やがて、シーグラスへ
「お母さん、学校行ってくるね!」
今日も朝ごはんを食べていたら、時計の針はギリギリの時間を指していた。
急いで荷物を掴み、玄関までの短い廊下をドタバタと走り抜ける。
「こら! 走ったら危ないでしょ!」
背後から飛んでくる母の叱り声に、私は走りながら振り返り、「ごめん!」と顔の前で両手を合わせた。いつもの、ありふれた朝の光景。
母の胸の奥に見える心の形は、いつも通りの滑らかな『球体』だった。それを見て私はホッとする。お母さん、そこまで本気で怒っているわけじゃないな、と。
幼い頃から私には「他人の心の形」が視覚的に見えるようになっていた。
朝の駅ですれ違う会社員たちは、決まってトゲトゲしたウニのような形をしている。焦り、不安、理不尽な怒りが、その尖った形に表れている。恋愛感情は分かりやすくベタベタのピンクのハート型だ。けれど、たまに片方だけが綺麗なハートの形をしていないカップルもいて、そんな時は切なくなるから、なるべく目を背けるようにしていた。
会話を重ねるうちに、夢中の芸能人の顔に変形したり、不安定に形を変えたりする心もあった。高校生になる頃には、私は他人の心の形にすっかり慣れ、同時に、それ以上深く干渉することにも興味を失っていた。
──同級生のリサを見るまでは。
彼女の胸の奥には、何もなかった。
ウニも、ハートも、球体すらもない。感情が完全な空白になっている。まるで、そこだけ透明なガラスでくり抜かれているかのように、何も見えなかった。
「何故、あの子だけ何もないんだろう?」
一度抱いた好奇心は、罪悪感を置き去りにして膨らんでいった。放課後、私は衝動を抑えきれず、駅へ向かう彼女の後ろを静かについていった。
放課後の電車。都会へ向かう大半の生徒とは逆方向の、海沿いを走るロータリー線。
一両分の距離を空けて、私は彼女と同じ電車に乗った。乗客はもう、私たちを含めて数人しかいない。
ガタゴトと揺れる電車の窓ガラスの向こう、どこまでも続く水平線に、真っ赤な夕日が落ちていくのが見えた。まるで一枚の美しい絵画のようで、私は思わず見入ってしまう。
父さんが死んでから、働き詰めのお母さんに心配をかけまいと、寄り道もせず真っ直ぐ家に帰る毎日だった。こんなに綺麗な景色を見たのは、一体いつ以来だろう。
ふと我に返り、「あの子もこの景色を見ているのかな」と彼女の乗る車両へ目をやった。
だが、そこにリサの姿はなかった。いつの間にか、途中の無人駅で降りてしまったようだった。
次の駅で電車を降りた私は、古びたホームのベンチに腰掛け、夕日が完全に夜の闇に溶けていくのを静かに眺めた。それから家に帰り、いつもみたいにお母さんと並んで夕飯を作って食べた。
翌日、リサは学校を欠席した。
その次の日も、そのまた次の日も、彼女の席は空席のままだった。そして理由も知らされないまま、彼女はどこか遠くの街へ転校していった。
あの子は一体、何だったんだろう。私は窓ガラス越しに見たあの夕日のきらめきと
共に、彼女のことを少しずつ忘れていった。
それから、ちょうど一年が経った頃。
今度は、お母さんが他界した。突然の病だった。
世界から光が消えた。私は深い悲しみに暮れ、来る日も来る日も泣き続け、母の位牌がある薄暗い座敷に閉じこもった。親戚が代わる代わる訪ねてきて、無理にでもご飯を食べさせてくれなければ、そのまま餓死していたかもしれない。
何日か経ち、ようやく少しだけ正気を取り戻した私は、数日ぶりにお風呂に入って汗を流した。
歯を磨くため、洗面所の鏡の前に立つ。
鏡に映ったのは、ボサボサの髪に、酷いくま。泣き腫らして生気を失った、自分の惨めな顔だった。
「……こんな顔してたら、お母さんに怒られちゃうな」
自嘲気味につぶやき、ふと、今の自分の「心の形」はどうなっているのだろうと、自分の胸の奥に目を向けた。
息が止まった。
そこには、何もなかった。形を成す感情が、何一つ見えなかった。
いや、よく目を凝らすと、そこには微かな破片があった。それは、かつて母が私に見せてくれていた、あの滑らかな『球体』──それが、ガラス細工のように木っ端微塵に、粉々に割れて散らばっている残骸だった。透明すぎて、何も無いように見えていただけだったのだ。
その瞬間、あの日の記憶が、鮮烈に脳裏をよみがえった。
──リサの胸の奥に広がっていた、あの何も無い透明な空白。
あの子も、そうだったんだ。
心を無くしてしまうくらい、言葉にできないほどの大きな喪失と悲しみの中にいたんだ。あの海沿いの電車で、彼女は今の私と同じように、張り裂けそうな心を抱えて、窓の外の夕日を眺めていたのだろうか。
そして私がこの力を得たのが父さんの死後だったように、他人の心が見えるという現象は、自分が傷つき、他人の痛みに敏感になったからこそ開いたドアだったのかもしれない。割れた心の破片が、鋭くどこまでも拡がっているように感じた。
それからの私は、がむしゃらに机に向かった。
どれほど自分が苦しくても、リサのように「心が粉々に割れて透明になってしまった人」の痛みを、誰よりも理解して寄り添える立派な人間になるために。
今、私は地元の小さなクリニックで、精神科医として診察台の前に座っている。
診察室の窓ガラスから差し込む穏やかな光の中で、私は今日も、傷つき、形を失ってしまった患者たちの心に静かに耳を傾けている。
私に向かって、空の上の二人が、そしてあの日のリサが、滑らかな球体の心で、優しく微笑んでくれていると信じて。




