戦い終わって
話の中での「」は大体異世界言語を意訳したものですが、「」内に『』やOh my God という英語等の表記があった場合は、そう発音していると思ってください。
人を殺したという事実が俺の身体を震わせる。身体に力が入らず、立ち上がることが出来ない。
「なっちゃん……」
「ナイト……」
俺の拒絶の言葉を聞き、両親は今いる場所以上に俺に近づいてはこない。
「父さんはナイトと同じく、日本で生まれて日本で育ったから気持ちはわかる。だから父さんはあえて故郷の言葉で伝えよう……ナーイト! 『Don't mind』」
「……出来れば故郷の言葉を使うなら日本語使えよ」
そもそもお前が不用意にここへ来なければ人を殺すこともなかった。いや、元を正せばこちらの世界に連れられてさえいなければ!
そう叫びそうになる心を押さえ付ける。これではただの八つ当たりでしかない。ただ、発言自体にはそうかもと思わせる部分があるだけにたちが悪い。
「とゆーかなんであなたがここに居るのかしら?」
「いや、僕も指示されたように船室に隠れてるつもりだったんだけど、すっごい衝撃と共にでかい棒が部屋を貫通してきて、中がめちゃくちゃになっちゃったんだよ」
でかい棒と言うのは二角鯨の角だろうか。
「それでジュリアとついでにナイトは大丈夫かなと様子を見にノコノコやってきたら、息子が殺人を犯す現場に遭遇しちゃったんだよ」
父の言葉に胸に何かが突き刺さる。
「とゆーかジュリア、ナイトにはまだ人と戦わせるようなことはさせないで、まずは徐々に人の死に慣れさせるって二人の深夜の猥談会で決めたじゃないか。僕が来た時点でナイトはこいつと戦ってたんだけど?」
父はそう言って俺が殺した男――カルフードを指差す。
「いや、あれよ? いい感じにテンションが上がって殺すことに集中してたらいつの間にかなっちゃんとの距離が開いちゃって、加勢する前にサックリなっちゃんのナイフがそいつの首に刺さっちゃってたのよ」
母もまた父と同じようにカルフードを指差す。
「なんだ……ジュリアも『Don't mind』。テンション上がるなんてよくあることだからね」
「あなたも『Don't mind』。船室が壊れちゃったんだから仕方ないわ」
「ジュリア……」
「勇作さん……」
二人の距離が近づき始める。そしてその距離がゼロになったのは俺の目の前だった。
二人は俺を中心とした対角線上にいたのだから無理もない。
「……つーか人を殺して精神が折れかけてる息子の傍でなにやってんだよ」
交わす会話も軽い感じだし、終いにはいちゃつきだすとか頭が悪いを通り越して脳の機能が壊死しているとしか思えない。
「もっと親身になって励ますとかそっとするとかあるだろうが」
「だからそっとしてるだろ?」
「傍でいちゃつくのはそっとするとは言えねーよ糞野郎」
「なっちゃん、日本のことわざにこんな言葉があるわ……『猿も木からフォーリンラブ』とね」
猿が落ちるのは恋ではなく木だ。といつもの俺なら突っ込んでいるだろう。
「何が言いたいんだよ」
「母さん達、失敗しちゃった。てへっ」
舌を出して言う母に思いっきりビンタをかましたい衝動に襲われた。
落ち着けナイト。海賊が攻めてきた時にこの場に残ると決めたのは俺じゃないか。
母の失敗なんて俺をこの世界に連れてきたこと以外には細々としたものしか有りはしない。
唇を噛み締めて身に走る衝動を押さえ込む。
「まあ落ち着きなさい。父さん達も悪ふざけが過ぎた。少しでもナイトが元通りになればと思ったんだけどね」
「父さん……」
「そ、そうよ。全部計算し尽くした言葉なのよ」
じゃあなぜ母はそんなに動揺したような顔をしているのだろうか。
「最初に言ったように父さんも日本で生まれ日本で育った男だからナイトの気持ちはわかる。人を殺すっていうのはクルよな」
俺の気持ちの何がわかって言ってんだよ。
「父さん達がこの世界に連れて来なければ、お前は人を殺さずに人生を過ごせたかもしれない」
「……その通りだ」
父の言葉を肯定する。
「それについてはすまんとしか言いようがない。覚悟なく人を殺したお前はこれから一人で苦しむことだろう。だから……」
そう言って父がカルフードの死体に近づいていく。そしてカルフードが握っていたナイフを奪うとそれを振り上げ、
「父さんも一緒に苦しんでやる」
倒れたカルフードの背中に突き刺した。
そしてそれを抜いてまた突き刺すという動作を何度も続ける。
「いやー……死んでるといっても人間に刃を突き立てるのはきっついなぁ〜」
手を止めた父がおどけて言うが、顔が見るからに青白くなってきている。
「……なにやってんだよ」
「言ったろ。一緒に苦しんでやるって。もし、こいつがナイトのナイフで死んでなかったら父さんが止めをさしたのかなってドキドキもんだよ」
「そうじゃなくて、なんでこんなこと……」
「いや、息子をこんな殺伐とした世界に連れてきておいて、自分は高見の見物ってのもなんか違うからね。せめてもの償いにって奴。でも、死者に刃を突き立てるだけじゃナイトと釣り合わないよね」
「いや……」
死体とはいえ人間に刃を突き立てるなんて普通ならまず出来ない。
「もう賊は撤退したようだし、父さんが生きてる人間を殺す機会は次回に持ち越しみたいだから、とりあえず転がってる死体全部にナイフを突き刺しておこう」
父の声に周りを見回せばそこには生きている海賊の姿はなく、また、いつのまにか二角鯨と共に海賊船も船から遠ざかっている最中だった。
「撤退したのか?」
「なっちゃんが副船長倒しちゃったしねー。そしたら生き残ってたのはビビって海賊船に戻っちゃったのよ。見てないけど船長のムノーってやつもビビったんでしょうね。まったく名前通りに『無能』なんだから」
無能と言う部分だけ日本語で発音する母。
ムノーは日本に生まれてたならいじめられる名前だろうな。
「んじゃ、父さんはナイトと父さん自身のために死体を切り刻みにいこうかな」
「父さん待った。もういいから、な?」
ただでさえ顎並に青い色をした顔をしてるのにこれ以上やったら、吐くに違いない。
何より父親が死体を切り刻むとか想像するだけでいやだ。一回現場を見たから尚更に。
「ナイト、今一度だけ父さんの男気見ておけっ!」
「はいはーい、なっちゃんが止めたんだからやめときましょうねー。ごめんねなっちゃん、父さんもこの状況でテンパってるみたい」
走り出そうとした父の腕を掴んでそれを自身に引き寄せることで母が父を後ろから抱きしめる形になった。
「くっ、なんて心地良い感覚なんだ……ここは美の女神ジュリアの住まう天上の国か」
「そうです」
違うだろ。
「だが、僕は父親として息子にさすが俺を形作る染色体を与えた野郎だとか思われたいんだ」
「いや、普通そうは思わないだろ」
「あ……なっちゃん、大分調子が戻ってきたわね!」
不意に漏れた心の声に母が父を抱きしめたままに驚喜する。
こいつらは俺が落ち込むのを許してくれない。確かにまだ俺の心には闇が巣くっているが、こいつらの前でだけはいつも通りの俺へと出来るだけ戻ろう。
「本当か? よし、ならその両の瞳で刮目せよ。父が限界まで挑戦するギリギリ解体ショーを!」
父は意識が混乱状態らしい。
「母さん」
母に呼びかけ、こちらに視線が向いたのを確認すると首を右手の親指と人差し指でつまむ動作をした。
それに母はウインクで了承の意を示した。
「父さんは父さんとして父さんのため妻のため、ひいては息子のために……ぬ……」
「ふうっ、ごめんなさいねあなた」
母が父の首に巻き付いていた腕を解いて謝る。
母が父に何をしたのか。
その問いに答える前に母を呼んだ時に俺がした動作の説明をしなければならない。あれは山田手話で優しく意訳すれば気絶させろ。直訳すれば絞め落とせっ! である。これは俺の知る数少ない山田手話の一つだ。
だから母は体勢を利用し、一般的にチョークスリーパーホールドとか裸絞めと呼ばれる技をかけたのだ。
解放された父はビクンビクンと痙攣のようなものを起こし、傍目にはヤバい感じに見えることだろう。
「呼び戻そうぜ」
このまま本当に天上の国に逝っても困るしな。
不意に誰かの視線を感じたので振り向く。
視線を感じた先にあったのは小さくなった海賊船だ。
誰かが俺を見てた?
もしかしたら気のせいかもしれないが、副船長を殺した俺を見るのは有り得ない話ではないだろう。ただ、気になるのはその視線に殺気や敵意などが含まれていなかったことだろうか。まあ、俺も五割くらいの確率でしかそういうのはわからないから当てにはできない。
「ナイト、無事?」
「なっちゃんさん大丈夫ですか?」
フィロ、フィオ姉妹が近寄って来る。
どうやら今まで死体を海に投げ捨てていたらしく身に纏う防具などにはベッタリと血がついていた。
正直近付いて欲しくない。
そういえばと思い、父を呼び戻している母に目を向ける。
母の鎧には血が付いていなかった。あれだけの殺戮を繰り広げたというのに返り血がつかないものなのか? いくら槍の間合いが広いからといってありえないだろう。うん、きっと身なりを小綺麗にしてからこっちにきたに違いない。
「えーと、二人も無事だったんだね。その、あれだ、血生臭いからどうにかした方が女性としては賢明な行為ではなかろうか」
二人の無事を喜びつつ、近づくなという心のバリアを張る。母への恐怖は家族ということで薄れてきてるが、ついこの間知り合ったばかりの二人への恐怖はまだ色濃く残っている。強烈なまでの拒絶をしてしまわないように今は離れておくのがいいだろう。
「なによその言い方……」
「姉さん、なっちゃんさんは海賊達の薄汚れた血で私達が穢れるのが心配だと言っているのですよ」
「なるほどね。じゃあ危険も去ったことだし、着替えてこよっか。あくまでも自分達のためであって、ナイトに心配されたからじゃないんだからね」
二人が船室に向かっていく。
果たして彼女達の部屋は無事なのだろうか。
少なくても俺達の部屋はダメになったみたいだが……
「荷物無事かな……」
ボソリと呟く。着替えやらがどうなったかが一番心配だった。
「あーっ! ちょっとあなた荷物は無事なの!? 厳選なっちゃん写真集とかなっちゃんの成長日記とか母の日の似顔絵とかは大丈夫なんでしょうね? 一つでもなくなってたら……あのボケ共のアレを剥ぎに行かなきゃ……」
恥ずかしながら、元の世界から持ち込まれた荷物の九割は俺に関するメモリーだったりする。それでも取捨選択した選抜メンバーなわけだが、その分、母のお気に入り度数が高い。故にもしそれらが紛失すれば第四次山田大戦は免れないだろう。
第二次山田大戦の折りに、敵となった山田二郎叔父さん(じいさんの弟の次男)はその時の母がトラウマとなって母に会いたくないがためにじいさんの葬式への出席を最後まで拒否したらしい(奥さんと娘さんに連行されてきた)。
ちなみに第一次は小学生の時の担任、第三次の時は町内婦人会が敵だった。
「マジで剥ぐ」
段々と母の目が虚ろに変わっていく中、父が目を覚ます。
そして事情を察して懐から一枚の写真を取り出した。
「ジュリア安心して。ナイトメモリアルはシリーズ全て無事だ。まずは家族写真でも見て落ち着こうじゃないか」
「ぶほっ! 相変わらずこの写真の威力はヤバいわ……」
返り血に染まらなかった母の鎧が、母が分泌した鼻血で濡れる。
とゆーか、そんなに興奮する家族写真ってどんなだよ。
「まあいいわ。とりあえずメモリーズの確認をしないとね。なっちゃん、先に戻るわね」
そう言って母と父は連れ立って荷物の回収に向かった。
取り残された俺は誰もいなくなったことを確認してから、また人を殺したことに対して気持ちを暗くしていくのだった。