山田の装備
町についた俺がまず思ったのは町ってこんなんだっけ? というものだった。
そこは二階もないような平屋がハゲ散らかったおっさんの頭の如くちょこちょこあるような場所だった。
町というよりは村。
それも寂れた場所。いい感じで表せば牧歌的とでも言えるだろうか。
「変わったわね……二十年以上も経ったんだから当然かしら」
母がどこか感傷的に呟く。
「前はもっと栄えてたの?」
「ちょっと髪の毛薄くなったかな? って育毛剤を振り掛けるようになったおじさんの頭くらいにはね」
親子で思考回路が似てるってなんか妙に気恥ずかしい。
「これじゃろくな店が無いわね。せっかくなっちゃんの装備を整えようと思ったのに……」
「俺の装備?」
疑問文ではあるが、顔がにやける。
異世界に来てしまったと受け入れたからには異世界的な格好はしてみたい。
具体的にいうと鎧だろうか。母の着用する鎧は黒一色の軽鎧ではじめみた時は母親がコスプレに目覚めたと思っていたが、いざこの世界で見るとしっくりくる。
それもこの三日の間に鎧が尊いものに見えるように俺の倫理感を壊した母のせいだろう。
以下回想
「ビースト発見。ブラッドウルフだわ」
「あ、赤い犬……」
「どちらかと言えば狼よ。いい? ビーストってのは人を見つけたら本能的に襲ってくるわ」
そう説明する母を見つけてブラッドウルフが迫ってくる。
四本脚の獣のくせにのろま過ぎる。
かわすのも迎撃するのも母なら楽に違いない。
「本能ってのは凄いわ。そう、あの日の夜の勇作さんはその獣の本能を覚醒させて母さんと契りをかわし、なっちゃんを身篭っ……」
母の言葉が止まる。いや、止まってくれて助かったとも思うが……しかし、問題はそうじゃない。なぜ母の説明が止まったのかだ。
ちなみに俺がツッコんで殴ったりしたわけじゃない。もちろん父もだ。
原因はこれだ。
「ババアが噛まれてるーっ!」
「か、母さんっ? いや、ジュリアっ!」
頭、両腕、両足の計五箇所。五匹のブラッドウルフに母が噛み付かれていた。
普通の人間なら母親が五匹もの犬に噛まれているのを見たらどうなるか?
無論パニックになる。次いで身体の心配をするし、早く助けなければとも思う。
「二人とも黙りなさい。せっかく母さんがくっちゃべって攻撃対象を母さん一人に絞ったのが無駄になるわ」
助けようと駆け寄りそうになった足が止まる。よくよく見れば母はなんでもないように立っていて、ニコニコと微笑みを顔に浮かべている。
「だ、大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。この世界はなっちゃんが生まれた世界とは違う。身体能力はよりよい装備を身につけることで強化される。つまり、体が装備そのものの効力で変質するの。この『闇夜の鎧』は装備者の頑丈さを十倍に高め、夜には敵の知覚率を下げる他にも筋力の微上とかの効果もあるかなりの逸品なの。それを元の能力値の高い母さんが着ればこの程度の攻撃なんて、なっちゃんが最初にきちんと発した言葉がお父さんだったことに比べて痛くも痒くもないわ。……いえ、あの衝撃に比べたら並大抵のことは何も感じなくなったわ。そう、母さんはマグロな女……」
「喜ぶよりも先に僕を殺りにきたからね……」
とりあえず、体は大丈夫らしい。唯一頭だけが心配だ。
「とにかく、この世界において装備っていうのはかなり重要よ。同じ種類の装備の効果は重複しないわ。ただ二つ以上持つことを許された装備もあるわ。以上、ためになる母さんの異世界講座でした。それじゃゲストさんは死になさい」
ブラッドウルフは瞬く間に母に殺される。
「さて、ここからはドキッ! 母さんの異世界講座の時間です。ゲストは引き続きブラッドウルフさん。講座内容は、ビーストの捌き方です。視線はそのまま」
「チャンネル?」
「あなた! なっちゃんの眼球握ってでもこれからの光景を見せ付けるわよ」
「オッケー」
油断していたのか母に羽交い締めにされてしまう。力はほぼ互角。いや、わずかに母が上のため振りほどけない。
「むぅ……夜鷹を持っていないとはいえ、闇夜の鎧を装備した母さんとそう変わらない筋力だとは、なっちゃんの筋力の基本値は母さん以上ね」
「はーなーせー」
もがくが拘束が外れることはない。
「ビーストを捌くのは初めてだけど頑張ります」
いつのまにか父が包丁を構えていた。そして包丁を持つ手と逆の手にはブラッドウルフの死体。
「な、なにすんの?」
「母さん、手筈通りにお願い」
「わかったわ。なっちゃん、ちょっとグロいやり方で父さんがビーストを捌くけど目を離しちゃダメよ」
「捌くのか? つーかジジイが?」
「昔からよく食卓に出た肉はよくわからないものも含めてみんな父さんが捌いたのよ?」
俺の家では基本週一で鍋をする。だが、その時に使われる肉の種類を教えて貰ったことがない。まあ、蛙は確実にあったな。
それにしてもあの肉達は父が捌いていたのか。なんかザ・平均の父が急に男らしく見えてきた。
「さあ、ナイト……無駄にグロいからね」
「なんなのその念押し」
「あなた、グチャグチャのデロデロのビチャビチャでね」
「ああ」
その嫌な予感しかしない擬音はなに?
予感を信じてそっと目を閉じようとした時、その目を母によって無理矢理見開かされる。
「痛い痛い痛い痛い痛い。目が乾く」
「見届けなさい。父さんの男の姿。せっかく無駄にグロく捌くんだから」
「だからその無駄にグロいってなにさ……って、あ、あ、あ〜〜〜。やめ、やめろ……なんで内臓をそんな風に……ちょっと母さん? 母さん許して」
「息子の悲鳴……そして久しぶりに聞いた母さんと呼ぶ声……素敵。いいわよあなた。もっとこの子を鳴かせなさい」
「んじゃこれをこうしよっか」
「お、おえっ」
「あら吐いた」
回想終了
そんなことを三日間、ビーストを見つける度に行った。ビーストは食べられると言っても人が食べられるのは一部の部位だけで量はどんなビーストも決して多くはない。だからこそ、食べ繋ぐために多くのビーストを母は狩った。
また狩った全てのビーストには生命への冒涜とも言える行為を行ってるのだ。
それを全て強制的に見せられた俺はもはや並大抵のグロさには動じない心を手に入れた。
まさかあんなもん見せられると思わなかったからな。
それにしても
「店を探すのはいいと思うけど金はあんの?」
果たして異世界の金ってのはどんなんなんだ?
「お金は持ってないわ」
「んじゃなんも買えないじゃん」
「無問題よ、なっちゃん。ちゃんと考えてるから」
「なにを?」
「それはお店に行ってからのお楽しみ」
「そうだね」
妙にテンションが上がった両親と共に店を探す。とは言っても通り掛かった人に聞いたら一発でわかった。
それにしても山田語が公用語ってマジだったのか……
家族以外で使える奴がいるとは思いもよらなかった。
「いらっしゃいませ」
店に入ると小太りで頭が焼け野原な男が店番をしていた。
「武器と防具が欲しいの。あとは換金」
「武器と防具はナイフと皮の鎧しかないですよ?」
「効力は?」
「ナイフの効力は筋力一・一倍、二刀流可の二つ。皮の鎧は頑丈さ一・一倍だけです」
「ふーん、鎧の色は?」
「オーソドックスに白です」
「なら今すぐ赤にして。ペンキでもなんでも塗りたくりなさい」
「わかりました。では先に換金の方をすませましょう。ブツは何を?」
「これよ」
店主の問いに母は懐からなにかを取り出して店主の前に置く。俺の目に間違いなければダイヤモンドだ。偽物の可能性もあるが、そんなものを堂々と置くほど母はバカではないはず。しかし、どこで手に入れたんだ?
「元の世界の資産のほとんどをダイヤに換えて持ってきたんだ。この世界だと元の世界以上に価値があるみたいだからね」
俺の疑問は声に出していなかったにも関わらず父が答えてくれる。以心伝心みたいで気色悪い。
「ほう……ダイヤモンドか。しかもこれほど美しく輝くようにカットされているとは……悪いけど、うちみたいな田舎商店で買い取れるような代物じゃないよ」
「そう、残念ね。それじゃあビーストの肉を売るわ。あなた、こっち持ってきて」
「ビーストの肉だと?」
「ここらで狩れるビーストの肉よ。これを売るわ」
「ふむ、それなら買い取れるな。最近入荷がなくてね。狩れるような若者もいないからみんな喜ぶよ」
そう言って父の置いた葉っぱに包んでおいた肉を改める。
「で、いくらになる?」
我慢しきれはずに店主に聞いてみる。
「これなら銀貨一枚で買い取りましょう」
買い取りましょうって言われても価値がわからん。
「安いわね……そんなんじゃ貴重な肉は売りに出せないわ」
「相場の倍は出してるんですが……」
それがまじなら母は鬼だと思う。
「せめて鎧のカラーリング変更はサービスにして」
「いや、流石に……」
「しなさい」
「……はい」
見た目若くみえても、中身おばさんだからな。圧しが強い。
つーか
「なぜ色を変える必要が……」
「それは布石よ」
「布石?」
あ、やべ。思わず聞き返しちまった。絶対ろくなこと言わないぞ。
「そう、これはなっちゃんが有名になるための布石。常に血の臭いを発し、その鎧は洗っても落ちないほどの血を浴びて赤く染まった、その名も血塗れの騎士。名前もネタに使ったピッタリな異名よね」
ほら、ろくなことじゃなかった。
聞いて損しただけだった。
「それなら、ただの赤よりも黒に近い方がいいね」
「ハゲ、分かってるじゃない」
店主、あんたも馬鹿なのか?
つーか店主のことナチュラルにハゲっつたな。
「値段はナイフ一本銅貨十枚、皮の鎧が銅貨三十枚で合計銅貨四十枚だ。これでいいかい?」
「ナイフは二刀流可よね。なら二本頂戴」
「なら、合計銅貨五十枚だ。肉の買い取り価格から引いて、銅貨五十枚を払おう。これでいいか?」
つまり銅貨百枚で銀貨一枚ってことか。
まあ、物価が解らない以上無駄な知識かもしれない。あとで母に聞こう。
「ええ。それじゃあ、なっちゃん、サイズ合わせて来なさい。それらは無理矢理連れて来ちゃったお詫びのプレゼントなんだから」
いい歳こいて親からプレゼントをもらうとは……
そう思いながらも自分の鎧ということにワクワクした。




