いまから
僕は山崎を推した。元カノは関ヶ原を主張した。アニオタやドルオタがそうだ。歴オタだって一致点を見出せないことだってある。僕と元カノのように。
「夏休みの自由研究、一緒にやらない?」
その一言がきっかけで付き合いはじめた僕と元カノは、やはり夏休みの自由研究が原因で袂を分かつことになった。それを悔やんでもしかたがない。すぎたことは変えられない。歴史がそうであるように。
八月のお盆前、僕は、山崎駅に降りた。山崎の戦いの「あの隘路」を、一度、見てみたかった。
隘路はさわがしかった。蝉しぐれってこういうことを言うんだな、と圧倒されるより、感心してしまうくらいだった。ハンカチは乾く前に次々と汗を吸い、ペットボトルのお茶は減るのがはやかった。ただ道が細いだけでなく、どうにもならない行き止まりのような、逃げ場のなさのような。そうだ、あのときの光秀みたいに。
暑くて、息も激しく切れた。まるで、袋小路とケンカをしているみたいに。ひとことで言って、複雑だ。何も考えたくない。
「いてっ」
重い足が、進むのを拒んだ。まわりのことなんか気にせず、その場にへたり込んだ。青い空を仰ぎ、白い雲を見やる。ふいに、元カノの顔が浮かんだ。思い出した。言われたことを。
―なんでも、複雑だな、のひと言で片付けちゃうの、よくないよ
手に、強く力が入った。あともう、残りいくらもないペットボトルのきしむその音が、僕を引き戻してくれた。
時代は、山崎で勝った秀吉から、関ヶ原で勝利を手にした家康へと移っていく。
元カノが言っている気がした。
―歴史、ちゃんと勉強してんの?
と。
歴史は変えられない。でも、未来は変えられる。そのためには、いまを変えないと。
いまが、僕にとっての天王山であり、山崎なんだ。京都、大阪、ふたつの府を手にしている山崎駅。その姿のようにいくかはわからない。でも、やるだけやってみよう。山崎と関ヶ原、どっちも。
間に合うだろうか、関ヶ原に。
秀吉になりたいのか、それとも家康か。でも、いまのこの心境は、関ヶ原に遅参した秀忠か。
迷ってちゃダメだ。いまを変えないと。
スマホを取り出し、元カノに連絡を入れる。着信をとった元カノが言うより先に言葉でさえぎった。
「いまから行くから」
言って、僕は電車に飛び乗った―




