて目的地に到着した。距離にすれば七、八キロは歩いただろうか。人一人担いでいるわりに疲れない自分の身体能力の向上についにやけてしまう。
冒険者ギルドは黒い壁で出来た西部劇に出てくるような酒場といった感じの外観だ。
中に入ると銀行のような受付が三つある以外は待合所的な椅子が受付と離れたところに並べてあるだけで他には何もない。
そして、せっかく三つある受付も真ん中以外は閉まってる。
「寂れてるわねー」
母は真ん中の受付に座って早々大変失礼なことをのたまう。
「この辺りは比較的弱いビーストしか出ませんから、冒険者さんも日に一人くらいしかこないんです。いらっしゃいませ。新規冒険者登録ですか? それともクエストのご依頼ですか?」
応対してくれるのは若くもなく、かといって年取ってるとは言い難い微妙な年齢の淑女だ。
第一印象は優しそうとの一言に尽きる。
「新規で三人よろしく」
「はい、わかりました」
母の言葉に受付の女性は棚をガサガサと漁りはじめる。
「おいババア、お前は冒険者だったんだよな? 新規じゃなくていいんじゃねーの?」
「それには理由があるのよ。あとでこの受付が説明するかもだからあえて言わないけどね」
言わないも何も昔すぎて、登録情報が失効したとかだろ。あえて言わない意味がわからない。
「あ、ありました。それじゃあ、まずこの中からバトルレコーダーの型を選んでください。色は赤、白、黒、青、緑の五色から選択できますので」
そう言って受付の女性がバトルレコーダーの見本であろうものを並べる。
確かに思ったよりも種類があってどれにしようかすごく悩む。
ってゆーか、バトルレコーダーってどっかで見たことある形してんなー。
絵に描こうとすれば丸と線だけで書き表すことができ、折りたたみ式で広げればコの字型。丸の部分にはいわゆるレンズがはめ込まれていて、なんとなく顔に掛けやすそうな感じがする。
「ってこれ眼鏡じゃんっ!」
予想外すぎて思わず切れ気味でツッコんだ。どこがバトルレコーダーやねん。
「なっちゃん、これはバトルレコーダーよ」
「はい、バトルレコーダーですよ」
母と受付の人に冷静に返されてツッコんだ自分が無性に恥ずかしくなった。