山田家の子育て
「いや、だからあれどうするんだよ」
そう言ってビーストだとか言うゴリラプラス熊の化け物を指差す。
「なっちゃん!」
その行為がまずかったのか母が、俺を窘めるかのように大きな声を出す。
「これからは日本語禁止。山田語で話すのよ」
「へ?」
「あなたもいいわね?」
『オッケーさ』←山田語
山田語とは俺が小さい頃から家のみで使われていた言葉である。
「いや、なんで?」
『山田語で話せって言ってんでしょ』
『なんで?』
『山田語は正式にはボラギナンザ語と言って、この世界の公用語なのよ』
なんだってー!
すっごい衝撃なんですけど……
小さい頃から当たり前に使っていた言葉がまさか異世界の言葉だとは思わなかった。
どうりで文法とか細かく作ってると思った。
つーか
「俺、山田語のせいでいじめられたことあんすけど……」(以下会話文は山田語です)
「言ってたわね。確か高校の入学試験の面接で特技を聞かれて『実は僕、日本語と山田語のバイリンガルです』って言ったんだっけ?」
「そうだよ。だって山田語って普通にあると思ってたもん。そしたら面接官に山田先生ってのがいて『いやーユニークだね。私も山田だけど山田語は知らなかったな。いや、勉強不足だった』とか言われたんだぞ。しかも教師特有の授業中の無駄話に必ず言われて全校に瞬く間に広がって……」
めっさ馬鹿にされたなぁ……
「ちなみにこの世界の言語が山田語と言うことは〜?」
なんかうざい感じで聞かれた。
無視するか……いや、待て。
まさかっ!
「山田文字も……」
「ピンポーン。大正解。山田文字はボラギナンザ文字というこの世界の文字でした」
山田文字。
山田語と同様に家でのみ使用された文字で、日本語を書けるようになるより先に書けるようになった文字だ。なんかミミズがのたくったようなものとハングルっぽいのが掛け合わさった文字である。
母親には『ここ一番の時に使いなさい』っていわれて中学のときにラブレターに使ったら『外国から手紙来たんですけど』って言われて掲示板に張り出された思い出がある。まあ、誰も解読できなかったけど……
つーか
「なにずっと息子を異世界仕様に仕込んでんだよっ!?」
「だって母さんあっちの世界よりこっちの世界のほうが詳しかったんだもん」
「母さんを責めるな。父さんも母さんと意志疎通するために一生懸命覚えて、面白半分にお前に教えたんだから」
面白半分って言っちゃうの?
もう、なにもないよな。うん、特にない。
ってゆーか
「ビーストきてるっ」
「わかってるわ。あなた、槍」
「ほいさ」
父が母になんな布に包まれた細長い棒を渡す。いや、ほぼ確実に槍なんだけど……
「ハイキングコングが一匹か……バトルレコーダーがないから倒しても意味ないけど食糧くらいにはなるわね」
食うのっ!?
つーか
「倒すの?」
「もちろん」
俺にそう答えながら母は槍の布を取り去る。夜を槍の形に固めたような漆黒の槍。
母の愛槍『夜鷹』。これを持った母になんど愛の鞭と言う名の虐待を受けたことか。
手合わせ的なのは何回もしたなあ……
まあ、高校卒業する頃には負けなかったけど。今は基礎訓練くらいはやってるけど腕は落ちたかもな。
「ふんっ!」
母が横凪に振るった槍がビーストの横っ面にヒットし、その顔が歪む。
そしてそのまま錐揉みしながら彼方へと飛んでいった。
「はあぁあぁあぁ?」
「しまった。横じゃなく下に叩き付けるべきだった。とゆーかなっちゃんうるさい」
「だって、へ? あれ」
母はこんなに馬鹿力だったか?
いや、確かに女にしたら力があった方だけど、だとしても大人の熊くらいの体格の生物をああも吹っ飛ばせるだろうか?
もしかして見た目に反して軽かったのか?
「母さんの予測通りよ」
ない胸を張って母が自慢げに踏ん反り返る。
「どうゆうことだ?」
「いや、母さんにしてみたら今のが普通なんだけど、あっちではじぇんじぇん力が衰えちゃってたのよ。だからワームホールに入ったときに力を封じられたんじゃないかなって仮説を立てたのよ。結果はごらんの通り」
つまり、ビーストよりは母親の方が化け物だったわけだな。
「バトルレコーダーがないから今の戦レベルはわからないけど最後に見たときは154だったのよ」
「あんたが何言ってるかわからない……」
「騎士っ! 母さんの言葉に耳を傾けないから理解できないんだ」
「ジジイは黙れ」
バトルレコーダーと言うからにはバトルをレコードするんだろう。つまりは戦いの記録。レベルって言うのは文字通りに理解するとして154ってのは強いのか?
レベル100近辺がマックスのゲームとかはよくあるが、154ってことはどう判断すればいいんだ。
「ねえ、レベルのマックスはいくつ?」
「さあ? あ、でもなっちゃんのおじいちゃん……この場合は母さんの父さんね。んでおじいちゃんの戦レベルが172だったかな。それで最強の冒険者とか言われてたわ……当時はね」
よくわからんが、大分強いなこのババア……
いや、もうそんなのどうでもいい。
「とにかく、俺は帰る」
「え、帰るの? どうやって?」
「そんなもん、来た道を戻れば……」
辺りを見回すが、草木以外になにもない。
「ワームホールは出てきたと同時に消えたわ」
「嘘……」
「あなた、どう?」
「ないね」
「だって」
「だってじゃねえよ、くそババア。え? マジで帰れないの?」
「ババアは良いけどくそはつけないでよ〜。あと帰れません。いいじゃん別に彼女もいないし、心配して追っかけてくるような世話焼きの幼なじみもいないじゃん」
あっけらかんと告げられる言葉に思考が停止する。俺の意志に関係なく勝手に連れてこられて、健やかなあの日々にはもう戻れないと言うのか……
「そんなのあんまりだっ!」
激情に身を任せ、近くの木を殴りつける。
すると、なぜか木が折れた。殴ったはずの手は痛くも痒くもない。
「……は?」
「やはり受け継いでいたわね……母さんの一族、竜人族の中でも類い稀な戦闘力を誇る竜神族の血を……」
「いや、そんなしみじみ感と納得した感じを合わせた渋い声出すなよ。説明しろ」
「全部言いましたー」
ムカつく。母親でなかったら半殺しにしてんぞ。
「でもまあ、補足はしておこうかね。竜人族ってのはこの世界にいる種族のひとつ。他にもいろいろいるんだけど、百聞は一見に如かずって言うし、出会ったら説明しまーす。とにかく、母さんはその竜人族の中でも更に特殊なの。簡単に言うと竜人族の王家って感じよ。んで、その力が封印されたまま、なっちゃんにも受け継がれてこの世界で発芽したって感じ?」
なんか頭痛くなってくる。
これが序盤のノリか……説明して欲しいことが山盛りすぎる。
だけど、やっぱ小出しがいいよな。
「……で、これからどうすんの?」
「それは父さんも聞きたい」
「近くの町に行きましょう。ここから三日はかかるけど、食料は現地調達すればいいから」
「現地調達?」
「ビーストって美味しいのよ。ビーストランクが高いほどいい味出すのよ。そこらにいるから狩るわよ」
やる気満々だ。
頼もしいことだ。自分の世界に帰ってきて生き生きしてやがる。
「わあ、どんな味か楽しみだよ」
父よ。あんたは図太いな。
「なっちゃんあんたも手伝いなさい」
「は? なんで?」
「そのために今まで鍛えたのよ!」
あの実家暮らししてた頃の愛の鞭はこのための布石だったのか。
でも……
「俺を連れてくのは迷ったみたいなこと言っておいて仕込むことは仕込んでたんだな」
「そりゃ、始めのころはマジで一緒に帰る気だったからね。でも、なっちゃんが高校卒業して大学に入った頃までにワームホールは現れなかったからもういっかーって思ってたら不意に現れちゃったのよ」
それで相談もなしに連れて来られたのか。
我が親ながら頭大丈夫か?
まあ、いい。それよりも俺には母に告げるべきことがある。
「俺、ビーストって奴、多分殺せないぞ?」
動物を殺したことねえし。そりゃ虫とかは潰したこともあるが……
「大丈夫」
弱気になる俺に母は優しく笑いかける。
「母さんがその倫理観三日で壊したげる」
何を言ってるんだろうこの人は……
「ナイト……がんば」
ジジイ、人事だと思いやがって。
そうして俺達は町へ向かって三日ほど歩いた。迷いの森は入ったらなかなか出れないというものだったが、俺達が入口付近にいたことが幸いして特に苦労なく抜け出た。
ちなみに俺の倫理観は母によって見事に壊された。