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本日の宿へ


その後、鎧のサイズを合わせて母要望のカラーリングチェンジを施したものを受け取った。

装備してみるとサイズを合わせただけあってしっくりくる。だが、これを着れば体の強さがあがるとかいうのは実感できない。

それより気になるのは……


「なんで鎧の所々にタスケテって書いてんの?」


赤黒い鎧に更に黒っぽい赤で書かれた山田文字。妙に掠れた感じで書かれたそれは死体発見現場の壁で見つけたらダイイングメッセージだと思ってしまうかもしれない。


「雰囲気的にあった方がいいかと思いまして……」


店主……

馬鹿じゃないの?


「てへっ、母さんも参加しちゃった」


こいつもか。一体どこに……って肩のとこに英語でちっちゃくHelp meって書いてやがる。


「ジジイは書いてねえよな?」

「期待? 父さん期待されてるの?」

「書いてないならいい。ジジイには期待なんてしてないから」


父は母に比べれば少しばかりまともだ。


「それにしてもなっちゃん。似合ってるわ」

「どうも」

「思えば母さんは体の強さが三倍になる鋼の鎧から装備したのよね。やだ、急に心配になってきた……なっちゃん、そんな安物で大丈夫?」

「地味に腹立つ言い方だな」


我が親ながら発言に配慮がなさ過ぎる。


「そう言えば、ジジイの装備はいらないのか?」


母は最初から身に着けているし、俺の装備も手に入れた。だが、父は特に何かを装備しているわけではない。


「父さんは母さんが守るから何も装備しなくていいの」

「ジュリア……君に守ってもらえるなんて嬉しいよ。だけどいざとなったら見捨ててくれて構わない。だって僕が本当につらいのは君を失うことだから」

「勇作さん、あなたが私を失うのがつらいように私もあなたを失うのはつらいわ」

「そうか、ならば君は存分に僕を守るといい。だけど一つ注意してくれ。君が僕を守って死んでしまったなら、僕は君を追って涅槃へと旅立つよ」

「あら、なら私も死ねないわ」

「ジュリア」

「勇作さん」


抱き合う二人。

俺はそれを冷たい目で見ている。

見慣れたと思っていたが、大学で実家から離れていたこともあって受け流せなくなってしまった。

こいつらは事あるごとにこうやっていちゃつくからめんどくさい。

俺の前で一人称が僕私になって、相手のことを名前で呼び出した時は危険信号だ。

こんだけ仲がいいのに弟妹が出来なかったのが不思議でならない。


「いや、仲がよろしいですな」


焼け野原な店主が話し掛けて来る。

この光景を見て舌打ちをしないところは称賛したい。


「あれは馬鹿です」


至極真面目な顔で店主に言ってやった。




店で用事を済ませて外にでると日はもう沈みはじめ、空がオレンジ色の夕焼けで染まっていた。


「さて、行きましょっか」

「どこにだい?」

「いや、宿にだろ」


父の言葉に母の代わりに答える。

せっかく町に着いたのだから屋根のある家での休息は当たり前だ。本来なら父もそんなこと言わなくてもわかるはずだが、よく考えれば父も俺と同じく異世界初心者だし、俺や母ほど体力があるわけでもない。疲れは相当なもので、頭も働かないのだろう。


「なっちゃん、残念なお知らせよ」

「なんだよ」

「銅貨五十枚じゃ、よくて二人。普通で一人。最悪一人も泊まれないわ」


まあ、宿の値段もピンからキリまであるからな。


「皆で泊まれないなら、宿は諦めましょう」

「つーかこの世界の物価っていくら?」


店に入ってからずっと気になったことを聞いてみる。


「んなもん国とか町によって違うんだから知らないわよ。なんでもかんでも母さんに聞かないでよっ!」


なんか知らないけど怒られた。

つーかこいつのせいでいきなりわけわからない世界に連れてこられたのに何言ってんの?


「ババア、いきなり情緒不安定になってどうした……もしかして生意気に生理か?」

「うん、ナイトがそうやってはっきり言っちゃうのは母さん譲りだけどもう少し発言をぼかそうね」


まずいとこがあったのか父に窘められる。


「あらやだ、なっちゃんの言葉で思い出したけど母さん生理用品持ってくるの忘れたわ。母さんあっちの世界ですっかりナプキン派になっちゃったけど、こっちにはタンポンしかないのよね。あ、でも二十年経ったんだからさすがに開発されてるわよね?」

「知らねーよ」

「ごめん、僕もわからないや」

「なら、お店で聞いてくるわ」


母はそう言うとまた店に入っていった。


「……あれには注意しないのか?」

「母さんは昔からああだったから……まあ、そこがいいんだけど」


そう言った父の言葉には嬉しさのような感情が入り混じっていた。


「つーかなんで俺にキレたの? マジで生理?」

「母さんの生理周期から予測すると違うね。まあ、環境が変わったからホルモンバランスが崩れたかもしれないけど……でも、一番可能性が高いのはナイトに怒られたかったんじゃない? ナイトに怒られると愛を感じるらしいから」

「あっそ……」


変人と聞いてはじめに浮かぶのが母親ってどうなんだろ……

そうこう話しているうちに話を聞き終えた母が店から出てくる。俺も父もあえて「どうだった?」とは聞かない。


「この店にはなかったわ」


聞かなくても勝手に言うからだ。


「とりあえず、移動するわよ」

「どこに?」


母の言葉に疑問符を浮かべる。宿に泊まれないのならどこに行くというのだ。


「町長の家よ」


そう言って母は先頭をきって歩いていく。つられるように俺と父も母の後を追うが。、その意図がつかめない。

程なくして着いたのは他の家よりも数段大きい屋敷。ほかの建築物はすべて平屋だというのにこの建物だけは二階がある。


「ここが町長の家?」

「昔から偉い奴はでかい家に住んでるって相場が決まってんのよ」


どんな決めつけだよ。とツッコみたかったがあながち間違っていないと思ったので黙っていることにした。


「んで、なにしにきたん?」

「なにしにって挨拶よ。たのも〜!」


玄関口に立った母が大きな声で中に向かって声をかける。

なんか道場破りとかが討ち入りしてる気分だ。普通「ごめんください」とか「すみません」だろ。


「だれだ?」


出てきたのは髭のもっさりしたおっさんだった。歳は目測で四十代後半くらい。だがしかし、頭は完全に禿げ上がっている。つーかこの町のハゲ率が高すぎ。


「わ・た・し〜」

「ん? ……まさかジュリアか!」


母が猫なで声で出てきたおっさんに話しかける。外見には似合った仕草だが、実年齢を知っているだけにうすら寒いものを覚える。しかしどうやら二人は知り合いらしい。


「知り合いかい?」


確認の意味だろう。

父が二人に対して話しかける。なぜか張り付いたような笑顔なのが怖い。


「まあね。私が勇作さんの元に行く前に、最後に会った人だもの。元気してた?」

「あ、ああ……ジュリアこそ生きていたんだな。迷いの森から帰ってこないままあまりに多くの時間が流れてしまって、もはや死んだものと思っていたよ。こちらは?」


おっさんがこちらを向いて聞いてくる。


「ああ、この二人は……」

「ジュリアの夫の勇作です。こいつは僕たちの息子のナイトといいます」


聞き間違いでなければ夫という部分と僕たちの息子という部分を強調して言った。もしかして牽制でもしてんのか。


「行方不明になっている間に子供を産んだのかい? 君の姿はあの日と変わらないけど、やっぱり変わるものは変わるんだね」

「ルシアはハゲたわね。まあ、予想してたからすぐに分かったけど」

「相変わらず失礼だな君は……勇作氏も苦労が絶えないでしょう」

「いえいえ、愛があれば可愛いものです」

「さすが、ジュリアが伴侶に選んだ方だ。人ができていらっしゃる。握手してください」

「ええ、もちろん。こちらからお願いしたいくらいです。フンッ」

「あ、ちょっと強く握りすぎです」

「これはすいません」


謝りつつも父が力を緩める様子はない。ルシアと母に呼ばれたおっさんも顔を少し引き攣らせながらも手を握り続けている。

なんだこの光景。つーか男の嫉妬って気色悪いな。父親が相手だと二割増しだ。


「くっ、はぁっ、はぁっ、どうやら息子もあなたと握手したいようで……」


息切れするほど力を振り絞ったところで父が俺に勝手に振った。

無論いやだ。中年おやじが全力で握り合った手には触れたくない。


「結構です」


きっぱりと断った。

すると父が俺に近づいてきて小声で「潰せ」って言ってきやがった。


「ジジイ……いい加減にしないとお前を潰す」

「ナイト、あれは父さん達二人の敵だ」

「何言ってんのあんた? うちの親父がすみません」


ルシアさんに頭を下げる。


「いえ、奥さん思いの素晴らしい方ですよ」

「でしょ? 旦那は私にぞっこんなの」


なぜ胸を張って自慢気なのかわからないが、父が嫉妬してくれたことに母は気をよくしたらしい。


「そういえばいきなりどうしたんだい? 生存報告と家族紹介をしにきただけかい」


そういえば何しに来たのか言ってないな。

まあ、ここまで来ればだいたい予想はつく。


「色々頼みがあるんだけど、とりあえず泊めて」


母の用件は予想通りのものだった。


「それは構わないけど、頼みってなんだい?」

「ドラケネスに行くための手配をお願いしたいの」

「なるほど、わかった。さあ、中に入ってください」


ルシアさんは簡単に俺らを屋敷内へと招き入れる。

二人の会話に関してはどこかに行く手配を母が頼んだっていうことはわかった。


「ドラケネスって?」

「母さんの実家」


俺の問いにケロリとした表情で母が答える。

対して稲妻に打たれたかのごとく父の動きが停止した。まあ、異世界に迷いこんだ母をその両親と会うことなく手篭めにして俺を産ませたんだから何か思うところがあるに違いない。

俺はと言えば、こっちで生まれたからには実家があって当然だなと妙に納得した気持ちになった。


「まあ、せっかく帰ってきたんだから行くべきだわな」

「そうね……おじいちゃんに線香の一本でもあげなきゃね」

「あ、こっちのじいさんも死んでんだ?」


父方の祖父は一昨年死んだわけだが、母の父はもっと早くに死んだらしい。確か、チロッと祖父さんは冒険者だったとか言ってたんだもんな。冒険者がなにする人かはわからんけど冒険と言うからには危険なことに違いない。


「いや、ただの希望よ。最後に会った二十五年前には生きてたわ」

「紛らわしい……でも二十年以上経ったんならポックリ逝ってる可能性が高いな」

「それを確かめに行くのよ。なっちゃん、もしあの人が生きてたら財産を毟り取りましょう。なんなら財産の譲渡ではなく、遺産の相続に私達の手で変えるのもありね」


俺は、拳を握って物騒なことを力説する母を白い目で見ながら屋敷の中へと入っていった。



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