表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

戦場にて


時間が経つにつれ近づいて来る船の姿にようやく他の者達も気付き始める。

近づいて来るのは黒一色の帆船。そして船に掲げる旗は白地に黒い龍のような生き物が描かれている。


「ムノー海賊団……」


船員の誰かが呟く。

そしてそれを聞いた者達がパニックに陥る。


「もしかして有名な海賊なのか?」

「母さんもわかんない。二人は知ってる?」


装備を整えた俺達は甲板から船を見つめながら、迫って来る海賊のことについてフィロ達に尋ねる。


「東の海の覇者って呼ばれてる海賊団で、船長のムノーと副船長のカルフードは賞金がかけられてるわ」

「へぇ……いくら?」

「ちょっと待ってください……」


フィオが懐を漁って取り出したのは、白色の縁の眼鏡。彼女達もまた冒険者であり、その戦レベルはどちらも26と未だ戦レベル12の俺よりも倍近い。


「ムノーは金貨百二十枚、カルフードは金貨二十五枚ですね」


バトルレコーダーを操作して賞金額を確認したらしい。ちなみにこの機能は戦レベル20になったものに追加される機能で、俺や父のバトルレコーダーにはない機能だ。

母はすでに戦レベル21なので追加済みだ。


「なっちゃんの装備を中級にして、豪遊しても余るわね」


聞くかぎりは大層な賞金首っぽいのだが、母は勝つのが当たり前だという風に話す。


「捕まえられるのか?」

「なっちゃん何言ってるの? 賊は皆殺しにするのよ」

「え……」


母の言葉に戸惑ってしまう。

今、母は皆殺しと言った。それはすなわち人を殺すということなのか?


「いや、でも……」

「ああ、なっちゃんは知らなかったわね。山賊、盗賊、海賊と言った賊は後々のために問答無用で殺さないとダメよ。捕まえたとしても生かしておくためにかかる食事や費用が勿体ないもの」


確かにそうなのかもしれないと思うところはなくはないが……


「そうよね。なっちゃんはそうゆうのとは無縁の世界にいたんだもの。躊躇いがあるのは当たり前よね。母さんもいずれ人間と相対することがあるだろうと思ってはいたけど、こんなに早くなるとは思ってなかったから」

「それは人間を殺すことも視野に入れて、俺を連れてきたってことか?」

「ええ、母さんにとってはそれが普通だったから。母さんは日本に住んでた期間の方が長いけど、倫理感はこの世界のものだから。ゴメンね、もっと徹底的になっちゃんの倫理感をぶっ壊しておくべきだった。なっちゃんは部屋に戻って父さんを守ってあげて。賊は母さんが殺すから」


言外に戦力外だから隠れていろと言われた気がした。


「いや、俺も出来ることはしたい」


なぜだろう。

半ば意地でその場に残ることを選択してしまった。


「そう……」


俺の言葉に心配そうな表情を浮かべながらも、母が反対することはなかった。




そして、逃げるように航行していた船は遂に海賊船に並ばれてしまった。


「……来るわ」


母が呟いたと同時に海賊船の側面の砲門が開き、黒い砲台がこちらに向けられるのが見えた。

鈍い音と共にその砲台から何かが射出される。


「うわっ!」


映画なんかでよく目にした大砲が発射される光景。しかし、それは映像の世界の話。本物は腹の底に響く音と共に俺の身をすくませた。

そして衝撃と共に船が揺れる。


「ぐっ……」


倒れないように脚に力を込めて踏ん張る。


「迎撃用意」


誰かの声が聞こえるとこちら側の船からも大砲が発射される。

だが、この船は所詮は荷運びと乗客運搬のためのものだ。戦闘を生業とする海賊達の船に比べればその装備は貧弱の一言に尽きる。このままでは沈んでしまう。


「大丈夫よ。この船は沈まない」


俺の不安を感じ取ったのか母が気遣わしげに声をかけてくる。


「この世界のサルベージ技術は大したことないわ。母さんがいない間に劇的な技術向上があれば別だけど、二十年ではそうは変わらないわ。まあ、テレビがブラウン管から3Dになったのは衝撃だったけどね」


それって有り得なくはないってことを示唆してないか?


「今のは牽制。きっと、奴らは白兵戦を仕掛けてくる。この船から全てを奪うためにね」


母の言葉から察するに全てと言うのは金品だけではないのだろう。そう、乗っている俺達の命までも奴らにとっては奪うべき対象だ。


「撃てーっ! 絶対に接舷させるなっ!」


船員の必死な声が聞こえてくる。

母と見解が一緒なのだろうか。


「今の母さん達はなにもできないわね。まだるっこしい……そこのチョビ髭っ! 砲弾をよこしなさい」

「お、お客さん。あんたらは船室で待機しててください」

「いいからよこせっ! お前達に任せたら取り返しがつかなくなるでしょっ!」

「へ、へい姐御」


母の剣幕に押されたのか声をかけられた船員は砲弾を持ってくるために駆けていく。程なくして砲弾が三つ母の元に届けられる。


「これだけか……」

「内緒で拝借してきたもんで……で、こいつでなにを?」


確かに今は一発でも砲弾は惜しい所だろう。三つも持ってきたことは驚嘆に値する。

これで母が何をしようというのか。船員はそれがわからないようだが、大体想像がついているだろう。

母は砲弾の一つを手に持つ。


「こうするの、よっ!」


そしてそれを海賊船に投擲した。

母のコントロールどうこうよりも的はでかい。母の投げた砲弾は海賊船の船体側面に命中し、大きな穴を開けた。ぶっちゃけ大砲で撃ったよりも与えた損害は大きいかもしれない。


「ちっ、当てやすいけどこんな鉄の球じゃたいした被害もないわね。爆弾的なものならさっきので終わりなのに……マストを狙おうかしら? いえ、野球のピッチャーでもストラックアウトでパーフェクトを確実にとれるわけでもないのに私じゃ更に確率は下がる。なら私に出来るのは精々船に出来るだけ損害を与えることね」


決断したのか母は次の球を手に持つ。

そしてそれを海賊船のまだ無事な部分に投げた。


「ダメ。これだと意味がない。効果的にダメージを与えるには……」


母は当たった箇所を見つめながらブツブツと呟いている。


「やっぱ一か八かであそこ狙おうかしら」


そう言って母は最後の球を手に持つ。

そして投擲したそれは海賊船のメインマストをへし折った。


「凄い……」


呟いたのは誰だっただろうか。

もしかしたら自覚なしに俺が呟いたのかもしれない。

それほど母は凄かった。


「これで相手の速度はがた落ち。逃げ切れる」


船員が喜色の声をあげる。

それに呼応するようにあちこちで安堵の息が漏れ聞こえてきた。


「……おかしいわ。海賊船のスピードが全然落ちていない」


未だ海賊船を見つめていた母の呟きにそれを聞いた者達が一斉に海賊船を見る。

確かに海賊船のスピードは衰えず、こちらの船との並走を続けている。


「馬鹿な! ただの帆船がこの船に追いついただけでも有り得ないのに帆を失っても突き放せないだと!?」

「……下に何かいるわ」

「あれは……二角鯨!?」


フィロが叫びのような驚愕の声をあげる。

その声とほぼ同時に海賊船が海を離れる。正確に言えば一頭の大きな鯨のような生き物によって持ち上げられたのだ。


「へぇ……二角鯨を手なずけて船を乗せて移動の補助にしてたわけね。通りで速いわけだ」

「なに感心してんだよ。あれはなんだっ?」


鯨と言えばそう見えるが、まずその体表は毛に覆われ、頭に長く鋭い二本の角を携えている。


「二角鯨……水生ビーストでもかなり大型の存在でビーストレベルは120です」

「ビーストはレベル10以上は手なずけれないんだろ? なんで海賊の手助けなんか……」

「普通は無理ね。だけど手段がないわけではないわ。例えば……生まれたてのビーストに自分を親だと刷り込めば可能よ。でも生まれたてのビーストなんてまずお目にかからないからよっぽど運がよかったんでしょうね」

「マジかよ……」


なんで悪い奴に限ってそんな幸運に恵まれるんだ。

そんなことを思っていると海賊船の船首がこちらを向く。いや、二角鯨の角がこちらを向いたのだ。


「まさか突っ込んでくる気?」


その言葉通り海賊船と二角鯨はこちらの船へと向かって来る。

そして二角鯨の角が船体を貫き、海賊船と俺達の乗る船が接舷してしまった。


なだれ込んでくる海賊達。皆、手に武器を持ち、目につく人間を殺し始める。


「見境なしかよっ!」

「殺してからぶん取る気なのよ。フィオ、やれる?」

「はい、姉さん」


姉妹が手に持つ武器を抜く。フィロは剣を、フィオは杖のようなものだ。


「フィロちゃんとフィオちゃんは二人で協力して賊を殺しなさい。なっちゃんは母さんのサポートをお願い」


母も背中に固定していた槍を手に持つ。そして目を閉じて、深く一回深呼吸をした。


「行くわよっ!」


言葉と同時に母が賊に向かって迫る。その速度はギリギリ目で追えるくらい速い。


「はあっ!」


母が槍を賊の胸に突き出す。

あっさりと、本当にあっさりと突き出された槍は賊の体を貫通してしまった。


母が人を殺した。



「らあぁっ!」


そして槍が突き刺さったまま槍を振るい、その勢いで死んだ賊を振り落とす。

賊は石ころの如く吹き飛び、射線上にいた数人を巻き込んで海へと消える。


「懺悔の言葉も命乞いも一切聞く気はないわ。あなた達はここで死になさい」


母の派手な登場に場の視線が集まる。

その視線に向けて母が言い放つ。

その姿には人の命を奪ったという後悔など微塵も感じない。お前達など死んで当然だという副音声が聞こえてきた。


「女ぁ……いい度胸だ。てめぇは手足を切って犯しながら殺してやる」

「あんたら如きの祖チンで犯すなんて言うのはやめなさい。不快だわ」

「へっ、その不快なものでひぃひぃ言わせてや……」


そこで賊の言葉は止まる。

それはそうだ。言葉を発することなど出来はしないのだ。語るべき口のある頭が胴体と離れていってしまったのだから。


「不快だって言ったでしょ」


それを行ったのは他でもなく母だ。

母は槍を振るい、その穂先で賊の頭を切り取った。


「あははっ、あーあ……賊なんかの言葉を聞いてもなんの意味もない。ただの時間の無駄。来なさい雑魚共。あんた達を一番楽に殺してあげられるのは私よ」


賊の一人をまた殺し、それでも笑みを浮かべる母から目が離せなくなる。

それは恐怖という感情。

しかし、海賊達はそうではなかった。

仲間を殺され、笑みを浮かべる母の姿は侮辱と映ったのか怒声をあげながら母へと向かってくる。


「そう、それでいいの。これで……殺しやすくなった」


母の槍が振るわれる。たったそれだけでいくつもの命が消える。賊の腕が、胴体が、頭が、鮮血と共に飛び散る。


「あ、あ、ああ……」


その光景を前にして俺の足は金縛りにあったかのように動けない。

恐い。人の命を奪おうと迫り来る海賊達が。

恐い。その海賊達をなんの躊躇もなく殺す母が。

ただただ恐い。

視線を他に移す。

そこでは姉妹が二人で一人の海賊を相手に戦っていた。フィオが牽制して相手の注意を引き、その隙を逃さずにフィロが命を刈り取る。姉妹らしく抜群の連携でもって人の命を奪う。

彼女達もまた恐い。


その時、視界の端に銀色の光が煌めいた。


「っ!」


反射的にナイフを引き抜き、その光の進路を疎外する。

僅かな衝撃と共にその光が止まる。光の正体は俺の持つナイフよりも数段上等と言えるナイフ。


「どうした? 敵が居るって言うのに視線をキョロキョロと。ここはもう戦場なんだぜ?」


ナイフを持つ男が舌なめずりしながら俺に凶刃を向けてニヤついていた。その顔には旗に描かれていたものと同じものが入れ墨として彫られている。


「お前は……」

「ムノー海賊団、副船長カルフード。よろしく」

「よろしくなんてしねーよっ!」


力任せにカルフードを弾き飛ばす。


「ひゅー、ものすげえ馬鹿力。こりゃ油断できねえや。いくぜ、青年」


カルフードが迫ってくる。

その剣檄は母のものに比べれば遅く、隙だらけだ。しかし、一般的に見ればこいつは強い部類に入るだろう。少なくともフィロ、フィオ姉妹では勝てない。

だけど曲がりなりにも物心ついたころから母に鍛え上げられた俺にとっては児戯と呼べるもの。対処するのは容易い。

だが、俺にはそれだけしかできない。


「ちっ、ハズレ引いたか。こいつは強いが弱い」

「矛盾してんぞオッサン」

「してねーよ。お前はオレよりも強い。だが、人を傷つける覚悟がねえ。その証拠に……そらっ」


カルフードが今までで一番大きな隙を見せる。今、俺が母であったなら首を跳ばせばそれで決着はついたはずだった。

だが、それはできない。

心が俺の動きに待ったをかける。


「やっぱりできねえか……弱い弱い弱いっ! 戦う技術がじゃねえ、心が弱いっ! 傑作だ。覚悟もねえのに戦場に立つのは戦士にとっちゃ自殺でしかねえんだよっ!」


カルフードのナイフが翻ると同時に相手にも隙が出来る。今ならまだ俺の方が速い。

いけっ!


一瞬の思考。だが結果、またしても俺は奴を傷つけることが出来なかった。

そして生まれた躊躇いが隙となって俺に現れた。


「……ぐっ」


回避はしたが、胸を切り裂かれてしまった。買っていくばくも無い鎧のお陰で薄皮一枚程度の被害しかないのが幸いだろう。


「殺らなきゃ殺られるだけだぜ? 愉しませろよ、オレをっ!」

「戦闘狂かよ……どおりで口が回る。副船長には向いてねーな」

「いつもは冷静なんだぜ? ただ、強い奴と相対すると興奮が抑えきれねえだけだ」


強いとか弱いとかどうでもいいことを……

第一、人を殺せるからって心が強いわけじゃねえ。


「だからよ、もっと興奮させてくれ。まだ股間も四割くらいしかエレクトしてねえ」

「気持ち悪いんだよ」


交わされるナイフによる剣檄。

しかし、俺の持つ安物のナイフは相手のナイフと打ち合う度に損傷していっている。このままでは遠からず壊れてしまう。


でもこいつを殺すのか?

俺が?


無理だ。俺は母のように人は殺せない。

だってそうだろ? ついこの間までは日本人をやってたんだ。


「ナ、ナイト……」


その時、聞き覚えのある声が耳に入ってくる。その声の持ち主は今この場にはおらず、船室に鍵をかけて閉じこもっているはずだった。

視線を声のした方に向ける。


「……なんで来たんだよジジイ」


思わず声に出して呟いてしまった。


「知り合いか? なら……あいつを先に殺る。そうすりゃもっと興奮させてくれるよな?」

「待てっ!」


カルフードが父に向かって迫る。

だが、初動が遅れたことと体勢の問題でカルフードが父を殺す前に止めれるかはギリギリだ。

そしてそのギリギリの具合はカルフード優勢に傾いた。


「父さんっ!」




カルフードが前のめりに倒れ込む。

その後ろ首には先ほどまで俺が握っていたナイフが深々と刺さっている。

俺が投げたのだ。

ナイフを投げてカルフードの首へと刺さった。

それは父がカルフードの間合いに入るまであと三歩という場所だった。


「やるじゃねえか。エレクト十割だぜ青、年……」


空気の漏れる音混じりにカルフードが呟く。

そしてカルフードはピクリとも動かなくなってしまった。

ただの肉塊になったのだ。


殺した

俺が

殺した

人を

……殺した


「う、あ、あ、あぁ〜」


力が抜けてその場に座り込んでしまう。


「ナイト……」


父がそんな俺を見て声をかけてくる。そして近寄ってこようとしていた。

そうだ。見られたのだ。父に人を殺す所を……


「来ないで。来ないでくれ父さん……」


四肢に力が入らない。

今の俺は海賊達にとって格好の餌食だろう。


「なっちゃん……」


背後から声がかけられる。

母の声だ。まさか、母にも見られたのか……


「来るなっ!」


思わず怒声が上がる。

恐い。人の命を奪おうと迫り来る海賊達が。

恐い。その海賊達をなんの躊躇もなく殺す母が。

そして感情に任せて人を殺した自分自身も恐かった。


この日、初めて俺は人を殺したのだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ