慌ただしく出発
屋敷に入った俺達が通されたのは応接間のような部屋だった。
ソファーに母を挟むようにして俺と父が座り、その対面にルシアさんがが座った。
「さて、ルドセルブにラーガを飛ばしたので迎えがくるまで五日ほどかかります。それまではここに逗留してください」
「ありがと」
「あ、ありがとうございます」
母に倣ってルシアさんの言葉に礼を述べたはいいが正直なんのことなのかわからない。
「ルドセルブとかラーガってなに?」
耳打ちをするように母に聞いてみる。
「ルドセルブはここから近い港町の名前よ。そんでラーガってのは手紙とかを配達してくれる鳥型のビーストのことよ」
「なるほど、伝書鳩を送ったってことか」
異世界ってアナログなんだな。
「つーかビーストって本能的に人に襲い掛かるんじゃねーの?」
「危険性の低い奴は飼い馴らして便利に使ってるのよ。まあ、そういう奴はあまり美味しくないけど」
母の中ではビースト=食い物らしい。
卑しいと言うべきなのか、それともこれが普通の認識なのか。
「伝書鳩ってのはなんですか?」
話が聞こえたらしくルシアさんが伝書鳩について聞いてくる。
「あなたは知らなくていいことです」
どう解答すべきか考えているうちに父がきっぱりと言い放ってしまう。
つーかこれから世話になる人になんて言い草だよ。
まだ父のルシアさんに対する牽制は続いているらしい。
「余計なことを聞いたみたいですね。では、これからのことを話ましょうか。五日後にはルドセルブから迎えが来ますし、ルドセルブに着いてからステイクまでの船の手配も出来ていると思います。ただ、そこからドラケネスまでとなるとジュリア達自身の力でなんとかしてもらうしかありません」
ステイクというよくわからない名称が出てきたが話の流れから察するに母の実家がある場所の最寄りの港なのだろう。
「構わないわ。確かルドセルブには冒険者ギルドの支店があったわよね?」
「ええ」
「迎えってどんなのを寄越すの?」
「ライトホースを手配したよ」
「へぇ……太っ腹じゃない」
「ジュリアには恩があるからね」
話に入っていけない。
そしてそれは父も同じらしく、無言でルシアさんを睨みつけてる。
「バ……母の恩ってなんですか?」
「もう、二十年以上も前のことだがビーストが増えすぎて町にまで襲ってきたことがあってね。それをたまたま滞在していたジュリアが殲滅してくれたんだよ」
殲滅とは穏やかな言い方ではないな。要はビーストを皆殺しにしたってことだろ。
「まあ、そんなことがあったからかジュリアがこの町から去った後、町を離れる者が多くてね。ジュリアも町の変わりように驚いただろ」
「そりゃね。でもルシアの頭ほどは寂れてないからいいんじゃない?」
何言ってんのコイツ?
「両親共に失礼すぎてすみませんっ!」
母の無礼のついでに父のことも謝る。
こいつら自由すぎる。
「いや、私は町長という立場だからこのように遠慮なく話してくれるのは嬉しいよ」
「ハゲをネタにされても笑顔でそんなことを言えるなんて……ルシアさんの心は頭と同じくピッカピカですっ!」
「君、親のこと言えないよ?」
「なにがですか?」
「素なんだ……」
俺、なにか言ったか?
「それはそうと、ルシアは町長の職を継いだのよね。お父様は元気?」
母が話題を転換する。
正直、なんか気まずい感じだったから助かった。
「父は十年前に死んだよ」
かと思ったらルシアさんの言葉でまた気まずい空気になった。あの母でさえやっちまったって顔をしてる。
「十年も前のことだ。今更どうとも思わないさ」
そう言ってくれたルシアさんのおかげで幾分か場の空気が軽くなる。
「うちの親は生きてんのかしらね……」
母がぽつりと呟く。
二十年以上も違う世界にいて近況などを知ることが出来なかったのだから、なんやかんや言いつつも心配なのは当然だろう。
「私にはなんとも言えないな……青の守護神、ザハル殿が冒険者を引退なされて随分経つから」
「青の守護神?」
「なっちゃんのおじいちゃんの冒険者時代の異名よ。護衛クエストで達成率百パーセントだったことから付けられたの。母さんが十五の頃には冒険者は引退して農業してたけど」
そう言った母の顔は冒険者時代のことを話す時は誇らしげであったが、農業のくだりでは残念そうであった。
俺の母方のじいさんは護衛として極めて優秀だったらしい。だから守護神。じゃあ青は? とはなんか聞きにくい。
まあ、どうせ全身青色の装備で身を固めていたのだろう。
「ジュリアは自分の父親のことも息子に教えてなかったのかい?」
「話したわよ。なっちゃんが五歳くらいのときに……」
「五歳って……十五年以上前の話じゃねーか。お前、ババアの十五年と子供の十五年じゃ重みが違うだろ。覚えてるわけねーだろが」
「なっちゃん、今言ってるのはなっちゃんが覚えているか覚えていないかじゃなくて、母さんが言ったか言ってないかよ?」
屁理屈こねやがって……腹立つ。
つーか言った相手が覚えてなければ言ってないも同然だろうが。
「屁理屈言う母さんも可愛いな」
「あなたったら」
「いちゃつくなボケ共」
両親の暴走を未然に防ぐ。
こいつらの息子って辛いな。
「まあまあ、ナイト君落ち着いて」
「ルシアさん止めないでください。こいつらはほっといたら時と場所を選ばず桃色空間作るからきっちり締めとかないとダメなんです」
蘇るのは俺が小学校五年生の時の授業参観の様子。父親参観とかいって日曜に開催されたそれに夫婦揃って現れたバカのせいで俺がどんなに恥ずかしい思いをしたのかは想像できないだろう。母だけの時でさえ応援とかされて恥ずかしかったのに、二人揃ったら倍どころか十倍恥ずかしかった。
「うん、ナイト君の言い分はわかった。そろそろ妻が食事の用意を終える頃だし、今は一旦止めておこう。そのあとは部屋で好きにしてもらおうじゃないか。かなり苦労してここまで来たんだろう?」
「わかりますか!?」
いきなり異世界に連れてこられ、両親による異世界講座を問答無用で受講し、二人の暴走を諌める。
俺の気苦労はマックスだ。
「まあ、君の装備を見ればだいたいはね……数多くのビーストと戦ったんだろう? おや、何やら書いてるね……屠った盗賊の遺言かな?」
「あなたは大きな勘違いをしています……」
これを信じる者がいるとは思いもしなかった。
俺はいちゃつきだした両親を諌めることよりもルシアさんへ鎧の説明をすることを優先させた。そのおかげで誤解は解けたが、応接間の空気が桃色になってしまった。
その後、食事ができたと呼びに来たルシアさんの奥さんと共に五人で食事をとり、一人に一つずつ宛行われた部屋にて休んだ。
迎えとやらが来るまでの五日間は働かざるものは食うべからずと言うことで、町の近くに生息するビーストを狩った。
俺と母がビーストを倒し、父がそれを捌く。そして町長宅でその日に使うものいがいは店に売って金に変える。基本的に毎日同じようなことを繰り返した。
ルシアさんの奥さんの料理は美味しく、どこか大雑把な作り方の母の料理に慣れた舌には格別だった。
そして五日後
「ナイト君、ルドセルブからの迎えが来たよ」
「あ、本当ですか?」
「おいおい、私が君にこんなくだらない嘘をつくわけないだろ」
「はは、すいません」
俺はルシアさんとかなり仲良くなった。とゆーか俺がルシアさんを慕っていると言った方がいい。
誠実で優しく、気配りの出来るルシアさんはかっこいいハゲだ。
「ってなんじゃこりゃ!?」
屋敷の外に出た俺は目の前に現れた光景に驚いて、つい大声を発してしまった。
そこにいたのは馬車だ。しかしただの馬車ならば驚くことは何もない。この世界がアナログなのは理解していたからこうゆうのもありだ。ただ馬車を引いているのがただの馬ではない。
馬車に繋がれている馬はただ一頭。しかし、その大きさが半端じゃなくでかい。輓曳競馬の馬も大きかったと思うが、その倍はある馬が馬車に繋がれているのだ。その大きさのせいで繋がれた車部分がおもちゃに見える。
「ライトホースを見るのは初めてかい?」
俺の反応を見てルシアさんが聞いてくる。
「ええ、まあ……つーかこれじゃライトじゃなくてヘビーですよ」
「君が何を言ってるのかよくわからないけど、ライトホースは人の手で御せるギリギリのビーストレベルで、他の引き手よりも速いんだ」
「そうなんですか」
ビーストレベルと言うのはビーストの危険度に沿って付けられるもので、ビーストレベル0は危険も何もない無害なビースト。1〜10が飼い馴らせるレベル。11以上は倒すしかないレベルだ。母が最初に吹っ飛ばしたハイキングコングのビーストレベルは13らしい。
それにしてもこの馬、何馬力くらい出るんだろ。
いや、それにしてもでかい。
「やっと来たのね……何がライトホースよ。このノロマっ!」
母が外に出てきて開口一番にライトホースを罵った。その剣幕にライトホースがたじろいでいる。
最近の母は日を追うごとに機嫌が悪くなっていっている気がする。
「父さんはもう少し遅くても良かったな〜」
それに対して父は日を追うごとに上機嫌だ。
「お待たせして申し訳ありません」
馬車の御者台から若い青年が降りてくる。
茶髪で糸目の気の弱そうな青年だ。母の剣幕にビビってるのかチラチラと顔を盗み見ている。
「いや、予想より少し速かったくらいだ。今日は屋敷に泊まってゆっくり休んで明日は……」
「今日出るわっ」
ルシアさんが青年を労おうと屋敷に招き入れようとしたその時、母がそれを遮る形で割って入った。
「ジュリア、そう無理を言うものではない。御者の彼も疲れてるはずだ」
「そうだそうだ」
ルシアさんの言葉に同意する。
別にそう急ぐ旅でもないし、一日くらいどうってことはないはずだ。
「……そうやってなっちゃんを独り占めする気ね、この悪魔っ!」
噛み付かんばかりの形相で母はルシアさんに対してとんでもないことを言い出す。
聖人とも言えるルシアさんに対して悪魔とは……
「えっと……私なにかしたかい?」
「そうやっていい子ちゃんぶってなっちゃんをたぶらかして、あわよくば養子にしようとか思ってたんでしょ!?」
「思ってないよ!」
「嘘ばっか……私からなっちゃんを奪って悦に浸ろうって考えはお見通しよ」
この人は何を言ってるんだ……
「ババア、ルシアさんに謝罪しろ」
「なっちゃんはあのハゲに騙されてるのっ。大丈夫、母さんがなっちゃんを救い出してあげる。あなた、行くわよ。そこのガキはさっさと御者台にあがれ」
「はいっ」
父と青年の声がハモった。
「ちょ、ババア離せ」
「離さないっ! 母さんはなっちゃんを離しませんっ!」
ちゃっかり槍を装備している母の膂力に逆らうことが出来ず、馬車に連行されてしまう。
成人している俺がまるで駄々をこねるガキ扱いだ。屈辱的とはこの事か。
「ナイト君、気が向いたらまたおいで。それとこれを」
母の暴走を止められないと悟ったのかルシアさんが別れの言葉を述べる。それと同時に小さな袋を投げて寄越した。受け取った時に生じた音から察するにお金だ。
「少ないけど、路銀の足しにしなさい」
「ありがとうございました。本当にありがとうございました。また必ず来ます」
「ああ、待ってる。ご両親を大切にね」
このアホ共までも気遣って……なんていい人なんだ。
「ルシア、世話になったことは認めるし礼も言うわ。だけど、なっちゃんだけは譲れないの……ゴメン、そしてありがとう」
「ジュリア、親ばかもほどほどにな」
母も一応別れの言葉を交わす。
「ルシアさんよ、ナイトに手を出したのは間違いだったね」
「勇作さん……特に言うべき言葉がありません」
父もまた、別れの言葉を交わす。
「皆さん、お元気で。娘のリシアに奇跡的に出会ったらよろしく言ってください」
ルシアさんの言葉を後にして馬車が動き出す。
初速はゆっくり、しかし唐突にスピードは上がり、景色が流れるように過ぎ去っていく。
既にルシアさんの姿を見ることは叶わなくなっている。
満足な別れを告げることができず、また、この五日のことを思い返して知らず知らずのうちに俺の瞳から涙が零れた。
「ナイト」
肩に手が置かれる。その手の持ち主は父だった。父はその顔に微笑みを浮かべながら顔を近づけてくる。
「まさか、ルシアに近づくことで母さんの嫉妬心を煽るとは見事だ。そうやって母さんをあいつから遠ざけるとは、父さんナイトの腹黒さに惚れそうだ」
「…………」
「いたっ、ちょっ、ナイト? 無言で殴るのはやめて……か、母さん、ナイトがDVを働くよ〜!」
骨が折れない程度に手加減してやってるだけ有り難く思え。
「愛故ね……」
「おめえも殴るぞ?」
そんなこんなで馬車は進む。
ルドセルブへと向かって……
ムスコンな母と妻に親しくする男は息子以外全て敵な父という設定です。




